第19-2話 覚悟

「ん〜温泉って感じだねー!」

「そうだね〜」

「思ったんだが、入るだけなら別に予約とか要らなかったんじゃないか?」

「電話した時に、『当日来た時に入浴券をご購入ください』って言われた」

 多分予約しないでよかったやつだな。

「まあ、とりあえず入るか」

「うん!」

「ねね、楓雅くんちょっと」

 詩葉に手招きをされて俺は耳を傾ける。

「ちょっと途中で抜けてくるから話そ」

「お、おう」

 どうやらここの温泉は券さえ持っていれば、その日のうちは何回でも出入りできるみたいだ。

「奈希ちゃん行こー!」

 言うことだけ言って、そそくさと詩葉は奈希と温泉へ入って行ってしまった。

「途中でって言われてもな……」

 三十分ぐらいで一旦外に出ればいいのか?

「まあ、一回入るか」

 細かいことは気にせずにとりあえず一回温泉に入ろう。



「ふ〜〜〜」

 早速、俺は温泉に浸かった。

 ……これは最高だな。日々の疲れが癒やされる。

「一生こうしてたい……」

 毎日これができたらどれだけ幸せなことか。

「……」

 思い出してしまった。

 俺、そういえば今日、奈希に告白するって話になってたんだよな。だから詩葉に途中で出てくるように言われたのか。すっかり忘れていた。こんな大事なこと忘れていたなんてな。

「どうしたものか……」

 告白のセリフは決めてある。シンプルイズベストで言うつもりだ。

 俺は気持ちを落ち着けるために肩まで身を温泉に浸からせる。

「……」

 告白するシチュエーションは全く思い浮かばない。詩葉がなんとかしてくれるっていう話だった気がするが、大丈夫なのだろうか。いや、その話を今からするのか。

「あとちょっとしたら出るか」

 ……落ち着かない。今さっきまで温泉でリラックスしていたはずなのに、今は温泉で真逆の状態になっている。

「……出るか」

 一旦、俺は温泉からあがって詩葉と話しに行くことにした。

「てか、別に温泉入ってる時じゃなくてもよかったろ……」

 髪はびしょ濡れだし、一回服は着ないといけないし、もうちょっとやりようはあったと思うんだがな。まあ、ヘタレの俺が悪いんだけどな。

 そんなことを思いながらも俺は一旦外へ出た。

「あいつはまだか……」

 十分ほど待っているがあいつはまだやって来ていない。

「あ、来た」

「ごめんごめん!お待たせ」

「で、早速だけど告白の手順を決めていこう」

「お願いします」

 できるか不安だ。

「やっぱりあれこれ考えてするんじゃなくて、素直にその場の雰囲気で行くべきだと思うんだよね」

「なるほど」

「私的には奈希ちゃんってドラマチックなの好きそうだから、あそこの展望台で告白するのが一番いいと思うんだよね」

「やっぱりあそこが一番か。俺もそこにしようかなとは思っていたんだ」

「告白のセリフは考えた?」

「結局そのまま素直に伝えることにするよ」

「うん、それがいいと思うよ」

「ちゃんと言えるかな」

「楓雅くんらしくないね〜。珍しく弱気だ」

「こんなこと人生で一回もしたことないしな」

 まさか俺が告白をする時が来るなんて思っていなかった。

「うーん、あとは特に何もないよね。自分を信じてまっすぐに想いを伝えるべし!とでも言っておこうかな」

「そうだな。解散した後に二人で展望台に行ったらいいよな」

「うん、それでいいと思うよ。二人きりになったらあとは勇気を出すだけだよ」

「頑張るよ」

「うん、頑張って」

「じゃあ、お互いそろそろ戻ろっか。入らないと勿体無いしね」

「それもそうだな。そうしよう」

 結局は俺の勇気次第…か。

「とりあえずもう一回温泉に入って気持ちを落ち着けよう」

 むしろそのために温泉は存在していると言っても過言ではない。

「ふ〜〜〜」

 やっぱりこれだな。

「……」

 何も考えず、湯に肩まで浸かる。

 そして十分、二十分と時間が過ぎて行く。

「のぼせるな……」

 一旦あがって休憩することにした。

「これはもう一回来たいな」

 入浴料も高くないし、敷居もそこまで高くない。



 その後、結局二時間ほど色々な種類の温泉を堪能して俺はあがった。

 洞窟風呂とかはかなり新鮮だった。

「あいつらは……まだ出てきてないか」

 温泉の醍醐味といえば言うまでもないだろう。

「コーヒー牛乳!これに限る!」

 俺は自販機で瓶入りのコーヒー牛乳を購入し、開封する。

「グビッ…グビッ……ぷはぁ!これに限る!風呂上がりの一本は最高だ!」

 俺は奈希と詩葉を差し置いて一人、優勝した。

「にしてもあいつら遅いな」

 どれだけ長風呂なんだ。俺よりも長いじゃないか。まあ、ここの温泉最高だったしな。よくぞここの温泉を選んでくれた、詩葉よ。賞賛に値する。

「休憩スペースがあるのか」

 ふと横を見ると休憩スペースがあった。どうやらリクライニングシートで休憩できるらしい。

「あいつらが来るまで座っとくか」

 そうして椅子に座ったが、これがまた最高だ。今すぐにでも寝てしまいそうだ。

「風呂って結構体力使うんだな……」

 意外にも風呂は結構体力を使うみたいだ。眠気がすごい。

 ちょっとだけ寝てしまおうか。

 そう思った時にはすでに俺は眠りについていた。



「……が!楓雅!おーきーて!」

「ぇ……?」

「だらしない顔してる」

 目を開けるとそこには奈希がいた。

「あ…俺寝てたのか」

「楓雅ってそんな可愛い顔できるんだね」

「俺そんな顔してたのか……」

 恥ずかしいところを見られてしまった。

「撫でたくなっちゃう顔してたよ」

「撫でてないよな」

「うん。多分」

「多分ってなんだよ」

「多分は多分だよ」

 撫でられてないよな、俺。

「そういや詩葉は?」

「飲み物買いに行ってくれてるよ。あ、噂をすれば戻ってきた」

「あ、楓雅くん起きた?」

「ああ。俺どんぐらい寝てたんだ?」

「一時間ぐらい?」

「もっと早く起こしてくれてもよかったんだぞ」

 俺、寝すぎだろ。

「いやー奈希ちゃんがもうちょっと顔眺めたいって言うから仕方なく」

「あ、ちょっ、ち、違うから!そんなんじゃないから!起こすのは申し訳ないぐらいにすやすや寝ていたからさ!」

「そ、そうか……」

 寝てる間ずっと奈希に顔を見られていたのか?恥ずかしすぎる……

「そういや今何時だ?」

「もう六時だね」

「そろそろいい時間だな」

「だねー」

「じゃあ、そろそろ行くか?」

「そうだねー」

 時間も時間だったので俺たちは温泉をあとにし、帰路についた。



 そうしてバスに再び揺られ、フェリー乗り場まで来た。

「やっぱりスマホで予約していると楽だね」

「すぐ乗れるしねー」

「便利な時代だな」

「あ、もうフェリー来てるよ」

「急げ急げー!」

「相変わらず奈希は走るのが早い……」

 フェリーがもう来ていたので俺たちは走って乗り込んだ。

「奈希は本当に足が速いな」

「ふふんっ、伊達に陸上やってたわけじゃないですから」

「私とか次元が違う足の速さしてるよ……」

「俺よりも速いからな」

「男の子が女の子に負けちゃうなんて恥ずかしいですね〜」

「それに関しては訳が違うだろ。引きこもりと陸上部じゃそりゃそうなる」

「それもそうか」

「あ、私ちょっとお手洗い行ってくる」

 そう言って、詩葉は俺に目配せをしてみせる。その目配せの意味は、もちろん、このタイミングで奈希をあの展望台に誘えってことだろう。

 よし、誘うぞ。

「な、なあ奈希」

「どしたの?」

「帰りあそこの展望台寄っていかないか?」

「急だね〜。何か企んでる?」

バレてるのか……?

「いや、そういう訳じゃ……」

「あはは、いいよ。行こっか」

「お、おう。ありがとう」

「うん」

 あとは覚悟を決めて言うだけ。



 いけるよな、俺。

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