第13話「差し伸べた手」



 ピストルを鳴らし、一斉に走り始める出演者達。僅か50メートルの距離では、短時間で勝負が決まる。私を含め、全員が本気を出して走っていた。なんせこのゲームで最下位となれば脱落し、残りの番組に出演する権利を一切失ってしまうのだ。


「さぁ、遂に最初の脱落ゲームが始まった〜! 果たして誰が番組の出演権を維持し、誰が番組から姿を消してしまうのか〜!?」


 また有川さんのうざったらしい実況だ。だが、彼の言葉を聞くたびに足が力む。たかがビーチフラッグリレーという小さな催し物一つの結果で、自分が今まで積み上げてきた恋愛成就への忙しい努力の軌跡が、一瞬にして水の泡となってしまう。それだけは絶対に阻止しなければならないと、私達は走りにくいでこぼこの砂浜を必死で駆け抜ける。


「ふぅ……」


 勝負は早くも見えてきた。一番にビーチフラッグを取ったのは聖斗さんだった。確か日頃から様々なスポーツを嗜んでいると、自己紹介で語っていたっけ。汗を拭う仕草がとても色っぽく、汗よりも色気が過剰に溢れ出ているようにかんじる。続いて祥太郎君、翔也君、真治さんの順でゴールインし、ビーチフラッグを掴み取る。やはり身体能力の高い男性が圧倒的に有利だ。


「はぁ……はぁ……」


 私達女性陣は遅れてビーチフラッグに手を伸ばす。意外にも女性の中で一番早くゴールしたのは私だった。ビーチフラッグはまだ4本残っていた。溺れた海水浴客が偶然見つけた浮遊物にすがりつくように、私は必死で掴み取った。その直後に芹香ちゃんがゴールする。


「絶対に負けない!」

「私だって!」


 私はゴールした直後に振り向いた。あと数秒でビーチフラッグを掴み取とろうという位置まで走ってきた紅麗葉さんと、その背後で希未子ちゃんと美波さんがせめぎ合っていた。美波さんが若干遅れ気味だけど、希未子ちゃんの方は胸が大きくて走りにくそうな様子だ。同じスピードで走り続ければ、美波さんは追い抜けるだろう。




「あっ……!」


 ゴール直前に、希未子ちゃんは足元を通りかかったヤドカリの貝殻につまづき、転倒する。その際に彼女の足が、ほぼくっついて走っていた美波さんの足を引っ掛かける。美波さんもバランスを崩して転倒してしまう。

 でも、今の希未子ちゃんの動きはどこか不自然だ。まるでわざと美波さんが転ぶように、自身の足を無理に伸ばしたような……。


「痛っ!」


 美波さんが転倒したことに驚き、紅麗葉さんはビーチフラッグを掴む直前で手を止める。ゴールラインの手前で倒れる希未子ちゃんと美波さん。二人とも足の痛みに悶絶する。思わぬアクシデントが発生した。


「負け……ない!」


 しかし、希未子ちゃんは必死に這いながらビーチフラッグを掴み取った。根性で体を動かし、そのままゴールする。勝っても立つことができない希未子ちゃんに、慌てて男性陣が集まって介抱する。私も急いで美波さんの元へ駆け寄り、彼女に肩を貸す。彼女の勝敗より足の怪我が心配だ。


「そん……な……」


 美波さんは私に支えてもらいながら立ち上がり、悔しい表情を浮かべて自分の敗北を悟る。






「……」


 すると、紅麗葉さんは静かにビーチフラッグを手に取り、前には進まずに美波さんのそばへ歩み寄る。


「美波、これ」

「え?」

「あげる。私が脱落でいいよ」


 紅麗葉さんは自分が取ったビーチフラッグを美波さんに差し出した。そうか、スタイルが良くて運動神経も抜群であろう彼女が、なぜ私よりも後ろを走っているのかが分かった。初めから手加減していたんだ。自分の恋を叶えようと必死になるみんなの姿を見て、いつでもチャンスを譲れるようにと。なんて優しい人なんだろう。




「素晴らしい友情だ」


 そこへ拍手をしながら後藤さんが歩み寄ってきた。彼も紅麗葉さんが自分の恋に一生懸命になる中、どうしても他の出演者より一歩引いてしまう態度を察していたらしい。


「だが、残念ながら……いや、幸いにもと言うべきか? 君は勝ち残りだ」

「え? どうして……」

「これは先にビーチフラッグを掴み取った者から勝ち抜けていく。君は今、最後の一本を手に取った。つまり、その時点で勝者だ。勝ちを譲ることはできないよ。よって、今回のゲームの脱落者は中村美波さんだ」

「そんな……」


 後藤さん曰く、紅麗葉が既にビーチフラッグを取ってしまっているため、美波さんの敗北が確定してしまったという。勝利を他人に譲渡することはできない。ゲームのルールに則り、美波さんが脱落者となってしまった。紅麗葉さんは美波さん以上に悲しみ、罪悪感に囚われてその場に立ちすくむ。


「美波さん……」


 私も冷や汗をかきながら、痛めた箇所を押さえる美波さんを眺める。




『中村美波 脱落』




 美波さんは寝室で自分の荷物をまとめた。せっかく綺麗な水着に着替え、楽しい海水浴を満喫しようと思った矢先に、脱落ゲームという余計な試練。しかも、最悪なことに番組を降ろされたのは、一番そばで私を支えてくれた親友だという。記憶のない私にとっては、自分の半分が欠けてしまったような虚無感が残って胸が苦しい。


「美波、本当にごめん……ごめんなさい」

「だから大丈夫だってば〜。私が迂闊だっただけだし」


 紅麗葉さんは何度も美波さんに謝罪する。その度に彼女が悪いわけではないと、美波さんは笑って許す。紅麗葉さんも良かれと思ってした行動が、まさか美波さんを脱落させてしまう原因になってしまうとは思わなかっただろう。左足に巻かれた包帯が視界に映る度に、余計に罪悪感が増していく。


「美波さん……」

「きっと大学受験そっちのけで、うつつを抜かした罰なのよ。しばらく自分の恋は諦めて勉強に専念するわ。麻里奈もごめんね、ショウちゃん探しに最後まで協力できなくて」

「ううん、これは私がやらなきゃいけないことだから……」


 美波さんはバツが悪そうな不器用な笑顔を向ける。自分だって思い切り恋を楽しみたいと思って参加しただろうに、最後まで私のことを気にかけてくれていた。この番組の出演者は、自分の恋に一生懸命になるだけじゃない。たとえ恋のライバルだとしても、困った時には手を差し伸べ合う優しい心の持ち主だ。彼女達が出演者に選ばれた理由がよく分かる。それだけの人間性を持っているのだ。


 美波さんはスーツケースを引っ張り、ペンションを後にする。


「じゃあね、麻里奈。絶対にショウちゃんを見つけるのよ」

「うん、分かった。ありがとう……


 私も頑張らないと……。




     * * * * * * *




「あ〜あ〜、勝ち残りたかったなぁ……」


 美波は不満を垂らしながら、一旦番組が用意した控え室扱いのテントに向かう。帰宅の準備が整うまで待機していてほしいと告げられている。最後まで手厚く支えてもらえることはありがたいが、番組に出演する権利をこうもあっさり剥奪されるとなると、優しさと厳しさを同時に味わって複雑な心境に陥る。


「ほんとだよねぇ」

「え……?」


 テントに辿り着いた美波。彼女の空気に消えそうな無気力な独り言を、先に着いていたある男が拾った。


「え!? 晶君!?」

「やぁ、美波ちゃん。お互い残念だったね」

「なんでここにいるの!?」

「どうやら脱落者は番組が終わるまでここに居座れるみたいだよ」


 そこには大型モニターで出演者の同行を眺める晶の姿があった。どうやら脱落者は今後番組に参加することはできないが、残りの出演者の恋の行方をモニタリングすることができるようだ。ご丁寧に日差しよけのテントの中に、大きなベンチとテーブル、美味しそうなお菓子やジュースまで用意されている。むしろまだ出演している者より優遇された環境と思えるほどだった。


「一応番組のコンセプトでは南の島で8日間過ごすってことになってるし、元々は僕達全員が出演のために8日間休みをもらってるから、どうせなら残りのみんなの恋の様子を眺めて勉強しようと思ってね」

「へぇ……」


 脱落者という不名誉な代名詞を貼られたことで、酷く落ち込んでいた美波。しかし、そんな立場に成り下がった自分でも、まだできることがあることを知った。残された麻里奈のことも心配だったため、彼女の勇姿を見届けようと島に残る決意をする。


「しょうがないわねぇ。麻里奈がきちんとショウちゃんを見つけられるかどうか、見届けてあげようじゃないの。麻里奈〜! 諦めるんじゃないわよ〜!」


 モニターには頼みの綱である美波がいなくなり、不安そうな表情を浮かべる麻里奈が映っていた。彼女の不安を吹き飛ばす勢いで、美波は画面に向かって熱いエールを送る。


「あ、ごめん。盛り上がってるところ悪いんだけど。美波ちゃん、実は僕探し物をしてて……」

「探し物?」


 ふと、晶が申し訳なさそうに尋ねる。荷物をまとめてペンションを出た後に、リュックの中にしまっていたある物が失くなっていたことに気付いたらしい。脱落したことにより、探す機会も失ってしまい困っていた。


「何を探してるの?」

「え……えっと、それは……あの……内緒……」

「はぁ? 教えてくれなきゃ探せないじゃない!」

「だ、だよね〜。ごめん! やっぱ忘れて!」

「変なの……」


 晶は苦笑いしながら、探し物の件を流す。本人が忘れるよう言うということは、大した問題ではないと判断し、美波はモニターに意識を戻した。


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