盗み聞き

 教えてもらった銃取り引きの時間に、質屋周辺まで来た。

 

 隣には、コトリもいる。いなくていいのに。

 

 コトリは置いていくつもりだった。

 会計を済ませてレストランを出たとき、何か挙動が変な私に興味を持って尾行したらしい。

 結果、気づいたら隣にいた。

 

 私は人の気配に鋭い自信がある。なのにこれ。慢心は良くないね。

 

 来てしまったらもうしょうがない。最低限必要なことを話して、協力してもらうことに。

 

 ご飯をあげたら勝手についてきて協力してくれるって、桃太郎の犬みたい。

 忠犬だ。

 

「こっからはどうするつもりだ?」

「質屋にそれっぽい人たちが入ってくるまでは、外で待つ。それからは……」

 

 それからが考え物だ。

 壁に張り付いて盗み聞きしようにも、氷の壁に囲まれた建物では、話し声がほとんど外にもれない。

 窓の近くは逆に見つかる可能性大。

 見張りだっているはず。

 

 それを警戒して、今は少し距離を取った空き家に隠れている。

 窓から、ギリギリ質屋の入り口が見えるくらいの。

 盗み聞きできるほどの距離には近づけない。

 

 不意に、スマホが鳴った。電話だ。

 

 かけてきた人間に心当たりはない。私のスマホじゃないから当然。名前は何も表示されてない。

 

「ユキ、グループのボスだ。中に入ってったぞ」

 

 スマホの呼び鈴が鳴ってすぐ、コトリがそう言った。

 

 もしかしてと気づいて、電話を取った。

 こちらの音声が入らないよう、マイクはミュート。

 コトリにも聞こえるように、音量を上げる。

 

『ご用は?』

 

 スマホからは、そう声がした。マスターの声。

 

 私にスマホを渡したのは、わざと盗聴させるためか。

 コトリはおまけってこと。なんだか、ずっと手のひらで転がされてる気がする。

 

『用があるのはお前じゃない。こいつだ』

 

 ドタドタと荒っぽい足音。

 椅子を引き、氷を引っかく音。

 席に着いたようだ。

 

 こいつ、と言っていたから、先に待っていた人がいるに違いない。

 

『どうもどうも。ロマンある武器をお求めで?』

『さっさとしろ。時間はリスクだ』

『失礼。こういうのは僕の本業じゃなくてね。例のはもうじき、船便で来る予定だよ』

『今日渡すと聞いていたが?』

『作るのも持ち運びも大変なんだ。作業中に凍った人間が多くてね。今日はこのケースの中の二丁だけ。使うときは連続で使わないことと、素肌に触れないよう手袋をおすすめするよ。芸術作品みたいに、氷の像になりたくないならね』

 

 マスターは取り引きに何ら関わらず、しゃべらない。場所を貸しているだけみたい。

 

『短くまとめて話せ。金は?』

『短気だなぁ。ま、個性ってことにしとくよ。一〇〇丁分。無料でいい』

『ふざけるな』

 

 机をたたく音。

 買い手は元々のしつか、だいぶイライラしている。隣に居てほしくないタイプ。

 

『本当だって。僕は武器がもっと流通してほしいと思ってるから。ボランティアだよ。代わりに、余らせたりはしないでくれよ? あとは用があるときに、僕に協力してくれればいい』

『ふん。用とは何だ?』

『その話もこれからしよう。ところで……ここの質屋は中立を保つ場所と聞いてたが、盗聴は許されているのかな?』

 

 通話越しにも鳥肌が立つほど、空気が変わった。

 

 反射的に通話を切り、辺りを見回して身の安全を確認。

 

 大丈夫。バレたのはこっちじゃない。

 危ないのはマスターのほうか。

 

「コトリ、あなたはここにいて。私は質屋に行く。危なくなったらすぐに逃げて」

 

 コトリはとまどっているけど、迷ってるヒマはない。

 

 すぐさま窓から飛び出した。

 

 ◇

 

 すでに、取り引きしていた二人の姿はなかった。

 盗聴した人間を探し出すより、身の安全のため、場所を変えるのを優先したんだと思う。

 

 マスターの姿が見当たらない。連れ去られた? 小走りで店の中を探していく。

 カウンター後ろまでのぞき込んで、ようやく見つけた。

 

 床に倒れ込んでいる。

 遅かった……。

 

「……ユキか」

 

 いや、まだ息はあった。

 しゃがみ込んでケガの具合を見ようとしたが、血が流れている様子はない。

 待って。今私の名前を呼んだ?

 

「名乗った覚えはないけど」

「俺たちの街で、お前の名前を知らない人間はいないよ。子どもの頃しか見てないが……あんまり変わってないな」

「やっぱり同郷だったんだ。そういうときは、お世辞でも成長したって言ったほうがいいよ。それより、ケガは?」

「致命傷だ。もうじき死ぬ。あいつのロマンある武器ってのは、相当に性格が悪いな」

「どこ?」

 

 倒れてる体をひっくり返した。

 おなかを押さえている手をどかすと、銃で撃たれたと思われる傷。

 でも見た感じ、全然致命傷じゃない。今すぐ病院に行けば大丈夫。

 

「無理だ、諦めろ。伝えるだけ伝えて死ぬ。よく聞いてくれ。まず、ここの壁から二つ目の箱に、盗聴器が入ってる。グループのやつらが俺を監視していた物だ。録音式だから、今は問題ない。後で壊してくれ」

 

 その位置を確認して、うなずいた。

 救急車……は、こんなスラムに来るわけない。

 

「俺はここで質屋を開き、盗まれた氷晶石の情報を集めていた。結果、あの連中が武器に使っていることで確定だ。後のことはすまないがお前に任せる。俺たちの街のことは……あまり気にしすぎるな」

 

 コトリを呼んで、担いで病院まで運ぶしかない。

 とりあえずマスターの体を起こさないと。

 手を持ち直そうとした。

 

「もう一つ、あいつらは銃弾に――」

 

 次の瞬間、マスターは氷に包まれ、時が止まったように動かなくなる。

 

 彼の体に触れた。私の体質をもってしても溶けない。

 

 最後に言いかけた言葉から察するに、銃弾に氷晶石の破片を使っている。

 

 だから、撃たれた後、体内から侵食されて凍ってしまう。氷晶石の侵食の結果なので、私にも溶かせない。

 

 ロマンある武器だか何だか、知らないけど。

 

 こんなもの、嫌い。

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