殺したヤツからの手紙

佐々井 サイジ

第1話

 大本重徳おおもりしげのり

 ご無沙汰しております。小芝智也こしばともやです。覚えていますか。覚えていないわけないですよね。大本主任は僕を会社から突き落として殺したのですから。僕が自殺として処理されてラッキーですね。こうしてのうのうと生きていられるわけですから。警察は僕が生前、悩んでいたことをどこからか情報を入手していました。おそらくあなたが吹聴したのでしょう。確かに悩みを抱えていました。死にたいと思った時期もありました。それでも行動に移すようなことはしませんでした。かと言って誰かに殺してほしいとは思ったことなど一度もありません。むしろ、最終的に悩み抜いた結論としては大本主任を殺そうと決意していたんですよ。彼女を寝取られたくらいで殺さなくてもいいじゃないか、としか思っていないと思います。ですが、あのとき、僕は彩音にプロポーズした直後でした。彩音は泣きながら頷いてくれていたんですよ。まさか、その夜、彩音と密会して行為に及んでいたとは。こうして亡霊となり、実体が亡くなった今でも心臓が締め付けられるような痛みを覚えます。

 さきほど、彩音の部屋に入りました。彩音は上気した顔でスマートフォンを触っていました。あなたがついさっきまであの部屋でセックスをしていたことはわかっています。彩音はよっぽど幸せだったんでしょうね。一人きりの部屋でも口の端が大きく持ち上がっていましたよ。婚約者が亡くなったばかりなのによくあんな屈託のない笑顔を浮かべられますよね。

ゴミ箱にはやはり先端が括られたコンドームがティッシュに包まれて捨てられていました。明日は土曜で会社が休みなのにセックスだけを終えるとそそくさと部屋を後にする大本主任のことを彩音は不審に思わなかったのでしょうかね。それともあなたが適当に拵えた嘘が上手だったのか。何にせよ彩音は気づいていません。あなたに本命の女性がいることを。だから教えてあげました。しかし彩音は聞く耳を持たず、いや、聞く耳を持つ余裕もなく、泡を吹いて倒れました。逆の立場になって考えて見ると不思議ではありません。死んだ婚約者が亡霊となって出てきたんです。自分の裏切りに恨みを持って呪おうとしている、と考えるのが普通です。

 ここで気になるのは彩音は無事なのかどうか、ですよね。大丈夫です。無事に、彩音の遺体は発見されましたよ。彩音が気絶したあと、あなたが捨てたであろうコンドームを喉に突っ込み、飲み込まない程度に引っかけました。覚醒した彩音は手足をばたつかせましたが当然無意味ですぐに大人しくなりました。彼氏の使用済みコンドームを食べるという異常趣味のおかげで事故死した、と言うことになるでしょうね。

 さて、次はあなたをどう殺そうか悩んでいます。怖いですよね。ただもしかしたらいたずらに思うかもしれません。無理もないです。幽霊など頑なに信じることはありませんでしたもんね。やたらホラー映画を見ては製作者への賞賛と愚痴を言っていたあの頃が懐かしいです。ですので、別に信じなくても構いません。でも仮に信じるなら、ご自身の謎のプライドをぺきぺきに折られて僕という亡霊の存在を信じるのであれば、返事を下さい。どんな内容が書いてあるのか楽しみにしておきます。書いた手紙は大本主任のポストに入れておいていただけたら大丈夫です。いずれ伺いますので。それでは。

小芝智也

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