第18話 大天使スマイル

 春になって過ごしやすくなった。畑の状態も悪くない。そろそろ麦刈りの準備を相談する時期に徴兵されちまった。


 最初はこわかったけど、相手は評判の悪い隣の伯爵領で、村を襲っても逃げるばっかりで反撃も無かった。

 目に付いた物は何でも奪っていいって話だ。少しは抵抗する奴もいるが、槍を突きつけたら逃げていく。

 意気地無しめ、伯爵領は領民までクズなんだな。


 クズ達を蹴散らしながら敵の領都に着いた。なのにもう何日も動きがない。早く略奪させてくれよ。この町ならきっと金目の物もあるはずだ。無理やり徴兵されてこんな所まで連れて来られたんだから、稼ぎが無いとやってられねぇよ。


「はぁ~あ、さっさと攻撃しないのかねぇ。相手は少ないんだろ?」

「なんだお前知らないのかよ。今回はここで相手が音を上げるまで待つって噂だぜ」

「はあ?なんで?」

「去年ここで全滅してるんだよ。生き残りは一人も居なかったって話だ」

「へぇ、あんな雑魚達に負けるなんて、前に来た奴はよっぽど弱かったんだな」

「へへへ、俺達は敵無しだからな」




 呑気に雑談をしていたら急に湿った風が吹き始めた。陣幕をはためかせる音に心がざわめく。何だ?嫌な雰囲気だ。気持ち悪い。

「なんか急に暗くなってないか?」

「雨か?さっきまであんなに……」


『キィィィィィィィィァァァァァ!!!』


「な、なんだ!?」

 突然不気味な叫び声が響いた。まるで地獄の底から全てを呪うような……。声を聞いただけで体が震えだした。怖い、恐ろしい、ここにいたくない!

 さっきまで何とも無かったのに、なんだってんだよ!


「な、なぁおい!今の何が……、え?」

 隣には誰も居ない。反対を見ても誰も居ない。今まで話しをしてたじゃないか?

 どこ、どこに。俺はどうなったんだ……。


『アァ…アァァァァァァ……アコヨ…………』


 再び不気味な声が響く。見たくないのに、目を見開いて声の方を見てしまう。

 そこには一人のガキが立っていた。目の周りが腫れ上がって潰れている、痩せ細り、腹の突き出た異様な姿。

 それが俺を見ている、恨みを込めて潰れた目で俺を睨んでいる。やめろ、俺が奪ったのはお前からじゃない、俺が奪わなくても他の奴が奪っただろう、お前を殺したのは俺じゃない!


 こちらを睨むガキの足元に黒い物が広がったと思ったら、そこから真っ黒な腕が伸びてガキを持ち上げた。くねくねと奇妙に踊る無数の腕。たの、たのしそうじゃないか。

 黒い物から更に大きな何かが出てきた。美しい女だ。肌は腐って垂れ下がり、体中で蛆がくねくねと踊っている。

 そうか、そういうことだったのか。おれも、おれもおどろう。おれも仲間にいれてくれ。


 気づけば大量の化け物達に囲まれていた。ケタケタと楽しそうに踊る化け物たち、おれも、おれもそっちに。アハ、アハハハハハ!







 ――――――――――

「どうしてこうなった」

 敵の兵士がイカれた顔でくねくねと踊り狂っている。どう見ても正気ではないんだが、これ戻ってくるのか?殺したのと変わらなくね?


 ちょっと怖い儀式を見せてから偽魔兵を大量投入して下がらせるつもりだったんだけど、適当に追加した『恐怖付与』が効きすぎたようである。流石閻魔様(仮)の能力だ。

 偽魔兵の投入すらなく、『完全回復』で5000Pと『恐怖付与』が対集団で1000P。とてもお安く済んでしまった。


「あの、結局漏らしてるみたいなんですけど。それに全然英雄的じゃないです」

「こういう事もある」

 こいつらの処理は町の連中にやらせよう。そこまで面倒見きれん。




「それより街に入るぞ。俺達の手柄をアピールしなきゃならん」

「はい、準備させています」


 難民たちに食料を満載した荷車を引かせる。これを配るために大量の余剰を作っておいた。

 自分たちを助けない領都の連中を、自分たちの成果物を無償で配って助ける。難民達の顔は苦々しいものだ。

 だがまぁこれについては問題ない。これを配ったらお前たちにも感謝のおこぼれがあるよ。感謝は重要なエネルギーであり、俺の使命でもあるが、それを抜きにしても人は感謝されると嬉しいものなのだ。


 誰かと仲よくなりたい時のテクニックとして、相手の為に何かをするよりも、相手に簡単なお願いをして、しっかり感謝する方が効果的という物がある。

 人は感謝されると嬉しい。だからこいつらも感謝を浴びて気持ちよくなる。役得だなぁ、もっと嬉しそうにしろ。




 またまた門で問答があり、食料を持ってきたことを伝えてようやく門が開かれた。

 前回ほど分かりやすく派手では無いが、再び敵軍を無力化して英雄ルカ様の凱旋だ。しかも今回は空きっ腹に飯を詰め込めるからな!集まる感謝を考えると涎が出るぜ。


「お兄様!」


 街に入ったところでシエラが走ってきて抱きつかれた。そういやこいつも父上の側で苦労してるんだろうなぁ。思えばかわいそうなもんだよ。

「シエラ、元気そうだな。変わりないか」

「はい!お兄様のおかげです!ありがとうございます!」


 にこパー!光り輝く黄金の笑顔!浮かび上がる100の数値!

 こ、これは浄化の光!やめろぉ!俺の心が!俺の心が焼かれてしまうぅぅ!

「ぎにゃぁぁぁぁぁ!」

「お兄様!?」

「シエラ様、ルカ様は素直に気持ちを表せないお年頃なだけですので心配無用です」




 心配しろボケが!

 俺は立っていることが出来ず、門を入ったところで七転八倒する姿を温かい目で見守られてしまった。

 大天使シエラ恐るべし。

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