第26話 フニッ

 七月三十日


「……もう朝か。奈希は……」

 ……ってくっついてるー!めっちゃ腕に抱きついてるー!

「マジかよ……」

 あの、その、色々と大きいものが当たってて、何とかしてほしい……

「起こすか?いや、でも……」

 めっちゃ気持ちよさそうに寝てるんだよなぁ。

 あとこの感触……もうちょっと味わいたい。いいよな、ちょっとぐらい、いいよな。神様だって許してくれるはずだ。俺はそもそも悪くないし。偶然、起きたらこうなってただけだし。


 フニッ


 おい、大崎楓雅、なぜ今触った。

「やってしまった……」

 起きてないよな、大丈夫だよな、バレてないよな。

「……バレてるよ」

 え……?

「触ったでしょ」

「い、いや?」

「あれ、気のせいかな」

 寝てたんじゃなかったのかよ……!

「あ、ああ多分そうじゃないか?」

「嘘ついてる顔」

「う、嘘なんて全くついてないぞ」

「ふーん。まあ私はいいけど」

 絶対にバレてるやつ……!

「兄妹なのにそんなことしちゃっても、私はかまわないけど~お母さんたちはどう思うかな~」

「だ、だからそんなことしてないし、しない」

「彼氏になら何されてもいいけどな~」

「し、しないって」

 兄妹でありながら恋人同士でもあるというとんでもないジレンマ……!

「まあ触ったの見てたけど」

 見てたのかよぉぉぉ!なら止めてくれよ……!

「すみませんでした……」

「やっと認めた。別にはぐらかさなくてもよかったのに」

「怒られると思って……」

「じゃあ最初からしない!分かった?」

「はい……」

「じゃあ、はい!」

「え……?」

 なんでそんなに強調してくるんだ……

「どーぞ」

「え?」

「触りたいんでしょ?」

「い、いや、いい」

「せっかくのチャンスだったのに」

「兄妹だし……」

「そういう時に限って兄妹だからって理由つけてくるよね。でも仕方ないか、実際そうだし」

「これに関してはどうにもならない」

「意外とスケベだよね、楓雅って」

「否定できない……」

 さっきあんなことしたし、多分そうなんだろうな……

「ち、ちょっとそんな落ち込まないでよ」

「俺は最低だ……」

「あーダメだって!負のオーラが出ちゃってるって!」

「いや、いいんだ俺は……」

「前みたいに戻ったら私、楓雅のこと嫌いになっちゃうかも」

「それはダメだぁぁぁ!」

「わっ、びっくりした」

「あ、ごめん」

「楓雅がそんなに叫んでるの初めて聞いたかも」

「俺の本能が勝手に……」

「そんなに私のこと好きなの?」

「そりゃあ、まあ」

「私もだよ」

「それ、昨日寝る時にも言われたな」

「え、聞いてたの?」

「ばっちり聞いてました」

 恥ずかしいから無視してただけです。なんかごめん。

「恥ずかしい……」

「じゃあ言うなよ」

「だって、言わないと抑えられなくて……」

 な、なんなんだその可愛さは……!

「奈希、ちょっとこっち寄れるか?」

「あ、うん。こう?」

「あっ……急に抱きしめないで……」

『……』

「……もういいでしょ」

「仕方ないな」

「余計恥ずかしいんだけど……」

「でもまんざらでもなかったじゃないか」

「そりゃそうだけど、急にはダメってこと!」

「でも奈希も急にしてくるじゃねえか」

「それとこれとは訳が違うの!」

「同じだと思うんだが……」

「違うの!」

「そ、そうか」

 同じだろ……

「ほ、ほら!今日は友達と会いに行くんでしょ!」

「ああ、そうだけどまだ早いんだよな」

「いや、早く行った方がいいよ!」

「え?うーん、でもなぁ」

「楓雅ポンコツなんだから電車の乗り間違えとかするでしょ!」

「ひどい言い様だな。まあそこまで言うなら準備してすぐ行くけど」

「多分その方がいいよ。多分じゃなくて絶対!」

「お、おう」

 なんでそんなに俺を出て行かせようとするんだ……?

「じゃあ準備して行くわ」

「急いで急いで!」

 そんなに急かすなよ……俺何かしたのか?


 疑問に思いつつ俺は身支度をすぐに済ませ駅に向かった。


 ◇ ◇ ◇


「えーと横浜からどこの駅だ」

 俺の幼馴染、もとい柏木裕太かしわぎゆうたは都内の超がつくほどの名門高校に通っている。

 会うのは本当に久々だ。高校に入ってからすぐに一回会ったきりだ。

「東京駅だから……とりあえずここで待ってればいいか」

 東京駅まではだいたい三十分ちょっとで着くらしい。

 最近の交通網は本当に便利だとつくづく思う。俺の島だと公共交通機関といえばフェリーしかないから、こうやって電車に乗っていろんなところに行くのは新鮮だ。

「まもなく七番線に上野東京ライン・高崎線直通、普通、籠原行きがまいります。危ないですから黄色い点字ブロックまでお下がりください」

 そうこう考えているとすぐに電車の接近案内がかかった。

 電車が到着し乗り込む。

「人多いな……」

 朝だからかとんでもない量の人だ。身動きが全く取れない。

 しばらくの間すし詰め状態の電車に揺られ、やっと東京駅に到着するようだ。

「まもなく東京、東京です」

 電車が停止し、俺はとりあえず皆が良く知る東京駅の出口に向かう。

「早めに来れるって言ってたからもういると思うけど……」

 少し心配しながら俺は外へ出る。

「……地味に初めてだな、東京」

 丸の内オフィス街、圧巻の景色だ。ビルしかない。そしてその真ん中に佇む荘厳な見た目の東京駅。

 景色に目を奪われていると、誰かが後ろから声を掛けてくる。

「おい、楓雅」

「っおう、裕太か。びっくりした」

 後ろを振り向くと裕太がいた。

「マジで久々だな。元気してたか?」

「おかげさまで。そう言う楓雅こそどうなんだ」

「こっちも元気にやってるよ」

「とりあえず立ち話もなんだ、カフェでも入ろうぜ」

「そうするか」



 俺たちは近くのカフェへ向けて歩き始めた。

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