スパイ☆パニック ~地味系スパイだけど、なぜか美少女スパイに慕われてます?~

ケロ王

第1話 エンゲージメント

「ここいいかしら? 大和君に話があるんだけど……」


 僕が学食の片隅で一人で食事をしていると、学園でも一位、二位を争うほどの美少女であるソフィア・アレンシーナが声をかけてきた。先日ルーマニアから留学してきた彼女。ぼっちキャラとして存在を確立している僕に、そんな美少女が声を掛けてきたのだ。周囲の注目を浴びるのも当然だろう。


「うっ……」


 多くの視線に紛れて、研ぎ澄まされたナイフのような鋭い視線が突き刺さる。それは僕の幼馴染の黒野弥美くろのやみのものだ。僕の監視役でもある彼女は、僕が他の人と話をしていると、こうして視線だけで威圧してくる。


「何かありました?」

「あ、いや、何でもないよ。ええと……。話ってなに?」


 挙動不審になった僕の顔を覗き込んで、彼女が尋ねてきた。彼女は腰まで伸びた栗色の髪を耳に掛けて、大きく開いた目の中にある藍色の瞳が僕をじっと見つめる。上がり気味の口角は微笑んでいるように見える。


 制服である白いブラウスに紺色のブレザーと赤と紺のチェックのスカートに包まれた身体はメリハリがあって、目のやり場に困る。人見知りする性格だからか、こうして積極的に話しかけることは無い。この短期間で告白してきた男子たちも尽く撃沈している。


 弥美の視線と、目の前の美少女の挟み撃ちになりながらも、用件をたずねる。それを同意と受け取ったのか、向かいの席に座り、手に持ったトレーを置いた。


「えーと、実は人を探しているんです」


 戸惑いながら、彼女はそう言うと、満足げに微笑んだ。その続きがあるのかと思いきや、彼女は僕の顔を見てニコニコしているだけだった。


「えーと、人を探しているのは分かったんですけど、僕に何を求めてるんでしょうか?」

「あ、そうね。居場所を教えて欲しいの」


 それだけ言って、再びニコニコと微笑んでいた。しかし、一向に反応が無いのを不思議に思ったのか、首を傾げる。


「いやいや、それだけ? 誰かもわからないんだけど? それに、僕が知らない人だったら教えられないよ?」

「大丈夫、たぶん知っていると思う。探しているのは私の生き別れになった兄なの」

「それで、名前は?」

「知らない」


 まあ、名前が分かれば目的の相手も調べられるだろう。そう思って名前を聞いたら知らないと言われた。名前も知らない相手をどうやって探せと……。


「他には何か情報がないの? 外見とか、年齢とか、職業とか……」

「ごめんなさい、その辺はわからないの。正体不明の人だから……」

「それじゃあ、探しようがないんじゃないかな……」


 意気消沈する彼女。しかし、ここまで何もないんじゃ、僕でもどうしようもない。ここまでか、という所で彼女がポンと手を叩いた。


「あ、名前じゃないんですけど、コードネ……あだ名なら知ってます!」


 ソフィア、さっきコードネームって言いかけたよね。明らかに僕の同業者だよね。しかも素性が分からないけど、コードネームは知っている相手。そんなの暗殺対象に決まっているじゃないか……。


「ちなみに……、何ていうあだ名なの?」


 見つかる保証はないけど、念のため確認しておくことにした。知っておけば、僕の方でも対策を立てられるだろう。そんなことを考えながら味噌汁をすする。鼻腔をくすぐる味噌汁の香りがたまらない。


「『ダークネスシャドウ』って言うんです」

「ぶふぅぅぅ」


 彼女の言葉を聞いて、僕はすすっていた味噌汁を全て吹き出してしまった。鼻腔を蹂躙する味噌汁がたまらない。


「ちょっと、大丈夫ですか?」


 突然の大惨事。ソフィアは慌てて近くにあった台拭きで顔を拭こうと……。その手を掴んで台拭きを奪い取る。その台拭きでテーブルの上にこぼれた味噌汁を拭き取った。


「テーブルの上は、これで大丈夫だね。ちょっと顔を洗ってくるわ」

「あっ、はい」


 僕の言葉に意外そうな顔をしているが、見なかった振りをして洗面所で顔を洗ってきた。


「ごめんね。もう一度、あだ名を聞かせてもらえるかな?」

「はい、『ダークネスシャドウ』です」

「ふむ、なるほど……」


 腕を組んで彼女の言葉の意味を考える。まず、『ダークネスシャドウ』というコードネームを持つ者……。それは僕のことだろう。まだ若かった僕は「なんとなくカッコ良さそう」みたいな短絡的な理由でコードネームを付けてしまった。後日、それが中二病という病によるものだと知ったのだが……。全ては後の祭りだった。


「さっきの反応、やっぱり知ってるんですよね? 兄のこと」


 しばらく黙り込んでいたのを訝しんでいるのか、ソフィアは期待を込めた目で僕を見てくる。どうしたものか……。組んでいた腕の片方、その手を顎に当てる。


 まず、正直に言うのは却下だ。彼女は兄と主張しているけど、暗殺対象を身内だと言い張るのは定石。下手をしたら、学食が血の海になるかもしれない。


「残念だけど……。それだけじゃ、僕でも難しいよ」

「そうですか……」


 そう答えると、彼女の顔が曇る。しかし、この話は僕にとっても他人事ではない。彼女のターゲットはおそらく僕だからだ。それとなく、僕は彼女の目的を探ることにした。


「でも、何でお兄さんを探しているの?」

「えっ?それは……。生き別れになった兄がいると知ったからです」

「なるほど、それで見つけたらどうするつもりなの?」


 素直に殺すとは答えないと思うけど、答える時の反応で何かが分かるかもしれない。僕は彼女の顔色をうかがいながら答えを待つ。手をテーブルの下でもぞもぞと動かしている。明らかに挙動不審だ。心なしか顔も上気しているように見える。


「兄に会ったら、故郷に連れて帰って……」

「そうなんだ……」


 彼女の様子を見て、僕は背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。故郷に連れて帰って、と言うことは、彼女の故郷であるルーマニアに拉致されると言うことだろう。国内であれば救援も期待できるが、海外ではそうはいかない。


「そうだ、もしよかったら探すのを手伝うよ」

「えっ、いいんですか?」


 僕の申し出に、彼女は花が開いたような笑顔になる。僕としても、彼女行動によって知らない所で状況が動くのは避けたいところだ。僕の方から協力することで、時間稼ぎをしつつ対策を練るとしよう。これからのプランを考えている僕に彼女が話しかけてきた。


「それじゃあ、早速ですが、明日からよろしくお願いしますね」

「えっ? 明日? 学校は?」

「お休みにしましょう!」

「ダメダメ。ソフィアさんは留学生でしょ。お兄さんを見つける前に強制送還されちゃうよ」


 彼女は両手で口を塞いで驚いている。もちろん留学生とはいえ、一日サボった程度で強制送還をされるはずは無い。それでショックを受けているのは、マジメさゆえか、あるいは、兄を見つけられず強制送還される恐怖からか。


「そ、それじゃあ、明日の放課後からで。これ以上は譲れませんからね!」

「わ、分かったよ……」


 さらば、僕の放課後ライフ……。

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