WorldPortal

ninzin

彼の始まりの物語

第1話 3人の始まり

「ふぅ。こんなもんかな」


 白を基調とした頑丈そうな部屋の中で銃を下ろした白髪の青年は呟いた。額の汗を拭い、息を整えながら天井辺りに取り付けられているスピーカーに向かって話す。


「どうだったクロウ?。新記録?」

「残念だったな、今回も新記録ではない」


 スピーカーから声が別の男の声が響いた。その声を聞いた青年はため息をつく。


「えぇー!。今回は結構手応えあったんだけどなぁ」

「さぁ、今日はもう終わりだアラヤ。はやく戻ってこい」

「はいはーい」


 アラヤと呼ばれた青年は左手首をスナップさせ、一瞬で別の服装に切り替わった。その後、彼はスライドドアを開き部屋を出た。


 アラヤが廊下に出ると黒髪の青年が待っていた。


「おつかれ、アラヤ。早速で悪いが作戦室で待機していてくれ。上から呼び出しをくらった」

「お?なんだクロウ。なにかやらかしたか?。お前って真面目に見せかけて実はヤンチャ?」


 アラヤの煽りにクロウと呼ばれた青年は眉をひそめて反論をした。


「お前と一緒にするな。十中八九任務だろう」

「まぁそうだろうね。それじゃ、俺は戻ってるから。シャワー浴びるからそんなに急がなくてもいいぞ」

「はぁ…。まぁいい。できるだけ早急に済ませておけ」

「考えとくー」


 アラヤの間延びした返事にクロウはため息をつきながら廊下を歩いていった。



 ―VRゲーム「Word Portal」―

 このゲームはかつて創作物と呼ばれた世界に自身が入り込みそこで生活ができるというものだった。それだけではなく、ユーザー同士でコミュニケーションをとって親交を深めたり、景色のいい場所でゆったりすることもできた。


 同接プレイ人口世界一を誇るこのゲームはまさに世界一のゲームと名高い。幾多の闘争と環境の汚染によって疲弊した人々にとって、まさに理想郷ユートピアだった。あの事件が起こるまでは。


 とある1人のユーザーが開発した「ヴァイラス」と呼ばれたコンピューターウイルスによって現実世界と電子世界が遮断され、ユーザー達は元の世界に戻れなくなってしまった。


 更にクラッキングによってユーザーのデータが書き換えられ、これまで老いることも死ぬこともなかった体が現実世界の人間と同じ肉体を持ったことで寿命と老い、死を与えられてしまった。


 後に「ブレイクダウン」と呼ばれたこの事件は理想郷ユートピアであったこの世界が現実世界ディストピアとなってしまったのだ。そしてこの世界とユーザー達を守るため、立ち上がったのが我ら「ガーディアンズ」である。



「おい、なぁシュウト!。聞いてるか?」


 移動用の乗り物、「トラベラー・パッセンジャー」の中で紺色の髪をした少年が、流れているガーディアンズの紹介映像をぼんやり眺めている黒髪の少年を肘でつついた。


「あぁごめん。少しボーッとしてたみたい。で、どうしたの?」


 黒髪の少年。「シュウト」は頬をかきながら肘でつついた本人に恥ずかしそうに笑った。


「いや、お前がなんかボーッとしてるなって思ったから話しかけてみたんだが、図星だったみたいだな」

「少し疲れてたみたい。何かを考えてたんだけど忘れちゃった」

「お前なぁ…。やっぱり緊張するよな。なんてったって初めての実地訓練だし」

「そういう君も緊張してるんじゃないか、レン?」


 紺色の髪の少年「レン」にシュウトは笑いかける。レンは当然だと言うように答えた。


「緊張しない方がおかしいよ。といっても今回は動きだけなんだろ?。今回行くのはヴァイラスもいない世界なんだからさ。一応死ぬことはないし、安全管理が保証されてる世界なんだぜ?」

「確かにヴァイラスで死ぬことはないかもね。けど気をつけなよ?。レンって結構、咄嗟の判断に弱いタイプだし。教官からも言われてたでしょ?」

「うげっ。聞いてたのかよ……。けどそこはお前のサポートで補ってみせるさ。俺達はチームで動くんだ。お互いがお互いをサポートし合って強くなれるんだよ」

「そうだね。僕だって精一杯サポートするよ」

「そうだぜ!。その意気だ!」


 2人は笑いあってこれから来る訓練や、実戦に対して士気を上げていた。


 我らガーディアンズが開発した量産型多目的スーツ。「Mass-produced multi-purpose suit」略してムールズと呼ばれる機体の初期型が開発されて96年が経った。そしてその最新機体であるムールズMk-3も配備されて早30年近くが経っている。その長い歴史の中で様々な戦士たちが強敵に挑み、勝ち、時には負けていった。諸君も後世に名を残せるような働きをしなければならない。


「おい見ろよあれ。ムールズMk-3だ!。かっこいいよなぁー!」


 レンは先程まで紹介映像が流れていたモニターを指さす。そこには黒を基調とした戦闘服のようなものが映っていた。胸から腰、両腕と両足にアーマーがついている。ムールズMk-3。現在ガーディアンズで運用されている量産型スーツである。


 指をさすレンの顔はまるでショーケースに並べられた高級品を見る子供のようだった。


「全ての訓練が終わればこのスーツが着れるんだよな!。俺すっごく待ち遠しい!」

「僕もそう思うよ。僕たちが使えるのはまだ訓練用のムールズだし」

「いつしか量産機じゃなくて専用機が欲しいよな!。なぁ、シュウトもそうだろ?」

「レンは頑張れば専用機が貰えると思うよ。僕はあんまりいい成績じゃないから少し自信がないよ」

「そんな悲観的になるなって!。お前も凄いんだぜ?。確かに技術はそこそこだけど、お前はいつも周りを見て冷静に判断できるんだ。俺には出来ないよ」

「ふふっ。ありがとう」


 2人は落ち着いたように談笑しながら到着の時を待った。


「まもなく到着するぞ!。全員準備をしろ!」


 大柄の教官の声が響く。中に乗っていた20人弱の訓練生が急いで準備を済ませている。


「いよいよだな!。お互い頑張ろうぜ!」

「ああ!」


 2人はがっしりと手を交わし、到着の時を待った。


 到着した場所は大きな岩が転がっている荒野のような場所だった。少し先には森林が見える。ここはガーディアンズが管理している、訓練用に整備されたワールドだ。


 全員が降り立った後、教官が全員に聞こえるような声量で叫んだ。


「よし!、全員整列!。只今から点呼を取り全員が到着しているかの確認を行う!。その後、訓練の内容を」


 教官の言葉はここで区切られた。黒い牙が後ろから教官の喉元をめがけ、噛み付いてきたのだ。


「うっ……うわぁぁぁ!!!。ヴァイラスだぁぁ!」


 誰かの訓練生の叫び声を皮切りに複数の蜘蛛のような黒いモヤ。ヴァイラスが襲いかかってきた。

 あちこちから叫び声が響き渡り、混沌としたこの場をもう1人の訓練生が宥めるように叫ぶ。


「みんな落ち着け!。とりあえずムールズを装着して」


 だがその言葉が最後だったようだ。飛び上がった蜘蛛型ヴァイラスが彼の頭から食い殺したのだ。


「どういうことよ!。ここはヴァイラスが居ないんじゃないの!?」

「知らないよそんなの!。とりあえずあいつが言った通りムールズを装着するんだ!。戦えずとも逃げることならできる!」


 彼らは急いで腕についている腕時計のようなデバイススロットにメダルの形をしたデータメダルを差し込み、光に包まれる。その瞬間、彼らに黒と白を基調としたムールズMk-3トレイニータイプへと変身した。


 必死に逃げること数分。シュウトとレンは息を切らせながら森の中に隠れている。


「はぁ…はぁ…。ここまで来れば大丈夫かな?」

「はぁ…多分大丈夫だと思う…はぁ…」


 息を整えたレンは怒ったように話し始めた。


「どういうことだよ!?。ここはヴァイラスがいない世界なんじゃないのかよ!?」


 レンの叫びにシュウトも困惑したように言った。


 「分からないよ…。一体何が起こったんだ…。とりあえず救難信号はもう出してある…。後は助けが来るまで待つしかないよ…」

「凄いな…もう出していたのか…。やっぱりお前はよく周りを見ているんだな」


 用意周到なシュウトに対してレンは少し笑っていた。お互いとりあえず落ち着いてきたようだ。

 だがその落ち着きは一瞬で終わった。


「キキキッ!」


 何かの金切り声が聞こえる。2人が音の主を見ると蜘蛛型ヴァイラスがこちらを見ていた。


「ヤバい!見つかった!。速く逃げっ!」


 逃げる時間を待っているほどヴァイラスは温情ではなかった。素早くレンに飛びかかり殺そうとする。対するレンは咄嗟に身を守るように両手を前に出した。


だがそれが悪手だった。腕に張り付いたヴァイラスは彼のデバイススロットとデータメダルを噛み砕く。その瞬間、レンは変身前の姿に戻ってしまう。


「嘘だろ!?。シュウト!。助けてくれぇ!!」


 レンの必死の助けにシュウトは答えることが出来なかった。足がすくんでしまい、歩くことさえもままならなかった。もはや彼はレンが食い殺されるさまを見ることしか出来なかった。


「痛い!痛い!イタイ!イタイ!!」

「あっ…あぁ…!」


 彼が伸ばしていた腕は糸が切れたように落ち、そこから動かなくなった。食事を楽しんだであろうヴァイラス達はまだ腹が空いているのか、次はシュウトに狙いを定めた。まだ彼は動けそうにない。


「うっ…!。もう……ここで……!」


 彼は目を閉じ死の瞬間を待った。そのとき、誰かの声が響く。


「じっとしていろ!。動くと痛いぞ!」


 少し離れたところから何かが破裂したような音と同時に、目の前を何かが貫通しながら通り抜ける音と、「ギィー!」と何かの断末魔のようなが聞こえた。


 目を開けると蜘蛛型ヴァイラスはおらず、代わりに2人の男が立っていた。その内の1人の黒髪の青年。「クロウ」は彼に手を伸ばした。


「怪我はないか。新人」

「大丈夫そうだな。立てるか?」


 白髪の青年。「アラヤ」も手を伸ばす。

 これが3人の出会いだった。

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