第3話 騎士団の館・2

 エマが持ってきた着替えは、ここで働く使用人が着る制服のようなものだった。

 白のブラウスにジャンパースカートのようなものを上に着る。スカート丈はくるぶしまであり、そこに足首まで覆ったブーツを履くので、生足は見えないようになっていた。最後に白のエプロンを着ける。


「……うん! ぴったりね! 良かった。エプロンは汚れたらすぐに交換してね。汚れたエプロンで騎士の前に出るのは失礼だから……」


 調理場の隣にある休憩所のような広い部屋の中で、エマはカレンに服を着せていた。ここは使用人用の食堂なのだという。

 エマはカレンに服の着方を丁寧に教えてくれた。どこの誰かも分からない女にこれほど親切にするのは、ブラッド副団長の命令があるからだろう。だがそれだけではない彼女の優しさを、カレンはなんとなく感じていた。


「ありがとう、エマさん」

「どういたしまして。私のことはエマでいいわよ。ねえ、カレンっていくつなの?」

「二十三歳です」

 カレンが年齢を答えると、エマは目を丸くした。

「やだ、若く見えるから私と同じくらいかと……! 私は二十歳なの」

「二十歳?」

 今度はカレンが目を丸くする。しっかりしているので自分よりも年上かと思っていたのだ。


「じゃあカレンはエリック王子と同い年なのね」

「エリック……王子?」

 確か「エリック」というのは教会でブラッドと一緒にいた男だ。

「うん。エリック様はこの国の第三王子なのよ。王都からうちの騎士団に来てるのよね」

「王子……! あの人が」


(あまり顔を覚えてないけど、なんとなく綺麗な顔立ちをしていたような気はするな)


「まあ、王子って言ってもここでは騎士の一人として扱うように言われてるから、そんなに気負わなくて平気よ」

「……分かった。あの……さっきここに案内してくれたブラッド様はいくつなのかな?」

「ブラッド様は二十五歳だったかな? もっと上に見えるわよね」

「……確かに」


(副団長っていうからもっと年が上かと思っていたら、意外と若いんだ)


「さて! まずはカレンにこの『騎士団の館』を案内しようかな」

 エマは笑顔で両手をパンと叩いた。




 エマはカレンを連れ、館の中を連れ回し、丁寧に案内していた。


 騎士団の館では騎士達が生活を共にしている。中は大雑把に分けて、騎士としての活動をする場と、寝室などのプライベートな場に分かれている。カレンがいた調理場と食堂は、二つのエリアのちょうど中間に位置する。作戦室や客人を招く部屋や、副団長室などは玄関から近い場所にある。

 奥へ行けば騎士の寝室の他に談話室や大きな風呂などもあるというが、新人のカレンが寝室側に用があることは殆どないだろうとエマは話した。


 館の外は更に広い。表側には訓練場や馬小屋があり、いかにも騎士団の本拠地といった雰囲気だが、裏に回ると畑や家畜を飼う小屋などがある。


「卵や牛乳はここのものを使ってるの。騎士様に新鮮なものを食べて欲しいし、もしも何かがあった時、この中に籠城することになるからね」

 エマは畑があったり家畜を飼っている理由をそんな風に話した。裏側には洗濯場もあり、長い物干し竿に沢山のシャツがかかっている。


「奥には鍛冶場と工房があるの。騎士が使う剣とか装備品とか、色々作ってるのよ」

 エマは畑の向こうを指さした。木々に囲まれた建物が二つ見え、片方の建物から煙が立ち昇っているのが分かる。


「ここって広いんだね……」

 カレンは騎士団の館の敷地の広さに圧倒されていた。様々な施設があるのは勿論、敷地内には水路も引かれ、綺麗な水が流れている。


 最後に訪れたのが、館と渡り廊下で繋がっている「使用人棟」だった。ここは文字通り、使用人が暮らす場所だ。まだ昼間だからか、使用人棟にはあまり人がいない。玄関入ってすぐの広い部屋には、テーブルと様々な椅子やソファが所狭しと置かれている。


「ここは使用人達が過ごす談話室よ。夜になるとみんなよくここで宴会してるのよね」

「へえ……」

 カレンは部屋を見回す。壁には「就寝の鐘が鳴ったら部屋に戻りましょう」と注意書きの貼り紙があった。言葉だけでなく、文字も普通に読めることが分かり、カレンはますます不思議に思う。


「そうだ、カレンの部屋はどこなのかな?」

「確か、ブラッド様のジュウキシ? のアルドって人が部屋を用意するとかなんとか……」

「従騎士ね。騎士になる前の人達を従騎士って呼んでるの。騎士のお世話をしたりしながら、騎士になる為に学んでる人なのよ」

「だから若いんだね、あの人」

 アルドは少年のような顔立ちをしていたので、恐らく十代だろう。


 二人が立ち話をしていると、女が二人の姿を見て近づいてきた。

「あら? あなた、ひょっとして……ブラッド様が連れてきた『カレン』じゃない?」

「はい、そうですけど……」

 カレンは声をかけてきた女を見る。年の頃は四十代くらいだろうか。

「マリーさん! カレンを知ってるの?」

 エマはマリーを良く知っているようで、気さくに話しかけている。

「知ってるも何も、アルドに頼まれて部屋の用意をしていたのよ。用意が終わったから伝えようと思って、館に行こうとしていた所なの」


 カレンは慌ててマリーに向き直った。

「初めまして、カレンと言います。部屋を用意してくれてありがとうございます」

「初めまして、私はマリー。この使用人棟の管理人をしているわ。ちょうどいいから今から部屋に案内するわね」

「マリーさん! 私もカレンの部屋を見てみたい!」

 目を輝かせるエマに、マリーは軽く睨む。

「エマ、調理場に戻らなくていいの? そろそろ仕込みの時間でしょ?」

「うふふ、私は今『カレンのお世話をする』っていう大事な役目をブラッド様に命じられてるの! だから仕込みはしなくていいのよね」

 エマは得意げに胸を張る。


「もしかして、だからあんなに丁寧に館の案内を……?」

 カレンが恐る恐る尋ねると、エマは「えへっ、ばれた?」と肩をすくめた。

「なんだあ、そっか!」

 カレンは思わず吹き出した。カレンが笑うのを見て、エマはホッとしたような笑みを浮かべた。


「良かった、ようやく笑顔が見れて。突然知らない所に連れてこられて不安だろうけど、ここは結構暮らしやすい所だし、いい人ばかりだからね」


 エマの言葉に、カレンは急に胸が詰まったような感じがして、目の周りが熱くなった。


「もう、エマ。泣かせちゃ駄目じゃないの」

「えっ、私そんなつもりじゃ……カレン、大丈夫?」


 オロオロするエマと心配そうなマリーに、カレンは「……大丈夫、大丈夫だよ」と答えるのがやっとだった。

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