第9話
9話 怪異の街
そしてまたしばらく南に進むと街が見えてきた。
「今晩の宿はここにしよう、紫芳。宿をとってきてくれ」
「わかりました。……今度こそじっとしてくださいよ!」
先の街で三人に置いてけぼりを食らった紫芳は、念を押しながら駆けていった。
「ここはどの辺になるのかしら、陽梅」
萌麗がそう陽梅に聞くと、彼女は手製の地図を広げる。
「ここが南の端の街になります。ほら、ここに高い山があって……南の他の街に行くには山沿いに移動するか山越えをしないといけませんね」
「じゃあこの街のどこかに宝珠があるのかしらね」
「そう、うまくいくかな」
慧英はふうと息をついて、懐から宝珠を取り出す。
「何も起きない、か」
慧英はそう呟くと、また宝珠をしまった。
「慧英様、またこの間のように夜になったら宝珠が動き出すかもしれませんよ」
「うむ、そうだな萌麗。それにしてもずっと人の姿でいるのは窮屈なものだ。山越えか……龍の姿ならあっという間なのになぁ」
慧英はそう言いながら肩をごきごきと鳴らした。
「慧英様の龍の姿……一度見て見たいですね」
「ふふ、天帝に禁じられてさえいなければ、萌麗そなたをのせてあんな山などひとっ飛びだ」
「まあ、空から山を。見て見たいですね」
萌麗は馬車から身を乗り出して街から見える高い山を見上げた。あの山を見下ろす高さまで、慧英は軽々と昇れるというのか。
「よかった! ちゃんといた!」
そこに戻って来たのは紫芳である。今日はふらふらせずに待っていた三人を見て満足そうに頷いてから、再び馬車に乗り今日の宿へと進んだ。
「ここです」
三人は宿に入ると、それぞれの部屋に別れて寛ぎだした。
「あたた……馬車に乗っているだけなのに。情けないです」
部屋に入って荷物を置いた陽梅は腰をさすった。この中で純粋に人間なのは陽梅だけ。ひとり、馬車の揺れから来るおしりの痛さと腰痛に悩まされていた。
「あらまあ、大丈夫?」
「私が勝手に萌麗様についてきただけですから」
気丈にそう言う陽梅を見て萌麗はどうしたものか、と思った。
「あっ」
「どうしました、萌麗様」
「ちょっと待ってて」
萌麗は部屋を出ると、隣の慧英の部屋の扉を叩いた。
「あの、慧英様!」
「どうした、萌麗」
「ちょっとお願いが……緑の如意宝珠の力で陽梅の腰痛を治してやってください」
「ああ、かまわんが」
萌麗が慧英にそう頼むと、慧英は快諾してくれたが、その後ろで紫芳は苦々しい顔をしていた。
「そんな町医者のやるようなことで慧英様を呼びつけないでください!」
「ごめんなさい」
「紫芳、あまりせせこましいことを言うな」
「むう……」
慧英にたしなめられた紫芳は相変わらず不満げだったけれども、慧英は無視して萌麗達の部屋にやってきた。
「陽梅、具合は」
「あっ……慧英様……?」
「ちょっと待っていろ……」
まさか萌麗が慧英を呼んでくるとは思わなかった陽梅は腰を押さえたまま驚いた顔をしていた。
「宝珠に仙力を流して……できた」
「これは、なんでしょう。丸薬?」
萌麗は慧英の手のひらから湧いた濃い緑の丸い粒を摘まんだ。
「ああ、痛みが出たらこれを飲め」
「あ、ありがとうございます」
陽梅は恐縮してその丸薬を戴いた。
「陽梅はしっかりものだ。万全の体調でこの旅に随行してほしいからな」
「ありがたきお言葉です」
陽梅は慧英の言葉にその場に跪いて礼を言った。
「ありがとうございます、慧英様」
萌麗も心良く応じてくれた慧英に礼を言った。
「いやなに、そなたの真似をしただけだ」
「……私の?」
「ああ、さっきの村でのお前のように私も振る舞ってみようと。ふふん、なるほど気分が良い」
慧英はそういうと上機嫌そうに鼻歌を歌っている。ようは萌麗の真似をして親切をしてみたということだろうか、萌麗は普段は威厳たっぷりな慧英の子供のような振る舞いがなんだか微笑ましかった。
「よかったですねぇ」
その時である。トントン、と客室の扉が叩かれた。
「誰だ」
「あのー……宿のものです」
一体なんの用だろう、と慧英と萌麗は顔を見合わせた。どこか強ばったその声を不審に思いながら萌麗は扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
「失礼いたします。この宿は夜になりましたらお部屋も施条させていただきますのであらかじめご注意を……」
「む? 閉じ込めるつもりか?」
夜になったら宝珠を持って街を回るつもりだった慧英が方眉をあげた。すると宿の人間は大仰に手を振ってそれを否定した。
「いえいえ! そんなつもりはありません。実は……夜になるとこの街には鬼が現われるのです」
「鬼?」
「はい。それで外をうろついていると攫われて帰ってこない事が度々ありまして。特に……」
宿の人の視線がちらりと萌麗に向く。
「若く、美しい娘さんほど狙われやすいので……」
「なるほど」
「ご不便をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
そう言って宿の人は何度も頭を下げて去って行った。
「鬼……ねぇ……」
「怖いですか?」
萌麗がそう聞くと、慧英は鼻で笑った。
「鬼が? まさか。私は神龍だぞ。こんなところの地を這う鬼など……」
「そうですよね」
萌麗はそんな慧英を頼もしく思った。鬼の出る街……もし萌麗だけだったら恐ろしくてたまらないだろう。
「それでは夜の探索は慧英様だけでいらっしゃるつもりですか」
「なんだ、また付いてくるつもりだったのか」
「だって……その……交渉役が必要でしょう」
「萌麗は留守番だ」
「……そうですか」
萌麗はがっかりした。あの街での慧英との夜の探索はじつはちょっと楽しかったのだ。 だが実際、萌麗が交渉役として役立つかというとだいぶ怪しい。
「……少し休む」
「はい」
慧英はそう言い残すと部屋に引っ込んでしまった。
「もう、遊びじゃないのに私ったら」
萌麗は好奇心が勝ってしまった自分の行動を振り返って恥ずかしくなり、自分のほっぺたをぎゅうとつまんだ。
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