薄氷の旅路

@nun_bikkurima-ku

銃の使用者

銃撃

 今、私は氷の地面をのぞき込んでいる。

 身だしなみチェック。

 

 地面も物も、たいていが氷なおかげで、どこにいても鏡に困らない。

 

 全身を隠せるくらい大きな、フード付きの白いコートが反射して氷に映る。

 よく言えばスレンダー、悪く言えば細すぎる私の体にはオーバーサイズだけど、体も顔も隠せるから、私は気に入っている。

 

 腰までの長い髪は、ところどころボサッとはねたり絡まったりしている。

 ここまで走ってきたせい。

 普段、髪の手入れをサボってるからじゃない。

 

 とりあえず、手ぐしでなんとかしておいた。

 革の手袋ごしだから、髪の感触はよくわからないものの、つやがいいとは言えないな。

 

 左耳についた水晶の耳飾りは、落っこちたりせずにちゃんと耳にぶら下がっている。

 

 肌の状態は……悪くない。

 ここまでの運動のおかげで、普段より血色よく見えるかも。

 

「いい加減諦めたみてぇだな」

 

 地面から顔を上げると、見るからに柄の悪い男が、私に向かって銃を構えている。

 

 さっきっから私を追いかけ回しているのがコイツだ。

 どこからそんな体力が湧いてくるのかな。

 時間だって有限なのに。

 

「こんな堂々とストーカーして、恥ずかしくないの?」

「誰がストーカーだこのアマ! ふっかけてきたのはてめぇのほうだろ!」

「アマじゃないよ。私はユキ」

「名前の話はしてねぇよ!」

 

 男は叫んだ。

 腕に力がこもって、銃口が一緒に揺れた。

 ここまで走ってきたのに、まだ元気みたい。

 

「私、ご飯食べてるときにうるさくされるの嫌いなの。知らない?」

「知るかよ!」

 

 さっき、レストランで温かいご飯をおいしく食べていたときのこと。

 突然やってきたこの男が店員ともめて暴れ出した。

 

 極めて不愉快な気持ちになった私は、つい手が滑って顔面に拳を飛ばしてしまったのだ。

 

 で、逃げてきた。

 

 予想外だったのは、あまりにもしつこいことと、武器を持っていたこと。

 こんな程度のヤカラが、銃まで持ち出してくるなんて思わないし。

 

 銃は現在製造が困難で、そこら辺の荒くれ者に手に入るような代物じゃないのにさ。

 

 このまま走っても逃げれるけど、下手に発砲されて、そこら辺を歩いていた人を巻き込んでしまったら大変だ。

 

 そこで仕方なく、ここで決着をつけることに。

 

「面倒だからさっさと終わりにしようよ。一秒で」

「うるせぇガキ! 死ね!」

 

 こら、見た目が子どもっぽいからって、と口に出す暇もなく。

 

 男は引き金を引いた。

 

 が放たれ、私のコートに刺さる。布生地は厚い。

 

 しかし、いとも簡単に貫いた。

 

 まるでドラマのように、体をあお向けに倒し、私はそのまま、指一本も動かない。

 

 男は怒りを晴らし、豪快な足音を鳴らしてどこかへと帰って行った。

 

 辺りに人通りはなく、静寂が辺りを包んでいる。

 

 そして、私は死んだのだ――。

 

 

 

 という風に見せかけて、地面にしばらく横たわる。

 

 しばらくたった後。

 

 もう一度、人の気配がないことを足音と第六感から確認して、ゆっくりと起き上がった。

 

 死んだふりにだまされるあたり、普段からこういうことを生業にしてるわけじゃなさそう。

 

 コートの胸元には、穴があいている。

 その周りはうっすらと水にぬれていて、わりかし柔

らかいの肌が露出している。

 

 また買い直さなきゃいけないのが腹立たしい。

 報復してやりたいけど、また同じ事になるのはあまりに面倒。

 

 それにしても、いきなり銃なんて物騒すぎる。

 

 あいつがたまたまおかしかっただけなのか。

 普通の人よりは長く旅をしてきたけど、ここまで短気なヤツは初めてだ。

 

 街に来て早々、先が思いやられる出来事だったな。

 

 ◇

 

 今日のトップニュースは、へんかいひようで作った新型の車について。

 

 新しく車が開発されたわけじゃない。

 別に今だって、目の前を氷のボディでできた車が道路を走っている。

 

 多様なニーズに対応して、カラーバリエーションが増えたらしい。

 

 ネット上のニュースサイトには、そんな宣伝じみた話が流れていた。

 

 過去の加工品と現代の氷が入り混じる現状を見た過去の人と未来の人が、それぞれなんて言うか、機会があれば聞いてみたい。

 

 変異海氷はプラスチックより加工しやすく、コンクリートより堅く、鉄より鋭い。

 そしてとある条件下では全く溶けることのない、文字通り変な海の氷。

 

 だから地面にも、建物にも、皿やコップにも、包丁にもなる。

 

 かつては現実に見る夢と言われた変異海氷も、もう新しい技術ではなくて、生活にありふれた材質に。

 

 陸地は全て沈んだけど、これほどの技術を手に入れたんだし、人類にとってはプラマイゼロってやつかもしれない。

 

 海水を凍らせて、海に浮かぶ街にとっては無限の材料。

 

 でもさっき言ったように、とある条件がある。

 

 変異海氷を作り、保つためには、専用の製氷機、もとい氷晶石が必要。

 絶対に溶けないわけじゃないし、メンテナンスやリフォームだって必要。

 

 材料が無限でも、氷の領土の大きさ、作れる物資の寮は、製氷機の性能に依存する。

 

 結果、一つの市くらいの広さで浮かぶ氷の上に、海氷街と呼ばれる生活拠点を作り、それが船のようにたくさん海の上を漂い、さらにその上で人が生活している。

 

 氷と氷を氷の船で移動し、あるときは移住、あるときは貿易、そしてあるときは――戦い。

 

 そうやって、人は生き延びている。

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