木山忍法帖

木山喬鳥

第一話  物語はいつか陳腐になる


 世間に知られたキャラクターの活躍する物語。

 いわゆる名作は、シリーズとして長く作られ続けることがあります。


 そんな作品のうち、スリルやサスペンスの要素のある書籍や映像作品には、以下のようなキャッチコピーや惹句じゃっくがついたりもします。


 シリーズ最大の危機!

 主人公あやうし!

 けない謎?


 大きく書いてあります。

 けれども物語の中では、主人公は死なないし。解けない謎は、ないのです。

 大人なのでわかります。


 物語なのです。

 主人公がいなくなれば、そこで話が一区切りは終わるし。

 謎が解けない話なんて、ふつうは話になりません。


 ほとんどの受け手も、そういうものだとわかっているはずです。

 では、どうしてそんなウソまがいの惹句じゃっくをつけても知らん顔で物語は終わらないのか。


 それはたぶん、もったいないからです。


 物語を作って売る商売をする人たちのなかで、確実に得られる金銭的な利益を捨てる人は、いないのではないかと思います。


 ではその作品を受け取る側はどうでしょう。

 長く続く作品のよく知っている登場人物。

 毎回、これと言って変化のない、おおよそ先のわかる話運び。

 支持する人は見飽みあきたり、退屈したりしないのか?

 今回は長く作られ続ける作品が、なぜ多くの人に支持されるのか、考えます。



既存きぞんのものごとは時とともに陳腐化ちんぷかする〟と言った著名な人がいましたが、必ずしもそうではないかもしれません。


 娯楽作品は時間とともに目新しさを失います。それは間違いないことです。

 では、新鮮さとは逆に、長く世間にり続けた作品にはどんな利点が生まれるのでしょうか。


 まず考えるべきは、多くの人に長期で支持される作品とはどういうものか、ということです。


 シリーズのなかにある作品とはいえ、それぞれの作品は、一作品ごとに評価が違うはずです。

 でもおしなべて評価や収益は悪くありません。


 ならば長い間継続して作られる作品を支持する人たちには、作品を完成度や批評と関わりなく無条件に愛好する層が一定数いるはずです。


 無条件の愛好は、言いかえれば思いこみです。

 それは時間が経つごとに、作品を好む人の記憶のなかへ組みこまれます。

 受け手が作品に個人的な〝愛着〟を持つのです。


 この愛着の価値の増加分が、変化のない登場人物と物語の減らした価値の減少分を、上回るのではないでしょうか。


 いいえ、もしかしたらそのふたつの数量はまったく単位の違う指標しひょうなのかもしれません。


 受け手が長い年月接して特別な価値をもっとみなした物語は、その人の中では作品単体の内容や世間的な評価から離れます。

 個人的な体験としてとらえられる記憶へと変わるのです。


 では作る側はどう考えるのでしょうか。

 受け手の愛着は、作る側からは予測できません。

 それは、他者の個人的体験だからです。


 あらかじめ多人数の心のりようを個別に予測して対応することなんて、誰にもできません。

 完成した物語には、もはや制作者の意図がおよばないのです。

 作る前も後も、制作者にできることは限られます。

〝狙ってヒットさせた〟という成功者の発言は、再現性がないのです。

 いわゆる生存バイアスのたぐいであると疑わざるをえません。


 ここでもう一度、物語作品の受け手について考えます。

 物語を受け取る側の人々でさえ、各人の立ち位置によって評価が大きく異なります。


 物語作品が〝陳腐化〟したと言うのは、その作品を客観視きゃっかんしできる人です。数量や時間で、物語をはかる人です。


 一方、数値で並べて価値づけられた言説げんせつは、その作品に愛着を持つ人にとって意味がありません。

 なぜなら物語の価値は、個々の受け手が決めるからです。


 売上が何百億円だろうと、何とか賞を取ろうと、その人にとって面白くない作品ものは面白くないままでしょう。


 物語をただの分析対象とすれば、それは確実に時間とともに陳腐化します。

 どんな目新しいアイデアも、奇抜なキャラクターも時間とともに、ありきたりの存在となります。

 人気になったそれらの要素は追随ついずいする者に模倣もほうされ、いつしか世間にあふれることでしょう。

 オリジナルはコピーにもれ、やがて追いやられます。

 それは世間の人たちにとって〝すでる〟取るに足りないものになるからです。


 しかし、個人の心に居場所を持ってしまった物語は変わりません。ずっとです。

 自分以外の大多数の受け取り方は、自分には関係ないのです。


 作品が世間的に名作と呼ばれるようになっても、駄作とそしられようとも。

 作品がいくらかせごうと、負債を作ろうと。

 制作者がどれほど苦心くしんしようとも、暇つぶしに作ろうとも。

 制作者が犯罪者であろうと、慈善家であろうと。


 それは全部、ただの情報です。

 作品を心に置いたあなたにとっては、なんの関係もないでしょう。

 時間経過も類似品の増加も人の心の中にある作品をおとしめることはできません。


 多くの人にとっての物語作品は、時間とともに陳腐化するのでしょう。

 でもあなたが好きになったその物語作品は、いつも変わりなくあなたを楽しませてくれる、お気に入りであり続けるのです。


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