最終章
第6話 sideシーラ
あの恐ろしい出来事からすでに3日経った。
ナイトは何があったのか一つも教えてはくれないけど一応は平和が戻ったような気もする。
ルーク様ともあれから会ってはいない。
それより、私は今暑くて死にそうになっていた。
「ダメだ、次。」
「し、しかし公爵様、このドレスはお嬢様にとてもお似合いですよ?」
「あぁ、だからダメなんだ。」
部屋の椅子に座り、私に何着もドレスを着せてその都度ダメだと言い張るナイト。
困る仕立て屋の女主人。
お人形遊びのように何着もドレスを脱ぎ着して暑くて死にそうな私。
これはもう地獄だ。
ナイトの指示通り、次のドレスを試着する私。
もうこのまま干からびるんじゃない?
「はぁ…、最悪だ。
美しすぎる、もっとマシなドレスはないのか?
できるだけ醜いように見えるやつ。」
ナイトの無理難題に仕立て屋の女主人は呆れ返っていた。
「お言葉ですが公爵様!
お嬢様は美しいのでどんなボロを纏わせても無駄です!滲み出ているんですよ!美しさが!」
「だからそれをどうにかしてくれと言っているんだろ。コイツがこの国で一番の美人だって事は俺が一番よく知ってる。」
「そんな無理難題を言われても困ります!
いっそお嬢様に変な顔をさせて歩かせればよろしいでしょう!」
「名案だな。」
もう!何なのよ!この会話!!
「あ、あの…ナイト、そんなに決められないなら私が決めていい?変な顔して歩くのはつらいよ…。」
私はナイトの考えがさっぱり分からなかった。
普通、自分の隣を歩かせるなら恥をかかないように綺麗にさせない?
「あぁ、欲しい物は全て言え。
全て買うが着るのは俺の前だけだ。」
これは言葉を選んでドレスを選ばないと。
ナイトは言葉通り本当に全てのドレスを買うだろうから。
「あの…薄い色のドレスはありますか?
あまり目立ちたくないので…。」
目立ちたくない事には理由がある。
そもそも、どうして今ドレスを選んでいるかと言うとマリア皇女様のお誕生日の舞踏会に参加するからだ。
私は正直この舞踏会には行きたくない。
自分を殺そうとした張本人の舞踏会に行きたい女なんてこの世のどこを探してもいないと思う。
でも、ナイトが私を絶対に側に置くと聞かないから今回パートナーとして行く事になった。
つい3日前に私は殺されかけた。
その事があるから絶対にそばを離れたくないらしい。
私が舞踏会に行かないのならナイトも行かないと言い出したから結局このザマだ。
私はその時に思った。
このままナイトが舞踏会に行かなかったらきっともっと酷い事をしてくる。
マリア皇女様は確実に私を殺すつもりだ。
そうでないと人の家にあんなおかしな化け物を放つ訳がない。
舞踏会に行っても行かなくても私は命を狙われる。
もちろんこの事はナイトには言っていない。
と言うより言えない。
ナイトは相手が誰であれ気に食わなければ手を下す。
皇室の者に楯突けばナイトは全てを失う事になる。
地位、名誉、命、言葉通り全てをね。
「ラ………シーラ。」
「へ?」
ナイトに声をかけられて間抜けな声が出た。
「どうしたんだ、何を考え込んでる?」
ナイトはいろいろと考え込む私を見て不思議そうにしていた。
「あ…えっと…ドレスが全部素敵だから迷っちゃって…。」
「そうか…。」
変に思ってるよね、楽しい試着の時間なのに私はひたすらこれからの事を考えているんだから。
「全部買う、金は執事から受け取ってくれ。」
「え!!?何でそうなるの!!」
「ダメ!全部なんてダメ!」
「大丈夫だ。」
大丈夫じゃないよ!
いくらかかるか分かってるの!?
「ナイト!!本当にダメだよ!
ドレスなんてそうそう着ないし勿体無いよ!」
「別に俺の前で着ればいいだろ?」
そう言う問題じゃないでしょ!!!
「ダメったらダメよ!
一着でいいの!」
しかも一番安いやつね!!
「騒いでも可愛いだけだ。」
ナイトは騒ぐ私を慰めるように頭をポンポンと優しく撫でた。
「本日はありがとうございました!」
懐が暖かくなった仕立て屋の女主人は肌をツヤツヤさせてお城から出ていく。
それもそのはず。
今日1日で年収以上の金額が入ったのだから。
この、ナイトという男はお金の使い方をまるでわかっていない。
一着しかいらないって言ったのに。
「物を買って不貞腐れるのは国中探してもお前くらいだぞ、シーラ。」
ナイトは私がいつまで経っても不貞腐れているものだから、揶揄うように言ってきた。
「私はナイトの負担になりたくないだけよ。」
そもそも人魚というだけでナイトに迷惑をかけてる。
それなのに大金まで使わせて肩身が狭いったらないよ。
「あんな端金で負担になんかならない。
安心しろ、シーラ。お前の男は案外稼げる方だ。」
ナイトはそう言って私の頬にキスをした。
「もう二度と私にドレスを買わないで。
私は1秒でも長くナイトと一緒にいられたらそれでいいの。」
ずっと一緒なんて夢のまた夢。
いずれ大きな力に引き裂かれてしまうんじゃないか、そんな事で頭がいっぱいだ。
化け物を調べ終わってからルーク様と少しだけ話す時間があった。
その時に聞いた、王都で人魚が今目の敵にされていると。
人魚は男を誑かしその家族までも引き裂く不吉な魔物だと言われている。
人魚と人間は結婚できない。
それが何を意味するか子供でもわかる。
結局私たちが一時の恋人ごっこをしたところでいつかは別れが待っていると言う事だ。
「1秒でも長く?まるで一緒にいられる時間に限りがあるように聞こえるな?」
ナイトはいきなり私の足の力を奪った。
床にへたり込む前にナイトが私を抱き上げ、ベッドに押し倒した。
「手離してもらえると思うなよ?
死ぬその瞬間まで俺たちはずっと一緒だ。」
その気迫に口答えなんてできない。
私たちは一緒にはなれないよ。
そんなことを言ったら最後、この人に丸呑みにされる気がした。
「俺は何があってもシーラだけは諦めない。
さっさと足を開いてくれ、どれだけお前の事が好きか教えてやるから。」
ナイトは言葉通り、私への思いを体で表した。
それはそれ激しく甘く。
「んん………。」
私は枕に顔を押し付けて項垂れている。
かなり長いこと可愛がられて疲れてしまった。
太陽は沈み月が空に登っていた。
ボーッとしながら考えるのは舞踏会のことだけ。
本当に行くのが怖い。
私、殺されたりしないよね?
「どうした?もう降参か?」
えぇ、もちろん。
「降参だよ、公爵様。」
疲れ切って少し不貞腐れている私を見てナイトが笑った。
「そう怒るなよ。仕方ないだろ?あんなに強請られたら俺だって頑張りたくなる。」
誰が強請ったて!?
「がっついたのはナイトの方でしょ!」
私がプリプリ怒ってもナイトは笑っているだけだった。
全く、この人は不安って感情を一度も感じた事がないのかな。
「シーラ、何悩んでるか知らないが俺に任せろ。俺がちゃんと解決してやる。」
そう、そこが問題なの、ナイトはすぐに解決するよ。
相手をバサッと斬り捨ててね。
それが大問題。
「不安なの、舞踏会が。」
きちんと言い直すのなら、舞踏会でナイトにご執心な皇女様に暗殺されないか不安。
「俺が隣にいるのに何が不安なんだ?」
「ナイトは人間でこの国の公爵様。
私は嫌われ者の人魚でナイトの卑しい遊び相手なんだよ?不安しかないよ。」
またナイトに恥をかかせるんだろうな。
デビュタントの時みたいに。
「私がナイトの築き上げてきた物をぶち壊すのが不安なの。」
殺されるかもしれない事も不安だし今言ったことも不安だ。
「安心しろ、俺の築き上げてきたものはゴミだ。勝手に他人がつけた評価なんだからいつ捨てても未練はない。」
ナイトはそう言いながら私の頭を撫でた。
「さっき散々教え込んだと思ったんだけどな。
妻の自覚はあるのか?」
妻になんかなれない。
そんな事ナイトが一番わかっているくせに。
私たちのごっこ遊びの世界でだけ私はナイトの妻になれる。
現実ではこれが限界なのよ。
「ナイト、それは人前では言わないでね?
いじめられるのは私なんだから。
そもそも、ナイトと舞踏会に行くってだけで目の敵に………。」
あ…あれ??ちょっと待って!
「ナイト!!!!!」
「!」
私が声を荒げて起き上がると珍しくナイトが驚いていた。
「いきなりどうしたんだ。」
「私天才かも!!
ナイトと舞踏会に行かなければいいのよ!」
どうして思いつかなかったのかな。
これなら悩む必要はない。
「シーラが行かないなら俺も行かない。」
「ナイトが舞踏会にいる間、私は海にいればいいのよ!海なら誰も私に手を出さないでしょ?」
ナイトが後ろ指差されることもないし、皇女様にもこれ以上敵意を持たれないで済む。
名案を出したと思った。
「海…だと?」
ナイトが本気で怒っていると悟るまでは。
「ふざけてるのか、シーラ。」
ふざけてない、その一言が言えなくなるくらいナイトの全身からの殺意を感じた。
「海に行って何をする気だ?
まさかまた俺から逃げようとしてるのか?」
逃げるなんて、そんな訳ない。
「逃げないよ…!」
「俺たちは夫婦だろ?
海と陸に別れるなんてありえない。」
「で…でも、ナイト、たった数時間だけよ?
私は身を隠せるし、ナイトだっておかしな目で見られなくて済むの…。」
「海には行かせない。
それに、アイツだってどこを彷徨いているか分からないだろ。俺の妻が攫われたらどうするつもりだ?」
アイツってルーンの事?
ルーンが私を攫う?そんな事は絶対にない。
「ルーンは他の国に逃げたよ!
この国にいたらナイトに殺されるから!」
「あぁ、次に見た時は迷わず殺してやる。」
ナイトが冗談を言っているとは思えない。
この言葉を本気と捉えた方がいい。
この人は命のことで嘘なんかつかないから。
私のたった一人の友達を愛した人に殺されるくらいならルーンとはこのまま一生会わないでいい。
「ルーンの事はもう忘れて。…一生、会わないから。」
そもそも海に隠れようと提案しただけなのにどうしてこんな話になったんだろう。
そして、こんなにも悲しい思いをしている自分に驚いている。
私、ルーンに一生会えないと思うとこんなにも悲しくなるんだ。
今の今まで心のどこかでまたいつか会えると思っていたんだと思う。そんな自分の甘さに嫌気がさすわ。
そんな自分の感情を隠そうとして眠るまでナイトと目を合わせられなかった。
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