10
西暦一九二五年
♪ さのつく さんけの さるだのみ
ささまのいえは おんないえ
さたけのいえは おとこいえ
さはらのいえは うんだのみ
さのつく さんけの さるだのみ
さはらのいえは おっちんで
さたけのいえは きぐるいで
ささまのいえは ちょうじゃさまに ならしゃった
佐々間瑠璃が楽し気に歌いながら毬をつく様子を、私はぼんやり眺めている。最後に毬を放り投げてから体をくるりと一回転させて取り、得意そうに胸を張ったから、それで終わりなのだろう。畳へペタンと座った彼女へなるべく盛大な拍手を送ると、長く柔らかい黒髪の映える振袖を着た少女はニンマリ、嬉しそうに笑った。
「瑠璃ちゃんはその歌が好きなんだね」
私の言葉にウン、と頷いて、
「あのねぇ、ささまのいえはおんないえ、っていうのが好き」
「瑠璃ちゃんがそうだからかい?」
「うん。でも、ちがうんだって。そうだけど、ちがうんだって」
「違う?」
「前にね、永吉兄さんに、ささまのいえはおんないえだから瑠璃がいるんだよね、って聞いたの。そうしたら、瑠璃は女の子だけど、ささまのいえのおんなじゃないんだって。でも、そのほうが瑠璃にとっては良いんだって」
「そうなんだ」
なんと答えてよいのか分からない。この少女には佐々間家と血の繋がりがないという意味だろうか?
「……瑠璃ちゃんは、永吉君好きかい?」
「ウン、大好き! でもお父様とお婆様は大嫌い! あと、偽物のお母様は大大大大大嫌い! すぐ、ぶつんだもの。この間なんか、こぉんな蚯蚓腫れできちゃったんだから」
瑠璃が手をいっぱいに広げたので毬が転がる。
「だからねぇ、死んじゃってせいせいした!」
「そんなこと言うもんじゃない」
「ママハハだからいいんだよ。先生、蚯蚓腫れ見る?」
自分の横襟をぐいと広げようとする彼女。慌てて止めにかかる私が片膝を立てたちょうどその時、女中が呼びに来た。
ほっと一息、そのまま立ち上がり、
「じゃあね、瑠璃ちゃん。また遊ぼう」
「うーん、瑠璃もそうしたいけど、難しいわ」
「どうして?」
「だって先生、もうすぐいなくなっちゃうから」
無邪気な言葉だったが、私は背中へ冷え切った手を突き込まれる思いがした。どういう意味か訊こうとした時にはもう、彼女は部屋を出てしまっている。
「今度は私がお風呂入るゥ!」
甲高い叫び声の反響だけが残され、
「お気になさらないでくださいまし」
呼びに来た女中がおずおずと言った。
「瑠璃様は時々、ああした御冗談を仰るのです」
「……小さいのに中々、ユーモアのセンスがあるようですね」
私たちは控えの間を出て、アヤの部屋へと向かう。
今日はタヅの姿が見えない。私と恭介の泊まり屋まで呼びに来たのも初めて話す女中で、聞けばタヅはアヤの使いで、昼飯の後すぐ隣村へやられたのだと言う。そういうこともあるのかと私は幾分の違和感とともに佐々間の裏門をくぐった。するといつもはそのままアヤの部屋へ通されるのに、今日は以前に私が逗留していた部屋を控えとしてあてがわれたので、余計、妙な気がした。
そして寒々した部屋で火鉢を抱き、御呼びを待っているところへ瑠璃が駄々をこねる声が段々近づいてきて以降、退屈しのぎがてら彼女のお手玉や毬つきなどにつきあっていたというわけだ。
「今日は何かあるんですか?」
廊下を歩きながら私は問いかける。声を潜めているのは永一郎氏を刺激しないためである。彼は母親である刀自の言いつけに従い、私がアヤの家庭教師として屋敷を訪れることを渋々、承諾したようだったが、通夜や葬式には声すらかからなかったので、久子夫人の事件からこちら私の訪問は初めてだ。承諾を忘れるか理不尽な鬱憤を堪え切れなくなった氏が、抜き身を手に今にもいずれかの障子を蹴破って飛び出してくるかもしれない。用心にこしたことはない。
「私どもにはアヤ様のこと、お分かりいたしかねますので……」
前を行く女中はあやふやな返事を寄越した。これ以上質問するなと背中に言われているようだった。私が彼女のことを訊いたわけではないのにこの答えが返ることから見ると、やはりアヤは前回別れ際にあった悶着、永一郎氏の私に対する糾弾を気にしているのかもしれない。ここ数日、御呼びがかからなかったのもそのためか。
飯を作りに来てくれるタヅへ訊いても「知らない、分からない」の一点張りで、私はずっとやきもきしていたのだ。
座敷牢へ入り、襖を開いた先にいるはずの彼女の瞳の、色の変化を私は恐れた。硬く引き結ばれたままの唇を見るのが怖かった。
だが呼ばれれば、断ることなどできるはずもない。
陽の入らないためだろう、屋外より重く冷えた空気が閉ざす廊下を無言のまま進んでいると、足から急速に冷気が這い上ってくる。
突然、私は違和感を覚えた。なんだろう、と考えて、
「そうだ。面は着けんのですか?」
女中は壁に数々の面のかかる廊下を、立ち止まることなく歩いていくのである。アヤに会う使用人は皆、つけることになっているとタヅは言っていた。だが、その女中は私の質問が聞こえないふりをしたようだ。返事をしようとする気配すらない。顔が見えないので分からないが、極力私との関わりを避けているように見える。少し嫌な気分がして、それがさらに嫌な予感を焚き付ける。
その時だ。私は第二の違和感を覚えた。
何か気になること、気にすべきことがあるような気がしたのだ。
一瞬の閃きに私は首を捻った。
言語化された認識が喉元までせりあがってくる気がする。
だが格子の前に到着した女中の、全く憚りなく錠を開ける耳障りな金属音が、私を元居た高さまであっけなく連れ戻してしまった。
彼女はタヅと違い、まず私を格子の中へ導き入れた。それだけでない、自分は前室にすら入らず外から再び錠を下し、目も合わせず一礼するとその場をそそくさ立ち去ってしまった。なるほど、これなら確かに面は不要だ。私はしばし佇んでいたが、ふと、寒さに体を一つ大きく震わせて我へ返った。タヅがいつもそうするように、とりあえず前室の襖越しに声をかけてみる。返事はない。
もう一度、少し大きめに呼ぶと、今度はごく小さな返事がある。
だが遠慮がちに襖を開けて入ると、そこには誰もいなかった。
普段通り畳の上に緋毛氈を広げ、その上に小作りな洋卓と二脚の腰掛けが出されてはいるのだが、天板の上に教科書も無い。やはり、と言うべきか、家庭教師として呼ばれたわけではなさそうだ。
「先生、こちらへ」
後ろ手に襖を閉じた時、奥へ通じる襖の向こうでアヤが呼んだ。
聞き慣れているより少しかすれたその声を聞いた途端、私の体は硬直した。彼女の声音の中に押し殺した決意を直感した気がして足が震える。総身の毛が逆立ち、腹を内側から握られた感じがする。
意を決し、奥の間の襖を開く。
寒々とした、板張りの洋間だ。彦造が作ってやったのだろうか、板木を組み合わせて釘打ちしただけの質朴な本棚が壁際に置かれ、読み本の類が溢れていた。横にある小さな扉は雪隠だろう。
だがこの洋間にも彼女はいない。
半開きにされたドアが正面にあり、
「その襖も、お閉じになって」
声はドアの向こう側から聞こえた。私は言われるまま、中の間と奥の間の間を仕切る。
「こちらへ」
私は踏み出す。床板の鳴る音が少し大きいと思われる。ドアまでの距離は永遠と思われ、しかし数歩のうちに辿り着く。開いた先に小さなベッドがあり、その端へ腰掛けたアヤが上品に私へ微笑む。
だが、ぎくしゃくとした笑みだった。私も同様に笑い返した。
洋風に仕立てた絹織の寝間着姿は可愛らしくも艶めいて、ひどくアンバランスに見える彼女だ。私の喉は乾いた。唾を飲もうとしたが、一滴も湧いてこなかった。私は彼女に釘付けだった。
彼女もまた、微動だにしなかった。息すらしていないのではないかと思われるほど、ピンと背筋を伸ばして、ひたすら私を見上げていた。青褪めて見えるほど生真面目で、だが、美しい顔だった。
まだ少し湿って、いつにも増して輝く豊かな黒髪。形の良い細眉。ちんまりした鼻先、引き結んだ唇。そして、澄み切った眼差し。
彼女は何か言おうとして、口を開いた。だが随分と長い間、何も言わなかった。しばらくしてやっと、白い喉元が微かに動いて、
「おひさしうございます」
私は緊張の緩和を感じ、思わず微笑んだ。確かに顔を合わせるのは幾日かぶりだが、それにしてもあまりに他人行儀というものだ。
慌てて真面目な顔を作り直したが、もう遅い。さっと横を向いたアヤが「いじわる」と呟いて、次に二人が視線を合わせた時はもう、今まで通りの私と彼女に戻っていた。
「ほんとうに、いじわる」
おかしそうに言い直すアヤ。
「一体どういう趣向だい、これは?」
「とにかく、お座りになって」
彼女は自分の横を叩いて示す。
「いいのかい?」
「こんな姿をお見せしたんです。それぐらい、もう、どうってことありませんわ」
「そんなものかね」
私が腰を下ろすのと入れ替わりに彼女は立ち上がる。ドアを静かに閉じ、戻ってきて、今度は私のすぐ横へ座った。
ふわりと、いい匂いがした。なにかを疼かせる香りだ。
「ここでいつも君は寝ているわけか」
「ええ。寂しいでしょう」
「寂しい」
私は周囲を見回した。ドアが閉じられたので少しの間暗かったが、目が慣れるのを待つまでもない。この部屋には寝台と小さなガラス行燈、火鉢の他に何もないと気づくまでそう時間はかからない。
おそらく最初にここが土蔵を改造した座敷牢として在り、それを世話や監視の利便から渡り廊下式の二間で母屋と接続、さらに前室をつけて今の形になったのだろう。かなりの高いところに一つだけある明り取りから差し込む光が古い漆喰壁でゆるやかに乱反射し、それが余計に深いところへ置かれた寝台とその周囲を暗く、寒々と演出している。どちらにも訪れたことはないが、私は極域の深海と教会の懺悔室を同時に連想した。
「夜、怖くないかい?」
「だって、小さな頃からずっと独りで、ここで寝ていますから」
もう慣れましたわ、と何でもないように言う彼女。
「物心ついた折には随分、怖い思いもいたしましたけれど」
「そうだろうなぁ」
「風の強い夜は特に、あそこの」
と、アヤは天井近くの窓を指さす。
「あの窓、羽目殺しですけど隙間があるのでしょうね。風が当たると変に鳴って、まるで悪魔か何かの笑い声みたいに聞こえますの。小さい頃は本当に、あの辺りに何かいるのだと思ってました」
私の脳裏に、闇の奥底で震える少女が浮かぶ。幼いアヤは頭まで毛布を引き被り、涙目で歯を食い縛りながら睡魔の誘いを今か今かと心待ちにしている。彼女が〝慣れる〟までに過ごした夜のうち、子供らしくぐっすり眠れた晩は果たしてどれほどあったろうか。
理不尽だ、と私は思った。集落の古めかしい迷信が一人の少女の、最も多感な時期を孤独の生贄にした。そしてこれからもそれを続け、彼女の人生をその最後まで台無しにしようとしている……。
私は遥か高みに開く小窓を睨み付けた。
前の間で家庭教師をしている時、私はあまりこうしたことを意識しなかった。しかし考えてみれば、あの白ガラスを羽目殺しにした窓にしても、そのすぐ向こうに外界が広がっているわけではないのだ。頑丈な鉄格子が部屋の内と外を厳重に隔てていると聞く。
満代の死について感じた怒りは、その犯人に対する集中的なものだったが、アヤの境遇に関する再認識はもっと分散的な怒りを私に与えた。輝ける未来へ無遠慮に圧し掛かる、粘ついた闇めく総意への怒りだ。一つの塊のようでいて、頭上に果てしなく広がる闇。
段々と募る憤りを思わず露わにしていたらしい。黙ってしまった私の拳へ、ふいにアヤがそっと手を重ねた。目が合う。見つめあう。彼女の両目には真摯な感謝がある。夢見るような色合いがある。
ふっと、眦、小さな口元が綻んで、
「でもこの幾日かは、久しぶりに、とても怖い思いをいたしました」
「そりゃまた、どうして?」
しばらく返事が無かった。潤んだ瞳を見れば、私と満代とのことだろうと見当はつく。何か弁解を、と私が口を開きかけたその時、
「いいえ」
私を見つめたまま、アヤは小さく首を振った。
「証をくださいまし」
消え入りそうな声で彼女は乞う。それで充分だった。
私は再び強烈な渇きを覚えた。互いに目を閉じ、唇を重ねた。
それから先、私は無我夢中だった。
鼻腔を甘い香りが満たし、遠くに衣擦れの音を聞く。指先で産毛の流れに乗り、掌で柔肌の熱を吸う。彼女は鉄芯入りのように体を強張らせ、それでいて砂糖菓子より脆かった。私は優しくなかった。容赦しなかった。否、できなかった。エゴを隠しきることは不可能だった。彼女が痛みに呻いた時、気を配りはしたがそれだけだった。とにかく私は全て、何から何まで引き出された。アヤは私の全てを知った。私は全て知られた。だからもう、この人のいない世界には戻れなくなった。彼女の中にいる私、それが本当の私なのだった。
立ち上がった私は何気なく振り返り、漠然とした不安に襲われた。
少し遅れてまどろみから覚めたアヤは乳房も露わに半身を起こし、シーツに付着した破瓜の痕跡を見つめている。その表情がどこか、ひどく虚ろに見えたのだ。だがそれは光の加減、陰影の悪戯だったのかもしれない。こちらを向いた瞳には強い意志がはっきり宿っている。彼女は、そして私は、これ以上何を求める……?
そんなことは決まっている。言葉は不要だ。私は頷いた。
「もう少しだけ、ここで御辛抱いただけますか」
アヤは満足げに微笑んだ。
※
裏門でタヅに出会った。今、使いから帰ってきたところらしく、土産をせがむ瑠璃にまとわりつかれ、疲れを隠し切れない様子だ。
自分のためか、アヤのために買ってきたらしい駄菓子を少しだけ、心底、渋々懐から出して与えるその顔が可笑しくて私は笑った。
彼女もこちらへ気づき、驚いた調子で、
「あれ、先生? どうしたの?」
「呼ばれたんだ。アヤさんに」
「アヤ様に?」
「うん。迎えが君じゃなかったから、びっくりしたよ。峠の向こうまでお使いだったんだろ?」
「うん、そうだけど……」
訝しむ顔つきのタヅ。少し不安そうにも見える。
「タヅはね、昨日、アヤ様と喧嘩したんだよ」
ふいに瑠璃が言った。きな粉をまぶした菓子を指先で摘み、しげしげと観察しながらも、大人の様子を敏感に窺っていたらしい。
「喧嘩?」
「喧嘩ではございません」とタヅ。
「喧嘩だよ。私、牢屋の前で聞いたもん。大声で、タヅがアヤ様に蛙がどうとか言ってた……私、これ嫌い!」
少ししゃぶった菓子の味に顔を顰め、瑠璃は自分の口からそれをつまみ出すと唾液ごとタヅの掌へ押し込んだ。ペッペッ、と地面へ唾を吐いて口を拭う。私はタヅを見て、
「蛙?」
「瑠璃様の聞き間違いだよ。喧嘩なんてしてない。瑠璃様、御行儀が悪うございます。それにアヤ様のお部屋へ近づいたことがお父様へ知られれば……」
「うげぇ」
瑠璃は嫌がる顔をあからさまにした。形勢は不利と見たらしい、ころりと話題を変え、「先生、いい匂いするー」
すんすんと鼻を鳴らしながら私に近づく。
「いい匂い……? どんな匂いだい?」
「甘い匂い! うーんとね、あ、お風呂の匂いだ、これ! さっきアヤ様が入ってたやつ! 私も入りたかったのにダメって言われたんだ。なんかねぇ、いい匂いの油を垂らすお風呂なんだよ! あれ、先生もお風呂入ったの?」
急に辺りが寒々とした。私がタヅを見ると、彼女もまた、こちらを見ていた。姉と同じように澄んだ目。だが強張った顔には表情がなかった。裂け目のような火傷の痕がいつもより赤黒く見えた。
私に残る移り香をついに捉えたのか、小さな鼻先が蠢く。それで彼女は、自分が使いにやられた理由を確信したらしかった。
「アヤ様も先生もいいのに、なんで私は入っちゃダメなのッ?」
周囲から音が消え、その中で瑠璃が独り、ぶつぶつ文句を言っている。タヅが動いた。瑠璃を残し、きびきびと私の横をすり抜ける。
「おい!」
私は思わず呼び止めている。振り返ると彼女もまた立ち止まり、振り返っていた。だが私は言うべきことを中々思いつけなかった。
目が合う。彼女の瞳には静かな怒りが滾っている。
私はためらった。
愚かなことだが、私はその時、彼女を東京へ誘おうとした。アヤと一緒に三人で逃げ出そうと言ってしまう寸前だった。だがタヅは私に口を利くことも許さなかった。懐から何か引き出し、思い切り私めがけて叩きつけた。私の胸に強くぶつかり、地面へ落ちたそれは、いつか私が彼女にやった古手袋だった。私は再びタヅを見た。
タヅの目には涙があったかもしれない。
かもしれない、と言うのは、私がそれをはっきり認めるより早く彼女が身を翻したからだ。背を向け、足早に行ってしまった。
「先生?」
瑠璃が問う。
「なんだい?」
「タヅ、どうして怒ってるの?」
私は無言だった。
いつも以上に、何と言ってよいのか分からなかった。
ただ決定的になっただけだ。
いつか知られないではいられないことだった。
タヅが私に強い関心を抱いていたことくらい、恭介に「極めつけの朴念仁」と評される私にだって分かっていた。いや、明確にその程度を理解していたかと問われれば、分からない。ぼんやり、そうなのではないか、と意識していたくらいかもしれない。だが、それがどうしたというのだ? 私はアヤを愛している。それだからこそ関係を持ち、約束をした。その事実は例え巧妙に隠したとしても、いつかはタヅに知れるだろう。結局タヅは傷つくだろう。だが。
だが、もう少し穏やかな〝知れよう〟はあったのではないか?
私は泊まり屋への道を悶々と歩いた。
あんなふうに知られる必要はなかった。
自分に腹を立てているのはもちろんだったが、もしかするとアヤにも腹を立てているのかもしれなかった。小細工などいらなかったのだ。姉が姑息な策を弄したから、妹は余計に傷ついたのだ。
――いや、そうでない。
私は首を振った。
アヤが奸智を発揮するように仕向けたのは私だ。なんといっても彼女の思考は偏って幼く、他者への影響を考慮した上で不安をはねつけられるほど強くはない。弱さを剥き出しにせねばならないほどアヤを追い詰めたのは、そしてタヅを傷つけたのは、やはり私だ。
どうすればよかったのだろう。
否、これからどうすればよいのだろう。
泊まり屋に到着した私は、恭介が居ることをあてにして勢いよく引き戸を開いた。だが、屋内に人の気配は無い。またどこかへ捜査に出かけているのだろう。溜息をつき、そのまま入ろうとする。
その時だ。斜め背後に忍び寄る足音を聞いた。
振り返ろうとしたが間に合わない。分厚い板らしきもので後頭部を強打され、私は昏倒した。
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