第46話

 もしも事実であるのなら、だ。

 これまでに為してきた行いの全てが無駄になりかねない。

 これからの生き方に価値を見出だせなくなるかも知れない。

 と、貴方は直感しているのである。


 事実を確認しないままの方が、この先も安心はできる。

 されどそれは、断罪を執行しないという選択を取ることになる。


 断罪執行は教会において、そして自身の生き方において、宿命付けられた義務であって使命でもある。当然、執行しないという選択肢などは取り得ない。


 しかし、執行を決意しようとした瞬間に、全身が硬直して動かなくなるのだ。

 否――右手の指先がかろうじて動いてはいるのだが、それは自身の硬直に抗っているのか、それとも異形の断罪によって生じるだろう価値観の変革に恐怖しているのか、貴方には判断がつかない。


 そのような貴方の醜態は、異形の彼女にも映っているであろう。

 けれど彼女は気にしないで下さいとでも言うかのように、その身を緩々と揺らしながら、貴方に優しく語りかけてきた。


「断罪者様、そう悩まれることなどありません。貴方の目の前に転がっているのは、如何にも理知無き怪物にございます。黒曜の理念に則り、然るべき断罪を執り行い、その後は気に掛けることもなく打ち捨てるだけで良いのです」


 理屈としては、異形の言う通りにすれば何も問題は無い。


 黒曜が掲げた理念の表面上をなぞるだけなら、ここまで苦しむ必要も無い。

 されど理念に対して忠実に則ることを考えるなら、目の前の怪物を断罪することこそ、理念を破戒するに等しいと言えよう。


 黒曜の理念は本来、司祭が平素から口にするような、狭義的な教えではない。


 星詠みなどの異端信仰者や黒曜の信心無き咎人に対し、更に異形と化した怪物に対しては尚更に、断罪の刃が振るわれるべきであると司祭は説いている。


 そしてこの教義は、一般に広まっている狭義的な理念でしかないのだ。

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