第2話
「ここ、幽霊が出るんだよ」
「またその話か?」
「半年前、近くの工事現場で若い男性が亡くなったの。クレーン車が倒れて身体を押し潰されたんだって」
「そいつが出るって? なんで事故現場じゃなくて、廃駅に現れるんだよ」
「わかんない。この場所に思い入れがあったとか?」
「馬鹿馬鹿しい。だいたい、化けて出てなにをしようって言うんだよ。とっくに死んじまってるっていうのに」
「そうだね……だから教えてほしい。真青、きみはなぜ、ここでさ迷っているの?」
「は?」
「思い出して。半年前にきみは亡くなっている。工事現場で事故に遭ったのは、真青なの」
永遠のような長く重い沈黙が落ちる。真青は瞳を伏せた。
「そうだ、おれ……」
事故が起きた日、真青の仕事が終わったら、ここで落ち合う約束をしていた。
あのときもつまらないことで喧嘩していた。いつものように、仲直りできるはずだった。
まさか、真青が十七歳の若さで逝くなんて……二度と会えなくなるなんて。
葬式の記憶はない。対面は果たされなかった。遺体の損傷が激しいようで、棺の窓は固く閉じられていた。
真青のおばさんの悲痛な叫び声が耳にこびりついている。
棺にすがりついて、おばさんは息子の名前を呼び続けていた。
離れてしまった魂を肉体に呼び戻そうと、懸命に。
真青はどんなに痛かっただろう。苦しかっただろう。怖かっただろう。真青がなにをしたというのか。
どうして、死ななければならなかった?
苦痛に満ちた最期を迎えねばならなかった?
この世界に真青がいないことが信じられず、学校を休んで部屋に閉じ込もった。
誰にも会いたくなかった。誰に会っても、口汚く罵ってしまいそうだった。
わずかに眠る時間だけが、喪失の痛みを和らげてくれる。
━━真青の幽霊が現れるという噂がSNSに流れるようになったのは、四十九日を過ぎたころだった。
【深夜、廃線A駅のレールの上を歩くと、顔が潰れた男の幽霊が現れる。】
真青の死亡事故の記事が添付されていた。顔写真こそなかったが、実名が載っていた。
真青は苦しんで逝ったのに、死してなおも面白おかしく語られる!
怒り、悔しさ、哀しみ……言葉では言い尽くせない。心臓に刃を突き立てられたような痛みをおぼえた。
真青の死は、誰かにとってはエンターテイメントだった。
真青の個人情報などあってないようなもの。情報提供者は後を絶たなかった。
不仲を理由に両親が離婚したこと。家計が
慣れない現場作業で無理がたたっていたこと。
先輩にしごきという名のいじめを受けていたらしいこと。
かわいそうね、かわいそうね、かわいそうね……
悪意のある、はたまた噂を拡散することが善意だと信じて疑わない第三者によって、真青の短い生涯は弄ばれた。尊厳は踏みにじられた。
何度も何度も何度も何度も、真青の魂は殺されたのだ。
自宅には昼夜かまわず悪戯電話が鳴り響いた。
心の
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