綾乃と亮介 2  three, four or five[改稿版]

宿羽屋 仁 (すくわや じん)

第一章

第1話  一樹から亮介へ

 「うん、わかった。じゃ、先に寝とくね。え? うん。眠るとは限らないよね。うふふ。じゃ、お仕事頑張ってね〜」


 一樹からの電話を終えた綾乃にちょっかいを出す亮介。やめてと笑いながら綾乃のショートボブの毛先が揺れる。


 3つのベッドルームと大きめのLDK。南向きのリビングの隣は綾乃の6畳の部屋。玄関側には一樹の5畳の部屋、廊下を挟んで亮介の5畳の部屋が並んでいる。シェアハウスのような三人の共同生活も既に8ヶ月が経過した。


「一樹、帰ってこれなさそうな感じ?」


「そうみたい。提案資料作りで夜通し作業なんだって」


「そっか。今日こそ久しぶりに3人でと思ってたんだけどなぁ」


「あれ、私だけじゃ不満?」


「そんなわけないよ、綾乃を独り占めできるなんて最高だもの」


 言うが早いか綾乃の唇を奪う亮介。もう何回目なのかわからないほどキスを重ねた二人。それなのに、まるでこれが初めてかのように胸を高鳴らせている。


「いつまで経っても慣れないね」


 綾乃が照れながら言う。


「大丈夫、慣れないと思うから」

 

 亮介がそう言うと、二人はソファーに沈んでいく。


 



「飯食べ終わったらちょっといい?」


「あぁ、いいよ。ただ一本だけメール送らないといけないんだ」


 残業から帰宅して夕飯を食べている亮介。なんとなく、あまり明るい話ではなさそうだというのは一樹の表情から判る。最近、頻繁に深夜帰宅するようになったし、自室からあまり出てこなくなったようにも感じる。仕事が生活スタイルに変化を与えているのもあるだろうが、どことなく前よりよそよそしい印象もある。そんなことを思いながら亮介は手早く皿を洗ってメール送信を片付けた。




「綾乃と離婚することになった」


 予想外の一樹の第一声。驚いたのは驚いたが、合点がいったというのも亮介の正直な感想だった。


 一樹によるとこういうことだった。


 あの寝取られ体験を通して、一樹はそれまで愛について――特に綾乃についてだが――自分も気づかなかったことがいかに多かったかを実感し、反省した。

 

 そして、亮介と綾乃についても見落としていたことがあった。


 以前から二人の普段の会話が阿吽の呼吸でテンポよく進むこと、それは認識していた。ただ、三人で暮らしていくうちにそれがただの偶然やたまに会うからといった理由ではなく、相性の良さそのものが故であることがわかった。肉体関係があろうとなかろうと、二人には敵わないのかもしれない。そう思い始めた時期から歯車が狂い出した――。


「いや、そんな……ちょっと思い詰め過ぎじゃないのか。お前と俺のキャラクターの違いもあるわけだしさ」


取り繕いとりつくろいでもあるが、亮介の本音でもある。穏やかな声で一樹が返した。


「いいんだよ、そんなことは。綾乃を幸せにするのはお前だと気づいたんだ」


「いや……。そりゃ嬉しいけど、こうしてみんなで生活してんだから一緒に幸せにしていけばいいじゃん」

 

「うん、そう思ってた。ただ、それはもうできないんだ」

 

 孤独感と無力感と嫉妬に苛まれてさいなまれて悶々としていた頃、一樹は良心の呵責りょうしんのかしゃくに苦しみながらも他の女性と関係を持ってしまった。綾乃とは全く違うタイプ。この先どうなるのかはわからないが、新しい自分の新しい恋を頑張ってみたいという。


「……じゃ、この部屋は……?」


 目を落とし、静かにゆっくりと首を垂れるくびをたれる一樹。


「……わかった。お前は軽はずみにこういうこと考えるやつじゃないしな」


「ありがとう」




 

「最後に一つ聞いていい?」


「もちろん」


「俺、綾乃さんと付き合っていい?」


 一樹は思わずぷっと吹き出してしまう。


「当たり前だ。そもそも何で俺の許可が要るんだよ」


 亮介は、ついつい頬が緩んでしまうのを必死に堪えながら頷いた。

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