第4話 注文

 武志は家に帰ると真理の部屋のドアをノックした。


 「母ちゃんか?」と中から真理の声が聞こえた。


 「オレだよ」とドアを開けながら武志は部屋の中に入った。


 真理は缶チューハイを飲んで赤い顔をしていた。「なんか用?」


 「プリン買ってきてやった」と武志はコンビニの袋に入ったプリンを渡した。


 「ありがと」と真理は受け取った。


 「もう酒はやめとけよ」と武志。


 「うるせえな。ちょっとここ座れ」といって、真理はベットのヘリを指さした。


 「わかったよ」と言いながら武志はおそるおそる真理から少し離れた場所に座った。


 「お前、あたしの男になれ。そしたら酒やめてやる」と真理。


 「何言ってんだ。オレは弟だぞ」と武志。


 「弟でなけりゃ、あたしと付き合ってくれたのか?」と真理。


 「待てよ、相性とか好みとか、いろいろあるだろ」と武志。


 「知ってるよ。あたしのこと、陰でゴリラ女とか呼んでるの」と真理。


 「姉貴はでかくてガサツだけど、かわいいところもあると思うけどな」と武志。


 「あたしと付き合えるのか?」と真理。


 「絶対無理だ」と武志。


 「だろ」と真理。「このまま酒飲んで死ぬよ、あたしは」と真理。


 「待てよ。どんな男が好みなんだよ」と武志。


 「なんだ、あたしに男を紹介してくれるのか?」と真理。


 「オレは結構顔が広いからな。言ってみろよ」と武志。


 「色白できゃしゃな体つきで顔立ちが整ってて、冷たい感じの美男子だけど打ち解けると気さくで優しくて、って感じだな」と真理。


 「理想高いな」と武志。


 「もうしゃべらねえ。出てけよ」と真理。


 「待ってくれ。理想じゃなくって、もっと具体的な名前で言ってくれよ、芸能人とかでいいから」と武志。


 「そうだな、ミュージシャンで言えば福山雅治とかディーン・フジオカとかが好みだな」と真理。


 「そんなイケメンと付き合うつもりかよ」と武志。「立場をわきまえろ。」


 「あんた、あたしをからかいに来たんだろ。窓から放り出してやる」と真理が立ち上がった。


 「待てって。もっと身近にいないのかよ。姉貴の好みのタイプって感じの友達とか知り合いとか」と武志。


 「そうだな、共通の知り合いであたし好みの男なんて思いつかないわ」と真理。


 「ぜいたく言わずに、ちょっと感じがいいくらいの男で妥協しとけって」と武志。「俺のダチなら紹介してやるからよ。」


 「あんたのダチって頭悪そうなやつばっかりだろ」と真理。「好みじゃないよ。」


 「まるで自分が賢いみたいな言い草だな」と武志。


 「ほんとに出てけよ、お前」と真理。


 「待て待て、そんな簡単にあきらめるなよ。オレは本気だから」と武志。「ほんとに姉ちゃんのこと心配してるんだ。」


 「わかったよ。そういえば、あんた先月、文化祭の準備とか言ってバンドの友達連れてきてただろ」と真理。「その中に真面目そうな子が一人いたじゃない。初対面だからって、あたしにわざわざ挨拶してくれた子、かわいかったわ。」


 「八坂だな。確かにあいつは色白でやせてて、整った顔立ちしてるな」と武志。


 「あんなにちゃんとした子が、本当にあんたの友達なの?」と真理。


 「八坂は俺たちのバンド仲間じゃない。キーボードの卓也が熱出して出られなくなったから、急遽代役で入ってもらったんだ。」と武志。


 「他のバンドのメンバーなのかい?」と真理。


 「いや、あいつはピアニストなんだ。だから普段はキーボードを弾いてないけど、ピアノの腕は確かだからって吹奏楽部の久美に紹介してもらったんだ。」と武志。


 「あんた、その八坂君とそんなに親しくないってこと?」と真理。


 「それが文化祭の演奏で意気投合してよ、今じゃマブダチだ。クラスメイトだしな」と武志。「オレに任せておけ。」


 「任せるってどういうことよ?」と真理。


 「八坂を家に連れてくるから、姉ちゃんがここで口説いて誘惑するんだよ」と武志。


 「なんか、あたしが悪い女みたいじゃない」と真理。


 「言葉の綾だよ。少しでも仲良くなって、あわよくばって意味だよ」と武志。


 「あたしじゃ釣り合わないだろ。あんなかわいい子」と真理。


 「それはわからないって。姉ちゃんだっておとなしくしてれば、少し体のでかい美人で通るから」と武志。


 「おだてるなよ!」と言って真理は武志の背中をバンと叩いた。


 「いて!」と言って武志は飛び上がった。「もう酒は飲むなよ!」と言い残して、逃げるように部屋を出て行った。

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