バイト先の幸薄美少女と幸せになるまでの物語。

@screamblood

第1話

僕''鈴凪 玲"と彼女"甘空 凛"の出会いは、華々しさとはかけ離れたものだった。


その日の夜は、どうにも雨が人々の哀哭のように聞こえていたのを、今でも鮮明に覚えている。


客も引き、閑散とした店内ではそそくさと閉店作業が進められていた。それぞれに作業を進める……というにはたった二人しかいないのだが、僕はひとつ作業の目処がついたので、目立たない客席にひっそりと腰をかけ一息ついていた。


折りたたみ傘……じゃ荷が重いかな。


ザーザーと、まではいかないがそれなりに勢いよく降り続く雨が窓を鳴らしている。隠れ家的なカフェ……でもなければ高級なフレンチレストランでもない、いまいち装飾にかける飲食チェーン店ではあるが、夜の雨と寂れた店内の様子が相まってその独特な空気感が妙に心を揺さぶった。


このままずっと黄昏ていたいと思ったその刹那──


ドンッ


何やら鈍い音がキッチンの方から聞こえてきた。慌てて立ち上がって、寄ってみれば……


息を呑むほどに美しい、人形のような少女が倒れているのだった。


***


学校が最も賑わう時間は間違いなく昼休憩、もしくは放課後の時間だろう。今はその前者で、虫籠から解放された虫のように皆それぞれが思うままに移動している。その喧騒の中、僕のもとにも虫が一匹……はあまりに失礼であるが、体つきのよい金髪の男がやってきた。


「玲! 飯食おうぜ!」


弁当箱を掲げながら彼"朝宮 陽"はそう言った。


「たまには僕以外と食べてきなよ、陽。僕以外にも食べる相手はいくらでもいるだろう?」


その相手というのは主に女子である。実際、なぜお前ばかりが陽とご飯を食べるのだと痛々しい視線が僕を射抜いている。それは、陽が類稀なるイケメンであり、サッカー部のエースを務めているといえばその理由は火を見るより明らかだろう。


「俺は玲と食べたいんだよ。余計な気も使わないでいいしさ」


それは僕が気を使うに足らない存在だと言いたいんでしょうか。


続けて何やら物欲しそうな目で僕の弁当を陽が見つめてきた。仲間になりたそうに見つめられる某主人公きっとこんな気持ちだったのだろう。


「そ、れ、にぃー……!」

「まったく、半分くらいはこっちが理由なんじゃないのか?」

「失礼な、ほんのおまけ、いや、コミックの付録くらいにしか思ってないって!」


まぁまぁ重要じゃないかと思いながらも僕は唐揚げを一つとって陽の裏返された弁当箱の蓋に乗せる、すると瞬く間に一口で完食してしまった。こいつはバキューム掃除機の生まれ変わりか。


「ん〜っ! 相変わらず美味いな! ほんとにお店出せるんじゃないか?」

「そんな甘い世界じゃないだろ」


と、あしらいつつも実際料理は少し腕に覚えがあった。


「中学のときから更に腕上げてるんじゃないか?」

「あの頃は給食だったし、毎日作ってたわけじゃないしな。一年かかさず作ってたらそりゃ誰でも上手くなるさ」

「お前それ、絶対"奈月"には言うなよ……」


奈月……"藤宮奈月"。これまた中学からの顔見知りで、陽、僕、奈月の3人でほとんどの時間を過ごしていた。奈月は誰もが舌を巻くほどの美貌の持ち主で、よく陽と奈月は付き合ってもいないのに学校の看板カップルだと噂されていた。そして間にいる僕は学校一の邪魔者だとも噂それていた。


「それで陽くん、誰に何を言うなって?」


陽が口を開いてすぐ、たしかに空気が凍りつくのを感じた。背筋を震わせながら陽が振り返ると、そこには例の奈月が禍々しいオーラを纏わせ、眉間に皺を寄せているではないか。


「おい玲! なんで教えないんだよ!」

「無茶言うな、お前がぽっと言い出したんだろ」

「話の流れってのをなぁ〜……っていてててててててて!」

「陽が悪いんでしょ! 玲のせいにしない!」


さながらイタズラをした子供に躾をするような光景である。


まぁでも、奈月の料理の腕はお世辞にも良いとはいえない。というか、毎日食べていれば聞いたこともない病気にかかりそうだ。


頬を思いっきりつねられて、悪かったと連呼する陽を傍目に僕は奈月を見る。染めたとは思えないほどに馴染んだ明るめの茶髪がよく似合う美少女。パッチリとした大きな瞳が涙をうすらと浮かべる陽を写している。


「いてててて……それで奈月何しに来たんだ?」

「あ、そうそう。昼野先生が陽のこと呼んでたよ、すぐ職員室に来いって」

「あれ、俺なんかやらかしてたか?」


昼野先生というのは僕らの担任である。いつも無気力であるが、いざという時には頼りになる良い先生だと僕は勝手に思っている。


「さぁ、でも怒ってる感じじゃなかったよ」

「そか、まぁサンキューな。玲、ちょっと行ってくるわ」

「ん、早く行って来なよ。先生待ってるから」


会話のペースがそっくりというか、どこか熟年の夫婦のようなものを感じる。これで、付き合っていないと言うのだから驚きだ。


「あ、そ、そうだ玲。よかったら今度また料理、教えてくれない?」


初めてというわけでもないのに、やけに頬を赤らめて、もじもじとしながら奈月は言った。どことなく色めかしい。


そう、奈月は時折僕に料理の教えをこうのだ。その理由はきっと──


「ま、バイトが入ってなかったらな」

「ありがとっ」


僕がそう言うとはにかむようにして笑って見せた。すると、教室を出る間際だった陽が、その地獄耳で僕らの会話を聞いていたようだ。


「奈月は陽に自分の手作りのご飯、食べさせたいんだよな」

「は、はぁ!? ちがう、違うってば! 何言ってるのもう陽のバカ! さっさと先生のとこ行ってろ!」


今度は頬を真っ赤にして彼女は全力で否定した。


──きっと、陽に惚れてもらうためだろう。


「まったくあのお調子者は……っ」


両手を腰に当ててふんっと、そっぽを向く。


「はやく奈月の手料理、食べさせてやらないとな」


僕がそう言うと、奈月は少し後ろめたそうな顔をして、"そうだね"とだけ言葉を置き教室を後にした。


気を使って言ったはずの僕の言葉は、なぜか彼女を傷つけてしまったようだった。


「……はぁ」


僕は誰にもバレないようにため息をつく。


今はこの教室のけたたましさがどことなく心地よかった。



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