第35話 それでは、さようなら。


「今回、俺は、『安静に寝ている人がオンドリュー様であり、動く者は敵だ。ちょっとだけ動く者は訓練された敵だ。敵は、全力で排除しろ。容赦するな』という命令を下しておりますので、オンドリュー様が下手に動いた場合、オンドリュー様を『敵だ』と誤認してしまう可能性があります。ですので、決して動かず、療養に完全集中なさってください」


 数あるモンスターの中でも、『星霊種』は、特に、知能が高く、マスターに忠実で、かつ、『現場での変化球な出来事』にも臨機応変に対応できる応用力を持っている。

 エルダーワンダーナイトは、そんな星霊種の中でも、かなり高性能なモンスターなので、

 決して、護衛対象を間違うなどということはありえない。

 そんなことは、オンドリューも分かっている。

 ゆえに、オンドリューは、『センの脅し』を誤解なく受け止めた。

 『動けば殺す』――非常に分かりやすい脅し文句。

 体をブルブルと震わせながら、ギュっと身を縮こませるオンドリューに、

 狂気の閃光センエースは、


「……オンドリュー様、ゆっくりとお休みになってください。大丈夫。誰もあなたを害することはできません。だって、俺のエルダーワンダーナイトが、四六時中、片時も目を離すことなく、あなたを見守っていますから」


「……」


「こんなにも完璧な警護体制を整えておくだなんて。俺はなんて上司想いの犬なんでしょう。ねぇ、オンドリュー様も、そう思いますよね?」


「……」


「聞こえなかったのか、オンドリュー。俺はいい犬だろう?」


 目に力を込めて、そう問いかけると、

 オンドリューは、『センエースの荒い言葉遣い』に対して、何か文句をつける余裕すらなく、生存本能に従い、何度も、首を縦にふることしか出来なかった。

 その対応に対し、センは満足そうに、笑顔で頷くと、


「それでは、さようなら、オンドリュー様。…………さあ、行くぞ、ジバ」


 そう言いながら、オンドリューの自室を後にするセン。

 ジバは、ベッドの上でピクリとも動かなくなってしまったオンドリューの姿を一瞥してから、センのあとを追った。



 ★



 ……長い廊下を歩いている途中で、

 ジバが、センの背中に声をかける。


「あ、あの……セン……様……?」


 『どういう対応をすべきなのか、まだ、イマイチ定まっていない感じ』の声掛けを受けて、センは、振り向かず、歩みを止めることもなく、背中だけで対応する。


「なんだ? くるしゅうない。もうしてみぃ」


「あ……はい……えっと……オンドリュー様に……あのような脅し……をして……大丈夫なの……でしょうか?」


「何も問題はない。俺がその気になれば、この世界にいる全ての上位生命を秒で殺せるから」


「……は?」


 狂人の戯言としか思えない発言を受けて、

 ジバは眉間にしわを寄せた。

 『この男の頭は大丈夫なのだろうか』と普通に心配になってくる。

 ちなみに、ジバは、『モンスターの種族や形態』に詳しくない。

 『勉強』という『贅沢』ができる立場になかったので、当然、教養が乏しい。

 ずっと『戦場の前線』に立ち続けてきたため、『頻繁に目にするモンスター』の生態に関しては、『最低限以上の経験的情報』を有しているのだが、エルダーワンダーナイトのような、『この世界では滅多にお目にかかれないレアモンスター』に関する知識はない。


 だから、ジバは、『センの実力』を、まだハッキリと理解できていない。

 『カドヒトを撃退できる』 + 『おそらく強いであろうモンスターを召喚できる』という二つの観点でしかセンをはかれていない。

 具体的に言うとジバは、『センエースの存在値は70~80くらいだろう』という予測しかたてられない。

 つまり、『ジバの中でのセン』は、『龍神族には勝てないが、十七眷属の上位に食い込める実力者』……程度の評価にとどまっている。

 そんな、理解貧困なジバに、

 センは、


「ジバ。お前は、正式に、俺の配下となった。だから、お前には、俺の実力……その一端を魅せてやろう」




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