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 清倉の夏の早朝は、縁側からひんやりとした風が吹き抜けて、意外と涼しい。


 炊き上がったばかりのほかほかの白いごはんと、湯気のたつ具だくさんのみそ汁に迎えられた朝晴は、つやのある焼き鮭にふっくらしただし巻き卵、海藻の入ったサラダをぐるりと眺める。


 東京で一人暮らししていたときには考えられなかった豪勢な食卓を前に、「今日もうまそうだなぁ」と箸を握る。


「ああ、お茶を忘れてたね」


 今年、喜寿を迎えた祖母の久子ひさこは、テーブルに手をついて難儀そうに椅子から立ち上がると、湯呑みを三つ台所から運んでくる。


「ばあちゃん、ありがとう。悪いな。毎朝、作ってもらってさ」


 久子は父方の祖母だ。朝晴が妹のしぐれを連れて東京から引っ越してきたあと、まるで生きがいのように彼らの面倒を見ている。


「サラダとおみそ汁はしぐれちゃんが作ってくれたんだよ」

「そうなのか。しぐれ特製のドレッシングはうまいからな、サラダから食うか」


 向かいに腰かけるしぐれに向かってそう言うと、朝晴はサラダをほおばる。オリーブオイルのほのかな香りが、レモンとともに爽やかに口の中に広がる。朝のサラダにはもってこいの味付けだ。


「お兄ちゃん、やっぱり仕事大変?」


 うまいうまいと、次から次へと平らげていく朝晴を見て、あきれ顔のしぐれがそう尋ねる。


「ん? なんで」


 教師の仕事を始めたころはよく気にかけてくれていたしぐれだが、すっかり教員が板についた今も心配してくるなんて珍しい。


「だって、昨日も夜遅くまで電話してるみたいだったし。教員って忙しすぎるよね」


 前職も似たような忙しさだったから大したことはないと思いつつ、朝晴は緑茶をぐいっと飲み干すと、タンスの上の筆立てにさしてあるうちわを指差す。


「電話は夏祭りの件だよ。切り雨さんから連絡あってさ」


 うちわには、第23回清倉地域夏祭りと書かれている。地域学校協働活動の一環で行われる夏祭りで、朝晴は推進員のメンバーだ。中学校で行われる行事では特に、率先してリーダーを務めている。


 うちわは去年の夏祭りに配布したもので、祖母が大事に使ってくれているようだ。しぐれもすぐに夏祭りが何かわかってくれたようで、うなずく。


「切り雨さんって、商店街の?」

「うん。夏祭りに出てくれるって言ってくれてさ。何度も足を運んだ甲斐があったよ」

「なーんだ、イベントのお誘いでよく切り雨に行ってたんだ」


 拍子抜けしたようにしぐれはそう言う。


「なんだと思ってたわけ?」

「私じゃないよ。近所でうわさになってるんだよ。店主さんって綺麗な人だし、お兄ちゃんと何かあるんじゃないかって思われてるよ」

「何もないよ」

「だから、誤解されてるよって話」

「心配してくれてるのか?」


 あいかわらず、小さなことに尾ひれがついてあっという間に広がる町だなと苦笑すると、しぐれがいぶかしそうに眉を寄せる。


「心配なのは、切り雨さんの方。迷惑かけちゃダメだよ。変なうわさはすぐに立つんだから。彼氏がいたらどうするの?」

「迷惑承知で行かなきゃ、夏祭りに参加してもらえないよ」

「強引だねー」


 あきれ顔のしぐれを、祖母は目を細めて眺めている。会話を弾ませる孫たちの元気な姿を楽しんでいるようだ。


「まあでも、彼氏に誤解されてるなら謝っておかないとな」

「いるの? 彼氏」

「さあ、聞いてない。聞いてみるよ」

「やめてよ。デリカシーないんだから」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ」


 やれやれと肩をすくめて立ち上がる。


「今日も切り雨に行くの?」

「ああ、打ち合わせしてくるよ」


 信用がないのか、しぐれはまだ心配そうにしていたが、何も言ってこないから、そのまま居間を出た。


 未央からは開店前に来て欲しいと言われている。彼女は店をひとりで切り盛りしていて、日曜日は観光客の来店が多く、ゆっくり話す時間が取れないからだそうだ。


 朝晴は自室へ戻ると、イベント案内の書類をバッグに入れて家を出た。

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