第21話 お互いに
七月二十八日 午前零時
突然、俺の携帯が鳴り始める。
「奈希……」
電話をかけてきていたのは奈希だった。
とりあえず俺は電話に出る。
「どうした」
「あの…今日は逃げてごめん」
涙声だ。
「気にすんな」
「今から会えたり…しないかな」
「どこに行けばいい」
「展望台まで来てくれたら、ありがたいかな……」
その言い方、展望台まで行かせて申し訳ないとか思ってるんだろ。
でも、それはお互い様だ。
「分かった。行けばいいんだな」
「楓雅が嫌じゃなければ……」
「嫌じゃない」
「あ…うん、そっか……」
「じゃあ今から行くから」
「分かった……ありがと」
奈希がそう言うのを聞き、電話を切るのと同時に俺は家を飛び出す。
「やっと気持ちの整理がついたか……」
電話をよこしてきたということはそういうことなのだろうが、いや、あの感じはまだ整理はついていないか。実を言うと、俺も気持ちの整理がついていない。整理がつくどころか困惑だらけだ。
「今はとにかく早く奈希に会いたい……」
俺はその一心でとにかく走る。走って走って走りまくる。
「はぁ……はぁ…本当にこの道はきっついな……」
自分の出せる一番の速度で展望台への坂道を駆け上る。
「ここを上れば奈希がいる……」
全力ダッシュで最後の坂道を駆け上る。
「奈希!」
「楓雅……」
俺はそっと奈希の座る横へ腰を下ろす。
「……あの、本当にごめんね」
「だから気にすんなって」
「そうじゃなくて、私、ずっと黙っていたことがあって……」
奈希は躊躇いつつもこう言った。
「私と楓雅は血の繋がった兄妹なんだ」
「ああ、そうだな」
「え……?」
「そうだな」
「驚かないの……?」
「ああ」
「私、楓雅と兄妹って知っていながら異性として好きになっちゃったってことだよ……?」
「別にいいじゃないか」
「でも……」
「俺は奈希が実の兄妹だと知った後でも、異性として奈希が好きだ」
「本当に……?」
「実は俺、あの後詩葉から聞いたんだ。俺たちは兄妹だということ。帰ってから一日中、考え込んだ。けど、やっぱり俺は奈希が異性として好きなんだ」
「でもやっぱり兄妹だし……」
「兄妹だからお互いを異性として意識してはいけない、なんて決まりはないだろ?好きになるなってのも無理な話だ。お互いを知らない血が繋がっただけの他人だったわけだから、好きになることぐらいはある。それに好きになってしまったのを諦めろ、なんてのも無理な話だ」
「そうなのかな…………私はまだ楓雅のこと、好きでいて…いいのかな」
「俺はいいと思う。だって俺も奈希のこと、好きだしな」
「そっか……私も楓雅のことが好き。大好き」
「俺も大好きだ、奈希」
「あはは、すっかり両想いだ」
「だな」
「……私、深く考えすぎちゃってたのかもしれない」
「奈希ってなんも考えてなさそうで、そういうところは真面目に考えるところあるからな」
「なんも考えてなさそうって……バカにしてる?」
「そうかもな」
「もう!否定してよ!そういうところは、嫌い!」
「俺はそういうところが好きだぞ」
「ばか……」
「はは、ごめんって」
「あ〜、なんか今まで真剣に考えてきたのがバカみたい」
「別に隠してこなくてもよかったのに」
「いや、最初はすぐ言おうと思ってたんだよ?けど、楓雅からの負のオーラが凄すぎて兄妹って言っても信じてくれなさそうだったから、仲良くなってから言おうと思って」
「それは……悪かった」
「で、仲良くなってからーとか思ってたら、意外と楓雅がかっこよくて、優しくて、好きになっちゃったって感じ?」
「意外とってなんだ意外とって」
「いやー、最初の印象が…ね?」
「悪かったな」
俺ってそんな話しかけるなオーラみたいなのが出ていたのだろうか……
「これって、俺が付き合おうって言って、奈希がいいよって言ったら付き合うことになるのか?」
「うん。そうなるけど、そんなこと言われたら私、絶対断らないけど。どうする?」
「なんかそう言われたら怖いな」
「何が怖いのさ」
「浮気したら殺されそう」
「なんで浮気する前提なのさ!」
「嘘だって、ごめんごめん」
「で、どうする?」
「そりゃ付き合いたいけど……結婚するとかってなったら困るくないか」
「そんな先のことまで考えてくれてるの?将来性のある旦那さんだな〜」
「まだ旦那じゃない」
「“まだ“ってことは、もう旦那さんになるのは決定なんだ?」
「そりゃなりたいけど……」
「やっぱり素直になったよね」
「気のせいだ、多分」
「ま、今は細かいこと考えるのはやめとこ!」
「そうだな。また後から考えればいい」
「今日はお互いに好きってことと、兄妹って分かっただけで十分だね」
「そうだな」
「そういえば、なんで奈希はこの島に来たんだ?」
「そりゃあ兄妹と会うためだよ」
「で、その兄妹が俺だったと」
「ここに来る前、義両親に、楓雅が一人でずっとここで暮らしてるって聞いて、なんか放って置けなくなって来ちゃった。幸せにしてあげるんだー!とか言って意気揚々と来たら、むしろ逆に私が幸せにされちゃってるよ」
「そんな、俺のことなんて気にしなくてもよかったのに」
「でも結果的に私が来てよかったでしょ?」
「そうだな。奈希が来てくれて本当に良かった」
「初めて会った日に『幸せを探しませんか?』って言われた時は、こいつ何言ってるんだって思ったけど、今じゃその意味が分かる」
「そっか。なら私の任務は完了だね」
「任務完遂おめでとう」
「ありがと。けど、楓雅には新しい任務ができたよ?」
「なんだ?」
「私を愛しなさい!」
「それは願望だろ」
「その対価に私も楓雅のこと愛してあげるよ?」
「……悪くないな」
「あはは、でしょ?」
「そうだな」
少し俺は考えてから口を開く。
「奈希」
「うん?」
「改めてちゃんと告白させてくれないか」
「うん、分かった」
「じゃあ、こっち来てくれ」
「分かった」
そう言って俺は展望台の一番景色の綺麗なところまで移動する。
「ロマンチストだね」
「詩葉が『奈希ちゃんは多分ロマンチックなのが好きだよ』って言ってた」
「バレてる……」
「図星か」
「バレバレだったね」
気持ちを落ち着け、奈希の前に立つ。
「じゃあ、言うぞ」
「うん……!」
奈希の目をしっかり見て、俺は想いを叫ぶ。
「奈希、好きだ。大好きだ。俺と……付き合ってほしい!」
「はい、喜んで!」
ハッとした時にはもう、俺の胸の中に奈希が飛び込んできていた。
そっと俺も奈希を抱きしめる。
「楓雅、もう一人にしないからね」
「頼もしいな」
「ふふ、でしょ?」
「俺は奈希に救われた。人生なんてどうでもよくて、幸せになんてなれないとか勝手に思ってた。けど、今は違う。奈希のおかげで俺の心が浄化されたみたいだ」
「あはは、何その厨二病みたいなの」
「そういう年頃なんだよ」
「あはは、でもお役に立てて何よりだよ」
奈希が俺に教えてくれた一番のこと、それは……
『こんな理不尽な世界でも幸せになれる』
「この世界は理不尽だらけだけど、幸せになれる。それを奈希が教えてくれた」
「そうだね。理不尽だらけだよ。だって家族のことを好きになっちゃうんだもん。神様は理不尽だよね、本当に。わざわざ好きになる人を家族にしなくたっていいのにさ」
「はは、そうだな。神は理不尽だな」
「これからのことは、また今度考える?」
「そうだな。いつでもそのことは考えられるけど、今この瞬間は今だけのものだからな」
「そだね。じゃあ改めてよろしく、楓雅」
「ああ、よろしく。恋人として、そして兄妹としてもな」
俺たちは互いに握手を交わす。
「今日はもうちょっとここにいるか」
「うん、そうしよ」
「……手繋いでいい?」
「俺も言おうと思ってた」
「えへへ、すっかり恋人だね」
「……だな」
「あ、照れてる!」
「あんまり見るな」
「あ!そんなかっこいい顔隠すなんて勿体無い!ほら、大好きな彼女にもっと顔、見せて?」
「しゃあねえな……」
見せて?とか言ってる奈希も顔を隠している。これは不公平だな。
「お前も可愛い顔なんだから隠すなよ。不公平だ」
「あ、ちょっと!顔赤いから見ないで……」
「ほら、可愛いじゃねえか」
「見ないでぇ……」
東の空が明るくなるまで俺たちはお互いをからかい、他愛もない会話をし続けた。
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