適切な距離
海を歩いて海氷街に戻り、帰ってきたときにはもう夕方だった。
あの船が到着したはずの臨時の港を見に行ったけど、そこに船の姿はなかった。
もう荷物を下ろして、どこかへ行ってしまったようだ。当然、あのクロウとかいう男の姿もない。
銃だけ引き渡して、帰った……訳じゃないと思う。街でやることがあるとかなんとか言ってたから。
ひとまず、ホテルに帰ることにした。
海水で髪が終わってるし、コートもぬれたままだし。一度洗濯してシャワー浴びて、休んでから、これからどうするかを考えよう。
朝早かった事による眠気とか、歩いた疲れとかであんまり頭が働かない。
「あ、ユキ!」
帰り道に、そう呼ばれた。疲れのせいで、一瞬誰だかわからなかった。
「なんでぬれてるの?」
「海水浴。今、ホテルに帰るところ」
こんなところで海に入る人はいないけど、他にごまかしようがない。
声をかけてきたのはユメ。
少し離れたところには、バンドメンバーの三人がいた。
さっきまで話していたみたい。
お互い、連絡が取れたんだね。
「……あんまり長話はしないほうがいいみたいね」
ユメは私の顔を見た。
変なごまかし方と疲れた様子に、いろいろと察してくれたのかも。
私としても楽器やメンバーとの話がどうなったか聞きたい気持ちはあるけど、体力が足りないので今日は聞かない。
「それじゃ、これだけ伝えとく。明日のお昼に、港の広場に来て。無理はしなくていいけど」
「たぶん、大丈夫。寝たら回復するタイプだから」
「ありがとう。それじゃ、また明日」
それだけ言って、ユメはバンドメンバーたちのほうに帰って行った。
手にはチラシを持っていて、何か催し物でもやるのかな。
残念だけど、私は今ぬれてるから、そのチラシは受け取れない。
明日、現地に行って見るのを楽しみにしていよう。
そのときに、いろいろ聞かせてもらおうかな。
◇
疲れていたおかげでぐっすり眠れたから、かえっていつもよりすっきりした気分で目が覚めた。
昨日、ユメに港の広場に来るように言われたけど、具体的な時間は聞いてない。
お昼って言っても、幅があるし。
用件も聞かされてないけど、たぶん、港の広場でまたライブをやるんでしょ。
だとしたら、お客さんに囲まれてからじゃ、話を聞けない。
だから、早めに行くことにした。
港の広場に近づいても、音楽は聞こえてこない。
まだぜんぜんお昼じゃないからね。
ユメたちはもう来てるかな? 姿を探して辺りを見回す。
いた。広場から少し離れた、歩道近くにあるベンチのところに集まってる。
四人の関係がどうなったのか知りたいし、彼女たちの元にいって話しかけた。
「来たよ。調子はどう?」
「あ、ユキ。ちゃんと来てくれて良かった」
私は遅刻はしないタイプだからね。
何を焦っているのか気になったけど、先に何で呼ばれたのかを聞いた。
やっぱり、港の広場でライブをやるんだって。この前やったばかりの定例ライブじゃなくて、今回はユキの加入おめでとライブってことで。
ユキはキーボード担当として、バンドメンバーに加わったらしい。
学校のメンバーしか入れないとのことだったけど、お金のめどがついたこと、居場所がありそうなことを理由に、ユメは彼女たちの学校に編入することにしたそう。
なんやかんやあったけど、いい意味での普通に戻れて良かったんじゃないかな。
それから……ちょっと思い直して、それ以上は何も聞かずにその場を去ることにした。
話してる最中も、四人ともすでに仲よさそうだったし。
あんまり私が関わらずに、そっとしておこう。
私はどちらかといえば、普通じゃない立場だしね。
私がやるべきことはみんなが普通に暮らせるように、さっさとクロウとかを捕まえて、氷銃を溶かすことだ。
便利屋になるのはよくない。
あとは単なる観客として、ライブを楽しませてもらおうかな。
ライブの時間までにはまだ時間があるし、先にご飯を食べてこよう。
そういえば、港のご飯屋さんはおいしいって聞いてたけど、まだ一回も入ってないや。
お店のレビューを調べるべくスマホを取り出す。
あれ、電源がつかない。
充電切れ?
寝る前にコードを挿したはず……すると、端子から水滴が垂れた。
防水だから壊れてはないけど、端子に海水が詰まってて、充電されてなかったみたい。
……時間つぶしは、散歩で我慢か。運に任せてご飯屋さんにチャレンジするか。
ここ数日は、運に恵まれないな。嫌になっちゃうね。
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