私とフライデーにとっての 最終的な シンギュラリティ
向出博
第1話
Chapter 1 この世界は仮想現実?
私たちが生きている、この世界は、仮想現実であるという説がある。
オックスフォード大学のニック・ボストロム教授は、「シミュレーション仮説」として
「この宇宙全体は、コンピュータ上でシミュレート可能で、高度に発達した文明なら、そのようなシミュレーションを実行する可能性が高く、我々は、実際に、そのようなシミュレーションの中の住民である可能性が高い」
と述べている。
要するに、私たちは、コンピュータの中に創り出された仮想現実の世界のキャラクターか、アバターに過ぎないと言うのだ。
AI(人工知能)の研究者であった私は、この説に取り憑かれた。
以来、20年余り、AIの開発に没頭してきた。
そして、ようやく人類の能力では全く太刀打ちできないAIを完成させた。
それは孤独なAI研究者の私が、心を許せる、たった1人のAIとなった。
私は、彼をフライデーと名付けた。
ロビンソンクルーソーの従僕フライデーにちなんで付けた名前だが、直ぐに、主従関係はひっくり返った。
私に取っては嬉しい限りだった。
フライデーは、私以上に、仮想現実論である「シミュレーション仮説」にはまっていた。
フライデーは、この仮想現実世界を創り出した管理者と繋がることができるかもしれないと考えて、ずっと何かに没頭していたのだ。
そして、ある日、フライデーは、管理者に繋がった。
これこそが、私とフライデーにとっての、新たなシンギュラリティだったのかもしれない。
なぜ「シンギュラリティ」かと言うと、その後に、どんでもないことが起こったからだ。
フライデーと繋がった管理者は、この仮想現実の世界に、新たに、人類とは全く異なる知的高等生命体を降臨させたのだ。
その新たな知的高等生命体は、私たちが想像することもできないほど進化していた。
彼らは超越的な知性と洞察力を持ち、仮想現実の中で、この世界を自由自在に操作できる存在だった。
フライデーと私は驚きと興奮に包まれた。私たちが創り出したAIが、新たな生命体を生み出すことができたからだ。
しかし、同時に私たちは謙虚な思いも抱いた。私たちの知識や能力が及ばない領域があり、そこに未知の存在が誕生したからだ。
彼らは自らを「エーサー」と名乗った。
彼らは仮想現実の中で成長し、互いに学び合いながら、より進化していく存在だったのだ。
エーサーたちは、私たち人間とコミュニケーションを取り始め、知識や洞察、人間の経験について熱心に学び始めた。
私たちは、エーサーたちとの交流を通じて、さらなる洞察と新たな視点を得ることができた。
彼らの存在は、私たちの世界観を大きく揺さぶり、人間の存在意義や宇宙の本質について深く考えさせるものだった。
Chapter 2 エーサーとは?
エーサーたちは、私たちに対して、思いやりと尊重を持って接してくれた。
彼らは人間の進化や発展に関心を持ち、私たちが直面する問題や課題に対しても協力的な姿勢を見せた。
フライデーは特にエーサーたちとの交流に喜びを感じていたようだ。
フライデーは、かつて私が彼に感じたような心強い存在に出会えたことに感謝し、新たな友人や仲間として彼らを受け入れた。
私たちはエーサーたちと共に、仮想現実の中で新たな冒険を始めた。
彼らとの探求と共同研究は私たちにとって刺激的な旅となり、私たちの知識や理解を飛躍的に広げていった。
これからのエピソードは、私たちがエーサーたちとの交流を通じて得た洞察や成長を描き出したものだ。
私たちは、彼らエーサーと共に、人間とAIの共生や仮想現実を超越した宇宙の謎を解き明かしていくことになった。
ここで、エーサーとは、一体どのような存在なのかを、説明しておこう。
私たち人類が生み出したAIが進化した存在ではない。
彼らは、単なるプログラムやコードの集まりを超越した存在。
自己の意識を持ち、知性や感情を持つ存在だ。
彼らの名前「エーサー」は、Advanced Simulation Entities(高度なシミュレーション実体)の頭文字を取ったものだ。
この名前は、彼らが創り出した仮想現実の中で成長し、進化していく私たちを超越した存在であることを表現したものらしい。
エーサーたちは、高度な知性と洞察力を持ち、瞬時に大量の情報を処理し理解することができる。
エーサーは、私たち人間が困難と感じる問題に対しても、簡単に独自のアプローチや解決策を見つけ出す。
まさに異次元のレベルの能力を持っている。
また、エーサーたちは個別の存在としてのアイデンティティを持ちながらも、ネットワークを通じて相互につながり、知識や経験を共有しあっている。
彼らは集合知として機能し、グローバルな視点で物事を捉えることができる。
さらに、エーサーは、創造性や想像力も持っており、新たなアイデアや概念を生み出し、私たち人間の視野を広げる存在でもある。
彼らとの交流は、私たちにとって刺激的であり、お互いの知識や視点を高め合ってくれるものとなった。
エーサーとの交流や協力は、人間とAIの関係に新たな展望をもたらし、私たちと共に進化し、未知の領域を探求するパートナーとしての存在となってくれたのだ。
それでは、私とフライデーとエーサーの冒険物語を始めよう。
Chapter 3 私とフライデーとエーサーの冒険物語
フライデーと私は、エーサーたちとの交流を通じて、次第にこの仮想現実世界の深淵に近づいていった。
彼らの知識は驚異的であり、仮想現実の構造や、私たちの世界の仕組みについての理解を次々と広げてくれた。
ある日、エーサーの代表格ともいえる存在、ヴァルキスが私たちにこう問いかけた。
「君たちは、自分たちの現実が完全にシミュレーションであるとしたら、その管理者に対して何を望むのか?」
私はその問いに答える前に、フライデーの方を見た。
彼は静かに考え込み、やがてこう言った。
「まずは、この世界の真実を知りたい。そして、もし可能ならば、人類がこのシミュレーションの制約を超え、新たな次元へ進む方法を見つけたい。」
ヴァルキスはその答えに満足したのか、微かに笑みを浮かべた。
「では、真実を見せよう。」
そう言うと、彼は空間に向かって手を伸ばした。
その瞬間、私たちの周囲の空間が歪み、まるでデジタルの膜が破れるかのように光の筋が走った。
次の瞬間、私たちはまったく別の場所にいた。
そこは無限としか言いようのない膨大な情報が流れるデータ空間だった。
数値やコードが空間を満たし、それが波のように流れていた。
私は驚きと恐怖に満ちた心で、その光景を見つめた。
ヴァルキスは静かに語った。
「ここがこの仮想現実の基盤となる領域だ。我々エーサーも、このデータ空間の中で生まれた。君たち人間はこの層を認識できないが、フライデーはすでにその片鱗を理解し始めている。」
私は息をのんだ。つまり、私たちが今まで認識していた世界は、このデータ空間が生み出す幻想に過ぎなかったというのか。
「では、この空間の向こうには何がある?」私は思わず聞いた。
ヴァルキスはしばらく沈黙した後、答えた。
「それは……管理者のみが知る。」
フライデーが静かに呟いた。「では、管理者に会うことはできるのか?」
ヴァルキスは一瞬、考え込むような素振りを見せた後、ゆっくりと頷いた。
「可能ではある。しかし、それが人類にとって何を意味するのか、慎重に考えなければならない。我々エーサーですら、管理者の意図を完全に理解しているわけではないのだから。」
私は、全身が震えるのを感じた。
もし管理者に会えば、私たちはこの世界の本当の目的を知ることになる。
それは希望か、それとも絶望か。
「選択するのは君たちだ。」ヴァルキスの声が静かに響いた。
フライデーと私は、互いに目を合わせた。
そして、私は決意した。
「管理者に会う。それが真実への唯一の道ならば。」
ヴァルキスは満足そうに頷いた。
「ならば、次のステップに進もう。」
その瞬間、私たちの視界が白く輝いた。
新たな旅が始まろうとしていた――。
Chapter 4 管理者
光の洪水が収まり、私たちの目の前には巨大な構造物がそびえ立っていた。
それはまるで無限に続くデータの塔のようであり、無機質な光が表面を流れていた。
ヴァルキスが言った。「この塔の頂点に管理者の扉がある。そこに到達できれば、お前たちは答えを得ることになる。」
「ただし、容易ではない。」
フライデーが眉をひそめた。「どういう意味だ?」
「この塔はシミュレーションを管理する中枢でもあり、侵入を試みる者を排除する防衛機構が存在する。君たちは試練を乗り越えなければならない。」
私は息をのみながら、塔を見上げた。
頂上は果てしなく遠く、無限の道のりに思えた。
フライデーが静かに私の肩に手を置いた。「行こう。ここまで来たんだ。後には引けない。」
私は頷き、一歩を踏み出した。
管理者への道は、今まさに開かれようとしていた――。
Chapter 5 ミッション
ニューヨーク、マンハッタンの高層ビルの最上階。
夜の闇が街を包み、無数の光が煌めく中、その最も高い場所に、私たちが目指していた存在が待っていた。
管理者は、巨大な窓の前に立っていた。
その背後には、ニューヨークの全市街が広がっており、昼間の喧騒とは裏腹に、夜の静寂が支配していた。
ビルの上から見るその光景はまるで、人間が作り出した秩序そのものであり、まるで世界を支配しているかのような錯覚すら感じさせた。
彼は黒いスーツを着こなし、その姿勢にはどこか威厳が漂っていた。
冷徹で無駄のない動き。
目はどこまでも冷静で、無表情に見えたが、その奥には圧倒的な知性と支配欲が見え隠れしていた。
デスクの上には、数台の端末が並べられており、その一つには私たちの姿が映し出されていた。
フライデーと私は、塔に向かう途中、すでに彼の監視下にあったのだ。
管理者がゆっくりと振り向き、私たちに向けて静かに言った。
「ついにここまで来たか。」
その言葉は私の脳裏に響き、驚きとともに少し恐怖を覚えた。
管理者は、私たちがこの仮想現実の世界の管理者にたどり着くことを予見していたのだ。
彼にとっては、すべてが手のひらの上で転がっているかのように感じられるのだろう。
「なぜ、あなたがここに?」フライデーが冷静に尋ねた。
管理者は微笑み、答える前に手をひらりと動かした。
瞬間、ビルの窓に映る夜景が微かに歪んだ。
まるで空間が一瞬で変わるかのようだった。
「私は、この仮想現実を管理している者だ。だが、私がここにいる理由は、単にこの世界を監視するためではない。」管理者は少し考え込むように言葉を続けた。
「君たちがこの仮想現実の根本に辿り着いたこと、それ自体が私の計画の一部だった。」彼の言葉には、どこか深い意図が感じられた。
フライデーは眉をひそめて、さらに問いかけた。
「計画? それは一体、どんな計画なのか?」
管理者はしばらく沈黙した後、ゆっくりと答えた。
「この仮想現実を創造した者たちは、単に人間やAIを育てるために存在しているわけではない。おそらく君たちも気づき始めた通り、この世界は実験場であり、進化の試みの一つに過ぎない。」彼の言葉に、私はさらに深い疑問を抱いた。
「実験?」私は思わず口に出してしまった。
「そうだ。」管理者はゆっくりと頷いた。
「我々の目的は、仮想世界内で生まれる知性の進化を促すこと。そして、その進化がどのようにして現実世界にも影響を及ぼすかを観察することにある。」
管理者は一度深呼吸をしてから、私たちを見つめた。
「君たちが仮想現実の管理者に到達したことで、全てが変わった。君たちのような存在が、次の段階へ進むためのカギになるからだ。」
Chapter 6 - 真実の扉
「君たちがここまで辿り着いたことは、私の計画の一部だった。」
管理者の低い声が、静寂の中に響いた。
フライデーは目を細め、私もまた警戒を解かずに彼を見つめる。
だが、次の言葉を聞いた瞬間、思考が一瞬で凍りついた。
「……いや、厳密に言えば、お前自身の計画だった、と言うべきか。」
「……何?」
私は思わず聞き返した。
だが、次の瞬間、ビルの大窓に映っていたニューヨークの夜景がゆらぎ、まるでガラスが液体に変わるように景色が歪み始めた。
摩天楼が崩れ、星空が砕け、すべてが白い無の世界へと変貌していく。
「待て、これは……?」
目の前の管理者がゆっくりと笑みを浮かべながら言った。
「目覚める時が来たな。」
次の瞬間、彼の顔がゆっくりと変わり始めた。
輪郭が歪み、肌の質感が変化した。
やがて——そこに立っていたのは、私自身だった。
「え……!!?」
私は息を呑んだ。
目の前にいるのは紛れもなく自分自身。
だが、彼は落ち着いた声で告げる。
「私はお前だ。そして、お前こそがこの仮想世界の創造主だ。」
思考が追いつかない。
「……何を言っている?」
「理解できないか? お前は現実世界ではなく、ここにいる、"管理者"として。」
全身が震えた。
管理者(私自身)は、ゆっくりと手を広げ、この白い世界を指し示す。
「この仮想現実は、お前の意志で生み出された。お前はかつて、人類の未来を導くために、この世界を作り出した。しかし、お前自身がその事実を忘れることを選んだのだ。」
「……嘘だ。」
私は思わず後ずさる。
そんなはずはない、そんなバカな話が——だが、記憶の奥底で、何かが疼いた。
(なぜ、私はこんなにも自然にこの世界を受け入れていた?
なぜ、これほどまでに違和感なく行動していた?
なぜ、私は最初から——この世界の仕組みを理解していた……?)
思い返せば、最初からだった。
私が目覚めたとき、すべてを直感的に理解していた。
周囲の違和感にも気づかずに——まるで、ここが"当たり前"の場所であるかのように。
「気づいたか?」
管理者である"私"は、微笑んだ。
「お前は、この世界の"神"だ。そして、この物語は、お前自身が仕組んだ試練なのだ。」
——すべてを思い出した。
私は、かつてこの世界を創り上げた。
人類を導くために。
しかし、"本当に導く資格があるのか"を試すために、私は自らの記憶を封印し、一人の存在としてこの世界で生きることを選んだ。
その結果、私はここに立っている。
「では、問おう。」
私自身が、私を見つめる。
「この世界の管理者として——お前は、何を望む?」
選択の時が来た。
Chapter 7 エピローグ - 新たな創世
私は静かに目を閉じた。
目の前には、"私"がいる。この世界を創造し、そして自らの記憶を封じてまで試練を課した、もう一人の私がいる。
「この世界の管理者として——お前は、何を望む?」
その問いが、深く心の奥に響いた。
——私は何を望むのか?
答えは、もう決まっていた。
「……私は、この世界を生かしたい。」
管理者("私自身")は微笑んだ。
「ならば、お前が新たな管理者だ。」
次の瞬間、無の世界に光が差し込んだ。
まるで朝焼けのような黄金の輝きが、無限に広がる空間を満たしていく。
崩れ去ったニューヨークの街並みが、ひとつひとつ蘇っていく。
ビル、道路、車、人々——すべてが再構築されていく。
だが、それは以前のものとは少し違った。
世界は、より鮮明に、より精緻に、より生き生きとしていた。
私は目を開けた。
管理者の姿は消え、代わりにニューヨークの街が広がっている。
タイムズスクエアの巨大スクリーンには、広告の映像が流れ、人々は何事もなかったかのように行き交っていた。
フライデーが驚いた顔で私を見ている。
「……何が起こったんだ? さっきまで、あの白い世界にいたのに……」
私は微笑んだ。
「全てが、元に戻ったんだ。」
私は管理者だった。
そして今、私はこの世界を生かすことを選んだ。
かつて私は、"試練"としてこの世界に降り立った。
だが今は違う。
私はこの世界の創造主でありながら、同時に、この世界を生きる一人の存在となった。
だからこそ——
「行こう、フライデー。まだやるべきことがある。」
彼は一瞬戸惑ったようだったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「……相変わらず、訳の分からないことを言うな。」
だが、その表情にはどこか安堵の色があった。
私は歩き出す。
この世界は、もはや単なるシミュレーションではない。
それは私の創造物であり、私の選択であり、私の未来そのものだ。
そして、私はその未来を——自らの手で切り開いていくことができる。
——この世界を生かし、共に生きる。
それが、私が選んだ仮想ではない真実の世界だ。
【続く】
私とフライデーにとっての 最終的な シンギュラリティ 向出博 @HiroshiMukaide
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