大事な宇宙ミッションが迷惑な宇宙怪獣で台無しになりそうだしついでに人類滅亡しそう
日向 しゃむろっく
第1話
二〇三一年も暮れようとしている、十二月の初旬。
僕はいつもどおり、相模原にあるJAXAの宇宙科学研究所へと出勤した。
来年の三月に大きなミッションが控えていて、僕もふくめて職員は誰しもピリピリしていた。
とても大事なこの時期に、万が一にも事故やトラブルは起きてほしくない。
だから僕らは細心の注意をはらいつつ、前途の安全無事を祈りながらプロジェクトを進めてきた。
なので、その日の管制室が騒然としているのを見て、何事かと思った。
状況がつかめずにいる僕の目の前で、職員たちが慌ただしそうに話をしている。
「その電話、どこからだ?」
「
「分からないって言っておけよ」
「そっちは
「むしろこっちが質問された。どこも動転してる」
彼ら以外の職員も相変わらずやんやと騒いでいて、なにか事件が起きているのはわかった。しかも話を聞くかぎり、世界規模で観測できることらしい。
おりしも太陽の活動期が第二六期に移行して、活動が活発になりはじめていた。だから僕は最初、大規模な電波障害でも起きたのだろうかと思った。
背後のドアが開く気配がして、管制室に誰かが入ってくる。僕はそちらを振り返ると、そこに見知った人を見つけた。
「
「ああ、
部屋に入ってきたのはプロジェクトマネージャーの鳥飼教授だった。
「おはようございます、先生。これは一体なんの騒ぎですか」
「ああ……それなんだけど。見てもらったほうが早いかな」
教授は手元のクリアファイルから大判の写真を取り出した。
「みんな。NASAから写真が来たよ。笹目くんから見て、まわしてあげて」
教授は五枚の写真を僕へ渡してくる。写真はみんなも初見らしく、管制室じゅうの職員が僕の周りへゾロゾロと集まってきた。
写真には、真っ暗な背景に浮かぶ酒まんじゅうが写っている。
しかし、それが酒まんじゅうのスナップショットではないことは、写真の隅っこに印刷された『NASA』の青と赤のロゴマークが証明していた。
「なんですか、これ」
「今朝、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡がとらえた映像だよ」
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とは、ハッブル宇宙望遠鏡の後継として打ち上げられた最新鋭の宇宙望遠鏡のことだ。
「継続的な観察と、赤外スペクトル分析の結果、生物だとわかった」
「生物? 宇宙空間を生身で飛ぶ生物ですか!」
「ああ。NASAの連中は『怪獣だ《Kaiju》』って騒いでるよ」
「こんな酒まんじゅうみたいなヤツが? ですか?」
「全長九〇〇メートル、全高六〇〇メートルあるらしい」
デカい。僕はおどろいて叫びかけた。
「地球に来るんですか?」
「明後日には来るらしい」
それは人類にとって、あまりにも唐突なファーストコンタクトだった。
***
北極星の方角から地球へやってきた怪獣の存在は、すぐに一般人の知るところになる。
まずアマチュア天文家が騒ぎはじめた。
国立天文台への照会が殺到して電話回線がパンクすると、その熱意はネットへ飛び火する。
SNSのフィードが次々と消費されて過熱していき、天文台と同じように電話ラッシュに参ったNASAが記者会見をひらいた。
そうして公式の見解が出そろったところで、各国の防衛当局が「もしも」のときにそなえて動きはじめる。すわ宇宙大戦争かと思われた。
だが怪獣は地球へ来なかった。
怪獣は地球の公転軌道上にある、重力が安定しているラグランジュ点という場所に直行し、そこに居座ったのだ。
地球人類は宇宙望遠鏡だけでなく、地上の大型望遠鏡までも総動員して怪獣を観察して原因を探った。
だけど怪獣がそこに居座る理由は、皆目分からないままだった。
宇宙の果てからやってきた怪獣のミステリアスな行動に、世間は大いに沸く。
テレビでは中身のない特番が組まれ、ありもしない不安をあおり立て、ネットには憶測を真実のように語る動画があふれた。
そうやってみんなが怪獣熱にうなされているころ、怪獣とはまったく関係のない僕らのプロジェクトは佳境を迎えていた。
「探査機『オケアノス』は現在、木星への最終アプローチ段階にあります」
その日は管制室にテレビ局の取材がきて、鳥飼教授がインタビューに応じていた。
『オケアノス』とはJAXAが五年前に打ち上げた小惑星探査機のことである。
縦横四〇メートルの帆に太陽からの光子を受けて飛ぶ、巨大な宇宙の凧だ。
僕はデスクで、その『オケアノス』へ送信するプログラムを書きながら、教授たちの会話を聞いていた。
「三月十九日に、『オケアノス』は木星をかすめて飛び、木星の重力を使って加速します。予定通りにいけば、最終目的地である木星の小惑星帯へ到着するでしょう」
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