第8話「裏付けを探して」

 帰宅した後も沢渡は一人、リビングでなにやら文句を言っていた。内容は川崎の家族に対してのものであり、山下を責めているわけではないことは、ひとまずよかっただろう。


 沢渡のことは春花と直美に任せて、俺は山下とともに部屋へと移動した。ちなみに渚紗は一足先に山下家へと帰っている。

 山下は持参したらしいノートパソコンをバッグから取り出すと、部屋の端にある俺の机の上に置いた。

 記憶装置の中身を見せてくれるのだと思っていたのだが……


「では、後は友にお任せするとしよう」

「は? なんでだよ」


 俺の問いに答えが返って来ることはなく、代わりに椅子へ座るよう促された。

 なんで俺が……ったく。

 座ると、山下から記憶装置を受け取って、パソコン側面の差込口へ入れた。パソコンの起動はすでに済んでいて、差し込んだ記憶装置内のデータフォルダが自動で表示される。


「これは……」


 経営報告書に投資ポートフォリオ資料。社内コンプライアンス資料までありやがる。


「おい、山下」

「なんだい?」

「これ、どこからくすねてきやがった」


 山下は自慢げに髪をかきあげてやがる。気色悪いな、早く言え。


「ミスター川崎雅之の個人用パソコンさ」

「……会社の重要資料もあるんじゃないのか? 個人のパソコンに入れておくなんて、不用心だろ」

「あの人はそういう人なのさ。重要なものは自分の手元に置いておかないと安心できない小心者なんだね」


 こいつ、珍しく毒舌だな。川崎雅之に対するヘイトがずいぶん溜まっていると見える。


「お前、これ犯罪だろ」

「バレなければ問題はあるまい?」

「……はぁ」


 そう思うなら、お前ひとりでやればいいだろうに。

 まあいい。とりあえず見てみるか。

 何かがあるとすれば……どこだろうか。とりあえず、端から目を通していくしかないか。

 運用成績に投資先企業一覧と……これは社内監査の資料か? 外部監査法人のものまであるな。財務指標は安定……か。


「おい、山下。本当に問題があるんだろうな?」

「僕がこの会社に問題があると言ったかい?」


 言ったも同然だっただろうが。ニヤニヤするな。


「で?」

「おそらくなにかはあるはずなんだ。巧妙に偽造している可能性もある」

「……」


 そうかよ。そんなのハッカーに頼むか、少なくともこの手のことに詳しい人に頼めよ。俺は専門外だ。……なんて、文句ばっかり言っていても始まらない。


 他のファイルは……。これは、投資一覧とその目的か。

 投資期間に回収計画……この会社、投資、資産運用の会社なのか。川崎財閥の系列なんだろうが、ずいぶんと手広くやってんだな。

 で、これも問題なし。


 コンプラ絡みも……基準対応だな。

 後は、役員会議録? こんなものまで入ってんのかよ。不用心にもほどがあるだろ。

 まあいい。直近の経営方針会議の議事録でも見てみるか。


「……」


 スクロールして見ていくが、やっぱりこれも問題はない…………


「……ん?」

「どうしたんだい?」

「いや、ちょっと待ってくれよ」


 海外進出の戦略的検討? あまりにも唐突に出てきたな……。東亜エネルギーとの提携案を初期検討…………。


「おかしい」

「何がだい?」

「……」


 議事録を見ていくが、記述があまりにも簡素すぎる気がする。

 ほかの投資案件に比べて技術的リスクや知財の扱いに関して触れらてないのはなぜだ? 技術内容の詳細は別途資料参照としか書いてない。

 投資額やリスク評価の記述がないのに、再生可能エネルギー分野における可能性ありと評価が下され話が前に進んでいる。


「やっぱり、おかしいだろ」

「だから、何がだい?」

「少し黙ってろ」

「友よ。理不尽すぎやしないかい?」


 気が散るんだよ。独り言に反応するな。

 とにかく、変に抜けの多い資料はこれくらいだ。ここに穴がなかったら、もうわからない。とにかく、別途資料とやらがどこにあるかだ。

 どこかに草案があるはずだ。


 ファイルを探すなら……あった、これだ。契約草案管理表。これで保存先を確認できるはずだ。

 すぐに開き、全案件を確認していく。

 確か、東亜エネルギーとか言ったか。………………見つけた。


 東亜エネルギー提携条件案。格納先は、二六五一年第二四半期投資契約草案……。確か、投資一覧のフォルダにそんなファイルがあったな。

 俺は戻ると、目的のファイルを探し出し、再度開いた。


「……」


 あった。東亜エネルギーとの契約草案だ。


「これは……」


 開いてみて、ハッキリした。これは、明らかにおかしい。


「はぁ……ビンゴだな」

「何か見つけたんだね?」

「ああ。これを見てくれ」

「ん? どの辺が問題なんだい?」

「まず、日付だ」


 俺は契約草案が制作された日付を指さした。


「? 七月八日……だね? これの何が問題なんだい?」

「おまえ、後ろから見ていたんだろうが。気づかなかったのかよ」

「……友よ、教えてくれたまえ」

「ったく」


 俺は、先ほど閉じたばかりの議事録を開いて見せた。


「これを見て見ろ」


 俺が示したのは、またしても議事録の日付部分だった。

 山下もようやく気付いたのだろう。ニヤニヤと笑い出していやがる。


「ほう。契約草案の作成が七月八日なのに、議事録の日付は七月十日か。これは確かにきな臭いね」

「ああ。それに、極めつけはここだ」


 俺は画面をスクロールすると、文面の一か所を選択して見せた。

 そこにはこう書いてある。

 契約条件の詳細については、法務部および外部アドバイザーと連携し、草案作成のための準備段階にありますが、現時点では正式な契約締結には至っておりません。


「さすが友だ。こうも簡単に見つけてしまうとは」

「明らかにおかしいからな。契約草案が先に作られているのに、議事録では検討中扱いだ。これは明らかに、議論をせずに契約が進んでいるだろ」

「だね。他にも不審な点はないかい?」

「ああ。見てみる」

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