キリマンジャロの雪

九月ソナタ

その1

Youtubeで「キリマンジャロの雪」を観たら、あらっ、こんな筋だったのかしらと思いました。

あれはたしか、突然死を前にすることになった男性の焦りと苦悩の物語だったはずです。


でも、詳しいことは覚えていませんので、小説を読み返してみました。

久しぶりに読んでみますと、記憶の中の小説よりも格段にすばらしく、これはまさに今、読んでよかったと思いました。


さて、ここに来ていただいた方のほとんどは、カクヨムコンテスト10に向かって執筆中なのではないかと思います。

「書きたいことは、まだ書いていない」という胸中は主人公のハリーと同じではないかと思うのですが、違うところは、われわれにはまだ時間があるということですよね。たとえ体調がよくないとしても、生きてはいますから。


そんなわけで、今回は「キリマンジャロの雪」について書いてみます。




冒頭に、この文章があります。


Kilimanjaro is a snow-covered mountain 19,710 feet high, and is said to be the highest mountain in Africa. Its western summit is called the Masai "Ngaje Ngai," the House of God. Close to the western summit there is the dried and frozen carcass of a leopard. No one has explained what the leopard was seeking at that altitude.


前に読んだ時は翻訳文でしたが、改めて英文で読んでみると、ヘミングウェイの文章は、そんなに難しくないことがわかります。

これを訳してみます。


「キリマンジャロは標高19170フィートの雪に覆われた山で、アフリカでもっとも高い山であると言われている。西側の頂はマサイ語で、「Ngaje Ngai」、神の家と呼ばれている。

その頂の近くに、干からびて凍った豹の死骸がある。

豹がこんな高所に、何を求めてやってきたのか、誰も知りはしない」


簡潔な美しい文章で、暗記できてしまいそう。

これを読んだだけで、これは傑作だという手ごたえがあります。


では、その筋をかいつまんで、書いてみましょう。



そのキリマンジャロの山が見える場所に、アメリカ人のハリー(30代?)が陣営を張っている。

現地人を何人か雇い、そこを拠点にして、パリで出会い、一緒に住んでいるヘレン(結婚しているようだ)とジープで、あちこち狩猟に出かけていた。

ところが、2週間前、ハリーは腿をイバラの棘でひっかいてしまったのだが、たいしたことがないと消毒が遅れてしまい、そうしているうちに壊疽にかかり、今や重体なのだった。

その上、半人前の運転手なんかを雇っていたから、ジープまで故障してしまい、人をやって、ジープか飛行機かの助けを待っているところなのだ。

壊疽の腐った臭いをかぎつけて、木には3匹の黒い鳥(ハゲタカ?)が、地上ではハイエナが通り過ぎる。

その日、ハリーの痛みはなぜかなくなったが、ひどく疲れを感じる。


ハリー(ジャーナリストらしい)には自分にもっと実力がついたら、書こうとしていたいつくもの題材がある。

しかし、おれの人生はここまでなのか、とも思う。

自分は何も書かないで、死んでしまうのだろうか。これがおれの人生だったのか。


結局、そういう実力だったのだ。

ハリーはそう思ったりして、ヘレンに当たる。

「おまえはリッチなビッチ(尻軽女)だ」

「どうして、そんなひどい言葉を言わなければならないの」

「おれは、何も残していきたくないんだ」


彼はこれまでものを書けなかったのは、怠惰、ギャンブル、酒、女のせいだとわかっている。それで、そういう習慣を切り替えるべく、再出発しようとアフリカにやってきたのだ。

だから、ここでは贅沢抜きの生活をして、怠慢というぜい肉をそぐつもりなのだ。それに、アフリカは人生の最高の日々を過ごした場所なのだ。


ハリーはこれまで何人もの女と関係があったが、おかしなことに、女を変えるそのたびに、新しい女は前の女よりも、金持ちなのだった。

ヘレンはものすごい金持ち。若い時に夫をなくした未亡人で、息子はふたりいたが、ひとりは交通事故で死に、この後、愛人を何人も作っていた。しかし、それにも飽きて、酒と読書に明け暮れていたのだった。

そんな時、ハリーと知り合った。


ヘレンは彼の書いたものが好きで、そんな生活に憧れていた。(ハリーはジャーナリストで、世界のいろんな危険な場所に行って、レポートを書いていたのでしょう)

ヘレンは美人というわけではなく、年はかなり上。

しかし、ヘレンは彼を手にいれ、彼は贅沢を手にいれたのだった。

(彼女は退屈な日常に飽き飽きしていたので、見知らぬ世界に連れて行ってくれるハリーを愛していたのでしょう)


簡易ベットの上のハリーは朦朧とした中で、いろいろなことを思い出す。

雪の景色のこと、トルコでの駅、ブルガリア山々、オーストリアのクリスマス、

パリに戻ってからも、思いだしたくもなかった戦争のこと。パリのカフェで、誰かがダダイズムの話をしていたこと、女たちのこと、喧嘩もたくさんしたけれど、それについては書いたことがない。

コンスタンチノープルに行く前に、パリでけんか別れをした女がいた。彼女のことは、忘れられない。

でも、そんな話も書いたことがなかった。


「おれは書かなければならない」

とハリーが言う。

「スープを飲んで。体力をつけてから」

とヘレン。

「おれは今夜死ぬんだ。体力をつけて、どうなる」


ハリーはまた思い出す。川にまつわる話。

セーヌ川沿いの貧乏地区の安アパートの最上階に住んでいたことがあった。しかし、パリのことも書いたことがなかった。


パリのことも、その他のことも、書きたいことはたくさんあるに、何も書いていない。


ある牧場での頭のにぶい少年のこと。

みんなが留守をする時に、干し草は誰にもわたすなと言い渡されたのだった。それで、ある爺さんがきて、干し草がほしいと言った時、少年は前にこの爺さんから乱暴されたことがあって恐れていた。今度も脅されたから、その干し草を守るために、彼は爺さんを撃った。

1週間後、人々が牧場に帰ってきた時には、遺体の1部は犬に食われていた。ハリーも手伝い、爺さんを毛布にくるんで町に行き、遺体と少年を保安官に引き渡した。少年は褒められると思っていたのに、手錠をかけられて、泣き出した。

その話も、なにひとつ書いていない。


「どうしてこんなことに、なっちまったんだ」

とハリーが言う。

「えっ、何のこと?」

とヘレン。

「何でもない」



(続きます)


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