第1話「寝起きと、隣で眠る彼女」
自然に囲まれた群馬府利根市川場区川場湯原町に建つ国防大学付属特務科高等学校、通称、特務科高校の敷地は約九万坪で、野球場であれば二十は平気で入るだろうというサイズだ。
まるで校舎の存在を隠すかのように立ち並ぶ木々に囲まれた敷地の正門から出ると国道があり、横断歩道で渡った先の小道を入っていくと、大小さまざまなマンションが立ち並ぶ住宅街が存在する。俺の住むマンションもその中にあるのだ。
寮生活が強制される国防大学生と違い、付属の特務科高校生には自宅からの通学も認められている。
俺は、特務科高校近くの住宅街の中でも中くらいな八階建てのオートロック式マンションの一室を住処にした。部屋は2DKで、綺麗な内外装に不満はないし、十分な広さだ。
今日は、特務科高校の入学式がある。
頭上でけたたましく鳴り響く目覚まし時計を止めた俺がベッドで目を覚ますと、横からかわいらしい寝息が聞こえてきた。
「
俺は横で寝ている愛おしくもだらしのない寝顔に一応声をかけてから、目覚まし時計にすら動じないとはどうなのだろうと思いつつベッドを出ると、カーテンを開けながら背後で未だ寝息をたてる春花のほうへ向き直った。
「ったく」
俺はベッドのほうへと戻り、まぬけにも寝続けている春花の上に覆いかぶさるようにすると、唇を重ねた。
「むんぅ?」
かわいらしい声を上げながら春花のこぼれんばかりの瞳がぱちりと開かれる。
「にゃおき? くるじい……」
俺は唇を離すとそのまま優しく抱きしめた。柔らかな肌の感触が全身で感じられる。
「春花、早くしないと遅れるぞ」
「はーいっ!」
春花は元気に返事をすると俺に抱き着いてきて、首筋あたりを軽くかんでくる。わずかに感じられる痛みと共に春花の口がふれているあたりが、唾液によって湿ってきた。
俺は、それを合図にするように離れて立ち上がる。
春花も軽く背伸びをしながら目をこすりつつ上体を起こして、腰まで届きそうな長い黒髪を邪魔そうに払いつつベッドを出てきたのだが、その姿は一糸纏わぬものだった。
シミ一つないきめ細やかで透き通るような肌は、見るものすべてを釘付けにしてしまいそうな艶冶な魅力を感じさせる。
……のだが。
「春花、ナイトブラはどうした」
「あっ忘れた!」
「忘れるな、たれるぞ」
小さいころには想像もできなかったほどに育ったハリも形も申し分ない春花の胸部を見つつ、俺は忠告する。
「真輝はたれてるの嫌?」
どちらでも、春花の胸であれば可愛いとは思うけどな。ただ。
「形は良い方が綺麗だろ」
俺の言葉に春花はびしっと敬礼してきた。
「了解であります」
「ふざけてないで、早く着替えてこい。お前、新入生代表挨拶で打ち合わせがあるって言ってなかったか?」
「あっ! そうだった!」
春花はハッとしたように目を見開くと、居間の横にあるウォークインクローゼットへ走っていく。その後ろ姿を見送った俺は背後を通り、台所へ。
水切りラックの上で干されたガラス製のコップを手に取ると、水道水を入れ飲み干した。乾いた喉が潤うと共に、頭が僅かばかりスッキリする。
「真輝ー! 私、ベーコンエッグが良い!」
俺は、冷蔵庫からベーコンを取り出すと、フライパンの上に出し火にかける。その間に食パンをトースターに入れ、良い焼き具合になってきたベーコンを裏返すと、冷蔵庫から卵を取り出し割り落とした。そこに少し水を入れ蓋をすると、完成だ。
焼きあがった食パンとベーコンエッグを別皿に盛り付け居間のテーブルへ持っていったときには、春花はその長い黒髪をポニーテールに結わえ上げ、特務科高校の制服であるワンピースセーラーに袖を通しつつ、居間へと歩いてきていた。
紺色生地の制服胸元にあるチャックを閉めてもなお強調されるバストは、春花の胸囲が平均以上であることを物語っている。
ちなみに腰回りのバックルに一つ輝くのが特務科高校の校章であり、桜の花を囲うように桜の若葉が描かれているデザインだ。学年が増えるごとにこれが増える仕様となっている。ちなみに、後ろ襟の両門を飾る校章は学年が上がっても増えることはない。
スタイルが伴わなければ着こなすのが難しいワンピーススタイルの制服を見事にフィットさせるには腰の締まりが重要になるわけだが、グラビアアイドルのような春花のプロポーションで着こなせないわけがないだろう。むしろ、パリッとしたおろしたて生地が違和を感じさせるくらいだ。
俺が春花の姿に改めて見惚れていると、その視線に気づいたらしい春花が俺の前でくるりと回って見せてくる。
「どう? かわいい?」
まあ、可愛いな。
「ったく、前にも言っただろ」
俺はそう言いつつ、手に持つ朝ごはんをテーブルに並べていく。
「ぶーっ! もう一回、言ってほしいの!」
「はぁ……。春花が着ると、なんでも淫猥になるな」
「えへへ」
誰が聞いても誉め言葉ではないと思うのだが、春花は心底嬉しそうに頬をだらしなく緩め、そのまま居間のソファーに腰かけようとしたが、ハッとしたように台所へ向かうとマヨネーズを手に戻ってきた。
「にしし」
心底嬉しそうにベーコンエッグにマヨネーズをかけると、箸で黄身をつぶして一口。
「うん! 今日も抜群だね!」
口をもぐもぐさせつつ、パンにマーガリンをこれでもかと塗りたくると、溶けてつややかになったところへ春花はぱくりとかぶりつく。
「ん~! これこれ」
スタイルからは考えられないほどとてつもない勢いで、ごはんが春花の胃に吸い込まれていく。そんな様子を横目で捉えながら、俺も自分用に焼いたパンを口に運んだ。
「真輝は? 一緒に行かないの?」
「洗い物は誰がするんだ?」
「帰ってきてからなら、私やるよ?」
「春花の家事はずさんだからな。任せられるわけないだろ」
「ぶー。じゃあ、帰ってきてから真輝がやれば……」
「先に片しておいた方が、気が楽だろうが」
「むー、そっか、残念。一緒に登校したかったなぁ……」
「明日からは、どうせそうなるだろ」
「うぅ……。わかった。我慢する」
少々不服そうな様子でありながらも一応納得して見せた春花は三枚目の食パンへ手を伸ばしていた。
俺は、自分用に焼いた六枚切り食パンの一切を中濃ソースをかけたベーコンエッグと共に口に運び、残ったソースをパンでふき取ると最後の一口を食べ終える。
やはり、ベーコンエッグにはマヨネーズよりも中農ソースだと思う。
「春花。急がないと遅れるぞ」
「はーい」
春花が四枚目の食パンにかぶりついたのを横目に見つつ、俺は自分の空になった食器を手に台所に向かった。
シンクに食器を置き、食器棚からマグカップを二つ取り出すと、インスタントコーヒーを作り始める。
四葉の柄が入った方には大匙いっぱいの砂糖を入れ、猫の柄が入った方には小さじ一杯の砂糖を入れる。
そうして出来上がった内、猫の柄のほうを居間に行って春花に渡してから、俺は残る砂糖多めのコーヒーに口をつけた。
うん。やはりコーヒーはこうでなくてはな。
いつも通り、渾身の出来なコーヒーに満足していると、パン四枚目最後の一口を頬張った春花が、すぐさま熱々のコーヒーを火傷しそうになりながら流し込み始めた。
満足したようにごくりと呑み込んだかと思うと、春花は元気よく立ち上がり、机の横に立てかけてあった鞄を手に取る。
「じゃあ、行ってくるね!」
玄関へと走り去り、ローファーを適当に履きながら飛び出ていく春花の後姿を見送ると、玄関のドアは閉まると同時にオートロックで施錠された。
「さて、と。面倒極まりないが、仕方ない」
やらなければ終わらないので、まずは洗い物から。
と始めたが、五分で終わった。とりあえず、今やらねばならない家事はこんなところだろう。
俺は、ウォークインクローゼットの中からハンガーにかかる詰襟制服を取り出し着用する。
色はセーラーと同じく紺色で、ボタンは隠しボタンになっており、着用すると外からは見えない仕様だ。
襟の所には校章が一つついており、進級と共に増えていくのは同じスタイルである。
最後に鞄を持った俺は、そのまま部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます