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 朝晴がひとりで切り雨へやってきたのは、日曜日の午後のことだった。


「夏休みも終わりましたね。新学期、大変じゃありませんか?」

「子どもたちが元気すぎて大変ですよ。しばらくは日曜日しか、こちらに来られそうにないです」


 毎週来る気だろうか。そう思ったのが顔に出たかもしれない。朝晴は苦笑いする。決して、負担には感じていないのだけど、戸惑う気持ちがどうしても、彼には迷惑がられていると取られてしまうようだ。


「切り雨さんもお忙しそうですね」


 カウンターの上に積まれた切り絵をのぞき込んで、彼は言う。


「はい。おかげさまで。ちょうど今、秋に合う作品はないかと問い合わせがあったので、探していたんです」

「要望に合うものは見つかりましたか?」

「いくつか。来週にでもご来店いただけるそうなので、それまでにレイアウトを変えておこうと思ってるんですよ」

「それは大変ですね。お手伝いしましょうか」


 さっそく、腕まくりする彼にやんわりと答える。


「ちょうど、作品の入れ替えをしようと思っていたので、少しずつやっていきますから」

「そうは言っても、休日は何かと忙しいですよね。今日はもう予定もないので」

「近々、アルバイトを雇おうかと思っているんです」

「そうでしたか。俺にも何かやれることがあれば、遠慮なく言ってください」

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫なんですよ」


 何度も食い下がる朝晴に、未央はつい苦笑しながらも、次第に真剣な表情になって口を開く。


「しぐれさんはお元気? あれから一度もいらしてないので、気になっていたんです」

「それが、ずっと拒んでいたリハビリに行くって急に言い出しまして」

「リハビリを始められたんですね」

「気持ちの問題が一番大きいですからね。うまくいけば、前のように歩けるかもしれません。八坂さんのおかげですよ」


 朝晴はそう言って、優しげに目を細める。


 服装も髪型もかしこまってない自然体な彼に似合う笑顔に、未央は時折、どきりとする。


 別れた婚約者もそうだった。大手企業の御曹司として生真面目な一面を持つ文彦だったが、子どものような純粋さを持ち合わせていた。ふたりで一緒にいるときだけは、緊張を和らげたように穏やかに笑い、やすらぎを分けてくれる人だった。


 朝晴と文彦の姿は似ても似つかないけれど、素の部分にどこか似たような心根の優しさを持っている気がして、好意的に感じてしまうのかもしれない。


「そう言っていただけると、切り絵作家としての活動が無意味ではないと思えます」

「祖母の話では、リハビリに行く前に名残の夕立を見て、勇気づけられてるそうです。そういった方はほかにもいらっしゃると思いますよ」

「ありがとうございます。しぐれさんを傷つけてしまったので、もうお会いできないんじゃないかって落ち込むときもあって」

「あれは、しぐれの問題であって、八坂さんは巻き込まれただけです。しぐれが壁を乗り越えたら、また会いに来ますよ」

「会いに来てくれますでしょうか」

「必ず」


 力強くうなずく朝晴に救われながらも、聞いてほしくて未央は言う。


「以前にもお話しましたけれど、私、大切な知人を交通事故で亡くしているんです。その経験をしぐれさんと重ねてしまって、生きていてよかったと言ってしまいました。でも、そのつらさは一緒じゃないですよね。わかったようなことを言って、井沢さんにもご心配をかけてしまいました。ごめんなさい」

「俺もしぐれに同じこと言いましたからね。しぐれにはその気持ちが重たかったかもしれませんが、人の気持ちなんて本当のところはわからないですよ。だから、自分の気持ちは伝えてよかったんじゃないですか? 少なくとも今回の件で、八坂さんの痛みを俺は知ることができたわけですし」


 朝晴の気遣いに、やはり、未央は救われる。


「井沢さんとお話していると、なんでも話したくなる気がします。そんな気持ちになれる方が教師をされてるのは、子どもたちも心強いですね」

「それで、子どもたちも俺に秘密の話を持ちかけてくるのか」


 冗談なのかそうではないのか、納得するようにうなずく彼がおかしくて、未央はくすりと笑う。


 文彦と会えなくなってから、めっきり笑う機会は減ってしまっていたけれど、朝晴と一緒にいると、楽しいという感情が湧き上がってくる。清倉に思い切って引っ越してきたのは間違いじゃなかった。

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