『ざまぁ』、と言われましても。

四月朔日燈里

これが『ざまぁ』なわけないでしょ?!

 わたしは、ミカエル。

 ちょっとだけ、魔法と運動と料理と裁縫と、その他全般が得意な十六歳。

 田舎育ちでぱっとせず、人見知りなわたしだけれど、ひょんなことから、ここステラ王国の最高学府である魔法学院へ、入学することになってしまった。


 しかし、この魔法学院。

 入学するには、『貴族でなければいけない』という暗黙のルールがある。

 それは、入学には多額のお金が必要であること。

 そして、魔法を使えるのは、基本的に貴族だけであるからだった。


 けれど、まれに、平民の中から魔法が使える者が生まれることがある。

 そのようなときは、然るべき機関の保護を受けることで、幼い頃から魔法の訓練を行い、魔法師としての地位を確立させる。

 の、だが。

 何分わたしが田舎育ちなもので、その機関とやらの人たちも、幼いわたしを見つけることができなかったらしい。


 王国の決まり上、魔法を使える者には、それ相応の教育を施さなければいけない。

 だから、学院に入学してもらう必要がある。

 わたしを探しに来たという人たちは、そう言って白紙の入学届を差し出した。


 それは、犯罪や事故の防止のためだというが、別にわたしには関係無いし、行く意味もないだろう。

 この田舎では犯罪なんて起きやしないし、わたし自身、これまで一度も事故を起こしたことがないのだから。


 それに、出来るならば、この土地から離れたくは無かった。

 家族と離れるのは、とても寂しいのだ。


 そうして、わたしは書類を突っぱね、何度も訪問してくる人たちを追い返し、大体一か月ほど攻防を重ねた。

 宮廷魔法師なんて大層な人まで出張ってきていたらしいが、そんな人たちでも、うちの防犯セットを潜り抜けることはできなかったらしい。


 国のトップがこれだというのなら、お角が知れる。

 どうせ、行く意味なんかない。

 行ったところで、わたしの『探しもの』だって、永遠に見つからない。


 いつまで経っても諦めない人たちを眺めて、家族のひとりに話しかけながら、わたしは不貞腐れていた。

 

 だが、とある話によって、その思考は百八十度変わる。

 

 一週間前のことだ。

 いつものようにやって来た彼らを、いつものように追い返そうとして、様子が違うことに気が付いた。

 そのことがどうしようもなく気になり、話を聞くだけなら、と代表者一人だけを家に通すと、身なりの良い女性は涙ぐみながら話し始める。



「やっと、きみが探していたものの手掛かりを見つけたんだ」



 と。

 それが本当であるのは、彼女が持ってきた資料を見れば明らかだった。


 その一件から、わたしは魔法学院への入学を推し進めることになる。

 何故かというと、わたしの『探しもの』は、その魔法学院にある可能性が、非常に高いからだ。


 しかし、入学には大きな壁がある。

 平民には絶対に支払えない、巨額のお金だ。


 本来、機関の後ろ盾があれば簡単に支払ってもらえるはずのそれは、わたしが機関の人たちを追い返しまくったことで反感を買い、『絶対に払うものか』と断固拒否されてしまった。

 だが、わたし自身にそれを払う力はない。

 何せ、物々交換が当然のド田舎で暮らしていたのだ。

 算術上の金額計算はできても、現物は何一つとして持っていなかった。


 ただ、一つだけ抜け道がある。


 入学時の成績が優秀かつ、入学後もそれを維持できるのであれば、入学金どころか授業料、施設使用料、更に学院寮まで無料になる。

 そこまで優待措置を受けるのは、主席クラスに限られてしまうのだが、きみの能力だと、主席じゃないにしても、かなりの支援を受け取れるはずだ。

 是非、この制度を利用してほしい。

 何、返す必要はないし、怪しいお金でもない。

 この私を信じてくれ。


 学院長と名乗った女性は、わたしにそう説明した。

 信じ難い話ではあったが、公的らしい文書にも同じようなことが書かれていたため、疑い半分だが信じることにする。

 それを信じなければ、入学なんてできやしないから、というのもあった。


 そして、わたしはその『特待生制度』とやらを利用するために努力した。

 それはもう、努力した。

 折角だし、主席を取ろうと思ったから、尋常じゃない努力をした。


 その結果、入学試験では前代未聞の筆記試験全教科満点に加えて、実技科目も満点という貴族様顔負けの成績を残し、見事主席を獲得することができたのだ。

 流石わたし、やればできる子。


 だが、このステラ王国。

 割とやばいレベルの貴族主義であるため、入学後の学院生活の平穏は、あのおちゃらけ学院長が頭を悩ますほど危ぶまれていた。

 良くていじめ、悪くて暗殺。

 終いには、存在ごと闇に葬り去られかねない。

 世紀末か、と思うくらいには治安が悪いようだ。


 しかし、そんな些細なことは気にしない。

 いじめも、暗殺も、すべて防げばいいのだ。防げば。

 呆れた顔の学院長が、わたしを見上げていたけれど、そんなことは関係ない。


 思春期の子供なんて、一度力の差を見せつけてしまえば、今後逆らう気は起きないはず。

 後処理は彼女にやってもらうという言質も取ったことだし、入学後はさっさと暴れよう。


 そうして、春が訪れ、入学式が始まる。

 桜舞う校舎。

 講堂に集まる生徒と教師、観覧の貴族。

 学院長の挨拶に、各お偉いさんの祝辞、在校生の歓迎の言葉。

 最後に、無理矢理総代を変えてもらった次席の貴族が、『次席』であることを強調して演説を終わらせると、皆一斉に席を立ち、儀式的なことをした。

 この国の式典あるあるらしい。

 わたしは、学院長に教えてもらうまで知らなかったが。


 つつがなく終わった入学式。

 お決まりのように取り囲まれるわたし。


 投げかけられる言葉は、『不正女』。

 ああ、何もかもが間違っている。

 貴族様だというのに、驚くほどレベルが低い。

 初見で見破った学院長は、本当に凄かったのだ。


 今更ながら感動しつつ、片手間に彼らを蹴散らす。

 ドン引きしながら見ている『他の攻略対象』も、『ヒロイン』も、関係ない。

 わたしが目指しているのは、ただ一人だけだった。


 自然に開けた道の中央を歩き、わたしは彼女に近付く。

 夜空を映したような美しい黒髪。

 猫のように可愛らしく、愛くるしい金色の瞳。

 誰もが羨むような、完璧な美貌。

 それに加えて、高潔な精神まで持ち合わせている。


 ああ、それでこそわたしが惚れ込んだ『悪役令嬢』だ。

 『悪役ヴィラン』の鏡だ。


 わたしは彼女の前で跪き、手を差し出した。

 宛ら、騎士が姫へ忠義を誓うように。



「この日を心待ちにしておりました」

「……貴方は、いったい」



 困惑するあなたに、自分の名と立場を伝える。

 まだ、何も知らないあなたに。

 わたしという存在を。



「わたしの名は、ミカエル。ミカエル・ウェヌス。

 あなたさま……ルシフェル・ウェヌスさまの、血を分けた双子のにして、あなたさまを守る騎士でございます」



 辺りから絶叫が響き渡る。

 当の本人は、小さく口を開けて、放心していた。

 そういうところも可愛らしくて、わたしはにこりと微笑んでしまう。



「双子の、兄?」

「はい。

 詳しくは、お父様にお聞きくださいませ。

 わたしが亡くなったと哀しみになられていましたが、奇跡によって、今日まで生き長らえておりました。

 諸事情があった故、ご報告に参らずにいて申し訳ありません」

「そこはまだ、いいんですけれど……いや、よくはありませんが……!」


 

 丁寧な言葉遣いは変わらないんだなあ、と『昔』を懐かしむ。

 混乱しているであろうルシフェルがやっとのことで捻り出したのは、予想通りでありながら、若干傷付く言葉だった。



「貴方、男なんですか……?!」

「正真正銘、男ですとも。

 あなたの兄なんですから」



 皆、いつもわたしのことを勘違いする。

 長髪でも、細身でも、どこからどう見ても男だろうに。

 まあ、仕方ないのかもしれない。

 こんな美しく可愛い妹に似て、わたし自身も美しく可愛いのだから。


 画面越しではない『推し』の姿は、明星よりも眩しかった。






 人混みの外で、とある少女が叫ぶ。



「アイエエエ?! ミカエル?!  ミカエルナンデ?!

 まだここに居ていい存在じゃなくない?!

 エンドコンテンツ隠し攻略対象でしょ?!」

「急にどうしたんだ、クリスタ」

「どうしたもこうしたも無いよ!

 というか、あなたにとっては、未来のお嫁さんが口説かれてるんでしょ?!

 助けにいってあげないの?!」

「いや、だって彼は兄なんだろ?

 生き別れた兄妹の、感動の再会じゃないか。

 邪魔するのは悪いだろう」

「あー、そうだった!

 変なところで気遣うやつだったわ、こいつ!」



 隣の男が王太子だろうが、攻略対象だろうが、お構いなしに少女は叫び、嘆き続ける。

 だって、こんなのあんまりだ。


 正史じゃ、王子と仲良くなっていた『クリスタわたし』を厭味ったらしくいじめに来たルシフェルとその取り巻きを、圧倒的な実力でねじ伏せて、『ざまぁ』する展開のはずなのに。



「もう、なんでこう上手くいかないの──!」」



 ここは、女性向け恋愛シュミレーションゲーム、所謂『乙女ゲーム』の世界。

 作品タイトルは、《エンジェリック・ラヴ》


 内容自体は、よくある剣と魔法の異世界モノ。

 かつ、最近流行りの『悪役令嬢』に乗っかって、わからせ要素まで入っている。

 その悪役令嬢、ルシフェルがあまりにも可愛いものだから、彼女目当てに買う人だっていたほど。


 しかし、メインはイケメン。

 美男美少年十数名を、あの手この手で堕とし、トゥルーエンドを迎えるのが本筋なのだ。


 そして、《エンラヴ》において、ミカエル・ウェヌスという男は、全キャラクターのトゥルーエンド攻略後かつ、ルシフェルの好感度を早期に最大にして、フラグを回収しないと攻略できない、クソ難易度シスコン野郎。

 そうであった、はずだった。


 だが、現実はどうだ。

 ミカエルはストーリー最序盤で登場し、初期イベントほぼすべてぶっ壊し。

 あろうことか、ルシフェルの騎士を自称した。

 そんなこと、ゲーム内でも、設定資料集でも言及されていない。

 というより、ミカエルルート的に絶対にありえない状況なのだ。



「ああ、さようなら。

 あたしのハッピー異世界逆ハーレムライフ……」

「熱でもあるのか?

 ……って、おい!

 誰か! コイツを医務室に!」



 あまりの情報量。

 考えたくない原作ブレイクに、少女は卒倒した。


 ミカエルが、無事にルシフェルの兄として過ごせるルートかあ。

 は? マジでどうやったらハッピーエンドになるんじゃボケ。

 というか、これ、『ざまぁ』されてんの、あたしじゃね?


 厄ネタしか抱えていない悪魔の兄妹。

 ラスボスである彼らをどうにか倒すことが、主人公である少女の使命であった。

 その使命も、早々に歪みまくってしまったようだが。






 これは、ある一人の男が、愛のためにすべてを壊しまくって辿り着いた物語。

 転生? バッドエンド? しゃらくせえ、全部消えとけバーカ!

 なんて、やらかした結果、原作開始前に、ありとあらゆる敵が滅ぼされてしまっていた。


 これからの未来は、原作を知る少女も、壊した張本人も、あるいは観測者だって知り得ない。

 ただ一つだけ言えるのは──これが、一番幸せな結末になるだろう、ということだけだった。

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『ざまぁ』、と言われましても。 四月朔日燈里 @LotfdoA

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