ルドルフプラッツ
@ashleynovels
第1話(完結)
「nächster Halt, Rudolfplatz…」
出発してほどないトラムの中で、アナウンスが聞こえた。自分にとっては、十数年間聞き慣れた、ごく自然な音の並びだった。
彼女にはどんな風に聞こえているんだろうか。
永遠に答えが見つからない問いが脳裏に浮かび、流れる景色とともに消えていった。
俺は、気づけばずっとそう生きてきた気がする。考えてもわからないことは、考える意味がない。それに囚われるよりは、忘れて次の景色を見にいくほうが、性に合っている。
そんなことを考えていると、彼女の泣き顔をふと思い出した。その姿を見たとき、俺はどうしたらいいのかわからなかった。心配を伝えるメッセージに、彼女はいつものように気丈に答えた。それが本心であるのか強がりであるのか、いつもわからないまま会話を終わらせていることに、一抹の罪悪感を感じていた。彼女がそれ以上追及してほしくないということは、重々わかっていたが。
俺にとってはどうしようもないと思えるようなことに怒り、悩む。彼女はきっと生きづらいだろうと思う。スマホの画面越しにでも、彼女のそういう面を見るたびに複雑な気持ちに駆られた。
トラムが止まると、自分の身長よりも少し低い出口をくぐり、プラットフォームに降りた。3月も終わりに差し掛かり、その広場には春の日差しを楽しもうとする人で賑わっていた。ベンチにゆったり座る人、買い物途中の人、タピオカを持った学生グループ。皆が思い思いに時間を楽しんでいるようだった。
俺は近くの建物の壁によりかかり、スマホを開いた。
「今トラム乗ったところ」
彼女からメッセージが入っていた。冷静に考えてみれば、なんとも奇妙な機会なのに、その実感はまだ湧いていなかった。
スマホをポケットに仕舞い、人混みを眺める。その人通りの多さに、俺はだんだんと不安を覚えてきた。わかりやすさのためにこの待ち合わせ場所を設定したのに、この人混みの中でお互いを認識できるのか?画面越しに見ているとはいえ、最後に会ってから1年以上が経っているのだ。
俺は壁から体を話し、ゆっくりと広場の中心の方に歩き始めた。人混みは相変わらず流れていく。いろいろな人の集まりのはずなのに、あまり違いには目がいかなかった。
彼女に今さら会って、どうするというのか。俺はまだ、俺たちがこれから何になるべきなのか、結論を出せていなかった。周りの賑わいと裏腹に、俺の中に静かな緊張と不安が広がっていく。彼女は何かを期待して、ここに来たんだろうか。聞いてもきっと彼女は答えない。また、あの笑みを返されるだけだろう。
考えていたのも束の間、人混みの中のあるひとつの影に、無性に目を惹かれた。
見た瞬間に、電撃が走ったような感覚に襲われた。広場の喧騒はもう遠いものだった。
歩き方。瞬きの仕方。口角の上げ方に、手を服にやる仕草。
間違いない。
多くの人がいる。似たような見た目に、似たような雰囲気をした人も。だけどそれでも、彼女は誰とも違う。
物理的距離が近い時間なんて関係はなかった。俺は、彼女のことをそれほどよく知っている。彼女の強いような弱さも、確信めいた曖昧さも。誰よりも。その強い感覚だけに突き動かされ、歩を進めずにはいられなかった。
ルドルフプラッツ @ashleynovels
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