第12話 心弱き者

 ぱっかぱっかと馬車はゆく、険悪な二人の親子を乗せて。

「近頃は随分と人気を集めている様だな。何が目的だ」

「民心など一切興味はありません。戦いだけが俺の望みです」

「ふん、魔物や賊相手に武力を奮ったところで何になる」

「お望みとあらば、それ以外が相手でも一向に構いません」

「…………」

「父上におかれましても、5年10年後にやっと伯爵を継いでそれで終わりとはなってほしくありませんね。ぜひその先をお考えください」


 馬車が止まり、教会の中へと入る。前世と違い、今回は俺が主役だ。

 領内では散々暴れまわっている、街中で不逞の輩を打ち据えることも珍しくもない。その中には教会関係者も含まれていた。こいつら悪さばっかりしやがるんだよ。

「ヴァルデス伯爵、お越しいただきありがとうございます」

「あぁ、今日は息子を頼む。これを」

「これはこれは、お気遣いありがとうございます」


 父上は伯爵家の嫡男であり伯爵本人ではない。だがこいつは伯爵と呼ぶ。心をくすぐってやがるんだ。

 俺も前世で散々やってきたから分かる。父上は未だに伯爵を継げていない事に大きな不満を持っている。そこに欲望が渦巻いているのだ。

 そこを少し刺激してやれば、火の付いた馬のように走り回るだろうぜ。

 父上から感謝を稼ごうとは思わない。一人の人間の感謝などしれているし、人に深い感謝をする様な男ではない。

 だがこいつが暴れてくれたら……。

「それでは、幼少期を見守っていただいた事に感謝の祈りを捧げてください」


 そうだ、今は祈ろう。今生も楽しませて貰っているからな。

(ありがとうございます。今生では地道に感謝を集めております。人々を道具にするのではなく、人々の助けとなることで感謝を集めるよう心がけております。美しい感謝を大量に捧げてみせます。ありがとうございます。)

(うむ、よい心構えじゃ。同じ轍を踏むでないぞ)


 返事が返ってきた時はビクッとしてしまったが、今回は煉獄での行いについては触れられなかった。余分な枷もかけられなかったので、今生は今のところ成功していると考えていいのかな。


「はい、祈りは届きました」

「帰るぞ」

 この日は何事もなく屋敷へ帰った。父上に大きな変化は見られない、前世では来年の春までだったか、少なくともそれまでは伯爵に成れないはずだ。実につまらないな、早く踊ってくれないか。



「お兄様!教会はいかがでしたか!?」

「特に何もなかったよ、言われた通りに感謝を捧げただけ」

 腹違いの妹、シエラが飛びついてくる。前世のこの時期は蛇蝎の如く嫌われていたはずだが、俺が領内を廻って魔物や賊を退治しているのが大層嬉しいらしく、その頃からベタベタと懐かれるようになった。


「シエラも来月には10歳だろう?しっかり感謝のお祈りをするようにな」

「大丈夫です!ちゃんとお祈りのお稽古もしています!」

「シエラ、ただお祈りするんじゃない。感謝をするんだ。この世に生を受けたこと、日々の食事や掃除、守ってくれる人、社会の人々、様々な事に感謝するんだよ。感謝はとても大事な事なんだ」

「お兄様は民に沢山感謝されていますね!」

「そうだな、みなが感謝してくれる事が力になる。ありがとうと言ってくれるのが力になるんだ。だから俺は民の為に頑張れる。シエラもしっかり感謝の祈りをする様にな。俺の話を聞いてくれてありがとう」

「はい!話してくれてありがとうございます!」


 無邪気な物だ。あの程度の話で感謝ポイントが10?大天使なのでは?

 前世でのシエラはどうなったのか、思い出そうとしても分からなかった。






「兄様が返ってくる・・・だと?」

「はい、噂では学園で平民の男性相手に下らない嫌がらせを続けた挙げ句、決闘を申し込んでボコボコにされた上に婚約者も奪われて退学になったそうです」

 そうか、そんな事もあったな。愚かな兄、悪役貴族の中でも最もカッスな奴だ。世の中には格好いい悪役と格好悪い悪役がいて、その中でも最底辺なのが我が兄である。

 弱い、頭も悪い、小物、同情される話もない、反省もしない。なぜ半分同じDNAから俺やシエラが産まれたのか?もしや托ら……。

「先触れが届いて大騒ぎで準備してます。ルカ様も着替えて出迎えのご準備を」


「ん?いらんいらん。アリアも出なくていいぞ、俺の命令だと言っておけ。それより父上は屋敷にいたな、ちょっと行ってくる」


 チャンスだ。兄は二人揃って帰ってくるはず。父上の正式な息子は二人の兄だけ、俺は妾の子なので家を継ぐ権利がない。今後産まれる可能性もあるが、今父上の立場は揺らいでいるはず。

 伯爵家の嫡男とは言え、子育てに大失敗をして大恥をかいた上にまともな跡継ぎ不在になった父上。このまま黙って伯爵が継げるのか?今頃親類共が動いているはずだ。



 コンコンコン。

「父上。大事なお話をしたく」

「……はいれ」


 中は少し荒れていた。父上も髪が乱れ、苛ついた顔だ。分かりやすい、内心を隠すことも出来ないのか。

「父上、今こそ力が必要なのでは?」

「なに?」

「父上の望みは何でしょうか?爵位とは無縁の平和な暮らし?お祖父様に叱られながら補佐をすること?その後は叔父上の下で働くのでしょうか?」

「貴様!」

「父上、力さえあれば全てを覆すことが可能です。このまま黙っていてはすべてが終わります、惨めな敗北者の道しか残っていません。俺は父上の決断を待っていますよ」

「出ていけ!」

「それがお望みであれば」




 夕方、兄二人が帰って来た。頂点まで怒りを溜め込んだ父は二人を散々に殴りつける。父上はいつも自尊心が高いだけの嫌味な顔の男だったが、今その顔には怒りしか無い。

 もっと怒れ、お前は奪われたんだ。取り返さなければ駄目だろう?本当に殴る必要があるのは誰だ?


 荒れた父上は食事の場にも現れず、部屋で酒を煽っている。その様子を確認して、ノックもせずに部屋へ入った。

「父上、当主様が叔父上を後継者にすると決定しました。まだ公式に発表はされていませんが、これで今までの苦労も無駄ですね。叔父上は必ず父上への復讐をするでしょう。叔父上にしてきたことを、今度は父上が受けるのです」


 全部嘘っぱちだ。そんな情報を俺が知るわけがなく、叔父上なんて一度挨拶をしただけで顔も覚えていない。だが今の父上に俺を疑う知恵など無いだろう。自分が思っている事を肯定したやっただけ、これはよく効くのだ。

「あああああああああ!!くそ!くそ!くそ!あいつが!」

「父上、望みのままに行動してください。このままでは排除されておしまいです。父上自身が今まで行っていた事でしょう」

「うるさい!だまれぇぇ!」

「お望みのままに」



 黙れと言うから黙って退出した。今は存分に怒りに浸ればいい。

 そのまま鍛えた足を使って伯爵邸へ忍び込み、寝ているグランパの枕元にナイフをぶっ刺した。

 言葉を交わす必要はない、そのまま叔父上にも同じことを行う。

「いつでも殺せるのだ」という脅し、何かを要求するわけじゃない。意味なんて無い。怖がらせるだけが目的。


 当然父上を疑うだろうが何も証拠はない。父上の立場ならそのまま殺してしまえば済む訳だしな。


 俺は少し煽ってやるだけ。どうなろうと構わない。争ってくれたら稼げるなってだけだ。




 それから僅か10日後。毒を盛られた伯爵の葬儀が執り行われた。

 笑みを堪えきれない父上、憎しみの滲む顔を隠しもしない親族。勝手に激しい口論になり、叔父は途中で退席した。

「アリア、お前は今すぐ屋敷に戻れ。ここは戦場になるぞ」

「えええ!?ルカ様はどうするんです!?」

「俺にはやることがある。さっさと動け」


 叔父上にあるのは憎悪だけじゃない、やらなければ自分も殺されると確信している。今更大人しく引き下がる理由がない。

 戦いの始まりだ。初戦は引き分けにしてもらうぜ。

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