目的は何か

 一晩寝て今後のことを考えて、翌朝。

 

 昨日聞いた話と名刺をユメに持っていこうかなと思ったとき、一つ、致命的なことに気づいた。

 

 ユメの連絡先を聞いてないや。

 

 ユメへの連絡先を持ってそうな人間といえば、知ってるのはリョウくらい。でも、リョウがどこの病院にいるのかも知らない。

 

 どうしようもないし、どこかで会えたら伝えればいいか、とのん気に構えることに。

 

 その間、また港の様子をチェックすることにした。

 

 私がこの辺りを散歩しているのは、海風に当たりたいとか、気分転換とかだけじゃない。

 

 本来の目的は、銃が運ばれてくるであろう怪しい船がないかを探すこと。

 

 盗聴で聞いたときの話で、船便で運ばれてくることはわかっている。

 あとは場所と日時を聞き出したかったけど、結局ボスの口から情報を得ることはできなかった。

 

 こうなったら、自分の足でなんとかするしかない。

 

 今のところ、怪しい積み荷のうわさはない。

 もちろん、誰も気づかないうちに運ばれて、うわさにもならない可能性もある。

 

 だから、なんとかしてヒントを探さないといけないけど、糸口がない。

 港に目を光らせているのは、苦肉の策。

 

「今日も来たのか?」

 

 私の顔を見るなりうんざりした表情になる男は、この港の管理組合の下っ端。いっつも海際に突っ立っていて、船の出入りを管理している。

 

「お仕事は順調?」

「聞かなくても順調だよ。全く。うちのじいさんどもよりお節介だな」

 

 彼も若いようには見えないけど、管理組合は年寄りが多いから、相対的に若者扱いらしい。外での役回りが与えられているのは、そういうわけだと本人から前に聞いた。

 

「予定にない荷物が増えたりしてない?」

「してない。なあ、お前さんは何を探してるんだ?」

「さあ?」

「こっちは質問に答えてるんだから、そっちだって答えてくれたっていいじゃないか」

「女の子の秘密だよ」

 

 女の子の秘密が、氷銃なのは勘弁したいね。

 

 運輸は平常通り。一番怖いのは、すでに見逃していて、もう氷銃は街の中にある場合。そうなったら、全てを回収するのは難しい。

 

 焦る気持ちはあるけど、これ以上できることはないから、しょうがない。

 

 雑談がてらに、別の話題を振った。

 

「そういえば、楽器って他の街から取り寄せられるらしいね」

「取り寄せられるってか、うちの街の楽器は全部他の街からのものだぜ」

「そうなの?」

「ああ、うちの街では作ってないからな。店で並んでるのも全部、隣の街から取り寄せてる

 素直に驚いた。店の商品がどこで作られてるかなんて考えもしてなかったけど、確かにこの街で楽器工場なんて見なかったね。

 

 食べ物とかもそうなのかも。連想していくと、純粋にこの街だけで生産した物って何なんだろう? 

 

「この街って、何を作ってるの?」

「やたら船を気にしてるくせに知らないのか? ここの街は住居ばっかだ。生産に特化した海氷街とは別れてる」

 

 なるほど、役割ごとに街が別れていたのか。なら、食べ物を作る海氷街、製品工場の集まった海氷街、娯楽施設ばっか集まった海氷街みたいなのがあるのかな。

 

 初めて知った。学びだ。

 

 とにかく、今日も変わらぬ様子らしい。

 これ以上いたって、何も起こらないね。

 

「それじゃ、また明日来るからね」

「せっかく来るなら、酒とか持ってきてくれてもいいんだぞ」

「あなたの上役に伝えておくね。仕事中に酒飲みたいって言ってたって」

「おい! それはズルいだろ!」

 

 あの男の人は海際にいるだけあって、ちょっとからかっただけでも生きがいい。

 

 サカナみたいな人だと思った。

 

 ◇

 

 港近くの楽器屋に、再び足を運んだ。

 

 前はユメと二人で、ほとんどユメのためだったから、今度は一人でのびのびと店内を見て回ろうと思って。

 

 店に入ってすぐ、会計レジのところに見覚えある金髪の後ろ姿。ユメだ。

 

 会おうと思うと会えないし、会わなくていいやってときに会っちゃうのが人生だね。

 

 姿を見かけたら、当然話かけないわけにはいかない。

 

 彼女は店員さんと何か話している。用が終わるまで、店内をぶらついて待っていた。

 

 相変わらず、多種多様な楽器がある。

 これらが全部、別の街から運ばれてきてるなんて、けっこう驚きだ。

 

 そりゃ、港で船が何回も行き来してるわけだね。楽器以外にも、食べ物とか人も運んでるわけだし。

 

 さて、しばらくしてレジを見れば、ユメはもう店を出ようとしていた。慌てて後を追って、声をかけた。

 

「何してたの?」

「わ……ユキか。また会ったね。今は、楽器の注文をね。ユキに教えてもらった、別の街にしか置いてない楽器とかを、店員の人に見せてもらって。それで、いい感じのやつを探してた」

 

 私が来てからもけっこう長い時間だし、私が来る前から話していただろうから、熟考の末だね。

 店員さんも仕事とはいえ大変だ。

 ユメの細かい注文に応えるのは。

 

「もう買った?」

「うん。お金は、これからなんとかなるし」

 

 また怪しい方法でお金を稼いでないか、一瞬心配になった。実際は、ちゃんとした求人を紹介所からもらって、そこで働くらしい。

 

 私も聞いたことあるような、ショッピングセンターに入ってるチェーン店の服屋さんだから、今度は変な連中に襲われる心配もないはずだ。

 

 ちなみに、買ったのはキーボードらしい。

 こだわってたわりに、普通な選択だね。

 

 後は私からのメンバー紹介。

 

「私からはこれあげる」

「なに、これ?」

 

 例のバンドの名刺を渡した。

 港の広場で女子高生のグループがバンドをやってることを説明し、興味があるなら会ってみるといいよと助言。

 

 あんまり乗り気じゃなさそうだったけど、港で実際に演奏を見たら、気が変わるかもしれないし。

 

 あとは楽器さえ届いちゃえば、できることは多いでしょ。

 

「いつ届くの?」

「明日だって」

 

 早い! ネットショッピングもビックリの手配速度だ。

 

「ちょうど、大規模に楽器を仕入れるタイミングだったらしくて。運良く、そこに私のも滑り込みでのせてもらえるって」

 

 意外と幸運の持ち主なのかもしれない。

 

 なら、私にできるのはここまでだね。

 

 もともとユメのメンタルが心配で世話を焼くことにしたけど、あんまりお節介が過ぎるのも良くないし、私のスタンスじゃないから。

 

 あとはこのきっかけが、いい方に転がることを祈ってよう、私は。

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