喜びには感謝を ~感謝の為なら飯も炊くし流星も砕く~

無職無能の素人

第1話 ありがとうは魔法の言葉

「煉獄で2000日魂を焼いてから畜生に転生じゃ!」

「まってください!僕はなんにもわるいことなんてしてない!」

「人の法など関係無い!では次!」


 抵抗する男を恐ろしい鬼たちが引きずっていく。

 なんと恐ろしいところに来てしまったのだ!閻魔みたいな奴に人が裁かれているぞ!というか閻魔そのものなのか?

 まずい、俺は死にたくない、既に死んでいるのかもしれないし上手く思い出せないがとにかく死にたくない。俺の順番が廻ってくる前に観察してなんとか上手い手を考えなくては!


「私は犯罪等は行っていません!」

「人間の法など知らん。親不孝者、地獄行き」


 なるほどそうか、あいつら人じゃ無さそうだもんな。でも親不孝とか怠惰とか飽食って言われるとキツイぞ。


「私は沢山寄付をしました!人々の為の活動もしました!」

「その割に感謝を集めておらんの。地獄行き!」


 寄付とか意味無いの!?いや、感謝か。これがポイントか?感謝を集めていないと言った、つまり感謝の量を見ることが出来る?感謝……、そんなのされた覚えがねぇよぉぉ!コンビニの「あざざしたぁ」くらいしか浮かばねぇ!!


「あの、わ、わたしは特に悪いことはしてないです……」

「うん?うん、まぁまぁ感謝を集めておるな。人間に転生じゃ!煉獄行き!30日!」


 やはりポイントは感謝だな。それならもっと早く「感謝を集めておくといいことあるよ!」って教えてくれよ!


「私は開発者です!私の開発した医療器具で沢山の人が救われました!」

「そうか、仕事ばかりしていたようじゃの。地獄行き!」


 厳しい・・・!あまりにも・・・・・!

 どうやら必要なのは直接の感謝だな。遠くの誰かにお金を送ったり人類の役にたつって話じゃない。誰か、人以外も含むかもしれないが、直接善行をして感謝を集めないといけないってことか?

 ここまで分かったがもう俺の番だ。そして俺に善行の記憶など無い。だが地獄は嫌だ、というか死にたくない、生きていたい!俺は死にたくないんだよ!


「次!」

「はい!私には感謝を大量に集めるプランがあります!実行に移すための環境が整えば必ずや!機会を与えられれば必ず誰よりも感謝を集めてみせます!」

「ほう、面白いやつが来たな!何故感謝を集める?」

「それがここで必要な事だからです!」

「ふん!目端が利くようだな。近頃は感謝が集まらなくてのう、お前にそれが出来ると言うなら使ってやろう!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!心の底からありがとうございます!」

「ほう!偽りのない感謝じゃ!よし、お前は転生じゃ!天禀をくれてやるからさっさと煉獄で魂を洗って転生しろ!ただし!必ず感謝を集めてこい!少なければ永遠に地獄に封印じゃ!」

「はっ!必ずや成し遂げてみせます!!」


 その後、恐ろしい鬼どもに案内されて煉獄へとやってきた。ここで魂を浄化して転生の準備をするらしいが。

「こいつの期間は?決まってないのか?」

「急ぎとのことだ。おい!魂が浄化出来たらさっさとあそこを登って転生しろ!分かったな!」

 そこには亡者たちが手を伸ばしても寄せ付けない真っ白な階段があった。天へと続く長い長い階段だ。

「はい!急ぎ転生いたします!」


 そして俺は煉獄に入ると同時に階段へとダッシュした。浄化などされてたまるか!俺は生きるぞ!俺の魂は不滅だ!!



 亡者たちを押し退けて階段へと辿り着く。俺は急げと言われているからな!悪いが特急券持ちだ!

 ふわふわと浮いていく人魂の間を己の足で駆け抜ける。すぐに獄卒共に見つかるがお構いなしだ!ここを登りきれば!俺は!俺は!……………。




「ふやぁぁぁ!ふやぁぁぁ!」

「𐌰𐌳𐌵𐌶𐌹𐌼𐌺𐌻𐌴 ! 𐌲𐌷𐌼𐌹𐌳𐌰𐌹𐌰𐌼𐌽𐌴𐌍𐌰𐌼 !」

「𐌳𐌹𐌽𐌾𐌴𐌻𐌰𐌹𐌽𐌳𐌰𐌹𐌳𐌹𐌿𐌹𐌼、𐌜𐌰𐌷𐌴𐌹𐌳𐌸𐌰𐌹𐌹𐌼 」

 おりょ?






 俺は思惑通りに自分を保ったまま転生する事に成功した。

 しかし幼児期は退屈で退屈でしかたなかった。

 動けない、見えない、話していることも理解できない。食事は母上のミルクだけだ。と思ったらコレ乳母だったらしい。我が家はお金持ちでした。

 少しずつ言葉を理解し、動けるようになって気付いた。ここ、俺の知ってる世界じゃねぇわ。

 電気は無くて明かりはランプと蝋燭。仕事着の人達が指を向けて何かを呟くと小さな火が灯る。ありゃ魔法だわ、魔法だろ?魔法であってくれ!

 魔法の存在。自分がもらった天稟。それらに心躍らせながらも、不自由で少々退屈な幼児期が過ぎさっていったのだった。



 俺の名はルカ・ヴァルデス。本当はもっと長いが割愛する。御年10歳

 我が家はギリギリ上級貴族の伯爵家、母はお妾、俺は第五子で三男だ。妾ってのは愛人よりはずっとマシなんだぜ。そしてそれ故に俺の立場は微妙である。

 正式な夫人の子じゃないので家を継ぐ権利はない。一方で、愛人の子なら庶民になるが、正式な妾の子は貴族の子供となる。

 つまり、俺は家を継ぐことはないが、このヴァルデス家の一員なのだ。明らかに格下ではあるが家族の一員。超微妙です。


 しかしそんな事ではへこたれない!俺は伯爵家の(下っ端達の)人気者だ!

「ルカ様!その様な事は私が!」

「ルカ様!おやめください!」

「ルカ様!部屋でサボっていいですか?ありがとうございます~」

 うむ、微妙な感じだな。

 そんなある日、父上である伯爵家嫡男様に呼ばれた。伯爵様はグランパね。


「明後日、次女のシエラが10歳になるので礼拝に行く。お前も10歳だろう、ついでについて来い」

「はい、ありがとうございます!」

「毎度礼を言うな気持ち悪い」

「ご指導ありがとうございます!気をつけます!」

「ちっ!阿呆が」


 はい、父上性格悪いです。子供が丁寧にお礼を言ってるのになんなの?外道なの?

 色々聞いてみるとこの国では10歳になると「ここまで生き残ったぜ!」という気持ちで礼拝するものらしい。俺の10歳の誕生日はスルーされたので、妹様のついでという事だ。



 翌日。

 ガラガラと車輪が煩い馬車の中、流石に歩かせる訳にも行かない俺を乗せて実に嫌な空気が流れている。

「アンタ、まだ生きていたのね」

「ありがとうございます!シエラ様の役に立つために日々勉強しております!」

「うっざ」

 嘘でいいからありがとうって言えやクソガキャァァ!!俺に感謝をよこせってんだ!!

「なに?」

「お気遣いありがとうございますシエラ様!シエラ様の為に何が出来るか考えておりました!」

「きっしょ」

 ふぅ、やはりこんなメスガキからは欠片程の感謝も生まれないな。死ねっ!(用済み)


 そんなこんなで教会に着いた。庶民たちがうろちょろする教会の真ん前に馬車が止まる。

「伯爵様のお越しだ!どけどけ!」

 あんな乱暴に庶民をどかして、そういう態度が全部無駄な恨みになるんだよ?君、責任取れるの?だが父上は一切気にした風もなく、これが生粋の貴族ってやつなのかねぇ。


「あうぅっ」

「どけババア!邪魔をすると許さんぞ!」

「待って、そんなふうにしたらお婆さんが困っちゃうよ。さあお婆さん、迷惑かけてごめんね。少し端に寄っておこう」

 倒れた婆さんを発見して全力でシュバった。父上はおこになりそうだが、感謝を受け取る機会を逃すわけにはいかない。このチャンスを作ってくれたクソ兵士に感謝。


「膝を打ったのかな。ごめんね、今はここで座っておいて。後で誰かに診てもらうからね」

「ぼっちゃん、ありがとうございます。私などに親切にしていただいて」

 ヨシ!感謝あざます!!

「擦るとちょっと楽になるからね」

 さすさすと擦りながらお礼に魔法を発動する、仄かな発光を手で覆って隠しながら治療を終えた。

「あら!本当に痛みが…!以前からずっと痛んでいたのに!坊っちゃんほんとうにありがとうございます!ありがとうございます!」

「ううん、アレは僕の家の人だから、ごめんなさい。それよりおばあさん、名前と住んでいる所を教えてもらっていいかな。職場は?家族は?今度また様子を見に行くよ」

 感謝には感謝で返す。いただいた感謝のお裾分けが更に感謝として戻ってくるのだ。素晴らしいだろう?だからみんなもっと俺に感謝しろ。



「何をしている、早く来い」

「すいません父上!すぐに参ります!お声がけありがとうございます!」

「うるさい」

 はぁ、感謝をしらない男め。いつかお前は俺から貰った感謝に対して泣いて感謝する日が来るんだよ。その日が楽しみだぜ、さっさと死ね。(希望)


「グズ、なにしてるのよ」

「罵倒ありがとうございます!怪我をしたお婆さんを介抱していました!」

「ふん、たまにはまともな事してるじゃない。キモいけど」

「お褒めいただきありがとうございます!」

 なんだよ、微妙にいい子みたいな事言うんじゃねぇよ、ツンデレのつもりかよ。礼を言わないお前に用はねぇ。


 家族はクソだがお婆さんからダブル感謝を頂いてウハウハである。

 これが俺の天稟、感謝をポイントに換算して色々な物と交換が出来るのだ!

 魔法を発動したり、体を強化したり、色々な物と交換出来たりもする。俺にとっては他人からの感謝こそ、いくら感謝しても足りない最高の報酬なのだ!



「ヴァルデス伯爵、お越しいただきありがとうございます」

「あぁ、今日は娘を頼む。これを」

「これはこれは、お気遣いありがとうございます」

 父上がここに来て布施を渡しただけで2回も感謝を受け取ってやがる。羨ましくはあるが、質の悪そうな感謝だぜ。きっとアレ臭いよ、たぶん役に立たない、絶対そう。


「それでは、幼少期を見守っていただいた事に感謝の祈りを捧げてください」

 中央前に妹様、俺は斜め後ろのポジションで感謝の祈りを捧げる。

(ありがとうございます!俺はここで頑張って感謝を集めます!この機会を与えてくれたあなた様方に心からの感謝を!そして必ずや大量の感謝を集めて捧げさせていただきます!ありがとうございます!!)


「うむ、よい心構えじゃ」

「はっ!あ、あなた様は!」

 気づくと目の前に閻魔様っぽい人が!というかここどこ?ワープした?

「ここはお前の居た場所とは違う。時間は止まっているから安心するといい。それよりお前の行いについて話す必要があってな」

「ま、まさか・・・地獄行き?」

「元々はそのつもりじゃったが、お前、真面目に感謝を掻き集めておるようじゃのう。まだまだ少ないが、大人になればもっと集めやすいかもしれんという事で今回は目溢しとする」

「クソありがとうございまぁぁす!」

「うむ、だが処罰無しとはいかん。よいか、お前は次に死ぬまでに常人の100倍の感謝を集めよ。それが出来ねば地獄行きじゃ」

「ひゃ、ひゃくばい?」

「そうじゃ、よくがんばれよ」

「ひゃ……、ありがとうございまぁぁす!」

「よしよし、それでよい。わしのくれてやった天稟を上手く利用するのじゃ。ではな、たまに見ておるぞ」



「はっ!」

 気づいたら戻っていた。周囲には特に変化もない。

「はい、祈りは届きました。」

 何も分かって無さそうな神官が告げる。こいつは神官だが、どの程度の感謝を集めているんだろう?俺が積極的に善行をしてどれだけ感謝を集められるんだろう。


「帰るぞ」

 父上はどれだけ感謝を集めているんだろう?周囲の庶民の顔を見る限り、大量の感謝が捧げられているとはとても思えない。



 常人の100倍の感謝か。並大抵のことじゃない。

 100倍の感謝を集めないと地獄行きだ。いいさ、100倍の感謝を集めるほどなら俺はこの能力を使って永遠に生きてやる。


 決めた。どんなに汚い事をしてでも俺は伯爵になる。継承権が無いと言うなら誰かに成り代わってでも俺が伯爵となる。

 そして領民から大量の感謝を集めるのだ。

 それが偽りから生み出された物であろうと、大量の感謝こそが俺の求めるものだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る