第49話
異形は目玉から濁った灰色の涙液を溢して流し、土を穢して、そして鳴く。
「私の命を絶って下さいませ、断罪者様。もう、このような姿で生の道を這いずることが苦痛なのでございます。何卒、お願い致します。人間のために振るう救済の刃も、怪物に振るう断罪の刃も、何一つ変わらぬ慈悲の刃でございます。貴方様が躊躇われる理由などは、何処にもございません」
貴方は右手に提げた得物の重みが、以前よりも遥かに増したように感じられたが、しかし、彼女の言うことは尤もであると頷いた。
頷かざるを得なかった。
彼がこの地下処刑場に訪れたのは、送り込まれた理由は、ここに収監されている怪物どもを、残らず断罪するためである。
異形の怪物を断罪することは、人間を救済することに他ならない。
その内に残されし人間性を、誇りある精神性を、怪物としての生に蝕まれるよりも早く、解放させることに他ならないのだ。
ゆえにこそ怪物の断罪は、人間性の救済だと解釈できるのである。
貴方が覚悟を決めたのを見て取ると、彼女は安堵と感謝の声音をもって高らかに謳った。
「ありがとうございます、断罪者様。これで私も、罪業を清めることができます」
手にした刃を振り下ろす直前であったか、それとも直後であったか、その瞬間は判然とはしなかったが、しかし、貴方は確かに聞いた。
「嗚呼、でも、我儘が許されたなら……私は、人間として死にたかったものです。そのことだけが、少しばかり、心残りで御座いましたね……」
貴方は物言わぬ死体を見下ろし、すぐにその場から立ち去った。
これにて、今宵の断罪は無事に完了した。
残るは先ほどの昇降機によって地上へと戻り、獄長に執行の終了を言い渡して、セントルイスの教会に戻るだけである。
けれども貴方は昇降機の方に戻らず、そのまま地下処刑場を丹念に探索する。
貴方自身の目的は、まだ此処に残っている。
彼女の言い遺した実験施設への隠し道を発見した後に、その先に秘匿されているだろう疑惑の根を、自身が納得できる理由を見出すことだ。
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