第一章

第1話 sideシーラ

眩しい朝日の光と体の怠さで目を覚ました。


「ん……。」


腕や胸元には無数のキスマーク。

もちろん、服は着ていない。

昨夜の疲れが抜けず目が覚めてもぼーっとしていたら部屋のドアが開いた。


「起きたか。」


中に入ってきたのはこの国の公爵であり騎士のナイト様。

そして…


「昨日は少しはしゃぎすぎたな、体は平気か?」


私の夜のお相手だ。 


私が寝ぼけながら頷くとナイト様が私の額にキスをした。


「今日はゆっくりしてろ。夜までには帰って来るから。」


ナイト様、また仕事でどこかへ行くみたい。


夜には帰るって事は…


「また討伐のお仕事ですか?」


枯れた声で聞くとナイト様は私を軽々抱き上げて膝の上に乗せた。


「あぁ、ゴブリンが大量に出たらしい。

サクッと殺って帰って来る。

今夜もちゃんと可愛がってやるからいい子にしてろ。」


今夜も…か。

自分の顔が熱くなるのを感じた。

今夜はどんなにされちゃうのかな。


昨日の夜はかなり激しかった。

思い出すだけて恥ずかしさが込み上げる。


「じゃあ、また今夜。」


真っ赤になってしまった私を揶揄うように、ナイト様が私の頬を優しくつねった。


ナイト様はその後すぐに討伐に行ってしまった。


ナイト様にとってゴブリンなんて大したことない相手なんだろうけどやっぱり心配だ。


いくらナイト様が強くても、相手は魔物で卑劣な生き物だから。

また今日もナイト様の無事を祈るばかりだ。


それにしても…


「ふぁ〜。」


あくびが出るほど眠い。

私は柔らかいベッドに寝転んだ。

ナイト様がお仕事に行っているから少し気が引けるけど、もう少しだけ寝かせて。


そもそもこんなにも疲れているのはナイト様のせいだ。

昨日は散々…


「//////」


あぁ、ダメダメ。

一人でも真っ赤になってしまう。

本当に気を付けないと。


私が本気でナイト様を好きだとバレたら一瞬にしてここから追い出されてしまう。

 もう二度寝しよう、この気持ちをどうにか鎮める為に。


眠るのは簡単。

程良い疲れが手助けしてくれる。

そんな時に夢を見た。

それは、あなたと出会った時の夢。

つまらなかった私の人生が変わった瞬間の夢だった。


〜10年前〜


「〜♪」


今日で私は13歳になる。

お誕生日をお祝いしてくれる両親も友達もいない。

私が何歳になったとしても、一人きりでこの暗い海を泳ぐだけ。


冷たい海水を割くように泳いで、お腹が空いたら魚を食べて、眠たくなったらふわふわの砂の上で寝る。

今日も今日とて変わらない、つまらない日常だ。


ふと考える事がある。

私にママやパパがいたらまだマシだったのかって。

そもそもパパなんてものには会った事がない。


私はママと数人の人魚しか知らなかった。


ママは人間と恋に落ちた。

そのせいで人魚の群れから追い出されて私と二人で海を彷徨う生活を強いられた。


ママはその人間の彼に夢中だった。

私を暗い海の底に置き去りにして毎晩会いに行くほど。

ママは必ず朝になると帰ってきて楽しそうに人間の彼の話をしてくれた。


ママ曰く、彼は結婚しているけどママのことの方が好きだから毎晩会ってくれているらしい。


置き去りにされるのは寂しかったけど、ママが毎朝嬉しそうに帰って来るのが私にも嬉しい事に感じた。


だけどある日、ママが帰って来なくなった。


1日くらいなんて事はないと思っていたけど、3日帰って来なくなったら流石に心配になる。


私はママの言いつけを破り、陸へ向かった。

言いつけを破るとママはすごく怒る。


でも、この時は怒られてでもママに会いたかった。

その依存のような愛情が悲劇を招く。

砂浜の位置を確認するため海から頭を出した瞬間…


「いたぞ!!!!捕まえろ!!!」

「網を張れ!!」

「逃すんじゃねぇぞ!!!」


男たちの大きな声が響き、私の頭に思い網が絡まった。


「やだ!!やだ!!!やめて!!!!ママ!!

ママ!助けて!!!」


私は必死に叫んだ。

ママがこんな所にいるはずはないのに。


私は人間の男たちによって一気に船に引きずり上げられた。


「やったぞ!捕まえた!!」

「これで大金持ちだ!!!」

「見ろ!あの女に似て顔がいい!」

「エメット!あの女のガキ捕まえたぞ!」


たくさんの男たちの話し声。

私が注目したのはある人物の名前だ。

確かに今、エメットと言った。

その名前は聞いた事がある。


よくママが話を聞かせてくれていたからだ。


「見せてみろ。」


エメットと言われた彼は私の元へ来た。

金色の髪の毛のガタイのいい男だった。


「あぁ、このガキで間違いない。

シレーナにそっくりだ。」


ニヤニヤと嬉しそうに言うエメット。

シレーナはママの名前だ。

私は震える声で聞いた。


「ママ……ママはどこにいるの?」


嫌だ、そんなはずはない。

自分に何度も言い聞かせるけど、エメットが何と答えるか予想はついていた。


「ママ?あれの事か?」


エメットは親指で自身の後ろを指す。

そこには…


「ママ……っ!!!」


尾鰭の鱗のほとんどを剥がされ死んだママがいた。

ママが死んだ原因は見た瞬間にわかった、求めた愛を得られなかったからママは死んだ。


「ママは簡単にお前の居場所を話したぞ。

娘はあげるから私を捨てないでー、ってな。

本当に馬鹿な女だ!!」


エメットの下品な笑い声に釣られるように他の男たちが笑い出す。


 「酷い母親だよなぁ?

ま、おかげで俺たちは大儲けだ。

恨むなら俺に簡単に股を開いたママを恨むんだな。」


涙が止まらなかった。

ママは死んだし、私はこれから酷い目に遭う。

本能的にそれが分かったからだ。


「おい!お前ら。

このガキ、大砲にくくりつけとけ。

オークションに出すから殺すんじゃねぇぞ。

シレーナは泡になって消える前に鱗を全部剥がしておけ!人魚の鱗は高く売れるからな!」


絶望の中、私は引きずられていき船底へと連れて行かれる。

エメットの指示通り、私は大砲に括り付けられ恐怖に塗れた夜を過ごした。


ママは殺され、私は売られる。

オークションの事はよく知っていた。

前にいた群の仲間が連れ去られそのオークションで売られたと聞いていたからだ。


長旅の末、オークションに出された私は大きな水槽に閉じ込められた。

私が大勢の前に出された瞬間、かなり騒がしくなった。

みんなが手を上げ、何かを叫び盛り上がっている事はわかった。

でも、もうどうでもいい。

ママは死んだ。


海には二度と戻れない。


私は人間の物になり、ママみたいに酷い死に方をするんだ。

今頃ママは骨すら残っていない。


まるで初めからいなかったかのように泡になって消えてしまった。

人魚は自分の愛した相手から愛をもらえなかったら心臓が凍りついて死んでしまう。


死んだ後は泡になって消えて跡形もなくなってしまう虚しい生き物だ。

こうなった以上、私も早く消えたい。

もう一度、ママに会いたいよ。


「ママ…。」


お願い…一人にしないで。


私が消えたいと願ったその時、運命の出会いは訪れた。

この薄暗い会場の扉が勢いよく開き、一人の少年が入って来た。

年は私よりも少し上だろうか。


黒髪の少年と私は目が合った。

彼の黒くて真っ直ぐな瞳は一瞬で私を虜にする。

今まで見て来た人間は下劣そのものだった。


そのせいか、黒髪の少年がとても気高い存在に感じた。


初めて実感した。

魅了される、とはこの事なんだと。


「お前ら、全員牢獄行きな。」


少年の笑みにあどけなさはない。

大人顔負けの微笑だ。


「そうだ、分かってるだろうが一歩でも動いたら首を刎ねるからそのつもりで。」


全員がピタリと止まったまま動かない。

あの少年がただ者ではないのは雰囲気からしてよく分かる。

幼いながらに、彼の純粋な殺気を感じた。


彼は何一つ嘘をついていない。

動いた者の首を本気で刎ねるつもりなんだ。


「今から国のお偉い騎士たちがお前らを連行する。その騎士の指示に従って動け。

もしも抵抗したら…まぁ、この先はさっき言ったからわかるよな?」


彼はこんなにも大勢を目の前にしても臆する事なく、言いたい事を言ったらすぐに近くの椅子に腰掛けた。


そして、全ては彼の言うとおりになる。

しばらく時間が経つと大勢の騎士が入ってきて本当にこの会場にいた人間を拘束し始めた。

私はその様子を水槽の中からじっと眺めていた。

全員がこの広い会場から出るのに1時間以上かかった。

空っぽになった会場に私と彼の二人だけが取り残される。


私が彼を見つめていたら、彼は私の方へ近づいて来てくれた。


「名前は?」


さっき、大人たちに向けていた声とは全然違う。

彼の声はひたすら優しかった。


優しい声に絆されて名前を言う。


「シーラ…です。」


だけど水の中にいる私の声は彼には届かない。

もどかしく思っていると…


「これが邪魔だな。」


彼は私の入っている水槽を殴り、一瞬にして粉々にしてしまった。


支えをなくした水は彼を避けるように流れていき、水をなくした私の尾鰭は使った事のない足に代わり裸のまま彼の胸に飛び込んだ。


「もう一度最初から。

綺麗な人魚さんのお名前は?」


私は一瞬で魅入られた。

この人に会うために生まれて来たんだ、何の根拠もないのにそう思えた。


「シーラです。」

「シーラ、ぴったりの名前だな。

俺はナイトだ。」


ナイト、素敵な名前だ。


「家族はいるか?」


家族……。

ママは死んだ。

私にはもう家族なんていない。


「私、一人ぼっちなの。

家族は…ママはもう死んでしまったから。」


そう答えるとナイトは一度私を床に座らせて自分のシャツを脱ぎ私に着せてくれた。


「それは奇遇だな、俺もだ。」


そうだったんだ…。

ナイトもきっとつらい思いをしたはず。

私たち、何だか境遇が似ているわ。


「寂しいもの同士、一緒に暮らしてみるか?」


差し出された手を取るのに迷いはなかった。

そして、この時すでに分かっていた。


私は絶対にあなたの事を好きになるって。


手を取り、ナイトの腕に抱かれて私の新たな生活は始まった。

ナイトは常に優しい。

私をお姫様のように扱ってくれるから。


ナイトの家に招かれ、綺麗な服と美味しい食べ物をもらった。


与えられるもの全てが初めてみるもので、何でも喜ぶ私を見てナイトも喜んでいるように見えた。

それよりも困ったのは私がまともに歩く事ができなかった事だ。


でも、ナイトは力持ちだった。

常に私を抱っこして移動していられる程。

歩く練習を毎日しているけど結果は同じ。

転んで足を怪我するばかり。

私が転ける度にナイトが駆けつけた。

今だってそうだ。


「ひゃっ!」


バターン!!!と体が叩きつけられるいい音がした。

すると…


外で薪割りをしていたナイトが一瞬で現れる。


「シーラ!」


ナイトはこの歳で騎士で瞬間移動の魔法が使える天才だ。

普通の人は30歳くらいまで修行をして身につけるものらしいけど、ナイトは既に10歳の時には完璧に瞬間移動の魔法が使えたらしい。


ちなみに、今のナイトは18歳で私は13歳。


ナイトと私は5歳差だ。

私よりも5年早く生まれたとは言え、ナイトが逸材な事くらい私はよく分かっていた。


「大丈夫だよ、ナイト。

うるさくしてごめんね。」


私が謝ると、ナイトは私を優しく抱っこした。


「うるさくなんかない。

それより何かあったのか?

用があったから歩こうとしたんだろ。」


そう、その通り。

「暇だったからナイトに会いたくて…。

でも、ナイトの邪魔をする気はなかったの。

ほんとにごめんね?」


ナイトに嘘偽りなく本心を言った。


「邪魔?そんなこと思わねぇよ。

俺もちょうど休憩しようと思ってた所なんだ。

そうだ、一緒におやつでもいかがですかー?」


え!?おやつ!?


「うん!食べる!!」

「よし、準備してやるからここで待ってろ。」


私が素直に喜べばナイトも喜んでくれる。

自分の心のままに過ごせるのは心地が良かった。

だけど、私たちのこの関係は3年後の夏の夜に壊される。

そんな事は知りもせず私は愚かにも幸せな時間を過ごした。


「なぁ、シーラ。」


午後の昼下がり、コーヒーを飲みながらナイトが私に話しかけた。


「何?」


また、旅の話を聞かせてくれるのかな?


「お前、海に帰りたいか?」


そんな質問をされるとは思ってもおらず私は動揺した。


「帰りたくないよ…今は。

で、でも、ナイトが帰れって言うならちゃんと帰る!」


拾われた分際でずっとナイトと一緒にいたいとは言えなかった。


私の答えを聞いてナイトが笑う。


「そうか、じゃあずっと一緒だな。

死ぬまでいてもいい。俺とずっと一緒に暮らすぞ。」


その言葉の一語一句が私の求めたものだった。

私はナイトと一緒にいたい。

ずっと、ずっと、死ぬまでずっと。


ナイトがそれをいいと言ってくれたんだから私はもう何も考えなくていい。


「うん!私、ナイトとずっと一緒にいる!」


嬉しくて幸せで間違いなくこの瞬間が人生の中で一番大切な思い出だった。


この日からだろうか。

私は幼いながらにナイトのことを本気で愛するようになった。

いつしか私はナイトに見合う女の子になりたくて、勉強したいとナイトに頼み込んだ。


ナイトはそれを快く受け入れてくれて、私は晴れて学校へ行かせてもらうようになる。

もちろん、学校生活において歩行は必須。

私は少しズルをして、ナイトの魔力に頼って魔法で歩く力を一時的に借りる事にした。


自由に自分の好きな所へ行けるこの足が大好きになった。


だけど、私の想像していた以上に学校は地獄だった。

まず、私が人魚だと言う理由でいじめられた。


先生からも同級生からも。

人間ではない、化け物だと。

それに、たくさんの嫉妬も買った。

ナイトは最年少でドラゴンを倒した男の子。

ちなみにドラゴンを倒したのは14歳の頃らしい。


そんな誰もが憧れる男の子が私を拾い勉強までさせている。

ナイトの近くにいるだけで羨ましいと思う同級生に無視されて蔑まれて物を壊されたりした。


私はもちろん傷付いた。

私にも人と同じように心がある。

友達だって欲しかった。

だけど、こんな事では無理だ。


でも、ナイトにはいじめられていることを一言も言わなかった。

先生が勉強を私にだけ教えてくれない時が結構ある。

そのせいで私は成績が悪く、いつもテストでは低い点しか取れない。


そのテストの結果をナイトに見せる事が何よりも苦痛だった。


私がいつも悪い点を取ってもナイトは怒らなかった。

今日だってそう。


「ごめんなさい…。

せっかく学校へ行かせてくれているのに…。」


申し訳なくてこの日は泣いてしまった。


「大丈夫だ、勉強なんかできなくても俺がちゃんと食わせてやるから。気楽にやれよ。」


ナイトが優しすぎてたまにつらくなる。

このままじゃダメだ。

こんな愚図ではナイトの隣にはいられない。


勉強ができず不安になった私はついに言ってしまった。


「ナイト…私を捨てないで。

私、もっと頑張るから。

だから、ナイトと一緒にいさせて。」


私の言葉を聞いたナイトは少し悲しそうな顔をする。


「捨てねぇよ、何言ってんだ。

シーラは俺の側にいてくれるだけでいい。

生きてるだけでシーラは偉いんだから。

そんなにも気負わなくていい。お前はそのままでいいんだよ。」


もっと教養を身につけないといけないと。

ナイトに甘えてばかりではナイトの負担になってしまう。

それだけは嫌だった私はとにかく必死に毎日勉強をした。


毎日毎日勉強する日々を送り、一つだけ分かったことがある。

私は水魔法が使えることだ。

水を自由自在に操れる。


人魚特有の魔力が理由だとは思うけど真相はハッキリとは解明されていない。


これはナイトも褒めてくれた。

何か一つ出来るようになればナイトがたくさん褒めてくれる。

ナイトに認められたくて私はこの地獄を満喫する事にした。


時はあっという間に経つ。

私は16歳、ナイトは21歳になった。

もうナイトと過ごして3年になる。


この頃にはナイトは公爵の地位を与えられ、レッドスノーと言う領地とお城まで与えられた。


私は前の小さな家も好きだったけど、ナイトが領主になったからには引っ越す他選択肢はなかった。

私とナイトは前よりももっと仲良くなった。

そして、王都のお城での私のデビュタントの日とある事件が起こった。


別に誰かが死んだとか怪我したとかそんな大それた事じゃない。

それは私にとっての大事件だった。


デビュタントの舞踏会は普通に楽しかった。

ナイトとダンスを踊り、女性の控え室へ行くまでは。


踊り疲れた私はナイトに許可を得て控え室へ戻る事にした。

控え室のドアを開けようとした時に聞こえた同い年の女の子達の声。


「聞きました?あの人魚、ナイト様を呼び捨てにしていましたわ。」


「えぇ、聞いたわ。

ナイト様はこの国の公爵様だと言うのに敬語も使っていないなんて、なんて図々しくて恥知らずなのかしら。」


「聞いたところによると、ナイト様は迷惑しているのにあの人魚が勝手に居座ってるそうよ。」


とある一人の陰口は私の思考の全てを停止させた。


ナイトが私の存在を迷惑だと思っている?

嘘…………、そんな……。


「これはここだけの話よ?

ナイト様のご友人から直接聞いた話によると、あの人魚は頭も悪くてナイト様の魔法がなければ歩く事すらままならない愚図なんですって。

でも、ナイト様はお優しいから自分の力で歩けるようになるまでは仕方なく面倒を見るって仰っているそうよ。」


私が歩けるようになるまで?

嘘…何それ。

だって、ナイトはあの時私とずっと一緒にいるって言ったのに……。


「ナイト様の優しさにつけ込んで媚を売るあの人魚、見ているこっちが痛々しいわ。

さっさと出て行ってあげたらいいのに。」


「ナイト様は将来皇女様と結婚するお方。

あの人魚もそれを知っているからきっと邪魔しているのよ。」


「まぁ、魔物の嫉妬は恐ろしいわね。」


「ナイト様は絶対にあんな人魚なんて相手にしないのに。」


「ねぇ、こんな話を聞いたことがありますわ。

人魚は思いを告げた相手からの愛をもらえないと泡になって消えてしまうそうよ。」


「まぁ、そうなの?

だったら早くナイト様に胸の内を言えばいいのに。

ナイト様からの愛が貰えず惨めに消えてしまえばいいのよ。」


「あらやだ、それは言い過ぎよ。」


「「「あははっ!」」」


ドア越しで高笑いをする女の子達。

私は無言で涙をたくさん流した。

私だけがナイトを愛していた。


ナイトはいつも私に優しいから、ナイトもほんの少しは私の事を愛してくれていると思っていたのに。

迷惑だったんだ、嫌々私の面倒を見ていたんだ。


それに私はナイトをずっと呼び捨てにしていた。

敬語も使わず、礼儀なんて気にした事はなかった。今更そんな自分が恥ずかしい。


こんな女をナイトが好きになるはずないじゃない。私はなんて愚かだったの。


消えれる物なら私は今すぐ泡になって消えてしまいたい。


もう誰にも会いたくなくてお城を出て暗い庭で一人で泣いた。

馬鹿な私、本当に馬鹿。


「ひくっ…うぅっ……」


もうナイトに合わせる顔なんてないわ。


「ここで何をしている!!」

「っ!!!」


突然大声で声をかけられて私はビクッと体を震わせた。

私の元へズカズカと歩いてきたのはお城の衛兵だ。


「ここは皇女様の庭だぞ!」


どうやらこの国の皇女様の庭で私は情けなく泣いていたらしい。


「ご、ごめんなさい、すぐに出ます。」

「待て!」「きゃっ!」


私は衛兵に髪を掴まれた。


「お前、魔物か?」

「ち、違いますっ!痛いから離して!」


私がどんな抵抗をしても屈強な衛兵に敵うはずもなく、私の髪を掴む手にはもっと力が込められた。


「嘘をつくな!!!

この魔物を探知する石が光っているんだ!!

皇女様の害になる前に始末してやる!」


聞きなれない、金属の音がした。

衛兵が剣を抜いた音だ。


「ちっ…違う!迷ったの…!迷ってしまっただけなんです!お願い、殺さないで!」


逃げようにも逃げられず必死に命乞いをした。


「死ね!!!」


やだ、助けて、斬られる!!!

助けて!!


「ナイト!!」


キーンッ!!


「な…なんだ!!!」


私が目を瞑っている間に何が起きたのだろう。

そっと目を開けると、私の頭のてっぺんぎりぎりのところに重なった剣がある。


「え…?」


私は、私を庇ってくれた人を見て安堵した。


「何してくれてんだ、この野郎。」

「こ…公爵様…!!」


衛兵は真っ青な顔をするとすぐに私から手を離した。


「大丈夫か?怪我してないか?」


ナイトはすぐに私のところへ来て体全体を見回した。


「大丈夫…。」


あ…敬語。


「です。」

「です?」


「も、申し訳ございません!公爵様!

あなた様のお連れの人魚とは知らず手荒な真似を!お許しください!!!」


ナイトは私の涙をそっと拭いてくれる。

衛兵の謝罪は完全に無視だ。


「シーラ。

このアホと個人的な話があるから少し中で待っててくれ。

すぐに戻るからそのあと一緒に帰るぞ。」


私は泣きたい気持ちを抑えて頷いた。

とりあえず、今はナイトの言う事を聞こう。

一人になりたい私には待つことは好都合だから。


「分かりました。

お城の入り口で待っています。」

「シーラ…?」


いきなり敬語を使ったから驚いているんだろう。

私はそんなナイトを、いや、ナイト様を振り切るようにしてお城の中へ逃げて行った。

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