【第一話】居場所を求めて



 ウィッチャーのライアンが操縦する箒の後ろに乗せてもらいながら、エミールは依頼主から送られて来た住所を見ながら「そろそろ辿り着くはずだ」と声をかける。万屋を経営するエミールの家から南西の方角に飛び続けている。


「おっけ〜。少し低くして飛ぶよ。にしても、ここら辺はまだ手入れされてない山の麓って感じ?」

「そうだろうね。まだ国の整備も行き届いていないというか……まあ、自然にとってはいいのかもしれないな」

「それで、今日の依頼主は近くに住んでいるのか?」

「ああ。人と馴染めないようで街とは離れて暮らしているらしいんだが……」


 エミールも箒から見下ろし探す。本来なら万屋として経営しているエミールの家に来てもらうのだが、今回は手紙が送られて来た。街に下りてくるだけで人々に迷惑がかかってしまうからという理由だった。エミールはその理由はまだ知らないが、困り事があるなら助けになりたいと今回の依頼を引き受けた。


「あ。あそこじゃないか? 体が大きな男の人がこっちを見上げているぞ」

「本当だ。下りてみよう」


 ライアンが箒を傾ければどんどん下へ行き大きな男の人の前に立つ。地面に降り立ってわかったのだが、その男性は体がライアンたちよりも倍に大きく、そして体も巨木のように大きい。数秒見上げて放心し……慌てて自己紹介に入る。


「や、やあ。僕たちは万屋のエミールとライアン。依頼はあなたがしてくれたのかな?」

「はい。ああ、来てくれた。助かる。私はデク、という名だ」


 大きな男の人はデクという名前らしい。彼にとったら小人のようなエミールとライアンに深々とお辞儀をする。


「手紙で依頼が来たからね。困り事があるなら手助けするのがこの万屋のモットーだから。それで、デク。君の依頼は何だろうか」

「ああ。私はこの度七十歳となるのだが……」

「七十歳⁉︎」


 驚いて声を上げるライアンに「おい、失礼だぞ」とエミールは肘打ちをする。ライアンも慌てて「ごめん」と口を塞ぐがもう遅い。大して、デクは気にしていないように「皆年齢に驚く」と言っている。見た目が二十代後半辺りに見えたから仕方ない。


「えっと……君はウィッチャーなのかな? にしても、年齢と見た目に差があり過ぎるような気が……」

「俺、聞いたことあるぜ? 〝ウィッチャーが山奥に棲むと、知らず知らずのうちに妖精の加護を受けて老化が遅くなる〟って」


 ライアンが言う。失言もあるが、ウィッチャーとしての教養に関してはエミールよりもある。デクは「その通りだ」と頷きその場に胡座をかく。座り込む時にズシン、と大きな音がした。体も大きければ重量もある。


「私は小さな頃から山奥に棲んでいた。妖精たちと遊んでいるうちに体は一回り大きくなった。そのことは構わないのだが。力の加減などがわからなくてな……」

「例えば?」

「握力を間違えて物を壊してしまったり……風を起こすつもりが竜巻になって周りを巻き込んでしまったり。……それで、色々転職はしてるんだが結局煙たがられてしまってね。万屋に頼むのもおかしなことかもしれないが……私に最適な仕事を探して来てくれないだろうか」


 今までの依頼は失くした物を探す手伝いだったり、足が不自由なために代わりに買い物に出かけたり。そんな些細なものが多かった。もっと突き詰めれば「転職サイト」があるのでは? と考えたがきっと全て試した後で万屋に最後の手綱として依頼してきたのかもしれない。それは追々、デクから詳細を聞くとして。


「どうするんだい? エミール」


 こちらを見るライアンからは「オッケー」のサインが出ている。依頼人と交渉して、エミールたちの手には負えないと判断した時はもっと渋い顔をしている。万屋を経営しているのはエミールだが、判断は二人で決める。


「デク、大丈夫だ。僕たちが君の居場所を探すよ。この万屋エミールとライアンにお任せあれ!」


 安心させるように微笑めば「助かる」とようやくデクからも笑みが漏れた。


 *


 デクと話し込みながら「転職サイト」の利用は愚か、一般の働く場に赴くこと事態が難しいと改めてわかった。

 

先ず、体が大きいので玄関から入ることは出来ない。窓から辛うじて入れるが……天井が低いとデク自身が屈み込まなければならず、なんなら外から二階にいる人と顔を合わせる方が早い。


 そして歩くたびにズシンズシンと周りに地響きが鳴る。何事かと近所の人が確かめに来る程。巨体のため狭い道では一方通行になってしまうし歩く速度も遅く、奥がつっかえてしまう。

 山から街に降りデクの困り事を計ろうとし、これ以上は迷惑になってしまうと判断したライアンが三人まとめて転移魔法で再び山奥に戻った。


「あれ。というかデクはウィッチャーなんだよね。魔法陣召喚して転移することは出来るんじゃないの?」


 ライアンが尋ねれば「以前試したことがあった。しかし元の場所ではなく、元の場所の……地層の中にいたというか……」と答えづらそうに呟く。


「地層の中⁉︎ よく圧迫されなかったな⁉︎ 普通の人ならそのまま化石になってたよ!」

「その点に関しては巨体でよかったと思った。無事、自ら掘り起こして地上に戻って来れた」

「ひ、ひえ〜……」


 ライアンがデクの武勇伝に慄いている間、エミールは「ふむ」と顎に手を添えて思考を巡らす。

 デクはとても体が大きい。そして重量もある。彼が温厚な人でよかったが、もしも暴力を振う側であったなら一般人はひとたまりもないだろう。物理的な力がありすぎて、かつ一時的に使う魔力も想像以上になってしまうことをデクは把握していて、それ以降は魔法を使わないようになっている。

 周りに迷惑をかけない良い判断だとは思うが、ウィッチャーというものは体内に魔力を溜め込み過ぎるのも良くないと言われている。定期的にデクが魔力を解放出来るような、何か良い案はないだろうか……。


 エミールが一人で考えている間、ライアンはデクと会話をする。


「デク、小さい頃から山奥に棲んでたって言ってたな。ご両親も近くにいるのか?」

「いや、実は物心着いた時から山奥にいた。あの頃から妖精に連れられて古民家を掃除して一人で暮らし始めて、でも妖精たちが何かと世話をしてくれていたから……親は彼らみたいなものだ。大人になってから俺は捨て子だったのだなとなんとなく気づいた」

「そう、だったのか。妖精の加護を受けてるのも納得するよ。でも、古民家で暮らし始めたなら城に赴いて住所とか申請しないと電気代とか通らないんじゃないのか? それに、中々働けないことを考えるとお金とかは……」

「電気は通ってない。灯りはランタンで済むし夜は八時には眠る。食べ物も全て妖精たちが運んで来てくれ、火を手作業で起こして調理して食べている」

「な、なるほど〜……なんというか、今の時代にそぐわない昔の人みたいな……それならデクはこのままでも生きていけそうじゃないか? どうして働きたいと思ったんだ?」

「最近、都市の開発が進んでいるだろう。山が伐採されていき、妖精や野生の生き物たちが棲む場所を追われている。だから私が働いたお金で、彼らを保護したい。出来ることなら伐採を止めたい。発展していく国も大事だとは思うが豊かな自然を減らしたくない」


 デクから話を聞きながら、ライアンはエミールに目を向ける。


(働く場所というよりも、本当の目的はこっちだったのか……)


 デクに向き直り、ライアンはニッと笑う。


「ありがとう、話してくれて。エミールと良い案を考えてみるよ」


 一人でぶつぶつ考えているエミールに声をかける。


 *


「なるほど……開発を止めたい、ね」

「デクの本当の目的は山を守りたいことだった。その手段として、お金が欲しかった」

「ふむ。しかし今の状態ではデク自身が働くのは厳しい条件が多いのか」


 デクが棲んでいるという古民家に立ち寄らせてもらい万屋二人は話を進める。デク本人は外で丸太を割って薪の束を作っている。カン、カン、と丸太を切る音を聞きながら「平和だな」とエミールは呟く。


「子供の頃に見たアニメのお爺さんがそばにいるようだ」

「まあ、デクも見た目こそ若いけど七十歳と言ってたしね?」


 二人でクスクス笑い合い「それで、今後のことなんだが……」と話を詰めようとした時、外が騒がしくなった。鳴き声……いや、言葉か。でも万屋にはわからない。外に飛び出せば尻尾が九本ある魔獣──九尾が怪我をして倒れていた(以後九尾と呼ぶ)。

 手のひらサイズの妖精が九尾に声かけをしてここまで連れて来てくれたようだった。「大変だ」とデクも駆け寄り九尾に触れる。エミールも近づこうとすれば「危ないよ」とライアンの手が行手を阻む。


「何故?」

「九尾は魔獣の中でも特に魔力がある生き物。下手に近づくと命吸い取られてしまうぞ。……まあ、その力欲しさに密猟する連中もいるんだけど。この九尾も、恐らく密猟の被害に……デク、君も離れないと!」


 ライアンが声をかけてもデクは離れない。寧ろ傷口から血液が溢れてる箇所を素手で押さえ込んでいる。魔獣の血液に触れたら、それこそ危ないのだが。


「……ライアン。君は治癒魔法が出来るだろうか」

「え? あ、ああ。無茶したエミールをよく回復させたりしているけど」

「遠くからで良い。そこから言葉だけで指導してくれ。私はどうやら、巨体だからか毒に鈍感らしく平気で触れる」

「そ……そうか! なら指示出す! 落ち着いてやれば大丈夫だ!」


 ライアンがデクに治癒魔法の手解きをしているのを眺めながら、妖精がデクの元に九尾を連れて来た理由を探る。妖精の加護。まだまだ謎なことは多いが、一般のウィッチャーよりも耐性はあるのだろう。その理由で体は大きくなった。人と暮らすことは難しいのかもしれないけれど、山奥で生き物たちと共存出来るのなら。並のウィッチャーでは触れられない魔獣を助けることができるデクなら。


「そう、ゆっくり……深呼吸……いいぞ、そのまま集中して……凄いぞデク! 君の魔法は的外れになると嘆いていたけれど、助からないはずだった九尾の命が一気に回復していってる! 君の力は〝癒しの力〟としてとても優れている!」


 久々にライアンの興奮したような声を隣で聞く。傷口が塞がった途端九尾は目を覚まし、助けたデクの頬に鼻を擦り寄せる。


「……感動的なものを見たな」

「エミール、今日はもうお腹いっぱいだよ」

「胸がいっぱい、だろ?」


 二人で雑談しながら、仲良くなったデクと九尾を眺める。


 *


「やあデク。先日はいいものを見させてもらったよ。あれからライアンと話をして、城に伐採をやめてもらえないかとデクの代わりに申請しに行ったんだ」

「そうか。そして、結果は……」

「びっくりだよ! 王様から連絡が来たんだ! 〝その事実に気づけなくて申し訳ない。私の目が届かないところで元老院が開発していたようだ。直ちに止めるよう伝えておく〟だって! 直接ではなく手紙だったけど」

「王の目に入らず元老院が勝手に進めてしまうとか。彼らは仲があまり良くなさそうだな。でも、王様が国民の話を聞いてくれる人でよかったよ」

「開発は止まるのか。そうか。よかった……二人のおかげだ。どうもありがとう」


 深々と頭を下げるデクに「でも、これが条件でね」と紙を一枚差し出す。


「王様から伝言。〝名前のない山だとまた独断で伐採されるかもしれない。山一帯に名前をつければ私有地として勝手に伐採されることはないだろう〟」

「名前……」

「決めちゃいなよ! 今後発行される地図にも名前が載るぜ⁉︎」

「そ、そうか……では【エミールとライアンの──】」

「ストップストップ」


 紙に万屋二人の名前を書かれそうになり慌てて止める。


「何か?」

「そこはデクの名前でしょ!」

「……何と書けば」

「ほら、北西には【迷路の森】というものがあるだろう? 間違えて入ってしまったものは彷徨って出られないから気をつけろって言われてるやつ。恐ろしいものだけど、名前としては印象に残るよね。だから、この山も皆に愛されるような……」

「シンプルに【デクの山】とかどうよ⁉︎」

「いや、ここはデクが──」


 エミールはデクに決めて欲しかったようだが、デクは案外ライアンの言葉を気に入ったようで嬉しそうに不器用な大きな字で【デ ク の 山】と書いた。


「来年の地図楽しみだな〜。絶対買おうっと」

「あ、待ってくれ。報酬のことだが……結局私は働けず終いで……」

「……別に、俺らはそこまでお金に困ってないし〜?」

「はは。まあ、依頼された仕事が完了したら報酬貰うのが基本だけれど。結局は我々も君の仕事先を見つけられてないわけだし。……でも、君の願いは叶ったんだよね?」

「それは。もちろん」

「ならよかった。だから……君が最近生み出した〝癒しのメロディー〟を聞かせておくれよ」

 デクは数秒固まり、その後に「それでいいのなら」と微笑み外に向かう。エミールたちも着いていけばメロディーが奏でられる予感に気付いたのかすでに妖精や動物、魔獣たちが集まっていた。

 デクはライアンに治癒魔法を教えられて依頼、独自で魔法をアレンジした。それが、音楽を奏でる間に治癒魔法を上乗せすることだ。音楽を聴く者が、不思議と心癒されて、体の怪我や疲れが無くなっていく。


 デクよりも大きい木の元で座り込んだ彼の元にハープが置かれてある。しかしデクが手にすることによってミニハープにも見える。魔獣たちが癒されに来たこの山奥は彼らの憩いの場になりつつある。デクは山の守り神のような存在になっていた。少し離れた場所で音楽を聴きながら万屋二人も日々の喧騒から離れ、その魔法を浴びていた。


「デクの居場所を見つけられてよかったよ」

「ああ。また何か困った時は助けに行こう」


 そんな会話をしながら、二人は万屋へと戻る。



 【第一話】居場所を求めて  完

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エミールとライアンの「なんでもお願い叶えます」〜万屋編〜 伊吹 ハナ @maikamaikamaimu

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