エピローグ
ソフィーヤ・バユノフの襲撃から数日が経過した。あの一帯に住む住民たちには一様に聴取が行われたらしい。俺と高柳は通達に従い待機したと答えた。これは、直美からの指示である。
そうして本日、八月一日。俺は、相馬原にある使い手用訓練施設に来ていた。
以前、奪った力の検証をしたときと同じく、嵐雨支隊が訓練で使用する名目での貸し切りだ。
そこで、顕現能力が回復した俺の能力測定が再度行われたのだ。これは、俺の提案により実施することになったものである。
安藤に指示されながら、一通りの検証を終えた俺は、今回も施設内道路脇にあるベンチのオブジェクトに腰を掛けていると、直美が安藤とともにやってきた。
二人は何やら難しそうな表情で話し合っている。
「どうした?」
俺の元までやってきた二人に尋ねると、直美は白いピン止めを触りながら、安藤のほうへと視線をやった。
「はぁ……毎度私ですか。仕方がないですね。……結論から言いますが、桐原特務科生の読みは正しいです。
「じゃあ……」
「はい。岸准尉や隊長ほど強力なものは無理ですが、
「やっぱりか……」
本来なら、絶対に防げないソフィーヤの収束攻撃を俺は正面から防ぐことができた。あの時、俺は防げる固有能力を持った剣を咄嗟に顕現したのだ。
会長の剣のように高性能なものは無理でも、武器の自壊を前提に相殺する程度の固有能力ならできるのではないかと無意識下で考え、実際に顕現し、想定通りの性能を発揮させることに成功した。
形状を変えるだけでなく、能力値の範囲内であればどんな固有能力の武器でも顕現可能。つまり、この先より多くの使い手の武器を奪えれば……。
いや、それはダメだろ。カタストローフェがしていることと同じになっちまう。
「ですが、これである程度の仮説は立てられましたね」
「ああ。カタストローフェは奪取と貯蔵。俺は奪取と創造、か」
奪ったものをそのまま使うカタストローフェに対して、俺は奪った力をもとに自在に作り出す能力という違いがある……のかもしれない。
「詩織ちゃん。その話って、まだ仮説にすぎないんだよね?」
「はい。カタストローフェの能力自体、まだまだ未知数です。隠されているほかの能力があるかもしれません」
それはそうだな。決めつけて足元をすくわれるのだけは避けなければならない。
「それにしても、なお坊。私の想像よりはるかに強くなっちゃったんじゃないかい?」
「いや、そうでもないだろ。能力値の低さは未だに健在だからな」
「もー、すぐそういうこと言うんだから」
そういうことも何も、事実だ。
「桐原特務科生の能力に関しても、まだわかっていないことが多いのかもしれません。少なくとも、一般的な使い手の能力からは逸脱していると言っても過言ではないですから、検証は今後も必要でしょう」
そうだろうな。自分の力が自分でわからないってのは、こんなにも気持ち悪いものなのか。
「そのうえで、一つ疑問があります。ソフィーヤ・バユノフの能力を看破できなかった点です」
そうだ。俺もあの時、能力を看破できずに焦ったのだ。
だが、仮説はある。
「ソフィーヤは人造使い手計画の延長線上でできた、人工強化された使い手だと聞いたんだ」
俺の言葉に安藤は、眉を一瞬ピクリと吊り上げ怪訝そうな目を向けてきた。
「カマかけてます?」
「いいや、本当に聞いたんだ」
「……はぁ。山下特務科生ですか」
安藤は頭を抱えるとうなだれた。その肩を軽くたたきつつ、直美も困ったように眉をひそめる。
「山下大佐って厳格なイメージあったんだけど、ドラ息子君にはぺらぺら喋っちゃうのかなぁ?」
「困りものです。まあ、あそこは独自の情報網があるらしいですからね。下手したら、先に情報仕入れている可能性もあるので……ブラックボックスなんですよ」
「へぇ~」
どうやら、山下の実家はいろいろ複雑なポジションらしい。
独断専行が黙認されているというのは相当だろうな。
「なお坊は、あの子の力が人工的だったから読み取れなかったって、そう言いたいのかい?」
「ああ。自然に発現した力でなければ、読み取れないと見て良いだろう」
もちろん、それ以外の要因がある可能性も捨てきれない。
決めつけて、また同じ状況になったら命取りになるかもしれないから、油断は禁物だ。
安藤は俺の結論に何を思ったのか、軽くため息をついた。
「今後、人工使い手計画が成功し、実用化されるようなことがあれば、桐原特務科生の看破能力は一部で通用しない可能性も出てきます。十分に、警戒が必要ですね」
「ああ」
そんな存在があふれかえらないように出来るなら、それが一番だ。だが、最悪の事態を想定しないわけにもいかないからな。
「はぁ……面倒ごとばかりですね。まあ、何にしろ今日はこんなところでしょう。定期的に検査させていただく予定ですので、またご連絡します」
「ああ」
「それから、沢渡特務科生の発信器は継続して着けることとなりました。この後、病院に寄って拾っていくんですよね?」
安藤は俺から直美へと視線を移した。
「そうだよん」
直美も今日から夏季休暇だ。このまま俺は直美の車に乗り、春花、沢渡とともに桐生へと帰省する予定となっている。
「桐原特務科生。今後も何があるかはわかりませんから、頼みますよ」
「わかってる」
少なくとも、高柳悠作の行方はわからないままだ。
またいつ狙われるかも知れない。
本当に、厄介なことになったもんだ。
「じゃっ、行こっか、なお坊」
「ああ。安藤、また頼む」
「はぁ……仕方がないですね、仕事ですから」
俺と直美は二人並んで訓練場を後にした。隣接する駐車場に向かう道すがら、直美は俺の頭をなでてくる。
「っ……なんだよ」
「ううん。なお坊、頑張ったなぁ~って」
「別に」
気恥ずかしくなってそっぽを向くと、直美はしばらく俺の髪をなでまわした後、満足したのか手を引っ込めた。
「高柳ちゃんは? どう?」
「大丈夫……じゃないだろうけどな。それでも、必死に歩こうとしてる。良かった……と言えるかはわからないが、現状では最善だったはずだ」
「そっか」
高柳は数日前に実家へと帰って行った。「私くらい、顔を出しておいた方がいいかと、なんとなく思いましたので」と言っていたが、照れ隠しだろう。
そうこう話しているうちに、駐車場へと着いた。
ナカジマ自動車製の青いステーションワゴンが停まっている。岸家の車だ。
「後ろ乗ってねん」
「ああ」
鍵の開いた音がしたので後部ドアを開けると、
「真輝~」
「春花。お前……」
ずっとここで待ってたのか?
乗り込んでドアを閉めると、横から抱き着いて来た。
「にゅふふ~、会いたかったよぉ~」
俺の二の腕に胸を押し付けながら肩に頬ずりしてくる春花を見ていると、直美が運転席に乗り込み、ルームミラーでちらりと俺たちを確認してニヤニヤ笑いだした。
「なんだよ」
「べっつにぃ~」
意味ありげにしやがって。
「春花。シートベルト付けるぞ」
「はーい」
直美がエンジンを始動させ、車が走り出す。
演習場出入り口に設けられているゲートを抜けるまでは大人しくしていた春花だったが、相馬原から離れていく車内で、なぜか俺のズボンのチャックに手をかけた。
「おい、何してる」
「ん? 久々のお楽しみ」
いや、何をしているのか聞いてるわけじゃなくてだな。
「なお坊、良いじゃない。寂しかったんだろうし」
「いや……」
直美がいるから嫌なんだよ。お前、ニヤニヤしながら見てくるだろうが。
「あ、でも春花。沢渡ちゃんを拾うまでだよ?」
「はーい」
春花はごそごそと手をもぐりこませ始めた。
「ちょっ……おい春花……本当に何やって……」
「おちんちんで遊んでるだけだよ~」
「いや、お前……」
そこまで言いかけて、やめた。
嬉しそうにしている春花の時間を奪うべきじゃないだろう。
いつどこで、何が起こるかわからない。なら、平和な時間は大切にするべきだ。
それに……俺も、春花に求められるのは嫌ではないしな。
「いただきまーす」
直美がちらちら見てくる気恥ずかしさはありながらも、幸せそうな春花に安らぎを感じながら、その頭を優しくなでるのだった。
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