第5話 初仕事・2

 騎士の食堂で騎士達が朝食を食べている間、カレンはエマと一緒に使用人用の食堂で朝食を食べた。騎士に出されたスープの残りに、焼いたベーコンの切れ端を入れる。それにパンを添えたものが彼女らの朝食である。

「おいし……!」

 ここのご飯はとても美味しかった。野菜の旨味や小麦粉の香りを強く感じる。


(水がいいのかな? それとも土……?)


 料理自体はシンプルなのだが、食べると身体に力が湧いてくるような感じだ。昨日は食欲がなく食事を断ってしまったので、きっとお腹がとても空いていたのだろう。カレンはあっという間に朝食を全て平らげた。




 騎士の朝食が終わったようで、廊下からガヤガヤと男達の話し声が聞こえる。

「さて、次は片づけね! 今から食堂に行こうか」

 エマの指示で、カレンは車輪がついたワゴンのようなものを押して食堂へと向かう。廊下では数人の騎士とすれ違ったのだが、彼らはカレンをちらちらと見ながら「ほら、あれが例の……」「ああ、あの?」などとコソコソ話していた。


(私のことが噂になっているのかな……)


 彼らの好奇な目に晒されながら、カレンは食堂に入った。食堂はとても広く、細長いテーブルが二つ並んでいて沢山の食器が置かれたままになっていた。壁には絵画がいくつも飾られ、奥には暖炉もある。さっきまで食事をしていた使用人用の食堂とはまるで違う豪華さに、カレンはすっかり目を奪われている。


「早く片づけよう、カレン」

「……あ、ごめん」

 エマの言葉にハッとなり、慌てて片づけを始めた。ワゴンの上に食器をどんどん乗せていく。

 必死に手を動かしていると、不意に男の声がした。


「おはよう、カレン」


 驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは輝く金髪のエリック王子だった。人懐っこい笑みを浮かべ、カレンの顔を覗き込む。


「……おはようございます、エリック様」

「どう? 昨日は眠れた?」

 エリックはニコニコしながらカレンに話しかけてきた。

「……まあ、それなりに……」

「あんまり眠れてないって顔だけど。ねえ、カレンって凄く遠い国から来たんだって?」

 エリックの顔がますますカレンに近づく。カレンは少し、体を引いた。

「そうですね……多分凄く遠いです」

「ふーん……」

 カレンを見つめるエリックは、なんだか意味ありげな笑みを浮かべている。


「聖女の霊廟ってさ、教会の敷地内にあって外から入るのはとても難しいんだよね。なのに何故君があそこに倒れてたんだろうね?」

「……さあ、気づいたらあそこにいたみたいなので……」

「他に、何か覚えてることはないの?」

「いいえ……」

 なんだか尋問されているような感じだ。カレンは口をきゅっと結ぶ。


「なるほどね。ということは、君は知らない国に来て、頼る人が一人もいないってわけだ」


 エリックは更にカレンに顔を寄せてきた。

「何か困ったことがあったら、いつでも僕に相談してね」

 カレンにささやくと、エリックはすっと顔を離した。


「……ありがとうございます」

 引きつったような笑顔のカレンに、エリックは「じゃあ、仕事頑張ってね」と言い残して食堂を出て行った。




「大丈夫だった? カレン」

 二人が話している様子を見ていたエマが近寄って来た。

「……うん。何だかエリック様って、馴れ馴れしい人だね」

「あの人はいつもあんな感じなのよ。あんまり大きい声じゃ言えないけど、女性が大好きですぐ口説いちゃうんだから」

「そうなの? ……でもあの人、王子なんだよね?」


 確かにエリックは見た目も良く、物腰柔らかな雰囲気は女性にモテそうだ。だがカレンのイメージする王子様というのは、もっと近寄りがたい感じだ。簡単に使用人に話しかける印象はない。


「アハハ! 確かにそうなんだけど、あの人はちょっと変わってるの。王子っぽくないっていうか……使用人の私達にも垣根がない人なのよ」

「ふうん……」


 二人が話していると、いつの間にかブラッドの従騎士アルドが二人のそばに立っていた。

「あ、おはよう、アルド! 気がつかなかった!」

「おはようございます、エマさん」

 アルドは直立のまま、手に大きな本を一冊抱えている。

「おはようございます、アルド様」

 一応騎士の卵ということなので、カレンはアルドに丁寧に挨拶をする。

「おはようございます。こちら、ブラッド様からカレンさんにお渡しするように言われました」

「ブラッド様から?」

 首を傾げながらカレンはアルドから本を受け取る。


「……重い! 何の本ですかこれ?」

「聖女について書かれたものです。セリーナ様が今度カレンさんとお会いしたいと申しているそうで。それまでにこの本を読んで、聖女について学んでおいて欲しいとのことです」

「はあ……」

 カレンが受け取ったその本は、分厚い表紙に美しい女性の絵が描かれていた。これで殴られたら確実に死ぬだろうなと思うほど重い。


「一応文字は読めると思いますけど……こんな分厚い本、読めるかな……」

「分からなければ、使用人棟のマリーに教わるといいですよ。彼女は本をよく読むので……。討伐は恐らく三、四日かかると思います。セリーナ様との面会はその後になると思いますので、それまでに読んでおいてください。それでは僕は出発の準備がありますので」

 アルドは言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまった。

「……大変ね、カレン」

 エマは憐れむような顔で、呆然と立つカレンを見た。


(セリーナ様と会えるのは嬉しいけど、それまでにこれを全部読めって! ブラッド様は随分スパルタだなあ)


 思わぬ宿題を課されたカレン。両手で抱えた本がやけに重く感じたのだった。

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