罪滅ぼしとして、異世界に不法投棄された魔道具を回収する話

風使いオリリン@風折リンゼ

#1 プロローグ

 ここはきっと、死後の世界ってやつだと思う。


 そこは、真夜中の海のような黒で塗りつぶされた一面の闇で――。


 けれど、遥か先に青白くぼやけた光が見えて――。


 そこへ向かって、長い長い下り階段が真っ直ぐに伸びていて――。


 漁火に引き寄せられる魚のように、私はぼんやりとその光を目指していた。


 あらゆる物の輪郭が溶けて無くなってしまいそうな闇の中、階段だけはくっきりと私の目に映って存在を主張している。


 なんだか奇妙な感じだけど、おかげで足を踏み外してしまう心配はなさそうだ。


 コツコツという私の足音だけが辺りに響く。


 やがて、どれくらいの時間が経ったのか。私はようやく階段を降り切った。


 その先には洞窟のようなものがあった。青い光が漏れている。


 上から見えていた光はここが発生源のようだ。


「さあ、中へ」


 不意に聞こえた中性的な声に促されるまま、私は洞窟の中に入る。


 洞窟内は青一色だった。一面が青い大理石に覆われていて、通路の両脇には青白い炎を灯した燭台が等間隔で置かれている。奥には大きな祭壇が見え――。


 そこは、真っ青な神殿とでも言うような場所だった。


 その荘厳で神秘的な雰囲気に気圧されて立ち尽くしていると、


「奥へ」


 さっきと同じ声が洞窟に響き渡った。


 声に従い、祭壇の近くまで進んでいく。


 祭壇上には、洞窟と同じ色の真っ青な衣装を身につけた少女がいて、


「イザベル・マギストス。残念ながら、キミは死んでしまった」


 私にそう告げた。


 そんな事を知らせてきて、こんな所にいるのだ。きっと目の前の少女は死後の世界の神か何かだと思う。


 年は私と同じ十代後半くらいに見える。


 目元に青いアイシャドーが塗られたその顔立ちには、現実離れをした美しさを感じる。


 髪は透き通った銀髪で、両耳の前後には長い金色のエクステが付いている。


 出過ぎず足りな過ぎずの完璧な身体。胸元には襟飾り、手首には腕輪と、所々に金色のアクセサリーがはめられている。


 その少女は、琥珀のような澄んだ瞳をパチパチさせて私をじっと見つめていた。


「帝国からけしかけられた数多の魔物たちから仲間を逃がす為、たった一人で足止め役を担って、命尽きるまで戦った。まったく大したものだよ」


「私はただ、自分がするべきと思ったことをしたまでよ。そんなことより、あいつらは無事なの? あんたならわかるんでしょ?」


 大事な事だった。


 自分の命を投げ打ったのだ。結局、全員助かりませんでしたなんてオチだとしたら、あまりにも悔しすぎる。


「ああ。彼女たちなら無事だよ。キミが命を懸けて全ての魔物を殲滅したおかげでね」


 少女はそう答えながら、どこからともなく大きなカップを取り出した。


「せっかくだしホットココアでも飲むかい? 他にもカプチーノ、宇治抹茶にキリマンジャロ、テテザリゼなんかもあるよ。どうだい? 心がぴょんぴょんしそうなラインナップだろう?」


「心がぴょんぴょんって何? ココアとカプチーノはともかく、後ろの三つは聞いたことないんだけど」


「まあ、そうだろう。キミがいた世界とは違う世界のお茶やコーヒーの名前だからね。で、どうするんだい?」


「ココアでいいわ」


 少女から渡されたカップを口に運ぶ。ほっとするような香りと甘さが口内に広がった。


 胸の周りがじんわりと温かくなって心地よい。ふぅっと息を吐きだす。


「それで、私はどうなるの? 最期には裏切ったとはいえ、帝国にいたころにやっていたことを考えると、やっぱり地獄行きかしらね」


「まあ、キミ自身が望んで行ったことでは無いとはいえ、皇帝の指示に従って村一個滅ぼしている訳だしね。その罪はそう簡単に消えはしないよ。罪滅ぼしはしてもらわないと」


「そうよね……」


 当然のことだろう。罪には罰だ。


 どんな責め苦を受けようとも、受け入れるより他ない。


 カップに残っていたココアをすべて喉の奥に流し込み、覚悟を決める。


 そう表情を硬くした私を見て、少女はゆるい微笑みを浮かべた。


「そんなに固くならなくてもいい。キミの行く場所は地獄じゃないんだから」


「は? じゃあ、どこに行くのよ? まさか、天国ってわけでもないでしょ」


「もちろん。キミが行くのは、天国でも地獄でも無い」


 少女は、そこで少し溜めてから芝居がかった口調で言った。


「キミが行くのは、異世界さ」


 それから、少女は異世界についての説明を始めた。


 その話を要約すると、こうだった。


 私たちの世界とは別の世界には、魔法も魔物も存在しない世界があるらしい。


 そんな世界に、私たちの世界から魔道具がどんどん流出しているという。


 原因は帝国による不法投棄。いらなくなった物や扱いに困るものを別世界に転送していたみたいだ。


 魔法が存在しない世界に魔道具が大量に存在していると、その世界の物理法則やら何やらが歪み、下手すればその世界が崩壊してしまうのだそうだ。


「崩壊の危機に瀕している世界を見過ごすわけにはいかないのだけれど、ボクみたいな存在は世界に直接干渉するのは禁止されていてね。だから、キミに帝国が流した魔道具の回収及び処分を頼みたいのさ。罪滅ぼしも兼ねてね」


「話はだいたいわかったわ。やってやろうじゃない。でも、私の罪滅ぼし、そんなのでいいの? なんだか軽い気がするわね」


「そう言うけれど、具体的に何を探すかもはっきりしない上に、いつ終わるかもわからないんだよ? それに回収する魔道具次第では危険な戦いもしなければいけないかもしれない。そう考えると、かなり大変だと思うけど」


「そういうものなのかしらね」


 と、そこで一つ気づいたことがあったので訊いてみる。


「そういえば、魔法のない世界って言ってたけど、私の魔法も使えなくなるの?」


「いや。魔道具の回収に必要になるだろうから、使えるようにはしておく。ただ……元の世界と同じような感覚でいたら、きっとしんどいことになるって事は伝えておくよ」


「どういう意味よ?」


「行けばわかるさ」


 少女がいたずらっぽく微笑んだ。


「さて、そろそろ出発してもらおうかな」


 少女がそう言い放つと、私の足元に青く光る魔法陣が現れた。


「イザベル・マギストス。キミをこれから、異世界の日本という場所へ送るよ。どうか世界の歪みを正し、崩壊を阻止してくれ」


「ええ。必ずやり遂げてみせるわ。たとえ、私がどうなろうとも」


 決意を示し頷く私に、少女は切なげに微笑んだ。


「一つだけ、言わせてもらってもいいかい?」


「何よ」


「キミの罪滅ぼしはいつか終わる。キミは幸せになってもいいということをどうか忘れないでくれ」


「……」


 何も言葉を返すことなく、私は静かに目を閉じた。


 私には幸せになる資格なんて無いと言ってやりたかったけれど、そんなことをしたら話が進まなくなりそうだったからやめておいた。


「……それじゃあね」


 少女が告げた次の瞬間、目を閉じていても眩しさを感じる光が私を包み込み――。


 私の意識はフッと途絶えたのだった。

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