ナナたん ケントくん3

オカン🐷

第1話 演劇

「んっ」


 カズは鼻をひくつかせ、ポケットから取り出したハンカチを隣に座るケントの鼻に当てた。


「鼻から空気を吸わないで、できるだけ口で息をするんだ」


 カズは膝の上に乘っていたマナをおろした。

 今観た舞台の主人公の真似をしてマナはご機嫌だった。


「やあ」


 マナは小さな握り拳を上げ叫んでいる。


「うん、『やあ』だな。マナはナナお姉ちゃんの所に行っておいで」

「マナ、おいで」


 ナナが両腕を広げた。


 左隣に座るルナにカズは耳打ちした。


「先に降りとくよ」

「うん、わかった」


 ケントの身体を抱き寄せるようにして、人の流れる出口とは反対のステージに向かう通路を行く。


 制止する係員にカズは身分証を見せた。




 しばらくすると隼人と蒼一郎が車に乗り込んで来た。遅れてナナも乗り込んだ。


「ケントくん、大丈夫だった?」

「ああ、パパの考えすぎだったかもしれない。男性の整髪料の匂いがきつく感じられたんだ」

「裏口から出してもらえたの? 何て言って?」

「おい、パパは医者だよ」

「ああ、そうだった。それで、口で呼吸するといいの?」


 隼人は自分の鼻を押さえて言った。


「効果あるかどうかわからないけど、やってみたんだ」

「ふ~ん」


 後部座席を振り返ったカズは尋ねた。


「ママたちはサトリさんの運転する車に乗った?」

「うん、お祖母ちゃんもチビたちも向こうに乗ったよ」


 助手席に座るケントは小さな声で尋ねた。


「あのー」

「どうした? 気分悪いか?」

「ぜんぜんへいきです。ぼくウチにかえらないとダメですか?」

「家に帰ってもママは日本に行ってるだろう。帰って来るまでウチに泊まるんだろ」


 ケントは安心したように微笑んだ。

 カズはケントの頭を撫でた。


「そんなこと心配してたのか。ケント君一人で帰したらそれこそ心配だよ」


 後部座席から声がした。


「じゃあ、出発。ぼくお腹空いたよ」

「よし、しゅっぱーつ。山根シェフがバーベキューの用意してくれているらしい」

「やったー。BBQ、BBQ]


 兄たちがはしゃぐ中、ナナは無言で座っていた。


「ナナ、どうした? おとなしいな。疲れたか」

「ケントくんか、ちんぱいて、ちんぱいて、よかったあ~」

「そうか、ちんぱいしてたのか」


 後部座席を振り返ったケント。


「ナナちゃん、ありがと。ぼくなんともないよ。げんきだよ」

「よがっだああ~」


 隣席の隼人がナナの頭をポンポンと撫で、車備え付けのティッシュで涙や鼻を拭いてやった。


「おじいじゃ~。うわあ~ん」

「ナナ、お祖父ちゃんじゃないよ、お兄ちゃんだよ」





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