第33話「同じ歩幅で」

 二人で体育館内に戻っていくと、そこからは春花が先導してくれた。奥にあるステージ脇には簡易ベッドが並べられており、そこに川崎もいるはずだという。


「あ、真輝。あれじゃない?」

「ん? ああ、そうだな」


 春花の指さした先には、端から三つ目のベッドで横たわる雅之と、そのわきで何やらあたふたしている川崎の姿があった。

 雅之の顔色は遠目に見てもわかるほど悪く、包帯で固定された足を気にしているようだった。


「川崎。どうだ?」


 横へと近づいてようやく、川崎は俺の存在に気づいたらしく、ピクリと肩を跳ねさせてからこちらを見てきた。


「あ、えっと、お兄ちゃんは、首と背中の筋肉に損傷があるみたいです。肋骨も打ったみたいで、ヒビも入っているだろうと、お医者さんが……」

「そうか。その程度で済んでよかったな」


 俺が雅之を見下ろしながら言うと、予想に反して視線を逸らされた。

 これは重傷だな。


「どうしたんだよ。この間までの威勢はどこに行ったんだ?」

「……ほっといてくれ。君も千夏も、僕をあざ笑いに来たのか?」

「は?」


 何言ってんだこいつは。


「僕はね、千夏があんな化け物だなんて知らなかった」

「えっ……」


 川崎は顔を引きつらせると、明らかに動揺した表情を見せていた。それに気を良くしたのか、雅之は続ける。


「だってそうだろう。あんなの、人間の動きじゃない。絶対的な力を持っているから、千夏は僕のことを今まで馬鹿にしていたんだろう? ふざけやがって……」

「お前それ、本気で言ってるのか?」

「……」


 雅之はバツが悪そうに視線をそっぽへ向けた。

 純粋に助けられたという事実を認めたら、惨めだとでも思っているのか?

 なんというか、取り繕うことすらしなくなったな。


「お兄ちゃん。私はそんな……」

「父様にも見放され、才能もない僕を憐れむのはやめてくれ」


 こいつ……川崎にどこまで甘える気なんだ。


「いい加減にしろよ。川崎はお前を命がけで助けたんだ。それがわからないのか?」

「……格の違いをわざわざ見せつけたかったんだろ」

「ちっ……いい加減に――」


 ケガ人とはいえ容赦しねぇ。一発くらい殴ってやっても……そう思ったのだが、


「桐原さん。……大丈夫です」


 川崎に止められた。

 困ったような笑顔を向けられては、俺はこれ以上何もできない。


「お兄ちゃん」

「……」


 雅之は視線を逸らし続けていたが、それでも川崎は続けた。


「お兄ちゃんは、私にとって大切な家族だよ。もちろん、嫌なこともされたなって思ってるけど……でも、家族を放置なんてできないもん」

「千夏。詭弁を言うな。目的はなんだ」


 損得ではないだろうに。そう思ったが、川崎はくすりと笑って見せた。


「……お願いが一つあるんだ」

「はっ……なんだ。やっぱりか。で? 金か? 人脈か? それとも――」

「川崎家を継いでください」

「……は?」


 雅之は目を見開くと、驚いたように川崎を見ていた。


「腐らずに、諦めずに、躓いた過去も、失敗も、悔しさもバネにして、川崎家の次期当主として、誇れる兄でいてください」

「っ……」


 雅之は心底悔しそうに下唇を噛んでうつむいた。


「私には、できないから。でも、お兄ちゃんにはできるでしょ? だって、優秀なんだもん」

「千夏……」


 雅之が優秀なのかどうかは……まあ、突っ込むべきじゃないだろう。

 人は成長する。そういうものなんだと、思いたい気分だ。

 まあ、そうだな。雅之が過去を顧みることなんてないと思っていたが……瞳に涙を浮かべ、それを隠すように顔をそむけたところを見るに、まだ更生の余地はあるのかもしれない。


「ったく。寛大な妹に感謝するんだな」

「う、うるさい。部外者は黙っていろ」


 ……本当に更生できるんだろうな? いや、まあ、今は信じるしかないんだろうな。


「き、桐原さん」

「ん?」


 川崎は俺のほうへと真剣な表情で向き直ると、勢いよく頭を下げてきた。


「ご、ご迷惑をおかけしました!」

「なんだよ、急に」

「だ、だって、わ、私のせいで桐原さんも危ない目に……」


 確かに咄嗟の状況で判断を誤った場面はあったかもしれない。

 けど、それはこいつ自身が痛いほど理解しているはずなんだ。

 なら、俺が言うべきことは決まっている。


「違うだろ。特殊害生物が出たんだから、不測の事態は起こるものだ。それに、問題があるとすれば、こいつだけだろ」


 俺が視線を雅之に向けると、当の本人も気づいたらしく「うるさい」と、蚊の鳴くような声で一応抗議をしては来た。

 くだらないプライドは、まだ発揮し続けるつもりなんだな。ったく、呆れを通り越して、すげぇと思うわ。ある意味。


「川崎。頭、上げろ」

「は、はい」


 川崎は不安を露わにしていた。

 俺を命の危機にさらしたのは、自分だって思っている顔だな。


「この間も言っただろ。俺は自分の意思で勝手に動いてんだ。少なくとも、お前から電話がなくたってすっ飛んでいったさ」

「で、でも……」


 自信なさげな川崎に、これ以上俺が何かを言っても無理な気がしていると、横から春花がひょっこりと前に出てきた。


「千夏ちゃん。多分本当だよ? 真輝なら、間違いなくそうするよ。だから、自分を責めるのは、もうおしまい!」

「岸さん……」

「にししっ!」


 白い歯を見せてニコリと得意げに笑う春花につられるようにして、川崎も自然と笑顔をこぼした。

 ひとまずは、これで一件落着という所か。


「友よ」


 背後からの声に振り返ると、山下がそこにいた。


「お前、どこ行ってたんだよ」


 今はお前が川崎の側についていてやんなきゃダメだろうが。


「いやぁ、知り合いがいたものでね。ご挨拶を」

「……」


 ことの成り行きと情報を収集しに行ってたってことか。

 そういえばこいつ、緊急速報があったときに適応種とか言っていたな。

 春花もいるし、少しなら良いだろう。


「おい、山下。今、良いか?」

「もちろんさ。そう言うと思っていたよ」


 ああそうかよ。


「春花」

「うん。ここにいるね」

「ああ」


 行ったり来たりになっちまうが、さっきと同じく表通り沿いの体育館横のスペースでいいだろう。


「いくぞ」

「友と一緒ならどこまでも」


 気持ち悪いこと言うんじゃねぇ。

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