絶対絶命のピンチに覚醒して最強になるやつ、異能剣戟バトル漫画みたいな現代ファンタジー

三流木青二斎無一門

第1話 ヒーローは遅れてやってくる。



入学式より一か月後の事である。

この日、数週間前より告知されていた総当たり戦がある。

月締めの日に、今まで鍛錬を積み重ねた試刀生たちによる模擬戦が行われ、順位を定めるのだ。

これは、試刀生達の技術向上と順位付けによる下位者が上位者を喰らう下剋上を狙う貪欲さを培う為に備わる設定であり、三百年も続く試刀学院の恒例行事なのだ。


総当たり戦、初日。


「頑張ってぇ!奈流芳くぅん!!」


女子生徒から黄色い声が挙がる好青年。

その声に気恥ずかしそうに眼を細めて会釈をする青年が居た。


「それでは、緒戦、奈流芳なるか一以かずい銀嶺ぎんれい白乃はくの、構え」


相手は白色に輝く銀色の髪をした女子生徒だ。

いざ、練習試合が始まろうとした時、だった。


「あ、すんません、遅れましたー」


試刀学院の第一稽古場へと足を踏み入れる一人の男子生徒。

皆が彼の顔を確認して、鬱屈とした表情を浮かべた。


「おいおい…鍛代かじしろ、遅刻かよ」

「今日が大事な日なのに、なんだよあの悪びれの無い態度」


彼の物臭な態度から、その様に口走る生徒たち。


「おい、奈流芳、同門なんだろ?注意しろよ」


「…はぁ、あぁ、分かってるよ」


奈流芳一以は一度構えを解いた。

そして、鍛代斬鉄の前へと向かう。

鍛代斬鉄と奈流芳一以は同門である。


試刀生が学院で習う逸刀流斬術戦法では無い。

古くから伝わる古流斬術の継承者である。

試刀学院では珍しく、彼ら二人を合わせて、五名の古流斬術の使い手が学園に入学した事から、今年の試刀生は豊作であると教育陣からの評価は高かった。

しかし、鍛代斬鉄。

素行の悪い生徒である彼は、授業態度や鍛錬なども怠惰な態度を見せていた。

故に彼に対する心証は余り快く思われていなかった。


斬鉄ざんてつ


奈流芳一以が名前を口にする。

その言葉に反応する鍛代斬鉄は眠たそうな顔をしていた。


「おう、なんだよ一以かずい


気さくな態度でそう言うが、奈流芳一以は彼の言動に立腹した。


「真剣にやってくれ、このままじゃ、師匠に顔向け出来ない」


彼の言葉に、鍛代斬鉄は胴衣の隙間に手を伸ばして、胸を掻きながら言う。


「あー…はいはい、分かったよ、一以、お前の言いたい事は分かる、心配すんな、ちゃんと気を付けるからよ」


そう言って片手で念仏を唱える様に謝った。

奈流芳一以は、改めて相手の方に顔を向ける。

凛とした仕草、奈流芳一以の動きは人々を魅了する正しさがあった。

生徒達はおろか、教師陣からも、彼の評価は高かった。


「あの不良を一言で…流石だなぁ、奈流芳」

「まったく、恥ずかしく無いのか?鍛代の奴」

「奈流芳も可哀そうだよなぁ、あいつと同門なんだろ?」


その様な生徒達の声を聞いても、鍛代斬鉄は何も言わない。

ただ、奈流芳一以と、もう一人の女子を見ていた。


「悪かった、銀嶺さん、邪魔が入った」


その様に一言口にする奈流芳一以。

銀嶺、と呼ばれた銀髪の少女は、奈流芳一以の方を見て無かった。


「…?銀嶺さん?」


「…誰も彼も、節穴が過ぎる」


溜息を一つ浮かべると、漸く彼女は奈流芳一以に視線を向けた。


「さっさと終わらせよう…こんな消化試合」


「え?」


奈流芳一以が構えた。

それを確認した教師は試合が出来る状態と判断。


「両者、始めッ!!」


と。

そう叫ぶと同時。

銀嶺白乃は飛び出た。

そして、奈流芳一以が持つ刀の手首に向けて、一撃で叩き付ける。


「ぐァッ!?」


激痛を覚えて刀から手を離す。

そして、奈流芳一以の肩に刀を叩き落とす。

ぴしり、と骨に罅が入る感覚を覚える。

そのまま、奈流芳一以が無様に尻持ちを突いた。

肩に手を当てる奈流芳一以に、銀嶺白乃は刀の切っ先を彼に向ける。


「つまんない、弱い、興味が無い、もういいよ、キミ」


目を細めて、汚物を見る様な眼で言う。


「キミなんかよりも、あっちの方が強いのに、よくもまあ、人を咎める様な事が言えるね?」


と。

そう言い放つ。

奈流芳一以は、彼女の顔を見て声を発しようとした。

だが、銀嶺白乃の顔は、まるでゴミを見るかの様な眼だった。

視線を向けられて、彼は思わず、視線を逸らしてしまう。


「え、なに?どういう事?」

「一瞬で終わった?奈流芳が?」

「えぇ…うそ、奈流芳くん…」


観客は夫々、彼の無様な姿を見てそう呟いた。

興味を失った銀嶺白乃は、視線を奈流芳一以では無く、もう一人の男に向ける。


「…ねえ、鍛代斬鉄、キミも、彼みたいに弱いの?それとも、ボクよりも強いの?」


奈流芳一以など目に入らない。

次の標的は、明らかに強者としての気迫を放つ鍛代斬鉄に向けられた。

後頭部を掻きながら、観客を掻き分ける鍛代斬鉄。


「御指名かよ、仕方ねぇな」


片頬を吊り上げて笑みを浮かべながら、鍛代斬鉄は前へ繰り出した。

銀嶺白乃は刃の無い刀を鍛代刃へと向ける。

相手の表情から闘志を感じ取った鍛代刃は帯刀していた刀を抜刀した。


一以かずい、仇、取ってやるよ」


幼馴染にして親友にそう告げる。

彼は歯軋りをしながら、試合の場から離れる。

四角の線に囲まれた試合場。

鍛代刃が足を踏み入れる。

銀嶺白乃は構え、体中に溢れる力を放出。

そして、彼女の対戦相手だった男性が四角の線から出たと同時。

鍛代刃が地面を蹴って加速。

刀を振り上げて彼女に斬り掛る。

それを見越してか。

銀嶺白乃は鍛代刃の刀に合わせて鍔迫り合いを行った。

両者、互いから漏れ出す炎が、決して相容れぬ水と油の様に火花として散った。

最高潮の熱量を誇る試合場。


「やっぱり、キミの方が強いや、あっちは才能が無かったね」


其処で初めて、銀嶺白乃は笑った。

その笑みにつられる様に、鍛代斬鉄も高らかに笑みを浮かべた。


「言って良い事と悪い事があんだろうが、俺の親友、バカにしてんじゃねぇぞ、この野郎ッ!!」


そうして、互いの刃が交じり合う。


「…」


その死闘を、外部から眺めるのが一人。

皆が、その熱量に感化され盛り上がる中。

彼だけが、冷めた顔で、その景色を眺めていた。


「…なんだよ」


奈流芳一以は、熱を感じられなかった。

この場に相応しくない人間と、感じ取ってしまった。

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