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  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    拙作に応援いただきありがとうございます。創作論読んだことがなくて、読むと、自分の作品は、これで良いのかと!?と。考えてしまうので。
    読んだ方が良いのでしょうね。


  • 編集済

    こんにちは。
    こちらは、不定期更新なのですよね。
    ああ……次で最新話に追いついてしまう……。

    思えば『およそ82億と7つの世界』は150話以上あって、「まだまだずっと楽しめる!」という安心感があったなぁ。
    そんなことを思い出しながら、今回も読ませていただきました。
    (あ、催促しているわけじゃないんです、まだまだ未読ありますので、大丈夫なので💦変な言い方してすみません!)

    そして今回、冒頭のお母様面白いです(≧▽≦)
    昔は普通に出していた世界線を信じていたのなんだかお可愛いらしいです✨

    >「物語って嘘じゃん」
    👆うわ、、、言われてみれば……
    それを理由に物語を楽しめないという感覚自体なかったです。

    そういう方もいらっしゃるんですね。

    「不信の停止」という言葉を知って、おどrきました。
    自分は物語を読むとき、こんなことを無意識にやっていたんですねぇ……

    そしてカニカマ\(^o^)/
    すごいです。カニカマで自分は何かを理解しました。
    それに最近のカニカマってすごいですよね。
    先日、本当に蟹かと思って某大型スーパーのカニカマ食べました。

    ちがうちがう、そうじゃなくて、私たちはそのまま受け取っているわけではなくて、結局は言葉や想像を通して理解している。ということですよね。

    ありがとうございます、木山先生。
    これからも木山先生謹製の極上カニカマ、ありがたく頂戴します!!

    なんとなく第三話を読み返しました。
    通じるものがありますね!

    あ、今回のタイトルもまたすごいです
    これはおとぎ話ですかね。

    次話も楽しみにしています!!

    作者からの返信

    こんにちは、晴久さん。
    この度もまた、過分なほどの好意的応援コメントをありがとうございます。
    晴久さんの熱量が、有り難くも羨ましいと常々思っております。
    私は日々、濁った目で、ぐでーと惰性で過ごしているので。

    では六話。

    まずは私の母の誤認識を好意的に受け取ってくださり、ありがとうございます。
    転移した異世界人?
    くらいに感覚のズレた母親です。
    いまだに私は創作上の人物の言動の奇異さでは、母親のそれを越えるものをいまだに考えついていないように思います。
    空想の人物より実在した他者の言動は強いものですね。

    そして本題。
    趣旨としては。

    物語は虚偽であるから自動的に疑う。
    しかし楽しむときはその疑うのを自動的止める。
    しかし、この自動的な動作がかかりにくい方々もいますよね。
    物語というだけで程度の低い娯楽と決める方もいますよね。

    そんな話でした。
    この〝不信の停止〟については、もう少し説明する話を書かないと不備が多いかな。
    そうも思っています。
    多分八話で少し、この件をまた書くと思います。

    カニカマ。
    一時、私もハマって様々なカニカマを食べていました。
    安価に購入できる生臭くなくて、カニっぽいものとしては良く出来ていますよね。

    それで本題の要旨に戻りますと。

    〝私たちはそのまま受け取っているわけではなくて、結局は言葉や想像を通して理解している。ということですよね〟

    晴久さんのご理解、まったくその通りでございます。
    私たちは世界を擬似的にしか理解できないという。生まれてから死ぬまで言語により擬似的な理解作ってそこにいるという。
    〝人間みなVR(バーチャル・リアリティ)〟
    という何となく攻殻機動隊っぽい考えでした。

    〝言語の限界が世界の限界を規定する〟というルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの考え方でした。
    正解かどうかは、私などにはわかりませんけど。
    面白い考えなので使わせてもらいました。

    〝これからも木山先生謹製の極上カニカマ、ありがたく頂戴します!!〟

    ここで二分くらい笑いました。
    私、カニカマ職人になれたみたいで愉しい感じです。
    思うに、人間は食べ物のフェイクを作りがちですよね。
    ガンモドキとコンニャク麺とか豆腐ハンバーグとか。
    こういうの世界中にあって、特に中国では(以下略)
    ……余話となりました。
    重ねて、この度もまた過分なほどの好意的応援コメント、ありがとうございました。

    編集済

  • 編集済

    おはようございます。
    晴久王ですm(__)m

    駅の落書き面白いです(≧▽≦) わらいました
    四年間ずっと見ていた、というところもじわじわきます・・・

    そうかぁ……カクヨムにいる作者は、家来のひとりもいない王様、、、
    なるほどです。

    そこから生成AIの話。
    自分は仕事でも、たまにしている曲作りの趣味?でも生成AIにお世話になっています。(SUNO)
    小説はAI使用するのは、、寂しいですね。
    校正とかはしてもらいますが でも結局は、もうAIが潜り込んできて否定できなくなりますよね~

    でもAIにかかせれば、自作のエコー(豆)みたいなことはなくなりますね。
    もしかしたらそれはそれで寂しいんですかね?
    コメント欄楽しかったですもんね(晴久王国おかしい)

    でもやっぱり、誰かが書いたものに思いがけず心を持っていかれるっていうのも、大切な出会いや時間だったりするから、、もうどうしたらいいのかわからないですね・・

    AIがAIの作品を読んで、AI同士で交流する小説投稿サイト(笑)
    いやすぎる~(≧▽≦)

    「王様たちは、誰もいなくなります。」
    ↑そうかもしれませんね、、
    でも自分は木山王の作品読みたいです。

    あと『けらいのひとりもいない王様』、友部正人さん。
    本当に無知で……今回初めて知りました。
    調べました&聴きました!

    こういうところから知らなかった作品に出会えるのも素敵なのですよね。

    作者からの返信

    ごきげんよう、晴久王。
    この度もまた心尽くし応援コメント、ありがたく受け取らせていただいた。
    喬鳥王である。

    ……面倒なので普通に戻ります。
    さてさて第五話。
    生成AIの話。

    私のこの問題への立場は、はっきりしています。
    生成AIを本文の作成に用いた小説はそれを明記し補助利用までのものと区別するべき。
    というものです。

    ご存じだとは思いますが。
    〝ニーメラーの警句〟という考え方があります。
    〝自分に関係のない他者への弾圧や不公正を放置すると、やがてその矛先は自分自身にも向かう〟という事柄です。

    第二次世界大戦の際にナチスの台頭を傍観したドイツ人牧師の悔恨の詩から生まれた警告と言われます。

    この〝ニーメラーの警句〟という考え方に当てはめると。
    自分は生成AIを使わないからという事と、どちらでも構わないとその無制限な利用を放置しているとやがて現在の
    の意味での創作者は消えるのでしょう。

    それは、結局どうしょうもないし、生成AIは必ずこれからの創作を担うと私は考えています。
    (いつかは私も全部生成AIに物語を書いて貰うのも楽しそうだと思っていたのですけど、晴久さんが好まないなら暫くは保留です)

    だからこそ〝生成AIを使わない〟という側を応援したいし、その立場が消えるまで、そちら側にいたいと思っています。

    当然、これからは生成AIの世界になるから、そちら側が正しいから、使わない側は負けて消えるからと理由で生成AI主体での制作を支持している側は〝勝ち馬に乗っている〟みたいでなんか嫌なんですよね。気分的な話ですけど。

    このエッセイの第二話を書くような人間(私)からすると、正しいからといってそれをすることは、もの書く人間のやることなのだろうかと疑問に思うんです。
    子どものころ、人が書いた物語に感動したのだから、人の書く側を応援したい気持ちなのです。

    「生成AIの書いた物語に感動して物語を書き始めました!」
    そういう人間が生成AI物語作家となるべきだと思うわけです。

    なんてね、言ってもね。どうせAIの天下になるのですよ。という気持ちで書いたのが、この五話です。

    ……いつもながら、前置きが長くなりました。

    現在のカクヨムを閲覧散策して近況ノートなど拝見すると、新作を投稿する際はどなたもが得意そうだし嬉しそうなんですよね。
    きっと、どなたも頑張って作品を書かれたのだと思うのです。

    もしも生成AIが数秒で書いた小説を並べることになったら、今ほどには思い入れは無くなると思われます。
    唯のPVを稼ぐ道具をセットする感覚な気がします。良く知りませんけど。

    エピソードタイトルにも借用した〝けらいのひとりもいない王様〟は特に愛聴しているわけではないのです。

    だけど、昔たまたま路上で誰かが演奏しているのを聴いた記憶があり、今回の寂しい話の感じと、曲調と歌詞が合うと思って借りてきた次第です。
    ちなみに今現在良く聞いているのは昔のユーロビート楽曲です。

    また導入の落書きの戯言も、好意的に受け取ってくださっていて感謝でした。
    通学が暇だったのですよね。
    娯楽が少ない人生なのです。

    重ねて、この度もまた心尽くし応援コメント、ありがとうございました


  • 編集済

     そのとおり、既に知っていること、つまりこれまでの人生で積み重ねてきた経験、そして吸収した知識でしか創作できないものです。前話のコメントで書いた「国宝」も、実のところ「このままだと創作の泉が枯れるな。発掘しないと」と新たな地平を見に行って、あまりのすごさに打ちひしがれたというw

     内声の話も、激しく同調致しました。シチュエーションを心得ない、心の叫びは本当に迷惑千番です。以前、遠い親戚の葬式に呼ばれて行って来たんです。わたくし一度もあったことがない方だったんですが、一応当主なものですから、駆り出されたんです。そして、「あー、はよ終われよ」と思いながら、僧侶の読経を聞いていたんですが、よくよく聞くと、お経って、時折へんなことを言うんですよ。

    「あめりかしんせつ!」
    「あ、アメリカ親切?!」
    「あめりかていねい!」
    「アメリカ丁寧?! ここんとこだいぶ違うんじゃない?」

    「ほうにょうぜい!」
    「放尿税!? 死ぬとそんな変な税金取られるの?」
    「いんにょうぜい!」
    「飲尿税!? またマニアックな税金取られるのな。。」

     そういうわけで、わたくしは、数珠を握りしめて、口を真一文字にしてぷるぷると耐えたのです。

     あ、この話面白いな。エッセイにすればよかったw

     木山忍法帖、続いているとは知りませんでした。相変わらず得るものが多いです。続きも期待していますよ。
     
     それではまた!


    作者からの返信

    こんばんは、小田島さん。
    この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございます。

    創作の原資。
    確かに自分の中にしかないと私も思います。
    書く度に減るし、書く度に読む方に飽きられていくでしょう。
    しかしいま、私が危惧するのは、種々の内容となるネタの枯渇だけではなく。
    それより先に、興味や意欲が乏しくなるのではないかという事です。

    人の興味のある事柄なんて、そんなに多くはない。
    そもそも何かを作りはじめた初期衝動は、そんなに長い期間は維持できない。
    だから、やがて人は意欲を失って行くのが自然なことだと思います。
    だけどそれでは物語が出来ない。
    物語を作り続けられる人は、意欲が続けられる人なのでしょうね。

    そして、内声の例で示してくださった。
    お経の空耳の話。
    とても面白いです。

    当然ながら、私などは他人様に創作についてどうこう言えないのですが。
    私だけが、あの話を目にしているのは、あまりに勿体ないです。
    できるならば、エッセイや近況ノートに、この内容を書いてください。
    作品としてください。
    そうでなでなければ、小田島さんの愛読者の方々に私が恨まれそうです。
    どうぞ、ご一考願います。

    重ねて。この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございました。

  •  あはは、木山さんのお母さん、楽しい人ですね。何を見て、どこで記憶が変容してしまったのでしょうか。とても興味をかきたてられます。
    「不信の停止」のことも、なるほどと膝を打ちました。創作って、「楽しもう」って思わないと没入できないですから、それがバカバカしくてやってらんない、という方もいるのでしょう。そういう人は大宅賞作品ばっかり読んでろ、って感じでしょうか。
     ちなみにわたくしは、もう何十年も映画館で映画を見ていなくて(最後に見たのはエアフォース・ワンでした)、アマプラも入ってるのに全然使ってなかったんですが、別段嫌いなワケでないので、こないだ「国宝」と「tokyoタクシー」を見てみ見たら、あまりの面白さ、素晴らしさに腰を抜かしました。特に国宝。不信の停止をしない人は、これも体験できないのでしょうね。まあ、余計なお世話だ、てなものでしょうけれどw

    作者からの返信

    こんばんは、小田島さん。
    この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございます。

    母の勘違いから続く、一連の戯言を好意的に受け止めてくださり感謝です。

    思えば、小田島さんの読書の対象と執筆のジャンルが重ならない私と長く交流してもらえて忝いばかりです。

    物語を必要としない(またはそう思い込む)人は多くの場合、報道や政治、スポーツなどを楽しまれるようですね。
    どうやら、それらに物語要素がないと思われているようです。

    話題となっておりました映画館。
    私も行かなくなって久しいです。
    映画はサブスクで観る感じです。
    そして。国宝、あれは見なければと思いつつ現在まで見ていないのです。

    そもそも原作小説が話題の時から読まなければと思っていました。
    映画化されたとか知っていても、わざわざ出かけるのが億劫だったのです。
    良くない傾向だとは思っています。
    しかし、国宝。
    作中の小野川万菊のモデルの一人と言われる六代目中村歌右衛門。
    彼と二代目中村鴈治郎のエピソードとかスゴいですよね。
    昭和史を調べているうちに知りました。
    芸事に人生をかける人の話はおおよそ好きなのです。
    かように興味はありつつも、行かない。
    〝めんどくさい〟という思いは度しがたものですね。

    ……余話となりました。
    重ねて。この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございました。

  • すごいです、木山先生。

    なんでこんなこと書けるんだろう……と思うのですが、書けるからなんですよね。
    もう全部おもしろかったです……。

    これから先は難しいお話も出てくるんですね。
    それはそれで、たとえ全部を理解できなくても、お言葉そのものを楽しむようにしますね!

    もし、とんちんかんなコメントを入れてしまった際は、そっとスルーしていただけると嬉しいです(*ノωノ)

    レビューはたしかに、「まだ見ぬ読者に向けて書くもの」でしたね。

    でも作者様へ、
    「読みました!」
    「もう最高に、人におすすめしたくなるくらい面白かったです!」
    っていう気持ちも伝えたいですよねぇ。

    そういえば、木山先生の『戦後元年 東京ダンジョン∇1』にレビューを書くときは、本当に緊張しました。

    面白すぎて、何を書いても何も伝えられる気がしなかったんです。
    余計なことを書いて、作品の邪魔をしたらどうしよう……とも思いました。

    今でも自分のレビュー、読み返せません(笑)

    先生のレビューは最高ですよね。
    あとコメント返信も面白いので、思わず熟読しております。

    「わかりますけど。わかるわけにはいかないのです!」
    ↑ほんと面白いです……😂
    こういう一文ですよね~。

    そして、三尺三寸の箸の話が、カクヨムの☆やレビューの話につながっていくのも面白かったです。

    できれば私は、食べさせたり食べさせてもらったりしながら、ぬくぬくした天国のカクヨムにいたいです(≧▽≦)
    目は、、狙わないようにしないと🥢

    作者からの返信

    こんにちは、晴久さん。
    この度も嬉しいコメントありがとうございます。

    さてさて第四話。

    ともかくも、晴久さんの応援コメントが優し過ぎます。
    このままだと完全にダメになりますね、私は。
    このエッセイも、さすがにそんなには良い内容でないのでは──

    は。〝なぜなら物語の価値は、個々の受け手が決めるからです(第一話より)〟──

    ああああ。自分書いた事がこうも自分に返ってくるとは!
    恐ろしい自縄自縛にかかっています。
    もう、その点は置いておくとして。

    レビューのについて。
    いまだと生成AIレビュー問題ですよね。
    もはや作品を読む必要はないのです。
    楽な時代になりましたね(オイオイオイ)

    ちなみに。
    「わかりますけど。わかるわけにはいかないのです!」
    この台詞は島本和彦の漫画『逆境ナイン』のなかの台詞です。
    「わかってはいるが わかるわけにはいかん!!」
    これが元ネタでした。

    かように、私は多くの台詞をどこかから引っ張ってきているので、良い言葉があったとしても私の言語能力ではないのです。
    気づく方にツッコンでもらう為の仕掛でした。

    それと、三尺三寸箸の件ですけど。
    私も食べさせてもらう側でいたいです。
    やはり鍵になる要素は、可愛さですよね。

    太ったパンダやコアラやプレリードックやらウォバットやらが期待してご飯を待っていたら、そりゃご飯もあげますよね。
    そんなわけです。
    やっぱり可愛さが天国への鍵なのです。
    何とか、何とか私も愛される書き手となって、善人の皆様に紛れ込んで過酷なカクヨムに残っていきたいものです。

    余話となりました。
    重ねて、この度もまた嬉しいコメントをありがとうございました。

  • 朝な夕なに「三幕構成、序破急、起承転結」と唱えていらっしゃるなんて!
    (∩´∀`)∩

    グラハム数のくだりすごいです。
    「グラハム数、ヤバない?」
    「でも夏おこじょ数のほうがヤバいし」
    「え、夏おこじょ数って今年また上がったの?」

    ……ほんとうだ!!
    会話になる!!!😂
    さすがです!!

    あと小豆洗いのくだりも面白かったです。
    自分の中ではもう完全に「あの姿の妖怪」だったので、え~…そもそもは姿形のない「怪しい音」だった?びっくりです。

    なんとなく知っている、たぶんこんな意味だろう
    👆これ、小説でもやってしまってます・・

    応援コメント欄も面白いの……すごいです。

    作者からの返信

    こんばんは、晴久さん。
    この度も朗らかな応援コメントありがとうございます。

    さて第三話。
    最初からお詫びがあります。
    私、ウソをついていました。
    朝な夕なに、仏壇へ向かってそんな奇態な題目は唱えておりません。
    ここに訂正してお詫びいたします。

    第二話を書くような人間なのでウソもつきます。お叱りください。
    そもそも、仏壇の先祖たちだって、子孫にそんな訳のわからない事を唱えられたら嫌ですよね。唱えてなくて正解です(ナニコノヒト)

    このエピソードも、なんだか色々と書いてはいますが。
    おおよそ〝知ったかぶりでも話は成り立ちますね〟
    というほどの話です。

    日本の文化的な事柄にも、曖昧なままで受け継がれた事例があり、たぶん人というものは、名前さえついていれば、中身はそれほど気にしないのではないかな。
    てことを話しているようです。
    回りくどい口調でした。

    グラハム数だの小豆洗いだのと、調子に乗って戯けて書いた適当な事柄が屈託なく晴久さんに〝そうなんですね〟と返されると固まります。調べて書いたから間違いはないはずと思いつつ冷汗三斗の思いなのです。

    やはり物事はふざけて適当に書いてはならないと言うことがわかります。
    もちろん内容にウソはないのですけど、書き方がウソっぽいので我ながら不安になります。
    晴久さんは決してこんな書き手にはならないで欲しいと思うばかりです。

    重ねて、この度もまた朗らかなコメントをありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    パライソへのお誘いありがとうございます(●´ω`●)

    実は『木山忍法帖』、、読む前はもっと難しいことが書いてあるのかと構えてました。
    良かったーー。
    ちゃんと私も入れるパライソだった😂 ほっ

    皆様のコメントがIQ高いです。仲間に入りたいですが。。無理なものは無理なので、ただただヨムのを楽しませていただきますね。

    「役に立てないものにこそ、小説がいる」・・・
    なるほど

    ……私はというと、できた小説を親兄弟に読ませてます。
    (ネット以外の読者、母親と弟のみ)

    思い返すとかなり身内からの評価待ちをしていますね……。

    お恥ずかしい😂

    それくらい小さな範囲でも、誰かに読んでもらえて、自分が楽しく書けているなら、それも十分ひとつの「物語を書く理由」なのかなと、木山先生のおかげで思えました。

    ありがとうございます。

    作者からの返信

    こんにちは、晴久さん。
    この度もまた丁寧なコメントをありがとうございます。

    そして、ようこそ〝弱い書き手の会〟へ!
    あ、でも晴久さんは執筆を頑張ってらっしゃるし、向上心も持っておられますので、遺憾ながらご入会はできかねますね……
    というか。
    そんな会、ないですし。
    弱いものの集まりなどないのです。

    思うに。
    この二話は執筆を頑張ることが良しとされる事への不安を吐露したものです。
    頑張れなくてもいい。胸を張れなくてもいい。という逃げへのお誘いです。

    このエッセイ、後に行くほど難しいことも書いてあるかもしれません。
    説明が下手なので、たぶん伝わらない事も多々あるかと思います。
    それはそれで、木山はそういう人間なのだと読み流していただけたら十分なのです。
    このエッセイは、人生に必須の気付きなんてモノでもないのですから。唯のそらごとなのです。

    そうそう。晴久さんは、ご家族に作品をお見せになっているとか。
    なんとも和やか。晴久さん御一家の仲の良さがうかがえます。素晴らしい事です。

    かく言う私の一家は、親戚まで含めても物語の文字を読もうなどという奇特な者はおりません。

    ちなみに。私の実家には小説の類は置いていないのです。
    特に貧乏とか著しく頭が悪いとかでは、ないはずです。多分。
    絵空事を受け付ない種類の人たちなのです。
    これは六話で話しているテーマでもあります。
    なので私の場合は、自作を見せるなど夢のまた夢なのです。

    晴久さんの言われた〝身近な方に作品を披露する〟
    とても良い創作の理由です。
    定かでもない〝読者〟の動向をどうのこうの言っている者より格段に偉いです。
    〝小説を書くときは、特定の誰かに見せるつもりで書くべき〟
    そう書いている指南書もあるほどです。

    この二話で想定したのは、ネットに小説を投稿してもPVもつかず、執筆仲間の友達もなく、何をどうすれば良いかわからず、ただもう他人様に認めてもらいたいなどと夢想している。
    そんな仕様のない書き手を思い描いて……胸が痛いです……ぅぅ。書きました。

    間違っても〝これでいいんだ〟等という話ではないものです。
    〝ダメなりにやって行くと覚悟をする他ない〟という感じでした。
    晴久さんとは、まったく化関わりない事柄なのです。捨て置きくださいますように。

    重ねて、この度もまた丁寧なコメントをありがとうございました。

  • 木山先生、またよろしくお願いします!

    今回のお話、とても納得してしまいました。

    木山先生のお作品は人気も評価もすごいので、もちろん「自分ひとりだけが特別に好き!」なんてことではないのは分かっているんです。
    ……が――。

    私は見事にはまりにはまりまして、木山先生が描かれたイラストをスマホの待ち受けにし、さらにLINEのアイコンにまでした結果、親戚から

    「いや~、何かと思って画像検索したよ。急に宗教とか入ってないよね?w」

    と言われました。

    (入ってませんがw)

    ……入ってはいないんですが、今回の「個人の心に居場所を持ってしまった物語は変わらない」というお話を読んでいると、もうここまで心酔してしまったら、宗教と言われても強く否定できない自分もいて困ります😂

    キモいですね。
    ええ、分かってます。
    あの、大丈夫です。
    危害を加えたりはしませんので!!ひたすら読んで感動しているだけの一般人です。

    ……いけない、いけない。
    第一話からこのテンションで読んでいたら、この先どうなってしまうのでしょうか(笑)

    でも本当に、「世間の評価」と「自分にとっての価値」は別物なんだなあと、すごく腑に落ちる第一話でした。
    また楽しみに読ませていただきます!

    そそくさ……

    作者からの返信

    こんばんは、晴久さん。 
    こちらこそよろしくお願いいたします。

    いつも胸熱な応援コメントをありがとうございます。
    高熱量な応援コメントには、地衣類が地を這うほど低い私の自己肯定感を上げていただいおります。
    月並みですが、感謝しかないです。

    投稿してある私のどの作品から読むか等のお尋ねですが、私などから言うことは何もありません。
    このまま当作からお読みくだされば幸いです。

    さてさて。
    いただいたコメントを拝読しますと〝これは、どう考えても褒められ過ぎている〟としか思えないのですが。
    しかし、この一話の内容に書いてしまっているんですね、私は。

    〝なぜなら物語の価値は、個々の受け手が決めるからです〟

    とかね。
    だからもうダメなんです。
    異議を挟めないのです。
    このハメ技みたいな。恐ろしい褒めコメントの位置取り。晴久さん恐るべしです。

    それはそれとして、この〝木山忍法帖〟
    私には珍しく湿っぽい事を書いています。
    一話、二話、五話とかは特にそうです。
    二話とか泥酔しているのかと疑いたくなります。
    何故そうなっているのかは、わかりません。
    当作は、単に創作に関わる事について思ったこと書いたエッセイなのです。
     
    それと全然関係ないのですが。
    晴久さんの待ち受けとか私の描画をご使用になられるでしたら。
    専用に何かのキャラクターやマスコットやマークなどは普通に描きますので、ご指定ください。

    例えば〝ちびまるとひより〟とか〝くず豆と心弦〟とか円形構図でグラフィカルとか漫画的にとかでお伝えください。

    そして元の下絵をAIアートで出してくだされば、それを私がアレンジして手描きモノクロで描きます。

    ご存じのように元となる絵があればそこからAIでの着彩は可能ですので、加工は晴久さんのご随意にしてより良い形でご使用いただきたい。
    そんな提案でした。ご検討ください。

    あと〝ちびまるとひより〟というと。
    前回の応援コメントで〝ひより〟の名前を間違って記していて申し訳ありませんでした。

    色々と、雑多に記しましたが、そんな次第でした。
    重ねて。この度もまた高熱量で胸熱な応援コメントをありがとうございました。

  • 最高に面白いです!

    私はAIがいない王国を作りたいです。

    作者からの返信

    こんばんは、はんすけさん。
    この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございました。

    第五話

    この話を過分なほど好意的に受け取って戴いていて恐縮です。
    AIのない〝はんすけ王国〟とても楽しそうですね。
    はんすけさんのカクヨムでの益々の御発展を祈念しております。

    重ねて。この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございました。

  • 木山様、ご無沙汰しております。

    お母さまの「股間に顔を貼って笑わせてる」という思い込みのお話で笑っていたら、「不信の停止」や言葉が世界を形づくるという話へ自然につながっていく流れに引き込まれました(笑)

    特に印象に残ったのは、お父さまの「門松ば作ってくれんですか」に対して内声が「ムリくない?」と返す場面です。笑ってはいけない空気なのに、頭の中だけは容赦なくツッコミを入れてくる。その内声って、失礼だけど妙に正直で、どこか作者様自身を客観視している相棒みたいにも感じました。

    笑わせながら考えさせて、最後に少しだけ背中を押してくれる。不思議な読後感の樹山節に今回もしてやられました!

    作者からの返信

    こんにちは、瑞唏さん。
    この度もまた心に沁みる応援コメントをありがとうございます。
     
    こちらの方こそご無沙汰ばかりしていて冷汗三斗の思いです。
    有り体に言うと甘えです。
    お叱りください。

    さて、当エッセイ。
    創作にまつわる事やその周辺の事柄を深堀りするものであったはずなのです。

    しかし最近は私か親の奇態な言動を記して、ひと笑いを取ろうするという浅ましいお笑いコンテンツに堕しております。

    瑞唏さんに私淑し、おすすめレビューを精進して書いていた頃が遠い昔日のように思われます。
    今日こんな堕落エッセイを見られてしまい恥ずかしい限りです。
    しかし、もはや止まれないのです。
    バカなエッセイはエッセイとして綴り続けたく思います。

    重ねて。この度もまた、楽しい応援コメントをありがとうございました。

  • 「ムリくない?」
    お腹抱えて笑いました。
    門松作ってくれんか!
    お父さんなりの激励だったんでしょうね……。
    でも、受け取り手が「何言うとんねん!」って思われてたら^^;

    作者からの返信

    こんにちは、三島さん。
    この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございます。

    七話。

    まずは、このバカバカしくも、社会常識的に問題あるダメな話を好意的に受け取っていただいて感謝です。

    内声。
    この内なる声は、その言葉を聞くものを追い詰めもする、という話でした。

    〝内なる良心の声〟とかが代表的な例なのですよね。
    この話は、もちろんそんな高尚な例ではありません。
    単なる、自分ツッコミで自分が追い込まれている状況です。哀れです。

    三島さんの言われるとおり、父は門松作りに仮託して〝一刻も早くそれくらい元気になってほしい〟と言いっていたのです。 

    しかし、その瞬間の言葉だけを切り取ると、とても無理難題を言う人みたいになるのでした。
    言われている方の鼻にチューブが入っているのがより〝ムリ感〟を醸していて……ダメでした。
    そんな次第でした。

    重ねて。この度もまた、楽しい応援コメントをありがとうございました。

  • レビュー難しいですね^^;
    読み取りが間違ってないかとか、ネタバレじゃないかとか、めちゃめちゃ考えてしまって、結局、書けないんですよね。
    上手い人いますよね。
    惚れ惚れします。
    レビューが上手い人の小説は面白いと言われてますけど、確かに!!
    自分もレビューから見に行くこともありますから。
    でも、書けない^^;
    でも、お星さまは、忘れないようになるべく早くするようにしてます。
    何話か読み込んでから、レビュー書くこともありますね。ごくたまに。

    そうなんですか。
    かたくなに星を相手に付けない人もいるんですね。
    自分はこの話は面白い!と思ったら付ける方なので、その心理は分かりませんでした。

    そうそう。何より、1話3000文字ほどあるのに、1分で15個ほど♡つける人もいますよね。
    あれ、相手から「読まれて無いわ」って分かるのに何でするのか不思議です。
    読んでまとめて♡つけてる?^^;
    相手を気にしちゃいないのでしょうけど。
    そう言う人が★をつけて、「読んでないのに★つけた」って、報告されて垢バンになった人を見たことがあります。
    自分はそういう事をされたら、色んな人がいるよね~と気にしないことにしてます。

    なろうと違って、カクヨムは「交流」が目的な所もあるので、できるだけ色んな人と知り合いたいですね。
    コメントは気軽にする方なので、お互いにコメントし合って、友達感覚の人も何人もいます。
    そう言う人の小説は、読んでて楽しいです。
    コメントしても返してくれない人とかの小説には、コメント少ないのは事実ですね。

    作者からの返信

    こんにちは、三島 ひみか(卑弥果)さん。
    この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

    レビューは良いですね。
    書く方も書かない方もそれについて考えられる焦点があるのが良いのだと思います。
    意見の交換やシステムの改良は、なんとなく明るい未来を感じさせます。

    カクヨムでは、おすすめレビューの他の無料の応援手段は☆と♡と応援コメントですが、クリックだけでできる事柄は何かの指標という役割はもはや薄い印象です。
    ここはよく問題になりますね。星爆とか。
    私は基本的によほど露悪的な文でない限り☆とか♡とかつけます。
    過剰な評価付けの問題は〝賭博黙示録カイジ〟みたいに☆と♡は一日に一人あたり3つと7つとかに割り当て制に変えて。
    カクヨムサポーターズパスポート入会で最大6つと9つとかにすれば、星爆や生成AIレビューも防げて収益も上げられそうですね。あとカクヨム内の承認欲求充足ゲームも複雑化して面白くなりそうです。

    ……話を戻しますと。
    私も三島さんのように多くの場合は20話以内に☆をつけて、時間が取れたらレビューを書く感じです。

    長編はレビューを書けない場合が多いです。
    内容の情報量が多いと要点が絞れないのです。読解が拙いので。

    最近は生来AIにレビューを書かせる例も増えているようですね。
    状況がどんどん変わっていくのは、カクヨムの面白いところですね。
    今後の生成AI問題はどうするのか、興味深いところです。

    重ねて。この度もまた丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • 仏壇のなかにいる人は何を思って聞いているのだろうか……

    作者からの返信

    こんにちは、夜野さん
    この度は、丁寧な応援コメントありがとうございます。
    思いもつかない視点のコメントを読んで、暫し笑いました。
    それはそうですね。

    で、その後に怖くなりました。
    仏壇のなかの人は怖いのです。
    霊にしろ人にしろ、仏壇には居て欲しくないものです。

    それと。私の祖母が言ってました。
    子孫がバカな事をしても祖先を粗末にしても子孫を可愛くない祖先なんて居ない。
    少なくともうちの家系にはいないって。
    なので安心なのです。たぶん。

    そんな次第でした。
    重ねてこの度は、丁寧な応援コメントありがとうございました。

  • えー!私、以前、「たけしの元気が出るテレビ」で、当時少年、まだチン◯◯に毛も生えてない頃の後の大関、琴光喜関が相撲少年で出ていて、相撲取った後に風呂から出てきて、隠しているようで、囲って見せている姿が全開で映っているのを見たことあります。昔は緩かったんですかね?😄

    作者からの返信

    こんばんは、青山さん。
    この度もまた有用なコメントをありがとうございます。
    また、返信が遅れて失礼いたしました。

    六話
    何か誤解があるようで恐縮です。
    基本的に本作では成人男性の男性器の話をしていたと思います。
    混同される記述や文意であったのなら、私の力不足でした。
    上記の次第ですので、ご承知おきください。

    重ねて。この度もまた有用な応援コメントをありがとうございました。

  • そう言えば、最近、そういう類の落書き、あんまり見なくなりましたねー。民度が上がったとも思えないし、かと言ってバカ男子の考えていることが上品になったとも思えない。。。😅😇🤣

    SNSとかで、見つかった場合の罰金とかがよく知れ渡ったんですかね?

    作者からの返信

    こんばんは、青山さん。
    この度もまた丁寧な応援コメントをありがとうございます。
    また、返信が遅れて失礼いたしました。

    第五話
    駅等に書かれた稚拙であったり猥褻な落書きを最近見かけないとのこと。
    確かに私も見なくなりました。
    減少した様に思います。

    ただ、私も青山さんも学生ではないので、若年層の生活圏や動線とは異なる活動範囲で生活しているはずなので、それが見ない要因かもしれません。
    いずれにしても確かめようがない話ですね。
    しかし興味深いお話でした。

    重ねて。この度もまた丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • 「ムリくない?」で「は?」て思って吹き出してしました(笑)

    前半の圧倒的ユーモアから、後半の深すぎる創作論への着地が見事すぎます!「物語は内声の残骸」というフレーズ、めちゃくちゃ好きです!

    作者からの返信

    こんにちは、加藤さん。

    この度もまた、読むとしみじみ嬉しくなる応援コメントをありがとうございます。

    〝内声〟

    この話題も、あんまり取り上げられません。

    内声は速読の際に邪魔になるとか、普通に黙読する際も内声に出すのなら早く喋らせる訓練をすべきとか書いてあるくらいです。
    ギャル内声、泣きそうです。
    また加藤さんの挙げられた。

    〝物語は内声の残骸〟

    この文を見ては〝物語怖い〟と震えて居そうです。

    そして。
    この話の後半の〝書くことは、手の内を晒して飽きさせることにもつながる〟なんて書かれている内容は暴論でもあります。

    ここは話半分で、そう言う見方もあるといえばあるかな。
    それくらいで読み流してもらえたら良いものでした。

    ともあれ。
    重ねて。この度もまた読むとしみじみ嬉しくなる応援コメントをありがとうございました。

  • 「物語を楽しめない人は『不信の停止』が機能していない」という分析には、合点がいきました!なるほど、そういうことなんですね!

    難しくなりがちな言語学や哲学の文脈を、日常の「カニカマ」や「プ◯キュア」に落とし込んで説明してくれているのでスッと頭に入ってきました。

    「現実と空想はほとんど同じ」という結論、すごく深くて余韻が残ります。

    作者からの返信

    おはようございます、加藤さん。

    この度もまた、読むと考えが深まるような応援コメントをありがとうございます。

    そして第六話。

    〝不信の停止〟
    この話を好意的に受け取ってもらえて感謝です。
    この考え方も創作論で少し取り上げている方がいるくらいでした。
    カクヨムで言う人があんまりいないので少し書きました。
    内容はというと〝ほんとうに人ってそれぞれですよね〟そんな感じです。

    それと。加藤さんに取り上げていただいた
    〝現実と空想はほとんど同じ〟
    ここもありがたいです。
    この発想は元はシェークスピアの〝テンペスト〟の中の有名なセリフ。

    〝我々は夢と同じ物で作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる〟

    このセリフの意味をあれこれ考えているうちに、仏教の説話のなかで似たような話があるのを見つけて。
    そこから〝唯識論〟へ行って(ここで三蔵法師出てきます)それで最後に……カニカマになりました。

    こんな話は、日常ではできにくいので、カクヨムで聞いてくれる心優しい方が意外にいて助かっております。

    ともあれ。
    重ねて。この度もまた読むと考えが深まるような応援コメントや素晴らしいおすすめレビューをありがとうございました。

    編集済
  • 語り口の軽妙さと、テーマの深さのギャップが素晴らしかったです!

    『我にSEXあれかし』や『似絵顔』のくだりで笑い、「ひとりだけの王様」の例えに頷き、最後の未来予言には背筋がゾクゾクしました。

    皮肉とユーモアの効いた最高のエッセイをありがとうございます!

    作者からの返信

    こんばんは、加藤さん。
    ご無沙汰しておりました。恐縮です。
    そんな私に、この度は丁寧な応援コメントをありがとうございます。

    そして、すごく完成されたおすすめレビューまで書いてもらえて、冷汗三斗の思いです。
    緩やかな交流でたまに何かしら書いてもらえる。しみじみ嬉しいし、心強いです。

    さて五話。
    まずはこの話を好意的に受け止めていただいてありがたいです。
    戯けた思いつき話、いつも書いていて面白いのかどうか不安なのです。

    本論はよくあるAI危機論みたいなやつです。

    生成AIは進化し続けます。
    やがて誰もスマホのAIアイコンを押して物語を得る時代になる。

    そんな時、物語を書いていた人はどうするのか。
    文豪級筆力の生成AIの個人向けカスタムストーリーを超えうるのか。
    それはきっとムリでしょう。

    生き残りの物書きは、潮溜まりみたいなSNSサイトに物語を出し合うこじんまりした趣味のサイトにでも投稿するのでしょうね。

    しかも、多分そのやりとりさえも生成AIが代行する。
    今のカクヨムのおすすめレビューですら、もう既に生成AIレビューが多そうですもんね。

    ともあれ。
    重ねて。この度は丁寧な応援コメントや素晴らしいおすすめレビューをありがとうございました。


  • 編集済

    内声。
    考え事をする時とか、黙読とかの時に聞く声。
    しょっちゅう聞いてます(;´∀`)

    なんなら音楽(過去に聴いた歌やBGM)が勝手に脳内再生されて自力じゃストップできなかったりもします^^;

    笑っちゃいけないところでふと思い浮かんだことがツボに入って、こらえるのが余計に大変……ありますね(;´∀`)
    僕もだいたい痛みで耐えます^^;

    >同じような作品を、タイトルだけ変えてずっと投稿することだって自由です。
    あー、作者は違いますけど、トップページの「注目の作品」欄を見るとそういうのをよく見ますねー(゚A゚)

    なんて思ったら、
    >同じ幽霊しか出ないホラー。
    そのレベルでずっと書いてるアカウントとか、違う意味で怖いですよ!(汗)

    ところで、第三話で頂いた返信にありました「〝現存する文献〟という体で創作した話」を読んでみたいんですがどちらにありますでしょうか?


    ありがとうございます!

    作者からの返信

    こんにちは、吾妻さん。
    この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございます。

    第七話。

    内声。
    不意の内声って、インスピレーションなり天啓なりとか言われたり、魔が差す等とも呼ばれる現象に含まれている感じです。

    また小説の中の〝心の声〟も大抵が意識的内声を指すと思うのです。
    でもあまり、エッセイ等でも言及されない。
    けっこう奇妙な機能というか現象な気もするのですけど。
    それで今回、少し書いてみた次第です。

    吾妻さんも内声の活用が頻繁らしく安心しました。内声を意識してない人も割といたりしますからね。
    そして沸き起こる笑いを殺す方法。
    やっぱ痛みですよね。滑稽なブレーキですけど。持てる手立ては少ないのです。

    件の話は〝木山怪談抜書〟の第二話と第九話です。
    短編集なので、その二つだけで用は足りると思います。

    以前吾妻さんから頂いた返信コメントに
    〝読者にダミー情報を与える必要がない、という作者視点でした(;´∀`)〟
    ……この文章を見た時、慄きました。

    私、読む方にお見せしているのは、ダミー情報ばかりなのです。ミステリーでもないのに。
    ほぼすべての小説にギミックがはいっています。嘘ばかり書いていてお恥ずかしい限りです。

    上記の二編は実在の随筆集に紛れ込ませた創作民話です。
    注釈込みで楽しむ体裁です。
    そのことは該当短編集では明示していないのです。できれば内密に。

    またまた余話となりました。

    重ねて。この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございました。

  • 今日もまた、たいへん勉強になるお話でした。

    〝流動性推理〟、なるほど。
    「自分はこういうのが好み」という「傾向」は、この流動性推理と密接に関わってそうですね。
    子供の頃の強烈な原体験が根底にあって、後々も無意識に原体験から得た興奮を求めてしまうのかなあと。
    僕の場合はキン肉マンや北斗の拳、ファミコン版ドラクエ1ですね。実際に、今でもあの頃の興奮を求めてしまってますし。

    齢をとるごとに新しいコンテンツに関心が湧かなくなっていくのは、ノスタルジーなのか老化なのか……(汗)

    〝不信の停止〟もなるほどなあでした。
    フィクション・創作・絵空事というのは理解したうえで、「この世界ではこういうもの」とむりやりではなく自然に納得して、その世界に入っていってますからね。

    >② 現実で手いっぱいなの。誰かの空想になんて、つきあっていられない
    これちょっと驚きでした。現実で手一杯だからこそ、誰かの空想でひとときの間は現実を忘れたいので。
    ……その分、空想から現実に戻ってきたときの気の重さがひどいですが(白目)

    作者からの返信

    こんにちは、吾妻さん。
    この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございます。

    第六話。

    過分なお言葉、ありがたくも恐縮です。
    素人がふとした折に思いついただけの世迷言なのです。
    話半分にてよろしくお願いします。

    さてさて。
    なんと吾妻さんは週刊少年ジャンプの黄金期を体験されたとか!
    ※黄金期の区分は諸説あります。

    それは他のコンテンツが色褪せて見えても仕方ないことです。
    だって650万部なんて嘘みたいな発行部数へ向かっていた頃です。
    実際はドラゴンボール、スラムダンク、の頃のがピークらしいですが。
    やはりキン消しブームは今でもその時代の現象として紹介されます。
    そして、北斗の拳は、画期的でした。
    この漫画から世紀末のならず者はみんな肩にプロテクターつけて〝ヒャッハー〟言ってます。
    マッドマックスが下敷きにあったとしても、より面白くなってます。

    ほんとうに良いですね。漫画雑紙の華やかなりし時代。
    綺羅星のようなラインナップ。
    娯楽漫画の勢いが毎週感じられた時代。

    あとドラクエ1。
    画期的だったらしいですね。
    爆発期は3かもですが。
    TVゲームでのRPGを日本で一般化しだした頃の作品ですよね。
    子ども心に焼付きますよ、それは。
    もうゼロから1になる勃興期のあの時代の興奮は得難いのではないかと思ったりもします。

    ……余話となりましたので、今回のこの件はこれにて。

    そして。
    現実に疲れたから絵空事を求めるのか、はたまた拒むのかの件。

    私も絵空事の娯楽がないと辛いタイプなので同感しかないです。
    でもそうでない方もいる。
    意外に多くいるのです。

    そういう方たちは類型としてスポーツや賭け事に興味がある事が多いですね。

    現実の人間が行うこと。ごく僅かな確率や幸運を手にする事がリアルで楽しいのだとか。

    しかしスポーツとは端的に非日常の行為だし、賭け事は幻想を抱くことに他ならないのですが、ストーリー型のエンタメ・コンテンツは受け入れないということです。
    人の多様性を感じた一幕でした。

    そんな次第でした。
    重ねて。この度もまた愉快な応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • 深く考えさせられるお話でした。

    生成AIがさらに発達し、読み手の感情を動かす文章が書けるようになったら。
    自分の読みたい話を秒で生成できるようになったら。

    小説投稿サイトは崩壊するでしょうし、なんなら出版物から「小説」というジャンルそのものが消えていくかもしれません。

    それでも自らの手で文章を書こうとするのは、僕を含む「己の頭の中にある諸々を自分自身で形にすることに意味がある」と考える書き手だけになってしまうんでしょうかね(´;ω;`)

    作者からの返信

    こんにちは吾妻さん。
    いつも、読むと頷くような応援コメントをありがとうございます。

    第五話。

    私の迂遠な文章から的確に要旨を読み解かれていて、安心するやら慄くやらです。
    書く方は読解も確かですね。

    私、生成AI自体は好きなのです。発展も見たいです。
    だけど、これはおそらく人が自身で全部の文章を書く物語文化の終わりですよ。たぶん。
    そして止めようはないでしょう。

    だから、滅びるのなら人だけで書く小説の側にいてやりたいと思うのです。
    なので私は生成AIの本文使用を反対する方に賛同しています。

    自身としては生成AIは面白いと思うし。
    未来はそちら側にあるとも思いますけど。 非生成AI小説が絶えるまでは、そちら側にいたいものです。

    絶えると言いましたが。
    現在でもハンドメイド文化は残っているので小説も手芸とか俳句・和歌と同じジャンルで非営利的に生き残ることになるのかもしれませんね。

    そんな次第です。
    この度も、読むと頷くような応援コメントをありがとうございました。

  • せっかく書いてくださった文章レビューですので、直接お礼が言えたらいいんですけどもね。
    趣旨が「レビュアー本人のフォロワーや新着レビュー欄を見た人へのおすすめ」である以上、仕方ないのかもしれませんが……。
    カクヨム的には、作者自身のお礼は近況ノートやお互いの作品のコメント欄で言え、ということなのでしょう。

    >レビューを欲するのに他人にレビューを書かない人
    >レビューを書くのが苦手な人
    はい、完全に僕です(白目)
    この作品の魅力を伝えねば! とは思うんですが、本文を考えてるとかえって頭がこんがらかる始末で……orz

    >十話ほど書いて予想した数までポイントが取れない場合は、その不出来な道具は放置または削除するのです。
    いますよね、そういう作者。心の底から不愉快です。自作に対する愛着はないのかと。
    ……ないんでしょうね(´Д`)
    (カク友さんで、「話を思いついたら書く→結果的に未完結作が増えていく」という方がおられますが、そういう方は少数派なのでしょう)
    なろうの方が読者が多いんだから向こうでやれよと思うんですが、コメントは欲しいのかしら。

    読むのが速い人が☆爆マン認定されて垢BANされるのは本当に気の毒です。

    僕はPVだのなんだのには最初から興味がなく(最近ではとうとう☆の数すらどうでもよくなった)、「人通りのない裏路地でひっそりと常連さんだけを相手にして商売している」ようなものですが、それがかえって天国のカクヨムにつながっているのかもしれませんね(´∀`)

    作者からの返信

    こんにちは、吾妻さん。
    この度もまた面白い応援コメントをありがとうございます。

    第四話。

    モノを書くのは創作意欲か承認欲求か。
    他者は意見を交える存在か自分を讃えさせるだけの存在か。

    ことはそう簡単ではないでしようが。
    この他者を利用材料とする考え方がむしろ面白く思えて書いた回です。

    私は、そりゃあもう何かしらのポイントが好きでPVがお金になるなら、越したことはないと思っているのです。
    だか、いかんせん、そんなに多くの人に好んで読んでもらえる話を書くこと私にはできない。
    なので僻んでいるのでございます。たぶん。

    創作意欲の他には何ものにもとらわれない。
    そんな書き手になりたいものです。
    お金は欲しいけど。

    そんな次第でした。
    重ねて。この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • コメント失礼いたします。

    確かに物語の原型は古くから確立されており、我々が書いているのはその類型なのでしょうね。執筆の仕方が定着してしまえば、作風を変えることは限りなく不可能に近い。
    もはや新しい物語の形などは生まれないのでしょうが、書きたいから書く、という我ながら単純な動機で書いております。

    作者からの返信

    こんにちは、ニノ前さん。
    この度も真摯な応援コメントをありがとうございます。
    またとても好意的な評価とおすすめレビューも感謝です。ただただ嬉しいものです。

    さてこの回。
    様々な資料によると物語の類型パターンはおおよそ50種類以下でしょうか。
    個人が使うパターンはおおむね、その1割程度。
    ジャンルも4種類以下であることが多いように思われます。

    書き手の手札は乏しい。
    その有限な枠で書く自覚は、書き手自身にはあまりない様に思われてこの回を書いたものです。

    また、現実として個人の持つ物語の内容情報の数量も相当に少ない。
    やがては、内容が尽きるか、出す意欲が尽きる。
    すべては限りのあること。
    そんなあたりまえで、嫌なことを言っています。恐縮です。

    ニノ前さんの言われる通り〝書きたいから書く〟というのが正しいです。
    終わりを知ったところでやることは変わらない。日々の暮らしと同様です。

    ただ生成AIでの投稿はこの限界を超えます。
    サイボーグ化して電脳化して無限に生きる人みたいです。
    この観点からも、その投稿者のスタンスがわかりますね。

    私は生成AIの発展の様子とか好物なのですが生成AIの本文使用に踏み切れない手合いです。日々悩み中です。

    重ねて。この度もまた真摯な応援コメントをありがとうございます。
    またとても好意的な評価とおすすめレビューも感謝でした。

  • 源氏物語、「雲隠」の巻が名前しか残っていないという話は聞いたことがありましたが、他にも散逸した巻がいくつもあったんですね。
    勉強になります^^

    どうでもいいんですが、竹原春泉が竹本泉先生に見えました(どんな間違いだ)

    作者からの返信

    おはようございます、吾妻さん。
    この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございます。

    第三話。

    ふと並べた事柄が吾妻さんのお役に立てれば幸いです。
    散逸文書はけっこう近現代にもあって、タイトルだけ借りて何か書くのも面白いかもです。

    実は私。自作の短編で〝現存する文献〟という体で創作した話を書いています。
    実際ある説話に混ぜて置いています、
    こんな話あったか?と怪しまれているくらいで指摘はされていません。
    古い書物には、異本とかありますから。
    偽説話は、やって行けるジャンルかも(倫理的にどうかという問題はあります……)

    そして〝竹本泉〟記憶に残っていたのですが
    詳細が不確かなので検索しました。
    〝あのペンネームと絵柄と性別が合ってない人〟でした。
    思い出す良い機会となりました。感謝です。

    しかし、竹本泉の描く〝小豆洗い〟
    おそらくファンシーになる感じですね。
    人は取って食えない感じのヤツでしょうね。

    そんな次第でした。
    重ねて。この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • AIが発展した先の創作世界についての考察が、とても興味深かったです。

    人間の価値観や「面白い」と感じる基準は、私たちが思う以上に多様なのだと思います。技術が技能の壁を取り払えば、これまでの小説や映像といった創作フォーマットでは評価されにくかった発想や、表現力が足りないために作者自身の感じている面白さを他者と共有できなかったものまで、受け取れる形で世に出てくるのかもしれません。

    そのとき生まれるものは、現在の意味での「作品」とは限らないのでしょう。個人に最適化された文章や動画、その一場面、あるいは感情を動かす断片がAIによって生成され、さらにそれを必要とする相手とのマッチングまでAIが担う。そうして、これまでなら接点を持てなかった「魂の近い者同士」がつながっていく可能性もありそうです。

    ただ、そこまで変化したものを、今の創作観や価値基準で評価できるのかとも思います。未来の創作は、現在の創作の延長ではなく、私たちがまだ名前を持たない別のものになっているのかもしれません。私はそんな未来を、少し楽観的に想像しました。

    作者からの返信

    こんにちは、根古野 惹句さん。
    この度は丁寧な応援コメントをありがとうございます。

    第五話。

    ほんとうに素晴らしい読解力です。
    私のヘンテコ文からこんなに端的に要旨を拾ってくださり、感謝しかないです。

    小説を読む方が高度な生成AIへ物語を書かせる事が普通になれば、もはや小説家はいらなくなる。

    この回は、そういう話です。
    オンデマンドで、その人が最高に喜んで読む小説をカスタムメイドで出してくれる。

    おそらく、物語の主な提供形式は小説ではなく短い動画となるでしょうけど。

    根古野さんのご指摘にあった。
    〝人間の価値観や「面白い」と感じる基準は、私たちが思う以上に多様なのだと思います〟

    このご意見にはまったく同感です。
    だから個別の嗜好に絞り込んだカリカリにチューンナップした個人毎にオリジナルなストーリーを生成AIが作ったら、人は多分もうそれで充足します。
    余暇時間は、それに費やします。
    性的コンテンツなど覿面にそうなるでしょう。

    そんな未来に、もし投稿小説サイトが残っていたなら。
    そんな空想与太話が五話でした。

    根古野さんの言われていた。
    〝感情を動かす断片がAIによって生成され、さらにそれを必要とする相手とのマッチングまでAIが担う。そうして、これまでなら接点を持てなかった「魂の近い者同士」がつながっていく可能性もありそうです〟

    この御考察は深く美しいです。
    こうなれば良いと私も思います。
    でも私はこうはならないのではないかと危惧しています。お言葉を返すようで恐縮です。

    その理由は、多くの人間が人間関係を維持する為にコストを払うという概念に乏しい為です。

    それは時間や手間を浅い付き合いの他人のために使うことを厭う性質に表れていると思います。

    人と交流するのは、コスパやタイパが悪いとまでは考えないでしょうが(そうであって欲しいです)
    人は悲しいほど面倒なことを避けます。
    ネットで優位に立つのは手間を省くモノやコトです。
    〝感情を動かす断片〟があるならそのデータだけで良くないか。人はいらないな。
    なんて傾向がありそうに思えるのです。

    結果として生成AIが娯楽を作るとしたら。
    個々の娯楽が繋がる人と人との構造ではなく、個別な無数の娯楽が併存する人と娯楽との構造なのではないかと愚考する次第なのです。
    あくまで私見です。

    さらに続けると。
    〝未来の創作は、現在の創作の延長ではなく、私たちがまだ名前を持たない別のものになっているのかもしれません〟

    これは全く同感です。
    現状では鳴り物入りの仮想現実さえ汎用化が、ままなりません。
    しかし、人は新しいものが好きです。
    まして生成AIという強力な推進機構を手にした今なら、娯楽の発展は必然的かと思います。
    カスタムメイドのエンタメがあたり前になった世界。
    どう変わるのか、見てみたいものです。

    そんな次第でした。
    長々と駄文を失礼しました。
    重ねて。この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    よし行くぞう「俺らパライソさ行ぐだ」(嘘)


    文章が上手くなって世間様に認められる方法。人生を躍進させる方法。
    カクヨムであれば、「☆やフォロワーをより多く得るための方法」でしょうか。

    今どういったものが人気なのか、傾向と対策、研究を重ね、アップデートを怠らない。
    文章は「上手くなる」より「WEB向けにチューンナップする」。
    その「大勢に読まれるための努力」はたいしたものだと思います。
    でも同時に、まるでビジネスマンだなとも感じます。

    僕はそういう努力は御免なので、「人気のジャンルとかWEB向けの文章とか知らん。俺はこういうのが好きなんだ」を形にしてネットの海に流し、そしてその「好き」を共有してくれる人がいてくれればありがたい、という程度です(笑)

    作者からの返信

    こんにちは、吾妻さん。
    この度もまた丁寧な応援コメントをありがとうございます。

    第二話。

    思えば、この時の私はまだ〝甘ちゃん〟だったのです。
    投稿者は小説を書くのが上手くなりたいものだとか単純に思ってました。素朴なねんねでした。

    後に、現状はそんな手合いばかりじゃないとわかりました。

    〝評価される事が好き〟
    この要素が第一らしいです。
    だから本文は、丸々っと生成AIが書いていても別に良いらしいのです。
    自分の名前がランキングに入れば良いらしいです。
    自身の小説を書く技量はどうでも良いらしいのです。

    現状、創作論に齧りつき、自身の指でキーを打って文字を並べる方も、もはや淘汰される側なのです。

    生成AIは創作論は読みませんよね。
    データとして学習はするかもですけど。
    結果、ぱらいそさ行くのは生成AIですね。

    なんというか。世の流れは早いものです。
    ちなみに、この生成AI勢への言及は第五話で書いています。

    そんな次第でした。
    重ねて。この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • コメント失礼します。

    受け手が作品に個人的な〝愛着〟を持つ。とてもよくわかります。
    小説、映画、ドラマ、マンガ、アニメ、音楽、ゲーム……。
    有名であろうがなかろうが、気に入った作品は何度も繰り返し読み(観・聞き・遊び)ますし、そのたびに思い入れが増していくんですよね。
    しばらく読ま(観・聞か・遊ば)なくなっても、飽きたわけではなくて、心の引き出しにしっかり残っている。

    WEB小説にしても、メインの読者層から人気を得られるタイプの作品でなくとも、刺さってファンになってくださる読者さんはいますし。
    って一般論と見せかけて自分のことですが^^;
    「記録には残らなくていいから、読者の記憶に残る作品とキャラクターを書きたい」と願う身にとっては、本当にありがたいことです(しみじみ)

    作者からの返信

    おはようございます、吾妻藤四郎さん。
    この度は真摯な応援コメントをありがとうございます。

    第一話。

    基本的に、このエッセイは弱音と世迷言で出来ているのです。
    この回は〝最後は気持ちじゃないですか〟的な、ある意味で益体もない精神論なのです。
    大して読まれない書き手の負け惜しみ、なのかもです。
    ……二話はもっと負け惜しみですが。

    ともあれ。この一話の要旨しては。
    物語は収益装置ではない。
    書く者は、読まれた数ではなく読み手の中にどれくらい残ったかを心するべき。

    ……そんな、偉そうなことを書いておりました……恐縮です。
    この一話と二話は書いたあとも常に恥ずかしいです。
    しかし削除するのも勿体ないので置いています。
    堪えきれず、三話から少し路線を変えています。

    吾妻さんの書かれた〝記録には残らなくていいから、読者の記憶に残る作品とキャラクターを書きたい〟の文はまったく同感です。

    例えば、自作の物語を読み終わった方が、ふとした折に〝あの、作品のキャラクターたちどうしているかな〟
    なんてね、思ってもらえたら泣くと思います。

    余話となりました。
    重ねて。この度は真摯な応援コメントをありがとうございました。

  • あ……ああ……。アネンドファジア。なんか、かっこいい響き!
    こんな、こんな言葉を知ってしまったばかりに、いま、ワイの……右腕が疼(以下略

    漫画や小説を読んでいるとき、映画やアニメを観ているとき、べつにつまらないわけではないのに、観ている内容から連想された考え事をはじめて、それがどんどん脱線していって、結果、妙に集中力が削がれて思考がどっかに飛んでしまい、気がついたら動画の再生おわってる、みたいな。ああいった現象も、内声が起こしているのかなと、ふと思いました。

    そんなことを考えつつ、なにげなくリンクを開いた先にあった内声ギャルちゃんに癒されて、現在、とても二へ二へとした表情を浮かべております。

    作者からの返信

    こんにちは、あああああさん。
    この度は愉快な応援コメントをありがとうございます。

    アネンドファジア。
    確かにカッコいいかもです。

    〝心の声か……聞いてみたかったな。オレがアネンドファジアじゃなかったらな〟

    とか言いたかもです。
    言わないですが。アネンドファジアじゃないし。

    それと、鑑賞中の連想による集中阻害。
    犯人は〝内声〟ですね。
    大体の不都合は内声の仕業。
    そういうことにしておくと楽です。

    実際の処は、意識しない時の内声は無意識の産物なので無関係とも言い難いのですが。

    原因はおそらく、あああああさんの連想力が並外れて優れているからではないかとも思います。
    連想の逸材です。羨ましいです。

    そして、ギャル口調内声の想像図。
    あああああさんに好意的に受け止めてもらって感謝です。
    せめて内声の外見は、憎めないものであってほしいという願望でした。
    〝内声の外見てなんだ?〟という話ではありますが。

    ともかくこれで、ボールペンで書いて、ハサミで切って糊で貼ったかいがあるというものですね。良かった良かった。

    重ねて。この度は愉快な応援コメントをありがとうございました。

  • 奥深い🥹

    作者からの返信

    こんにちは、なのめさん。
    こちらにも寄っていただいたうえに応援コメントまでありがとうございます。

    感想をいただけるのは楽しいです。
    まして好意的なものは、とても嬉しいものですね。

    重ねて。この話への応援コメントをありがとうございました。

  • こんばんは木山さん
    こちら近況ノートのあのコですねww

    あのかわいいポーズでしっかりムリくない? してくれました
    わたしの脳内でもw

    で、気になるのが
    同じ内容(タイトルだけ違う)です……
    確かにそれは怖いですよ……

    作者からの返信

    こんにちは、岩名さん。
    いつも、朗らかな応援コメントをありがとうございます。

    近況ノートに掲示していたあのSDのギャルっぽいキャラクターを覚えていて、閲覧中に思い出してくださったとのこと。
    無類に嬉しいです。泣きそうです。

    ちまちまちまちま線を引いてペタペタペタと糊で文字や手裏剣を貼り付けた甲斐がありました。
    作中の一箇所のおフザケの為だけにバカみたいにかけた労力が報われました。

    しかし、あの内声のおかげで死にそうでした。
    内声は、ほんとうに迷惑です。
    再三、私を危機におとしいれています。

    そして。
    一人の作者の書く作品で。タイトルが違う。
    なのに内容は、ほぼ同じ作品。

    〝自給自足〟とか〝使い回し〟や〝セルフコピペ〟とか言われてたりします。
    よく〝揶揄〟で使われる事柄ですね。

    職業作家だと〝才能が枯渇してんのか?〟
    なんて、言われてます。怖いです。

    カクヨムには割と多くて。
    偏見だと思うのですが。ラブコメに多いかもです。偏見ですけど。

    作中で何度も同じシチュエーションが繰り返され、ヒロインごとに同じ対応が順番に続いたりして、読み間違えたのかと思ったこともあります。

    いっそこの作品は生成AIが書いていてくれと願ったりします。

    生身の人間にできることではないと思いつつ探すと。
    どうも、そういう要素のある作品こそ、AIの使用がないのです。

    怖 い で す 。

    多分、作者の方にとって気持ちが良いのでしょうね。
    そのシチュエーションが。
    しかたないことです。
    気の済むまで何度も書いてください。

    ※特定の作品への悪口ではありません。
    〝そんな作品を見たような気がした〟という曖昧な記憶です。

    重ねて。今回もまた朗らかな応援コメントをありがとうございました。

  •  ギャル語は笑いました。
    自分は笑ってはいけないところで可笑しい時は、やはりハンカチを鼻に当てて耐える様にしています。
    鼻水に対処しつつ、悲しみを堪えている様に見えるので。

     内声は何語ですか?を属に言うバイリンガルに訊いた話を聞いた事があります。
    その人は日本に居ると日本語、海外では英語だそうですが、同じ事を考えても日本語と英語では違う場合があるそうです。
    言語には癖があるのかも知れません。
    (英語で学んだAIがグローバルスタンダードになると、皆が英語的思考法になるとの話もありましたね)

     上手い作家さんは繰り返しの切り口が上手いのだと思います。お気に入りの作家さんが出来るのは、その根本の語りが好みだからで、行き詰まって全くの新機軸を出されても、今回は〇〇さんらしくない。となります。
    まぁ切り口に飽きても、読まなくなるのでプロ作家さんは大変ですね〜。

    作者からの返信

    こんにちは、弓納持さん。
    このエッセイへ、丁寧な応援コメントをくださりありがとうございます。
    たまに来て貰えるのを楽しみにしております。

    さて。
    この話のギャル内声を、好意的に受け取ってもらえて助かります。
    モラルのない話なので、好意的な反応だけが寄す処なのです。

    そして。笑えない時の対処方法は、参考になります。考えてなかったのです。
    ハンカチとかタオルがあれば、まだ楽でしたね。
    常備したいものです。

    多言語話者の内声。
    これは創作の原型を調べている時、少し資料にありました。

    たくさん言語を話せる方には、言語によりそれぞれ考えやすい分野があるとか。
    いる場所でも変わるのですね。
    あと、内声も思考とかと同じ言語選択のパターンなのですね。
    興味深いです。

    内声とかの話は、結局のところ個人だけの事で、追体験できないのです。
    なので、ほんとうの事かは、明確にはわからないのですけど納得できる事柄です。

    同様に聴覚の不自由な方の内声の場合も、生来から聴覚の無い方に音はないらしいです。

    そもそも、なぜ内声なのか。
    内視、内見(いずれも別の意味の言葉としてありますね)の形では現れないのは何故か。

    なんて話は長くなるので止めておくくらいの分別はまだあったりします。

    そして、好みの語り口の作家は、ありますね。私にも思い当たります。
    あと特定の題材やジャンルを書いている時だけ好きな作者とか。
    この偏りが興味深いです。

    そして、ある時その作者を嫌いになる事。
    これも、あります。
    私の場合で恐縮ですが。
    対象への解像度が粗すぎたり、解釈が定番すぎたりすると、冷める場合が多いかもです。

    例えば、秋葉原の街をまだ純然なオタク街として書いたり、オタク像が四半世紀前で止まっていて、急に冷めた事がありました。

    また時代物で命のやりとりしてる時に意味なく剣士が草履を履いていた時も目が滑りました。
    ファンタジーで雨が降るのに側溝がない街とかあると、もう斜め読みになります。

    私の性格が狭量すぎて、終わっているだけではあるのですが。
    今なら最低でもAIに聞けるのに、何故なのかと……

    余話となりました。

    重ねて。今回は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • お父上と内声の掛け合いに、コーヒー吹き出しました。
    自分自身に置き換えてみると、いろんな場面で内声と語り合っている気がします。
    特に会社で偉いさんから興味ない話を聞かされている時、頭の中で一人漫才してますねwww
    そして作品は長く書いていると陳腐化する。まさにそうですね。
    私も皆様に愛想つかされるまで、好きなように頑張ってみます。

    作者からの返信

    こんにちは、奇六人さん。
    いつも、愉快な応援コメントをありがとうございます。

    父と私の内声の掛け合いを好意的に受け取って何よりです。
    倫理的にはアウトですから、好意的反応だけが救いです。

    もはや、戯けた話を書いているのか、珍奇な私見を書いているのか判然としないままに、文字数だけが増えるという、悪癖に陥っています。

    長く書いていると、こんなことのなるわけですね。ブーメラン、痛いです。

    内声の話。
    あまりする方がいないので少し書きました。
    霊感とか共感覚と同様に観察も検証も現時点ではできない現象。

    なので様々に自己のキャラクターづけに使う例があったりします。
    内声とともに光が見えるとか、様々な音が響くとか書いていたりします。
    誰もが自分だけの特別な何かが欲しいらしいですね。

    そういうのは置いといても、深掘りすると色々出てくる話題なのです。

    そして、上司のお話中の内声。
    同感すぎます。
    不肖なので、私も同じ状況には内声にガンガン出てもらって内声の方の話を聞いています。
    業務時間で上司、という理由だけで神妙に聞く話。ほとんどムダ話なのです。
    業務命令だけ欲しいです。

    陳腐化と愛想の残機問題。
    潮時を知るとか、惰性でやるとか。
    なんであれ、自覚的でいたいものですね。

    重ねて。今回もまた愉快な応援コメントをありがとうございました。

  • これは…ッ!ツッコミ処と納得処が渾然一体と
    なって襲い掛かる!!そして、イイ話を読んだな
    …という感慨が残ります。そして!岩田さんの
    快癒を願う…。そしてそして!食わず嫌いな
    ジャンルとかには多分、ガッカリな既視感が
    あるんでしょうね。かと言って未知への純粋なる
    好奇心だけでは屹度、落とし所に共感が出来ずに
    ガッカリする。ヒトというのはそんなモノかも
    知れません…て、書店側が聞いたらガッカリの
    感想w

    作者からの返信

    おはようございます、小野塚さん。
    いつも、投稿早々に楽しい応援コメントをありがとうございます。

    今回もめんどくさい自分勝手な〝概念〟の話。
    しかも題材は〝内声〟
    ちょっとした〝インサイドヘッド〟です。
    おつきあい、感謝です。

    内容的にいうと。
    岩田さんは、その後快癒し、数年後に病でこの世を去っております。

    その臨終の場にも私の父母は立ち会い、私的に見て一騒動起こしてしいるのですが。
    流石にこれは倫理的に書けないのではないかと思います。親戚の間では笑える話なのですけど、流石にです。

    しかし、前半のひと笑い取りたいばかりの戯けたエピソードのせいでドンドン話が長くなる。
    完全に本編で書いている〝面白い話をしますよ〟と言ってつまらない話をする話者だと自覚はあります。ブーメラン、痛いです。

    で も や る ん で す。

    もう呪いです。呪い。そういうヤツだと諦めていただきたいものです。

    重ねて。今回もまた投稿早々に嬉しいばかりの応援コメントをありがとうございました。

  • お母様が可愛いw
    冒頭にツボって笑いが止まらなくなってしまいましたwww

    作者からの返信

    おはようございます、花風さん。
    この度もまた丁寧な応援コメント、ありがとうございます。

    なんと言いますか。
    下世話な挿話で失礼いたしました。

    母親には、交通規則などが年々増えて行くことが念頭にあって、昔はすべての規制は緩かったはずだと考えていたようです。

    今回取り上げた挿話の題材がやや猥雑でもあるので、花風さんから好意的な反応をいただいて安心いたしました。

    重ねて。この度もまた丁寧な応援コメントをありがとうございました。


  • こんばんは
    なんでしょうね、楽しくなって何度もコメントしちゃいます

    ワサビの効いた木山さんのお話が好きなんですよね、きっと。
    電車の下の落書き、わかりますあれ……誤字というか意味不明だったり、どうした? なんて気持ちになったり……
    冒頭から笑わせてもらいました
    なんでしょう、明日は元気に会社にいけそうです(どういうこと?

    作者からの返信

    おはようございます、岩名さん。
    この度もまた嬉しい応援コメントや、高いとても心が浮き立つおすすめレビューまでしていただき、ありがとうございます。

    ここにあるのは、はたしてエッセイなのか泣き言なのか。
    自分でも判然とはしないのですが、読んでくださる方がいるので、悪いと思いつつたまに書いています。

    個々の豆知は、ともあれ。
    微かでも笑えるのなら本望でございます。
    思いついたものは勿体ないから書くという貧乏性のため、掻かなくて良い恥を掻く書き物暮らし。
    この苦界のなかの有るや無しやの意義は笑いかと思っております。

    いつか誰かの呼吸を止めるくらいの笑いを書きたい。
    そう日々願っております。
    もちろん止めるのは死なない程度でです。

    そんな次第で。
    このエッセイはまだ終わらないので、またなにかの折に覗いていただけたら幸いです。

    重ねて。この度もまた応援コメントだけでなくおすすめレビューまで付けていただき、本当にありがとうございました。

  • こんばんは、木山さん
    >>他人様にポイントを与えるのが嫌だと思う方がいるらしいのです
    レビューしたらお互いハッピーなんて思っていたけれど、いわれてみれば…!
    ランキングを狙うのであれば、確かに優劣はそこで決する?
    まあどのみちランキング上位いかないし、あまりそういった方とは絡むこともないかなとチラッと思ったので、このままゆるゆると過ごさせていただきます…w

    作者からの返信

    こんばんは、岩名さん。
    この度もまた朗らかな応援コメントをありがとうございます。

    私なんて、コメントを交換するためにカクヨムにいると言っても過言ではないので楽しいです。

    さて第四話
    良かったです。
    今回は、岩名さんのおっしゃりたいことがわかります。
    そうそう、妖怪図鑑は見つかりましたか?

    レビューの件は、そうですね。
    世の中は、世知辛いのですよね。
    欲と欲とが張り合う巷なのです。

    でもその方が楽しいのです。
    悟り澄まして、評価なんて関係ないと言いつつ高尚な文芸論なんて書いている方よりも。
    日々、バカみたいな数のレビュー書いて見返りの評価を楽しみに待っている方のほうが素直で面白いです。

    私も図書カードでも当たらないものかと、欲に引かれてレビュー書いてますし。

    物事って。欲にまみれてからが本番じゃないですか?
    ……いや、多分違いますけど。

    重ねて。この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • こんばんは、木山さん
    お邪魔しております

    いやあ、ナイスなタイミングでして。

    実はちょっと公募に応募しようとしている作品が、まさに妖怪の類を使おうと思っていて。でも、家にあったはずの妖怪図鑑がなぜかいつのまにやら紛失してしまってね。
    なんてことをかけば、落語的には、自分のことを知られたくない妖怪が隠したんだ、なんてオチをつけられそうでしょうが、いいたいことはそうではなく……

    怪異図鑑、なら手元にあるんですよ。

    妖怪と怪異、似ているような違うようなと考えておりました。
    以前読んだ妖怪図鑑には、小豆のくだりもありました、おっしゃるとおり、姿はないと……ああ、妖怪と怪異……頭を悩ませます……

    さて、こちらのエッセイ、タメになりますね
    何気に知らない事があって、嬉しく楽しく読ませていただきました✨

    作者からの返信

    こんばんは、岩名さん。
    この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございます。

    言葉をかけてくださる事が日々の制作の励みになります。
    ……等と私が書くと、嘘くさいですけど。
    そうなのですから、仕方ありません。


    さて第三話

    えーとすいません。
    この応援コメントってなんの話……ですか?
    岩名さんが妖怪図鑑を紛失された話でしょうか。
    えーと。なぜに?
    なぜにその話を私に。この場で?
    狐につままれたようなのです。
    助けてください。

    ……それはそうと。
    本作を好意的に受け取ってくださり、ありがとうございます。

    ともあれ。
    いま取りかかられている公募用の制作、頑張ってください。
    良い結果となられることを祈念しております。

    重ねて。この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございました。

  • 山風味を感じるタイトルですなあ

    作者からの返信

    こんばんは、佐倉さん。この度は応援コメントありがとうございます。

    そんな感じなのですね。
    学びになります。
    それではまた。

    編集済
  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    こんばんは、引き続きお邪魔しております 

    おっしゃること、めちゃわかりますw
    私もライト創作勢なんで

    文章は楽しく書きたいです

    あと、絵にも通ずるものがありますね
    私は綺麗に引かれたAIの線ではなく、人の努力の末に書かれた線をみて、萌えるのですよ
    長く絵を、そして楽しく描かれた人ほど、その線がキレイでしてね…

    作者からの返信

    おはようございます、岩名さん。

    この度もまた、膝を打つような応援コメントありがとうございました。

    岩名さんも、おおよそこの回のエッセイに同感とのこと、嬉しくなりました。

    物を作るというのは、色々理屈をつけていても。突き詰めたら、本人が楽しいかそうでないか。
    それしかないのかもしれませんね。

    また岩名さんの書かれていた画の線の話。
    これにもまた、納得いたしました。 

    そういえば、岩名さんには私が近況ノートに描いている線画をよくご覧になってもらっています。
    線までご覧になっていたわけですね。
    恐縮です。

    線の話が出たので。
    少し拙作のイラストの線の話をさせてもらいますと。
    初めの方のあの画の線。ガタガタしてます。

    あれは、ポールペンの線が別の筆記用具の描線に見えるように意図して書いている為です。
    技法としては〝トロンプ・ルイユ〟を意識しました。

    では何の線に擬えたのかというと。
    60年代から80年代の劇画や少年漫画の暴力シーン等の迫力を出す時に用いられた描法の線です。

    劣化させたインクを劣化させたつけペンで引いて、あえてガタガタの描線にするものです。
    それをポールペンで再現しようとしたものが、あの線です。どうでも良い事ですけど。

    じゃあなんでそんな事をしたのかというと。
    面白そうだったからです。
    上記の含意のある線だと、普通の描線画に見えない見た目になりそう。
    そんなふうに思ったからです。
    ただの遊び心です。

    どうでも良いけど、意図してやると(自分が)面白いかもしれないこと。
    それが、趣味の創作というものだと思っています。

    岩名さんに線の話を伺い、なるほどそういうものか。
    自分もキレイではないけれど、似たような戯心で線を描いたと思い、此の度お話した次第です。

    余話となりました。
    重ねて、この度もまた膝を打つような応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • こんばんは
    一番最初は斬新さに驚きますが、日々同じコピー品に溢れ、もう要らないとなりますよね…(タピオカ店とか、そうでしたね…

    古い作品も好きです…が、最近の作品は展開の早さが求められますね…

    作者からの返信

    おはようございます、岩名さん。
    この度もまた、面白い応援コメントありがとうございます。

    ご存知かもしれませんが、多くの人が〝ネオフィリア〟だと言われています。
    それは単に〝好奇心〟と言い換えても良いかもしれない人の性質ですよね。

    この心理が事物のバリエーションを増やし、退屈というヤバいものから人を遠ざけてくれるのでしょうね。

    なんであれ、新しいものは良い。
    でも、その良い時は長く続かない。
    一瞬の輝きなのでしょう。
    タピオカしかり、生食パンしかり、ハンドスピナーしかりです。

    ただ、ずっとタピオカ好きな人もいますし、生食パン食べ続けている人はいます。
    ハンドスピナーは捨てられたままだと思いますけど。

    あと。物語の展開。
    僭越ながら〝そうですね〟とため息をつきました。
    ほんとうは、万事もう少しゆっくり書きたいけど、皆さん急いでいますからね。

    読んでいただくためには、拙作なども、なるべく手短に端的に書く。
    そのように努めています。

    しみじみ、めんどうな文章は嫌われますよね。身につまされます。

    もしも〝南総里見八犬伝〟の原本とか現在のネット投稿にあったならPVあんまりつかないですよ、きっと。
    馬琴、泣きますね。

    ともあれ。
    重ねてこの度も、面白い応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • 内容を拝読しました。
    物語が個人の記憶と結びつき、特別なものになるという視点が印象に残りました。

    世間や作者との関係ではなく、あくまで「心の中に残る物語」に焦点を絞られているため、温かい結論になっているのだと感じました。

    もし僕が同じ題材で書いていたら、愛着を持った作品を守ろうとする
    防衛感情の方に寄って、もっと苦い話になっていたと思います。

    だからこそ、この作品の静かな着地が印象に残りました。

    作者からの返信

    こんにちは、cross-keiさん。
    この度は丁寧な応援コメントや☆での評価までいただき、ありがとうございます。

    なのに、返信が遅れてしまい、失礼いたしました。

    それで第一話。
    だいたい、世の中のすべてのモノが古びて価値がなくなるのですよね。

    物語もコンテツとして扱われているものだと例外ではないのです。

    モノとしての消費期限があるのは仕方ないことです。
    不朽の名作なんて滅多にないのです。

    それでも人の思い出の中に入ったら、ずっと思い入れと良い印象は消えないものですよね。
    こんな感じの問わず語りをcross-keiさんに好意的に受け取ってもらえて嬉しい限りです。

    応援コメントで、cross-keiさんの言われていた。

    「心の中に残る物語」に焦点を絞られているため、温かい結論になっているのだと感じました。

    このコメントがすでに優しいのです。

    なんか、私はわかりにくい事を言い勝ちなのは自覚しているので、読んでもらえるだけでも感謝です。
    ましてコメントやレビューをもらえたりするのは望外の喜びです。

    重ねて、この度は丁寧な応援コメントや☆での評価までいただき、ありがとうございました。

    編集済
  • 久々の忍法帖楽しかったです。
    お母様の驚き、楽しいですね。
    〝プ▓キュア〟は結構ホラーですよ。
    姪の娘が父の家で〝プ▓キュア〟の映画を見ていた時に思ったのですが、敵の数人に対して、歴代〝プ▓キュア〟100人以上出て来て、ボコボコにしていました。
    バイキンマン対正義マン多数の構図。
    こえーと思ったのを憶えています(しょうもない感想ですみません)。

    作者からの返信

    こんにちは、六散人さん。
    この度もまた楽しい応援コメント、ありがとうございます。

    プリキュ▓をホラーとして観る方を、ここに発見してしまいました。

    しかし、これは返信なので、ここから話かけないということはできません。しかたないです。

    ホラー区分話に乗っかりますと。

    歴代のプリキュ▓で、もっとも直接打撃力に優れているとされるピュアブラックは変身前で既にゴリラを凌駕する膂力を持つとか。

    変身後の打撃の破砕力はファンダムらの概算で戦術核に準じるとか。
    それはね。怖いですね。

    プリキュ▓って作画の事情なのか、たまにキャラクターが何もない空中とか見つめていたり、目の焦点が合っていなかったりもするので。
    それはね。怖いですね。

    というか。
    最近のホラーでは、女児向けのアイテムやキャラクターって、割と多くの場合、恐怖表現に使われますよね。

    ともあれ。毎回こんな何言っているのかわからないエッセイを観てもらえているだけで感謝しかないです。

    この度はまた楽しい応援コメント、ありがとうございました。

  • 作り事がいらない人は、この世に心がぴったり嵌まっていて充足しているんでしょうか、羨ましい、なにをどうしたらそうなれるのか教えてほしい。

    それとも色んな可能性に目移りしない謙虚さを持っているのでしょうか。

    弱肉強食の考え方もあるかもしれませんね。
    真実って、別になんら根拠はないですが嘘より強そうで正しそうで、そっち側についた方が有利みたいなイメージあるかもしれません。
    遊びをいれずに勝てそうな方に全賭けするタイプなのかも。

    児童心理学の本を読んだとき、叱られる子どもほど嘘を覚えるのが早い、というのがあって、なんとなく嘘と作り事は防衛のために機能しているイメージが強いです。

    勿論、新しい未知の考え方や知見を開くために、一旦仮定として存在する能動的な作り事もあると思いますが。

    作者からの返信

    こんばんは。日八日夜八夜さん。
    この度もまた考えさせてもらえる応援コメントをありがとうございます。

    日八日夜八夜さんの応援コメントのはじめの方の〝心がこの世にピッタリはまっている人〟の表現が印象的です。
    私などでは逆さに振っても出ない語句です。

    後半の〝嘘や空想は弱い者が身を守るためのもの〟
    という意味のお話も素晴らしいです。

    嘘を保身の為に使ったり、空想を心の逃げ場としている方も多いことでしょうね。

    人と人とが見聞きしていることは、たいてい空想に近い事柄。

    そんな主旨の本作の前振りの〝作り話を疎む傾向の人〟


    その方たちは悪い人でもないし、想像力が劣っているわけでもない。なんなら普通より頭は良い。

    でも物語は受け付けない。
    子ども頃は、その類の方たちや、その状態が不思議だったのです。

    しかも、受け付けないはずなのなのに、会社や仲間内の〝付き合い〟や社会の〝流行〟なら物語を視聴したりもする。

    おそらくですが。
    物語を好むか好まないかは、想像の境界の引き方の違いにあるのだと考えています。

    物語不要な方々も、スポーツ観戦や美術好きな要素はあったりもするので、そこから想定したものです。

    ここからわかるのは。
    物語を摂取しない方々は〝絵空事〟の対象を物語それも娯楽作品に限定しているようです。

    例えばスポーツ。
    経済効果は別として、
    早く走ろうが重いものを持ち上げようが得点しようが世界は変わらない。
    貧困は減らないし、平均寿命だって延びない。

    スポーツは、ゲームという範疇で区切り現実と切離した娯楽でもあります。

    例えば芸術。
    経済効果は別として。
    美しかろうが感動しようが楽しかろうが。
    世界は変わらない。
    戦争はなくならないし、物価は下がらない。

    芸術は、アートという範疇で区切り現実と切離した娯楽でもあります。

    総じて。
    社会でより良く生きようとする人間は現実に固執するものらしいのです。

    きっと〝その行動自体〟が物語を必要としない方々の娯楽なのでしょう。たぶんですけど。

    長い余話となりました。失礼しました。

    重ねて。この度もまた考えさせてもらえる応援コメントをありがとうございました。

  • 真実は分からなくとも、感覚でしか伝わらない事はありますよ。
    文字や言語や論文で「火傷しそうな熱いお茶」を伝えるのは難しいですが、実際飲ませてみれば大半の人は一発で理解してくれるでしょう。
    やっちゃ駄目ですけど(笑)

    まぁ、それを逆手にとって「片腕での拍手の音」って?とか言い出す話は聞いた事ありますが(苦笑)

    作者からの返信

    こんばんは。弓納持さん。
    この度も面白い応援コメントをありがとうございます。
    弓納持さんの応援コメント、レア度が高いので感慨ひとしおです。

    本作で私の言っていることなど、思いつきです。
    なんの実証もないものです。
    読まれた方が〝おかしいぞ?〟〝違うんじゃないか〟と思われることこそ本望です。
    同じ事柄に思いを向けていただけるだけで充分なのです。

    この度の弓納持さんの疑問はもっともです。
    感覚は言語を要しないものです。

    禅の公案などで、最終的に熱い茶を飲ませて悟達させる。
    そんな場面、ありそうですね。

    しかし〝理屈地獄〟に堕ちた者にはそんなことは通用しません。坊主、殴ると思います。

    それでは、以下に私見を述べます。

    ①熱い茶の感覚や体験は個人の内的な現象。外部の他者と共有できない。つまり実証できない。
    〝私の見ている赤は他人の見ている赤と同じものか?〟
    という命題が有名です。
    (逆転クオリアの問題)
    ゆえにこれこそが〝思い込み〟の領分となるでしょう。

    ②感覚は各人の身体に依存するものです。
    個人によって異なります。

    感覚でしか伝わらないこと。
    それはある意味では、個人の体験の記憶の参照に他なりません。

    熱いものに接する体験とその感覚の反復がなければ熱いという感覚は成立しにくいでしょう。

    最初の〝熱い〟体験は〝痛い〟と思う不快感覚から区別されていない可能性が高いと思われます。

    熱いものに触れた跡(火傷)を認識し、その痛みが擦過や刺突の痛覚とは異なると区別する。
    そして過熱した物に接する感覚を記憶し体験化して〝痛み〟から〝熱い〟を区別する可能性が高いと思われます。

    ③熱いか否かは集団の中での中央値や平均値でしか、熱いと思う温度を決められません。
    熱いと思う温度の始まりは集団によっても変わるものです。

    なので、端的に熱い茶を表したいだけならば熱い茶を飲ませるまでもなく〝摂氏百度の茶〟と表せば済むと思われます。

    それが熱いか否かは受け取る側の体験の記憶が教えてくれるでしょう。

    以上の観点から感覚に関する疑問は、エッセイの論旨の〝世界の不確かさ〟を補強はしますが、異議とはならないように思われました。

    今回の弓納持さんのコメントにより多様な考えを例示できました。

    重ねて。この度も面白い応援コメントをありがとうございました。

    編集済
  • なる程…知的エッセイというものは、こういう
    作品をいうのですね。勉強になりました…!!
     そして、取り分け日本人というのは婉曲表現に
    理解のある国民ですが、世界のグローバリズムの
    中では、ほんの小さな島国なんだな…と。
    (ちょっとだけまともな事を書いてみるw)

    作者からの返信

    こんばんは。小野塚さん。
    この度も楽しい応援コメントをありがとうございます。

    しかし鳩。大変ですよね。
    そんなに小野塚さんの日常を侵食しているとは。
    お家の近くで餌付けしてる人がいるとか、かも。
    鳩は繁殖期がないからずっと巣作りに来る可能性があって、困りますね。

    さて本編。
    冒頭からチン▓の話している私のような者が知的かは置いておいて。

    わかりにくいエッセイですよね。
    語るテーマが途中でいくつか変わっていきますし。
    1作1テーマでないと焦点がボヤけます。

    私は一度、空想をしてしまうと、取り敢えず書いておかないと、何となくもったいない。
    そんな貧乏症なので記しております。

    変なことを言っていても。
    そんなこと考える人もいるんだ、くらいに思ってくだされば充分です。

    重ねて。この度も楽しい応援コメントをありがとうございました。




  • 編集済

    連投失礼いたします。

    皆様AIについて真面目に感想を述べられていらっしゃると思われる中、恐れ入りますが落書きのくだりでメチャクチャ笑わせていただきました。ありがとうございました。笑いが止まらないところへ似絵顔が出てきて咳込んでしまい死ぬかと思いました。

    またお邪魔させていただきます。

    作者からの返信

    こんにちは。芽花さん。
    この度もまた楽しい読み物のような応援コメントをありがとうございます。

    戯言。
    なんか書いてしまいます。
    とはいえ、書いたものが笑えるのかどうか自分ではわからないのです。
    〝誰か笑ってください〟と願いながら暗闇で石を投げているようなことです。
    暗闇で石投げる人ヤバいですけど。

    芽花さんに好意的に受け取ってもらって良かったです。石が当たったのでしょうか。

    ちなみに私が芽花さんのネタですぐ思い出せるのは変顔のエキスパートのくだり。
    あと変な内容の文章を書いて先生に頭をガッてやられたところです。
    どちらも笑いました。
    芽花さんは、男塾にでも通っていたのかと。

    こういう面白いのを拝見すると、拙作にも笑いを入れていきたいと思います。
    ほぼ九割ムダになるのですけど。

    余話となりました。
    重ねて、この度もまた楽しい読み物のような応援コメントをありがとうございました。


  • 編集済

    こんばんは。コメント失礼いたします。


    >他人様にポイントを与えるのが嫌だと思う方がいるらしいのです

    こちらを読み、共感を得られたような気持ちになり嬉しく思いました。
    私をフォローしてくださっている方がコメントをやたら残す割に☆は一つも置いて行かれたことがありません。最近特に気になったのは、カクコンの読者選考期間にエントリー作品を一切スルーして過去の短歌などをお読みくださっていました。☆は勿論つけません。

    >投稿の動機と目的はランキング上位となることらしいです

    同じ方なんですが「今〇位です」「たった何日で☆幾つです」「中間選考を見事突破しました」という近況ノートを見かけました。悪口のように見えてしまったら大変申し訳ございません。お手間ですが削除なさってください。私はフォローしていないんですが「変な奴だな」と楽しむために近況ノートをたまに覗きに行っています。

    自分語りになってしまい失礼いたしました。

    作者からの返信

    こんばんは。芽花さん。
    今回もまた、面白おかしい応援コメントをつけていただきありがとうございました。

    まさかまさか。
    私のあげた話の該当者がいらしたとは。
    高評価を目標とする方々。
    実存するとなると面白いですね。

    私はそういう情念みたいなものが濃い人に興味を惹かれる性質があるようで。

    評価稼ぎらしき方を見かけると。

    〝この人は評価を稼ぐためにわざわざ興味もない拙作にコメントくれたのでしようね。素晴らしい〟
    そう思い、あえてコメントつきレビューを書かせてもらったりする業の深い人間です。
    ものを書く人は、救われないくらいの性根の方が面白いと思っているのです。

    相互評価もジャンルクラスターの中心的人物への阿りもバンバンやってほしいものです。
    欲無くて、なんぞ人に生まれしか。
    てなものです。 

    しかし、だいたいそういう〝云々稼ぎ〟な方々はいつの間にか消えているのです。
    儚い存在なのです。
    保護して差し上げたいものです。

    そんなわけで、今回に芽花さんの書かれた内容はすこぶる面白く拝読いたしました。感謝です。

    重ねて。今回もまた、面白おかしい応援コメントをつけていただきありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    毎日読むものが減ってしまったので、遂にここにきちゃいましたw
    創作論読んだことないです👀難しそうだから...笑
    弱さや人間らしさがあるからこそ共感できる人がいる。と思います✨️
    あたしは木山さんの文章大好きです✨️

    作者からの返信

    こんばんは。なのめさん。
    この度は丁寧な応援コメントをありがとうございます。

    ついにここに来てしまいましたか。
    なんとなく、すいません。
    なのめさんに、こんなエッセイ読んでもらって。
    恐縮しつつ、助かっています。

    どうやら。カクヨムってエッセイはあんまり読まれないジャンルらしいですね。

    さて創作論。
    実は私、よく読みます。
    役には立たないけど、その人の考え方ががわかるのは面白いので。

    弱いこと。
    弱さは意外に使える要素で。
    そもそも弱い生物のほうが繁栄しているのです。
    強くなくてもやっていけるし。文章も書けるというわけです。

    最後にこういう拙い文章をなのめさんには好意的に受け取っていただけて、感謝しかないです。

    重ねて、この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • 喬鳥さん、どうも。

    「現在、確かにAI技術が進化しては、地球人世界を驚かしておりますね。」

    デスが、この宇宙店主、未だ美容整形の方と、AIが描いた絵や、文章などの判別が出来ます。何故ならば、普段の日常地球人生活に於いて、AIを使用して居ないからですね。未だアタマ美容整形とをAIに冒されておりません。

    AIだけに限った事で云うと、いつに地球日か、AIが勝手に何かの“コト”を起こすでしょう。そうしたら、もう地球人類はお終いですね。

    「余談ですが、公衆便所の『SEX』の落書きは、童貞地球人達の願望を書いて居ます。今頃は叶って居ると良いですね。」

    では、

    宇宙店主

    作者からの返信

    こんばんは。
    この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございます。

    宇宙書店さんはAIにも美容整形にも惑わされない。
    とても良いですね。
    羨ましいです。

    私としては、単純に〝我々は過渡期に生きている〟という事柄だけで。
    もうなんかわくわくします。

    〝SEXの落書き〟
    あれ公衆トイレではないのです。プラットフォームや階段の壁にありました。あの街の民度低しです。
    そうですね。きっと性交願望の言霊でしょう。
    叶うと良いですね。知りませんけど。

    ともあれ。
    この度もまた楽しい応援コメントをありがとうございました。

  • 「自伝的記憶」という言葉が、印象に残りました。確かに、お気に入りの小説は、読み返す自分が当時どうだったかという記憶とセットになっていました。新しい視点を与えていただき、ありがとうございます。

    作者からの返信

    こんばんは。
    この度は丁寧な応援コメントをありがとうございます。

    また、返信が遅れて失礼しました。

    読書の記憶が、自身の体験として記憶に定着することが稀にある。

    その本を読んだ季節やおおよその日付、当時流行っていた音楽、自分を巡る雑多なあれこれが、一緒くたに定着し、互いに連想し合う。
    こんな記憶へと変化することが人にはある。

    そして、個人的なエピソード記憶のなかに入り込んだ物語は、もはや、本という形式、内容、客観的な物事の枠を越えてしまう。
    一冊の本が〝特別な何かになる〟事もあるのだろう。 

    という思いを書いたように思います。

    西さんには、そのあたりを読解してもらって感謝です。

    重ねて、この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • コメント失礼致します。

    レビューの持つ役割というか性質のお話、「なるほど」と思いながら拝読しておりました。
    レビューって一種の「この作品、こうこうこういう理由で推します!」みたいな布教的側面もあると思っているのですが、私、レビューを書くのが本当に苦手でして(汗)。
    自分の読解力が及ばず、作者の方が望んでいない方向性というか理解のままレビューを書いてしまった場合、そのレビューを受け取った作者さんが「ちゃうちゃう、そういうことやないねん」と悲しい想いをされることに加え、自分のレビューを読んで「気になるから読もう」と思われた見知らぬ第三者が作品に目を通されて「え、あのレビューにあるのと全然ちゃうやん」とマイナス方向に受け止めることで作者の方に良くない印象を持たせるようなことになっては申し訳がなさすぎると……。

    なので、レビューコメントをいただいた方については近況ノートでお礼を個別で述べさせていただくような形を取らせてもらっているのですが、「きっと本当は私もレビューコメントをお返しすることで良い循環を作る方がいいんだろうな」とは思ってます……。
    木山さまから頂戴したレビューコメントに関しても、改めて近況ノートでお礼を綴らせていただきたく……!

    作者からの返信

    こんばんは。
    今度は丁寧な応援コメントを、ありがとうございます。
    また素晴らしいコメントレビューも戴き、感謝です。

    戴いたコメントには、ももさんの真面目な評価の態度と他者への気遣いが溢れていて染み入りました。

    自分を振り返ると、ものを書いて投稿した作品は、読んでくれた人のものだと思っているのです。
    だから拙作では、誤解も読解のうちです。
    なんでも正解です。

    自分がレビューのコメント書く時は、基本的にいつでも消して貰って構わないつもりで書いているようです。
    できる限り訂正もするし、無しにしてもらって良い。そう思うものにレビューのコメントを書きます。

    とは言え、ももさんほどきちんと考えてはいないようにも思います。
    詰まるところ、カクヨムで書いていることは物書きに仮託した遊びだとも考えているのでしょうね。

    重ねて、この度は丁寧な応援コメントをありがとうございました。


  • 編集済

    イラスト界は半ばそうなってますね。AIアートが溢れ、挿絵も自由にAIアートで描かれる。

    AI小説は、それとして認識して読んだことはないですけど、きっとそれなりにあるんでしょうね。私は書かせてみたことありますが、全然ダメダメで、言葉選びも適当で、その感覚があるから…、AIに書かせてますって人のを選んで読む気にはならないけれど、きっと読んでるんでしょうね(そんな感じのありましたし)。

    絵の場合は六本指になってたり、空間が身体に突っ込んでたり、視覚的に分かりやすいですが、小説の場合どうなんだろ。突飛な描写とか、主語術語が妙にしっくりこない言葉選びとか?

    それ調教するより自分で書いたほうがはやい気も…少なくとも今は

    作者からの返信

    こんにちは。
    いつも丁寧な応援コメントありがとうございます。
    私は、応援コメントへの返信のためにカクヨムやっているタイプなので、お陰様で本来の目的を果たせています。

    さて5話。
    今回は、少し未来の生成AIの予想図ですね。

    思うに。
    〝生存者バイアス〟ってありますよね。
    見落としている事例は、最初から存在してなかったと思う心理。

    もしかしてもしかしたら。
    私たちが〝下手な生成AIの産出物〟だと思っているのはエンドユーザー生成総数のうちの不出来な物だけで。

    サプライ側のIT企業は既にブラインドテストで高精度な小説やイラストを〝生成AI作成〟と明示しないでネットに流して統計取ったりしてそう。
    あと、学術サイドの研究成果の進捗とか知らないのが不安。もう既に技術的に判別不能レベルにあるのかも。

    とか言う、陰謀論を夢想したりしています。
    しかし、いずれは人間が作った作品とAIの全自動生成物は区分されるのでしょう。

    〝手作り〟のタグ分けとかできるんでしょうね。
    「心を込めて手作りした小説です」
    とか言う時代なんでしょうね。

    ともあれ、拙作についてたくさんの考察をしてくれて感謝です。

    重ねて、この度も丁寧な応援コメントをありがとうございました。

  • お邪魔します。

    レビューについては、悩むことがあるのでとても面白く読ませて頂きました。

    応援やレビューについて、
    「作品を面白く思うこと」と、
    「人になにかして貰ったので御礼をすること」
    と、なんだか違う軸が混ざるので、とても混乱することがあるのです。

    作品に向けたものであっても、受け取るのは作家さんですから。

    カクヨムは作品展示場なのか、創作者の社交場なのか、それとも駆け引きと陰謀と綺麗な上辺とエゴが渦巻く魑魅魍魎の地なのか。さて。
    (巻き込まれなければ、見ている分には面白いので最期のやつでもいいんですが)

    ものすごく大量に読んだり、交流の活発な作家さんを見ているとお邪魔にならないように返信のいらないレビューコメントの方が、作品導線にもつながるから最適解では?

    と、一旦は思ってレビューコメント初めてはみたんですが(頂くばかりだったし)
    やはり難しいですね。

    書く方と、読んでレビューをつけられるアカウント名を分けられるサイトもあるのでそれが一番平和なのかも。

    お邪魔しないように、と言いつつ
    気になる話題だったので思わず感想コメントにきてしまいました。


    創作に関しては、感覚だけで書いていて深く思考しないので色々な視点が凄く面白いです。






    作者からの返信

    おはようございます。
    この度もまた丁寧で興味深いコメントありがとうございました

    全く同感です。
    作品が面白くて入れた評価。
    作者へのお返しとして入れた評価。
    違いを自覚しています。
    しかし受け取られる側からは同じなのですよね。

    カクヨムを利用している目的も様々。
    私などはコメント交流が目的なのです。
    気になった際には、何でもお気軽に書き置いていただけたら幸いです。

    そんな活動形態なのものですから、返信往信の繰り返しが多く。
    いずれはその関係の方だけが残る。
    そんな現状となっています。

    私も物を書いてる理由の大きなところは、頭に浮かぶからです。
    書いて終わりにしないとずっと頭に残るからいろいろ支障がある。
    なので書いて終わりとしようとしているのです。
    イタコ型の降りてくる系の書き手なのです。

    それでも書く際には、また色々考えてしまい書いたものの構成等を作為的にしたり、関連資料を引いてくる。
    手間は増え日常に支障はでる。そんな本末転倒ぶりです。
    結局は、書く作業も好きなんだと思います。

    ともあれ、今回のエピソードを好意的に受けとって戴き、考えの深まるご感謝まで戴き感謝です。
    重ねて、この度もまたコメントありがとうございました。

  • 三幕構成、序破急、起承転結(・_・;)

    我が剣巫女は淡々と時系列w

    まあ拙い処女作ですからね
    仕方なし

    牛の首 剣巫女に登場させる時に調べたことを懐かしく思い出しました

    ふと音がする じわりますよね

    知らぬ言葉の持つ響き
    幻想的ですね

    そして源氏物方の散逸話

    輝やく日の宮、巣守、桜人、雲隠れ、なんとも秀逸で想像力を掻き立てられる響き

    水木しげる先生
    いいなあw

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    続けてコメントいただける方は稀なので感謝です。

    本作は名前と内容の関係は、かなり恣意的であるという内容ですね。

    導入に前話の物語の構成の話などしています。
    物語構成は唱えていると、それだけで正しいので助かります。
    正論に加担しているようには、見えますからね。

    後、諸々の話題についても好意的に評してもらってかたじけないです。
    重ねて。この度もコメントありがとうございました。

    編集済
  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    創作論、文章の書き方…読むべきなんでしょうね… 遠回りでも… 読まれたいなら…

    でも…素直じゃないから、読んでも、ん?とか…えーでも?とかw

    学びに素直さを持てない人は上達しないw まあ、私が典型です

    過程が大切。それは確かですが、それが通用するのはまあ学生まで。大人は結果だけですからね。過程がどうあれ、努力がどうあれ。まあそれにそんなことしてる人は山ほどいますしね

    そして小物夏風は今日もスマホをポチポチw

    作者からの返信

    こんにちは。
    この度もまた応援コメントありがとうございます。

    さて二話。
    書き物を巧くこしらえたい方は多いです。
    私も創作論や創作技法の本を読んでいました。
    しかし、特に感銘も受けなかったように思えます。
    読めば文豪になれる本なんてない。
    それだけがわかったように思います。

    ちなみに私の一番好きな〝起承転結〟を伝える技法の例は以下の歌です。

    京都三条の糸屋の娘
    姉は十六、妹は十四、
    諸国諸大名は弓矢で殺す
    糸屋の娘は目で殺す

    書く事と、巧く書く事。
    書いたものが他人に好まれる事。
    これらは、ぜんぜん別の事ですよね。
    とかく、書く事は大変です。

    重ねて。この度もまた応援コメントありがとうございました。

  • 制作者が犯罪者であろうと、慈善家であろうと…

    そうなんですよね。物語が素敵ならば、それは書き手に関係ない…はず…

    でもいま、作者にもコンプラが求められ…タトゥーを入れた歌手は叩かれ…炎上し…

    一方でそれほど面白くないなと思う作品の作者がなぜか謙虚さを失い、これを読んで面白いかどうかが試金石だなどとのたまうw

    ふんぞり返ってるだけで読みに来るのが当たり前と勘違いする

    まあその人にとっては精魂かけて書き上げた作品なのでしょうね

    それでも風化しない物語は確かにあって、いくら年月かけてもまたそこに戻る。

    小説なんてかけまい、書く人を尊敬すると思ってた無能の人が、なぜか身の程知らずにも駄作を書いてたりして… あ、私かw

    などとつらつら思ってみたりして

    作者からの返信

    こんにちは。
    この度もまた応援コメントありがとうございます。休日の憩いとなっています。

    さて一話。

    作者の為人と、作品。
    関連性を求める方、多いです。
    明治大正昭和の有名な小説家で、良くないことした人多いのに。

    でも人間って、そんな理屈とかでは割り切れないから〝坊主憎けりゃ袈裟まで憎し〟って心持ちになるのでしょうね。

    自分の知らない所で自分が憎まれていることもある。
    そんな場合も想定していないと対応を誤るのがネット投稿なのでしょうし。
    面倒なことです。

    私見ですが。誰にも良い顔して当たり障りない作品なりコメントなりは、つまらないとも思うのですが。

    知らずに他人様を傷つけたらしい経験が私にもあるのです。
    言い放しではなく確認なりフォローなりにも留意すべきなのでしょうね。

    重ねて。この度もまた応援コメントありがとうございました。

  • 確かに。お礼的なことをすると自分が死んじゃう病。あるいはなぜか、自分の作品が超絶魅力があり、一度でも呼び込めば読んでくれるはず病に罹患してる方は多いですね。自信満々でうらやましいです。

    作者からの返信

    こんばんは。
    この度は、応援コメントをありがとうございます。

    さて四話。
    夏風さんの言われる通り、カクヨムの書き手の方も色んなタイプがいますね。
    みなさん各人各様に、自分のルールを持っているようです。

    それが美意識なり、信条なり、自己顕示欲のために設けられていたら良いのですが。
    〝誰かが得するぐらいなら自分が損しても妨害したい〟とか。
    なにを求めているのが、よくわからない。
    そんなヤバめな方もいるようです。

    また、これも夏風さんの言われたように。
    自身の作品の出来に過剰に思い入れて行動する方もいます。
    これは物を作る方の矜持としては良い事だとも思うのです。
    ただし。
    傍目には、その思い込みが先々に作者自身を苛む事になりはすまいかと思ったりもします。

    つらつら書き綴りましたが。
    およそ投稿サイトでの活動など、ほとんどの方が十年も経たずに終えると言います。

    成功しても失敗しても気が済んでも後悔しても、それは僅かな間の逍遥に等しいことと思うのです。

    重ねて、この度はコメントありがとうございました。

  • レビューへのお礼機能も欲しいなぁと思っていたので目から鱗でした。
    言われてみれば確かに、レビューってそもそも作者宛てのものじゃありませんね。私も完全に書き手目線でしか考えていませんでした。

    しかし、それでも言いたいッ……!!
    レビューしてくれた親切な方にお礼を言いたいッ……!!
    個人的には近況ノートのコメント返信機能もあったら嬉しいですね。

    作者からの返信

    いつも、コメントありがとうございます。

    単純ですが、今更ながら読んでもらって反応まで戴くことは、やっぱり嬉しいものです。

    さて四話。

    レビューへの考察を好意的に受け取って頂き、嬉しく思いました。

    あの考えを敷衍すると。
    カクヨムは書き手と書き手を繋げたいわけじゃない。
    書き手と読み手を繋げたいのだと思います。

    それはつまり。
    反応する読み手をカクヨムに増やしたいのでしょう。
    ただ読むだけでなく作者へ働きかける読者です。

    この、企図の意味するところは。
    カクヨム内の作品を読んでネット書籍を購買する読み手の層を作りたいのかもしれません。収益を生む読者層の育成と囲い込みです。

    上記のことは、おそらく私の妄想でしょう。
    ただ〝カクヨムオンリー〟のタグや。
    インセンティブを払ってまで書き手定着を図るのですから、あらぬ事をついつい考えてしまいます。

    後は、そうそう。
    私も単純に近況ノートの返信機能は欲しいです。

    重ねて。この度も、コメントやレビューをありがとうございました。

  • 作者の視点から見た駅の落書きのエピソードがユーモラスで親しみやすく、読者を引き込みます。
    また、自身の創作を「王様」に例え、物語を書くことの孤独や自己満足感を鋭く表現しているのが印象的でした。
    さらにAIによる物語創作の未来予想がリアルで示唆に富み、時代の変化を見据えた深い洞察も感じられます。
    全体的に個人的な思考と社会の変化を絡めた、考えさせられるエッセイでした。
    すごく面白かったです。
    一気読みしちゃいました。

    作者からの返信

    おはようございます。
    いつもコメントありがとうございます。

    この度は丁寧で的確なレビューもいただき、恐縮です。

    お盆休みなのに特にすることもなかったのですが、お陰さまでコメント返信を楽しんでおります

    さて五話。

    鋭い洞察です。
    そういう構成でした。
    変な語り口でしたが、なかこごろひつきさんに好意的に受け取っていただけたようで何よりです。

    思うに。
    生成AIのある時代の創作趣味は大変だと思います。自分で作る意味が問われます。

    ともあれ。この度もコメントありがとうごさいました。

  • 日常の些末な観察(落書き)から、個人的な創作活動、さらには社会全体の未来像へと、スムーズかつ自然に話がスライドしていく。緩やかに広がっていく視点が、読者を引き込む魅力となっていますね。

    作者からの返信

    おはようございます。
    いつもコメントありがとうごさいます。
    この度は、とても良いレビューまでいただき恐縮です。

    法王院さんのレビューは丁寧に書かれていて主題が的確です。
    言葉選びも適切で、巧いと思うばかりです。学ぶことが多いのです。
    書いていただいて感謝です。

    さて五話。

    振り返ると、このエッセイって幾つかの個々の話を繋げていたのでした。
    最近書いてないから忘れていました。

    私のエッセイは、ただの思いつきをそのまま書いているので、単調にならないように色々付け足しているようにも思えます。

    法王院さんにそこの辺りを好意的に汲んでもらえているようで、胸を撫で下ろしているものです。

    しかし。読み手を飽きさせないようにするのは難しいです。どうすれば適切なのか、わからないです。いまだに。

    ともあれ。
    重ねて、この度もコメントやレビューをありがとうごさいました。

  • 「他人にレビューをしない人」の心理や、「評価のゼロサムゲーム化」への警鐘を鳴らしながらも、筆者はそれらを断罪せず、「そういう人もいる」という一歩引いた視点で捉えている。これは単なる善悪二元論に陥らない賢さと誠実さの証ですね。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうごさいます。
    コメントだけが夏の厭わしい勤務の息抜きとなっております。助かります。

    さて四話。

    ご明察です。法王院優希さん。

    私は善人でもないし、世界公正仮説にとりつかれているわけでもないので、カクヨム内での悪い行いやズルい行動も眺める分には楽しく見ております。悪も枯れ木の山の賑わいなのです。

    実際。色々な手口を見ると〝熱意がすごい〟としか思えないのです。
    人の熱意は良かれ悪しかれ他者を引きつけますよね。
    要は野次馬根性なのでしょうね。

    コメントで法王院さんに賢いとか誠実とか書いていただいて、ありがたくも面目もないし、身の置きどころがないのです。

    ともあれ。
    重ねて、コメントありがとうございました

  • 「牛の首」や「小豆洗い」、「絵本百物語」、さらには「源氏物語の散逸巻」など、日本の文化的教養に根ざした例を豊富に織り交ぜている点が良い。それらの引用が単なる知識の披露に終わらず、エッセイの主題に沿って的確に機能している点に、筆者の知的センスが光りますね。

    作者からの返信

    おはようございます。
    いつもコメントありがとうごさいます。

    取っ掛かりのない漫然とした日々の後押しになるのはコメントくらいにものなので助かります。

    さて三話。

    本編を好意的に受け取ってくださり恐縮です。
    私の場合ですが。
    エッセイは、ただ思ったことや考えたことを書いているだけなのです。

    終始、私の適当な思いつきを読まされる方には、さすがに気がとがめます。
    なので、関連する確からしい情報を差し込めるときは、載せるようにしている次第なのです。

    まともな事柄もないと、読み心地が良くないかなと思ったものです。
    それで、今回は、たまたま関わる情報が割とあったわけです。
    〝筆者の知的センスが光りますね。〟とか過分なお言葉を記されると、お心遣いとは知りつつも、冷汗三斗なのです。

    重ねて。この度もコメントありがとうごさいました。

    編集済
  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    「努力しない人は甘え」という社会通念に対し、筆者は真正面から「できないものはできない」と言い切る。それを単なる居直りではなく、「だからこそ価値のないものに価値を見たい」と結ぶことで、「弱さにしか書けないもの」を肯定する文学的倫理に昇華していますね。

    作者からの返信

    この度もまた、コメントありがとうごさいます。

    〝文学的倫理に昇華していますね〟の部分は法王院さんのお心遣いとしても。

    この法王院さんのコメント。
    的確で簡潔に、私がこの回で言いたいことをまとまられています。おののいております。
    この要約で良いです。本文、いらないです。

    私は元来。物を書くことに優勝劣敗な考えを持ち込む書き手の方が、苦手なのです。 

    選別は読者様側のやることだと思うのです。書くものが書く時に、他の作品と比べて良くやってやろう。他の誰々の何々とは違うようにしよう。
    頑張って上手くやって、どこそこから高評価を取ってやろう。
    などと娑婆気満々なのは────精々好きにすれば良いにしても。

    せめて口に出さないで欲しいと思う手合いなのです。めんどうで申し訳ないですが。
    そんな厄介な者なので、こんな話を書くハメになるわけです。

    というわけで。
    重ねて、この度もコメントありがとうごさいました。

  • 「あなたが好きになったその物語は、いつも変わらず、あなたを楽しませてくれる」——この結論は、作品論としてというより、「心に住む記憶」への賛歌。読者を包み込むような余韻があり、心にしっかりと残る締めくくりになっていますね。

    作者からの返信

    この度は、コメントありがとうございます。

    本作の内容、肯定的に受け止めていただき恐縮です。ほんとうに。

    本作は物語を受け取る時のことを考えて書いたものでした。

    少し感情的な筆致だったのかもしれません。
    その時はそう思ったという次第です。

    重ねて。この度は、コメントをありがとうごさいました。

  • >朝な夕なに仏壇の前で〝三幕構成、序破急、起承転結〟と唱なえてます

     素晴らしい。その心掛けさえあれば、いつかは大作家に! →私は最近、交流のある作家さんから、99歳で最高齢の作家デビューを果たそうと約束した事がありました。
     それだけ続けられたら、何か良い事があるのかな?

    作者からの返信

    続けてのコメントありがとうございます。
    またレビューまでいただき、かたじけないです。

    そしてすいません。ウソついてました。
    唱えていません。
    ちょっと良く思われたくて書きました。

    大作家は、ちょっとピンと来ないですが身体の大きな作家にはなりたいですね。
    もはや横方向にしか大きくなれないので、これも格好良くはならなさそうです……普通に書いていけたら良いですね。やっぱり。

    でもなにかの意欲を持つのは大切です。
    私も、なんとかしてもっと上手く物語を書けらるようになりたいものです。

    重ねてこの度も、コメントありがとうごさいました。

    編集済
  • 個人の心に居場所を持ってしまった物語は、ずっと変わらない……なんと力強いフレーズでしょうか。確かに私が愛した作品たちは、今も色褪せることなく、この心に刻まれております。そこに他者からの評価や数字は関係ありませんね。作り手としても、すごくパワーをもらえるエッセイでした。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    今回もまた、桐山さんのコメントには舌を巻きました。
    的確に要点を突かれているのです。

    言葉にすると、あたりまえのことだけど理由を考えるとややこしい事柄があります。

    〝なぜ好きな作品は色褪せないのか〟

    この問題はなかなかに奥が深いように思います。
    人は自分が思うよりも世間の多数の意見に流されます。
    人の求める原理であるところの真偽や美醜や善悪も案外と多数の人がそう思う方になる。
    それが普通のことです。

    価値観は、時代や地域集団の雰囲気に影響されるものです。
    それを外れて自分のお気に入りとなったものは、ただの商品ではなくなる。
    そんな気持ちです。エッセイに書いたのは。

    桐山さんは、それを書き手側からも見ている。素晴らしいです。

    桐山さんのコメントのお陰で、自分もまたこのエッセイの考えに入れました。感謝です。

    重ねて。この度もまた、コメントありがとうございました。

    編集済
  • なる程…もっと早く拝読してたら良かった。
    忍術の話か異世界モノだと思っていましたw

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    続けて複数のコメントをいただき恐縮です。
    私の方は妙に時間が取れずにご無沙汰し、忸怩たる思いです。

    さて、本編。

    あー。やはりそうですよね。
    私はネーミングセンスが壊滅的なのです。
    内容がわからないタイトルはダメですね。
    もはや変えられませんが。

    ともかく。ご覧になってもらえてありがたいです。
    重ねて。
    コメントありがとうございます。

  • 夏おこじょ数………。夢に出そう。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    一作に複数のコメント、かたじけないです。

    さて本話。

    〝夏おこじょ数〟
    書いた自身でも想像も見当もまったくつかない事象、巨大数を取り上げたものでした。
    世の中には、賢い人がいるものです。

    重ねて、この度もコメントありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    作品フォローさせて頂いただけなのに、先ほどは覗きに来て頂いたようで、ありがとうございます。

    創作論、お堅い言葉は頭がこんがらがってしまいます。
    そりゃ評価される事は嬉しいんですけれど、好きを好きと言って、それを人と共有できるのが一番かな、と思っているのです。
    まあそれは、まだ趣味の範囲でやっているだけだからなのでしょうけれど。
    いろんな考えがあるんだなぁ…と感心しながら読ませて頂いています。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    驚かせたならば失礼しました。
    そのとき、たまたまそのときにスマホを見ていたため、比較的早く対応したものです。

    特に意味はありませんのでご安心ください。

    さて。本作。
    私の世迷い言ですね。
    なんとなくモヤッとした事柄を抑制もせずに書いた。
    そんなエッセイです。

    創作論とか目標を決めてそれを達成する。
    そのためには……

    めんどくさいです。
    立派なことや、ちゃんとした事柄を建て前として述べるのは実生活だけで充分。

    そんなふうに思ってたような気もします。

    雲霓藍梨さんにはきちんと読み取っていただけたようで胸を撫で下ろしています。

    重ねてこの度は、コメントありがとうございました。

    編集済

  • 編集済

    コメント失礼致します!

    AIの生成した物語の方が面白いと思える世界、読み手としてはそちらの方が良いですね!
    しかし、書き手としてはなんとも悲しい世界に……(;^ω^)
    それとも、「AIに勝てない!悔しい!」という悲劇や「俺、人間だけどAIに転生してAI界で無双する」みたいなコメディが大量生産されるのでしょうか!?←あまり変化のない未来描写で申し訳ございません(^_^;)

    友部正人の曲を聴いてみました!
    「王国はいつも王様の入っていけないところにある」
    すごく深い言葉だと感じ入りました(*^^*)
    AIと人間に置き換えれば、
    「AIはいつも人間の入っていけないところにある」
    と言えるかもしれませんね。
    孤独や無力感と捉えるか、はたまた人間の独自性の可能性と捉えるか……後者はだいぶ楽観的ですが(^^ゞ

    ところで、私は「一本道」ばかり聴いていた素人でしたので、もっと友部正人の曲を色々と聴いてみようかと思いました!

    ありがとうございました!

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    丁寧に言葉を紡いで、感想を述べるファラドゥンガさんのコメント。
    毎回感謝しつつ楽しく拝読させてもらっています。

    さて五話。

    戦争ってあるじゃないですか。
    あれの奪うものは、土地、人命、財産、宗教、国語、とか色々あるのです。

    そのなかに文化というものもあって。
    文化活動の禁止とか、文化財の収奪などがあるのです。

    このままAIが進歩し活用されたら、きっと人間だけの文化活動は古典芸能となります。

    これは〝ひとつの文化形式の外周に新たな文化形式が生まれたら最初の文化形式は芸術と呼ばれる〟(意訳)
    というマクルーハン理論にも見て取れます。

    往々にして過渡期というものは〝ゆるり〟と浸透して、完全に世間の様相が変わってから多くの人は気がつくものです。

    私は元々、絵を描いていたのですが。
    作画がデジタル主流となったときに〝デジタル機器を使ってしか絵が描けない〟層が形成されたのです。
    現在はAIでしか絵が描けないAI絵師がたくさんいます。

    これはおそらく文字書きの文化にも顕著になると思います。
    五話はそんな潮目の感慨を描いたエッセイなのです。

    そして表題となった楽曲まで聴かれるとは。
    軽く驚愕しています。
    私もそんなに詳しくないのですが、夕暮れの路上であの曲を聴いてペーソスに溢れてしまい、色々あの歌手の曲を聴いた過去がありました。

    さてエッセイ周辺の事柄を長々と書いて失礼しました。
    今回はこれにて失礼します。

    重ねてこの度もコメントありがとうございました。

  • コメントを失礼致します。

    名称とその中身……とても考えさせられました!
    コメディを書こうと思い立った頃、先ずは変な単語を含めた一文から物語を書き始めよう、と試したことがありました。
    結局、ヘンテコな名称をもつモノ(あるいは生物)の説明だけで終わってしまい、物語が生まれないままに没にしてしまいましたが…(^^ゞ

    本章を拝読し、あの頃の失敗は不確かなモノの設定・説明に終始してしまったのだと気付かされました。
    説明なんて後でも良い、その「モノ」がどのように使われたり生きていたりするのか、先ずはどんどんと物語を進めていけば良いんだ、と己の未熟さを改めることができました!

    ありがとうございます!

    作者からの返信

    あ〝コメント失礼します〟だ。
    私も、この言葉からはいります。
    このタイプ少ないので親近感わきます。

    さてまずは。
    いつもコメントありがとうございます。

    〝コメディを書こうと思い立った頃、先ずは変な単語を含めた一文から物語を書き始めよう、と試したことがありました〟(コメント引用)

    ファラドゥンガさんのコメントのこの一文の様子が、もうすでに可笑しいのです。
    面白そうです。なんだろう〝変な単語〟

    道具としての言葉の機能の話ですね。
    言語学です。たぶん。
    よくわかりませんけど。

    かように、書いた本人は理解がぼんやりしています。
    しかし、読む方がその理解力で良いものを掴む。
    これも読書の妙味ですね。
    読む方に丸投げですけど。

    ともあれ。
    重ねてこの度もコメントありがとうございました。

  • やっぱり、どこか 忍者っぽい。楽しい。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    コメントくれた方へ、作者からお花をあげるられるシステムがカクヨムに実装されると良いと思います。

    さて四話。

    そうですね。
    私が忍者の末裔なので、にじみ出てしまうテイストですよね。嘘です。虚言でございます。

    ただ忍者が好きなので、本作のありとあらゆる所に忍者が潜んでいるような雰囲気が出ていれば、本望です。
    楽しんでいただけたようでなによりです。

    重ねて。この度もまたコメントありがとうございました。
    ニンニン。

  • ご無沙汰してます。

    木山喬鳥さんのレビューコメントは、いつも最高!それに、独特のスタイルがあって、すぐに「あっ!木山さんのレビュコメだ!」って分かりますもん。

    私の『量子と精神』に書いてくださったレビュコメなんて、本当に最高でした!

    最初に第4話までは"デコイ"である、と書いてくださって、暗にガマンして第5話までまぁ、いいから読み進めてみな!とこれからの読者に教えてくださりつつ、ネタバレはしない完璧なものでした。木山さんスタイルで、目立つ表題だったし😊。

    そう、私も、ただ星やハート押すだけじゃなくて、こうした語り合うとか、感想を聞くとか、そういうのが楽しいと思うんですよね。

    我々はカク&ヨムの人たちだから、文字を介してこそだと思います。

    なので、本チャプターには100%、激しく同意いたします😊!

    これからもよろしくお願いします!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    こちらこそ、ご無沙汰しております。
    そしてコメント返信が遅れ、失礼しました。

    かように最近、日常が忙しく。カクヨム上で不義理な事も多く、冷汗三斗の日々なのです。

    さて。
    この度、私のレビューへの好意的な御言葉をいただき感謝及び恐縮です。

    おそらく、たまたま青山さんへのコメントの出来が良かったのではないでしょうか。
    それはとりも直さず、青山さんの作品の訴求力が素晴らしいためです。
    徳が徳を呼ぶということでしょう。

    ともあれ。最近の青山さんの作品への評価や応援を拝見するだに、当然だと思われました。ご盛況でなによりです。
    私も余暇が増え次第、またきちんと伺いたいと思います。

    また本話への好意的な賛同も感謝です。
    雑感ではありますが、強硬に否定されないと安心します。
    もっとも。そんな人、そうはいないのでしょうけれども。

    重ねて。この度はまたこちらに寄っていただき、嬉しいことでした。
    その上、コメントまでいただきありがとうございました。

  •  こんにちは。お邪魔しております。
     ……困った王様の居なくなった未来、そう遠くない内にやってきそうで怖い……。
     木山様の書かれるエッセイを拝読すると、なんか、こう……脳が活性化するというか……うまくお伝え出来なくてもどかしいですが。ありきたりな感想で申し訳ありませんが、とても面白いです!

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    毎回のことですが、わかり難くてほんとうに失礼しました。

    先ずはこの回の後半。風刺文です。

    〝王様〟の話までが通常の文で
    〝AIの未来〟からはアイロニーなのです。

    私はどんな未来であっても見たいと思っています。
    でもやはり、人の遊ぶ余地がなくなる未来は困るんじゃないかな、とは思うのです。

    それで小説周辺の〝あるべきでない〟未来についての感想として、この回の話を書いた訳なのです。

    きちんとした商業作品の小説だけが、読む者の需要じゃないというのは小説投稿サイトで示されていると思います。

    素人文には素人文ならではの妙味や熱量があるものです。

    未来の選択的な可能性の問題ですが。
    この投稿の場所が先ず変わるハズです。
    そして、おのずから商業出版分野も変わることでしょう。

    さらに継続して推測した根拠のない予想ではありますが。
    やがて娯楽としての読書の分野では、読者と生成AIだけで完結する、そんな事が起きる状況も考えられますね。

    ────という話を書いたつもりなのです。
    アイロニカルに。

    元々の性格がひねくれている上に、文の書き方が拙いために、やなりわかり難くなっていると思います。失礼しました。

    それでも、好意的にコメントをまとめてくれる遠部さん。良い人です。
    多くの人に親しまれる所以ですね。


    重ねて、この度もまたコメントありがとうございました。


    編集済
  • 今回は随分と物悲しいエッセイでしたね。

    >そして人がいなくなった小説投稿サイトは
    >AIばかりになるでしょう。
    >AIがAIと交流するのです。
    >AIが介在する世界では、誰もが形ばかりの人との交流に煩わされない。
    >素晴らしい世界になるのです。

    特にここは、なんとも切ないですね。
    終末願望にでも目覚めたのかと思いましたよ。

    かくいう自分も、小説はともかく、現実にはうんざりしているので、最近しょっちゅうこんな世の中滅びてしまわないかな、と思っています。
    特に政治家や老害化した年寄りを見ていると、一層そう思います。
    まあ、自分もその老害の一人なんですけどね。

    自分は後10年程で寿命を迎えるでしょうから、十分に生きたと思っているし、残りの人生の暇つぶしに小説を書いてるようなもんです。
    不謹慎にも、人生の最後に〇戦争で人類が滅びる様を見ながら死にたいと思う時があります。(削除されるかな?)

    それは極端にしても、自分を含めた60歳以上の人間が居なくなれば、世の中はもう少しマシになるのかな、とも思います。
    それこそ、政治なんてAIにやらせた方がずっとマシなんじゃね、と思います。

    まあ、そんな事を考えるのは、自分が歳を取ったからなんでしょうね。
    がんじがらめの状態で何十年もサラリーマンなんてやっていると、他人への思いやりなんてこれっぽっちも無くなって、別に目の前で誰が死んでもいいや、と思う時が多々あります。

    周りにいる同年代の人を見ていると、口にはしないけれど、同じような事を考えているんだなと思う事が多いです。
    そう感じた時、世の中終わってるよな、と思います。
    自分の小さな視点と狭い視野で世の中を見ているので、そう思うのかもしれませんけど。
    救いがないですね。

    自分はアニメの視聴が好きで、ニコニコ動画で視聴者のコメントを見ながら見ています。
    視聴者の大半は若者なんでしょうけど、コメントを通して楽しそうに視聴しているのを見ると、若者の熱気は今も昔も変わっていないんだなと、安心します。

    自分の若い頃はニコニコ動画なんて無いので、多くの人と交流しながら見ることなんてなかったけれど、たまに友達と一緒に好きなアニメを見たりしました。
    一緒に泣いたり笑ったり、感動して盛り上がったりして、そのまま徹夜でアニメについて語る事もありました。とても楽しく充実した時間を送りました。
    その時は世の中の事とか政治の事なんかどうでもよくて、そんな楽しい時間が永遠に続くものだと思っていました。

    人は基本的に思いを共有したい生き物だと思います。
    喜びも悲しみも共有してくれる相手がいる事に、何よりの幸せを感じるのだと思います。
    人にこの気持ちがある限り、AIでは及ばない世界があると信じます。

    >AIが介在する世界では、誰もが形ばかりの人との交流に煩わされない。

    木山さんが一番危惧しているのは、この部分ではないでしょうか。
    通り一遍の挨拶程度にしか関わらない交流を憂いているように思います。
    違っていたらごめんなさい。

    多分、誰もがあと一歩踏み出したいのだと思うけど、そのハードルは高いんでしょうね。
    言葉を文章にするのは容易だけど、その言葉は発し方受け取り方によっては凶器となる。下手にこじらせてトラブルになると大変ですからね。

    若い時は、そのハードルが低いように思います。
    感情的になりやすいけれど、自我に柔軟性があるので、上手く対応できるように思います。

    逆に歳を取ると、確立した自我が強固になって他人の意見を受け入れづらくなるように思います。
    意固地になって、他人の意見を鬱陶しいものとして排除しようとするようになる傾向が強くなると思います。
    老害ですね。

    でも、それは殆どの人に共通する歳の取り方のように思います。
    若い頃は仲の良かったグループやバンドも、歳を取ると解散したり離れ離れになっていきます。
    人は歳を取るほどに孤立していくものだと、最近はよく思います。
    そして、それは避けられないものだと。

    そんな年寄りにこそAIが必要で、上手く寄り添ってくれたらと思います。
    老人を受け入れ理解してくれるAI、強いては肉体を持ったアンドロイドとなり、老人に寄り添ってくれるなら、もう少しはマシな世の中になるのかなと想像します。


    と、何やら趣旨から離れた取り留めのないものを書いてしまいました。
    それなりにぶっちゃけて、危ないことも書いてしまいました。
    そぐわなかったり、気分を害したのなら削除しますので、よろしくお願いします。

    それでは、また

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    先ずは────
    申し訳ありません。
    わかりにくくて。
    力量不足でした。

    私は厭世観に取り憑かれたわけでもなく。
    終末思想なわけでもないのです。
    それほど真面目な人間ではないのです。
    無路地へいくまでの暇つぶしに息しているような人間なのです。私は。

    この回。これは皮肉文です。風刺文です。

    英国系のアイルランド人作家ジョナサン・スウィフトが1729年に発表した『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』と題する諷刺文書みたいなものです。

    ネット小説に関わる業界が文章生成AIの野放図な発達を放置すれは、現在の収益構造はいずれ破綻する可能性が高い。

    よしんばそれは良いとして。
    ネット小説のプラットフォームの斜陽化はネット小説投稿を楽しみにしている微力な趣味の者たちが消えることをも意味するという趣旨でした。

    せめてあと10年はネット投稿サイトは現状維持して欲しいのですが……怪しいものです。

    それはそうと。
    時空震さんの現状への心情を綴られた文章は熱量が高くて興味深く拝読しました。

    私はとにかく熱量のある文章が好きなのです。

    そして、時空震さんの応援コメントは熱量だけでなく、真情があります。

    飾り気もなく気負いも衒いなく、ただ憤ることを書く。
    かつて自分が浸った愉しみを伝える。
    実に素晴らしいと思います。

    私の捻くれ弄れた文なんかより、よほどエッセイらしいです。

    しかし、この文を私に読ませるだけとは惜しいものです。

    時空震さんのエッセイはきっと熱いものになるかと思います。
    なにかの折に気が向かれたらエッセイを執筆
    されるのも宜しいのではないかと思います。
    むろん、そんなことに興味はないかもですが。

    不用意に長くなりました。
    今回はこれにて失礼します。

    重ねて、今回もまたコメントありがとうございました。

    編集済

  • 編集済

    木山先生の文章には、ユーモアの中にどこか切なさが溶け込んでいて、やはり唯一無二の魅力がありますね。「王様」というたとえも、とても的確で、思わず頷きながらも胸が締めつけられるような思いになりました。

    AIが当たり前の存在になってきた今だからこそ、人の手で紡がれた言葉と出会える時間が、より一層貴重で愛おしく感じられるようになりました。

    将来や未来のことばかり考えて不安になっていた私ですが、皮肉にもAIの進化のおかげで「今」を大切にすることを、より意識できるようになったように思います。

    地球滅亡論に支配された民衆の言論を統制するため、一切の発言ができなくなるか、AIが間に入ってもらうことで、わずかながらでも自由意志を発信できる環境を望むか、究極の選択なのかもしれませんね。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    またこの度はレビューコメントまでいただき感謝です。

    そしてこの悠鬼さんのレビューの文章。
    これは万感胸に迫るものがあります。

    私などが判じることではないですが。
    悠鬼さんのレビューの文章は普通ではない水準にあると思っています。

    もしも作品ジャンルにレビューがあるとしたら群を抜いた作家は悠鬼さんでしょう。
    他に類を見ない完成度だからです。
    余人には、とても真似できないと思います。

    誠実な言葉選びと書いた者への寄り添い。
    作品への堅固な肯定。そして細やかな感想。

    なによりそれらが、ただの技巧ではない。
    心情の発露としての表現なのだと感じます。
    少しレビューを引用させていただきます。

    〝懐かしさのなかに滑稽さがあり、笑いの裏にどこかひんやりとした孤独が顔をのぞかせる。誰かに届くことを願いつつも、誰にも届かないかもしれないという現実に向き合う創作の姿〟

    珠玉すぎます。
    拙作のレビューだから唸るというだけではないのです。
    他所様へのレビューを読んでいても引用したくなる言い回しが多いのです。

    私はレビューというものは作者のために書くものではないという立場です。
    しかしながら。〝褒める文章〟として単純に感心するのです。


    さて本作。
    王様は可愛い感じのイメージでした。
    ポテトチップスのプリングルスのキャラクターみたいな感じです。
    自作を披露し無邪気に自慢している。
    でも内心不安もある。そんな投稿者の一面を誇張して表していました。

    AI。
    これに対する意見として。

    AIは輸送や、建設作業、インフラ整備、介護、医療など人手が足りない労働負荷の高い、社会課題の多い業種に優先して活用されるべき技術です。

    現実には、自動運転一つさえ成しえていない。
    交通事故防止という、明快な人命の保全に寄与していない。とてももどかしいです。

    その一方。
    囲碁や将棋、絵画や音楽、漫画や映画、そして文芸の生成。
    人の娯楽に関わることにばかり実用化されている。
    まるで人の娯楽の揶揄や矮小化するために計算資源を使っているようです。

    そんなチグハグなAIが、このまま野放図に投稿サイトを変えて行くことについての感想が本作の後半部でした。

    ……つい長々と返信し、失礼しました。
    重ねてこの度もコメントとレビュー、ありがとうございました。

  • 王様は居なくならないですよ。
    商業ベースに乗る大王様は居なくなるかも知れませんが。
    書くことは楽しいんです。
    例え読まれる事なくても(笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうござ……弓納持水面さんじゃないですか。
    お久しぶりです。
    ご無沙汰していて、失礼しました。
    またコメントをいただいてなにかとても嬉しいです。

    さて王様。

    この一連の喩えは。
    弓納持水面さんの近況ノートの〝他山の石〟のお話、そのままですね。
    お話に書かれていた人が〝消えた王様〟です。

    カクヨムコンなどのコンテストの結果が発表されると、一定の数の人はカクヨムを離れるのだそうです。
    このタイプの方はご自分のアカウントからすべて削除されます。

    他のの場合は、ただ投稿や更新もコメントも行われなくなる。
    これはその方の作品などは残ったままとなります。跡地と喩えました。

    この半年の間にも何人か、少し関わりのあった方々がいなくなっています。
    それで、薄い寂寥感を覚えたのが当エッセイを書く要素の一つとなりました。

    現実を知ると夢が見られなくなるのか。 
    色々と疲れるのか。
    実生活の変化の影響か。
    ほとんどの場合、各人が活動を止める原因を余人が知ることはありません。

    疎遠になり、やがて関わりが途絶える。
    現実とよく似ています。

    そんな場合。自分と関わりがなくなっても、カクヨムで活動は継続していて欲しいと思うものです。
    どうしてそう思うのかは、よくわかりません。

    重ねて、この度はコメントありがとうございました。

    編集済
  • 面白いお話でした……。何をどう面白いと説明するには私に語彙が足りないですが。

    AIすごいですもんね。結構マイナー性癖界隈にいると、供給不足ゆえかAIを使用した小説を多く見かける気がします。

    これからのAIが楽しみなようなそうでないようなという感じです。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    私はエッセイを読む方のことをあまり考えずに、自分勝手に書く傾向があります。

    そんな訳で、読まれた方としては掴みどころがなくて困ったことだと思います。
    なんとなく申し訳なく思います。
    燈さんに好意的に受け取ってもらえて感謝です。

    本作は、とかくわからないことをわからないまま話す駄文なのですが。
    取り敢えず、AIについての自分の旗色を出した次第です。

    AIについては〝ニーメラーの警句〟みたいになりそうな気がします。
    気がついたときには、もう創作をする人間の居場所はなくなったりしそうなので。

    ま。どうにもならないんですけど。
    そんな次第です。

    重ねて。この度もコメントありがとうございました。

  • AIがAIを蹴散らす未来も面白いかも知れませんね。
    そうなると、AIも人間に近づくのかも知れません。

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    感想は何度頂いても嬉しいものです。
    生半な贈り物より貴重ですからね。

    さて。AIとAI。
    現在でも成文にAIが関与しているかどうかを判定するAIが普通に使われていますね。
    それらは今後、相互に発展するのでしょうか……不毛な気がします。


    AIは人に近づく。
    そうかもです。
    しかし、AIは頻繁に嘘をつくことがわかっているので
    普通に人格を装えることでしょう。
    その判別にまたAIを……
    この判定の構図は、どこでも出てきて循環しますね。厄介です。

    思うに。シンギュラリティって、いつ来るのでしょうか。
    うやむやにされているかも。

    六散人さんからいただいたコメントは、様々の状況を考える良い機会となりました。

    重ねて、この度もコメントありがとうございました。

  • 失われた源氏物語!!これだけで一遍小説書けそうですね!!今回のエッセイめっちゃおもしろかったです!!

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    コメントを読んでいる時だけ、視力が上がる気がします。

    さて。
    源氏物語。そもそも原本がないというのがもうね。何しているのかって感じです。
    仏典とかと違って保存機関がないと無理な話かもですけど。
    和歌集もかなり喪失してて、やっぱり戦争とかが良くないみたいです。

    ただ。人の営みなんてものは、無くなって当然なものだと思ったりもしますけれども。

    じゃ、これくらいで。
    重ねていつもコメントありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

     この「弱くなれ………」という言葉は太宰治が、志賀直哉にいじめられてキレたときのことばでしたっけ、僕はこの作家の「駆け込みうったえ」が大好きです。
     彼の人生の夢、創作上の夢は、イエスを書きたかったことではないでしょうか。
     (私信です)
     でも、書けるわけがない。そして主人公がイスカリオテのユダになった。のかな?
     余分なものを切り捨てまくったら、短編になったのではないか、なんて思った時期があります。(すいません、愚察、妄想です)
     でも木山さんの、文学論、エッセイおもしろいですね!!作品もだけど!!

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。
    というか。秋谷さんは折に触れてコメントやレビューをいただけるので感謝と恐縮しきりです。

    さて。
    〝も少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ〟

    これは如是我聞。太宰治の絶筆ですね。
    新潮に連載してたのが、作者の心中で途絶えたものです。

    とある同人誌に掲載された同人座談会で志賀直哉が太宰の作品について聞かれて
    〝若い人は好きかも。私は嫌い。作品がぼけている〟(意訳)
    と書いた。
    このとき志賀60代で太宰30代なので別に普通の意見だと思うのだけど。

    でも、これ読んだ太宰は井伏鱒の家で、メソメソしていたらしいです。
    それで、この如是我聞で山ほど志賀直哉への文句を書いている。志賀を馬鹿文豪とか言っている。
    怖い。軽く頭おかしい。

    で、税金も払わず、妻に生活費も払わず愛人と心中です。

    明らかに太宰は良くない。
    そもそも文豪たち良くない人多い。
    人としては好きになれない。
    鉄門海上人のほうが立派です。
    別の意味で怖いけど。鉄門海上人。

    でもこんな類の人がいたほうが、世の中が面白いので、しかたないです。

    秋谷さんの挙げられた
    〝駆け込み訴え〟は〝如是我聞〟と構造が似ていますね。
    本当は太宰は志賀直哉ら大家に褒めてもらいたかったのかも。
    知らないですけど。

    ともあれ。
    この度もまた本作を含めてお凡そで私の書いたもの全般を好意的に受け止めてくださり感謝です。

    重ねて。
    この度も、コメントありがとうございました。

    編集済
  • 考察がすごいです。やっぱり大先生ですよね?
    こちらは連載中になってるので次作にも期待していいのかな?
    為になりました。ありがとうございます。

    作者からの返信

    いつもコメントとレビューありがとうございます。

    コメントに返信すると通勤時間もなんとかやり過ごせます。

    さて、このエッセイを好意的に受け止めてもらい安心します。
    こちらこそ、ありがとうございましたです。

    何も考えずに、その時思ったことを書いているだけなので深い考えや背景もありません。
    なので、続きます。だけど続き物でもないため不定期なのです。

    世間の年度の変わり目は忙しいので現在の私は何も思わず、無で過ごすためエッセイも湧かないのです。

    そして、また先生ですね。きましたね。
    大とか、ついてますね。

    先生と呼ばれるほどの〜と申します通り、なかなかに厳しい。原因不明の身体の痛みに襲われます。助けてください!

    そんな次第でした。
    重ねてこの度も、コメントありがとうございました。

  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    楽しく書いて、それを楽しんでくれる人が居ればそれで良い。
    狙って、仕事として、書く。
    今、何が読まれるか分析して、正しい日本語で、正しい文体、正しい書式で書く。
    耐えられないと思います。
    弱っちいので(笑)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    コメントが日々の糧なので助かります。

    さて。
    弓納持水面さんも私と同じ括りの方でしょうか。

    色々と、ままならないのでしょうか。
    だとしたら日々困りつつ過ごしていますか。
    まったく、しかたないですよね。

    せめて、カクヨムなどでの書き散らしで気散じしておくだけですよね。

    ともあれ。
    重ねて、この度はコメントありがとうございました。

  • 穴に落ちたらここでしたので、立ち寄りました。
    応援してます^^

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    おきなさんにかけていただいた言葉に恐縮しきりです。

    お手隙の際にでもまた寄っていただけたら幸いです。
    重ねてこの度はコメントありがとうございました。


  • 読了!!!
    すごく納得した…。不思議には思っていたけど、それを考察して自分なりの答えを導き出せるのは本当に凄いな…。尊敬します!!
    このエッセイ色々と感じることがあって楽しかったです!!!応援してます!!!

    作者からの返信

    コメントやレビューをありがとうございます。

    手前勝手な考えを綴るエッセイなので、せめて読んだ方が肯定でも否定でも何事かを考えてくださる事が一番嬉しい事です。

    本作を読まれて、テマキズシさんに何かの感慨が浮かんだのなら、それで充分に書いた甲斐がありました。

    重ねて、この度はコメントやレビューをありがとうございました。

  • ヤバイよ!木山さん!

    ゴメン、本章の感想よりも先に、御礼等を書かせて!

    拙著『量子と精神』へのレビューコメントありがとうございました。

    実は、今、私ちょっと涙ウルウル。なぜかと言えば、前半はデコイ(囮)と見事に来た!

    そう、この作品を書いている時に、「あ〜、将棋好きな人以外は前半で脱落しちゃうかなぁー」なんて思いながら書いてたんです。でも、私なりに、そこにいろいろクライマックスへの伏線を仕込んでいたり、意味のある章ではあったのですが、まさに「離脱」が最も懸念される事柄でした。

    ですが、どうでしょう!?木山さんの名コメントレビューは!そんな筆者の懸念を一掃する「まぁ、最後まて読んでみれや!」との短編のスーパーエッセンシャルな部分を訴えていただいた名推薦文!

    これまでは、後でレビューコメントを読み返して、ニヤニヤしながら読みつつ、日本酒をチビリとやるのが常でしたが、ちょっと、このレビュコメを見ると涙もろくなりそう😊。

    いやー、同志発見!の気持ちをお伝えする先程送ったメッセージでしたが、拙作を文字通り一気読みして、私が本作に込めた狙いを余すところなく、かつ、ネタバレしない、絶妙なバランスでのレビューコメント、本当にありがとうございました。感謝&感激‼️


    さて、もう一つ、感心したのが、レビューコメント拝読して、デコイを初め「あれ!この人、スゲーボキャブラリーある人だぞ!」と思うようになりました。

    本章も、「牛の首」「小豆洗い」「グラハム数ヶ月」など、各方面に通暁しているのが滲み出ていらっしゃる!素晴らしい👍

    続けて私も作品読んでいきたいとおもいます。

    同志として、今後とも、よろしくお願いします。

    作者からの返信

    大変に熱のこもったコメント、ありがとうございます。

    読んでいて気圧されるほどの圧力を感じる文面であり、とても面白く読ませていただきました。

    この度、青山 翠雲さんの作品である〝量子と精神〟へ私がつけたレビューを褒めてくださり、大いに嬉しく同時に恐縮いたしました。

    しかし、私の書いたレビューが良かったとすれば、それは取りも直さず〝量子と精神〟が面白かったということです。
    良い作品なしに良いレビューなど書けるはずもありません。
    〝量子と精神〟は、あの結末に向かうのに、ストイックな感じの文体を用いているのがもう反則です。
    考察するほど、的確な選択だったと思われます。

    私は読むのが遅いので、ゆっくりになるとは思いますが、こらからも青山 翠雲さんの作品を拝読させていただきたいと思っております。

    そして、作品を読むことで熱量のある文の書き方を学ばせてもらい、いつの日が私も青山 翠雲さんくらい圧力を感じさせる文を書いてみたいものだと思っています。

    重ねて、この度はコメントありがとうございました。

  • レビューにお礼を書く欄がない理由……私もずっと疑問に思っていたのですが、ようやく把握できました!ありがとうございます。

    「三尺三寸の箸」の説話もおもしろかったです。
    自分の心がけひとつで天国にも地獄にもなってしまう、深いお話だなあと思いました。

    世の中には自分が損をしてでも他人には絶対得をさせたくない、と考える人もいる、と聞いてガクブルしました。確かにいるいる!

    作者からの返信

    いつもコメントありがとうございます。

    コメントはありがたいです。
    ビンに手紙を入れて海に流すみたいな投稿生活に返信があったような嬉しさがあります。
    まあ、まさしく返信があったわけですが。

    上田ミルさんにせっかく読んでもらってアレですけど、
    〝どうしてレビューに直接返信出来ないのか〟
    本編で書いた理由。

    これはあくまでも私の勝手な意見なので、カクヨムさんにしたら単にサイトの負荷を減らすため付けてませんとか、かもしれません。

    なので話半分に聞いていてもらえたら助かります。
    三尺三寸箸とスパイト行動(スパウト行動とも)は本当にある言説なので大丈夫です。

    普段から空言を連ねていると段々〝ここまでは事実だったかな?〟という範囲が自分でも曖昧になるのが怖いところです。

    基本エッセイはフィクションではないので、日々適当な私にとっては正しく書くけたものか常に不安なものです。

    重ねて、いつもコメントありがとうございます。

  • いろいろと考えさせられる内容でしたね。
    自分はレビューを数件しか貰ってないので何とも言えないですけど、貰ったものを読んでみるとハッとさせられるものばかりです。

    自分は意識していなかったことを書かれると、そんな風にも受け取れるんだなと驚くことが多いです。

    一方で、自分も数件レビューを書いたりしたけど、本当にこんなことを書いて良かったのかなと、後でいろいろと悩んだりもします。
    なので、ちょっと怖いですね。

    でも、フォローした作家さんのレビューは通知されるので、小説を読むきっかけになるのでありがたいですけど。
    特に、普段読むことのないジャンルの小説の概要を知れるのは、とても良い事だと思います。

    あと、応援にコメントを付けて貰えると本当に嬉しいですよね。
    それがどんな評価であろうと、本当に読んでくれてるんだと実感できますからね。

    カクヨムの場合は応援してくれた人が誰なのかが分かるのが嬉しくもあり怖くもありますね。
    交流が出来て楽しめるうちが良いですけど、何かの切っ掛けに争う羽目になったりもしますからね。

    それを考えると、慎重にならざるを得ないです。
    特に、文字だけだと伝わるニュアンスが違ったりしますからね。

    まあ、ぼちぼちと自分のペースでやって行くしかないですね。


    天国と地獄の話は、昔に山本鈴美香さんの漫画『エースをねらえ!』で読みましたね。
    新たなコーチになった坊さんが説教してましたけど、へえ、なるほどねと感心したのを覚えています。

    っと、随分長々と書いてしまいました。
    これから木山さんの他の小説も読ませて貰いますね。

    それではこの辺で。

    作者からの返信


    コメントありがとうございます。
    コメントだけが漫然と過ごす日常から我に返るための気付薬となっております。

    カクヨムに来た当初からレビューは奇妙な存在だと思っていたのです。

    カクヨムに設けられた、レビューで書き手と読み手をつなげるシステム。
    それは、レビューでポイントを稼ぐゲー厶だとも言えます。

    その仕組みの中では好意と感謝と自己顕示欲と返報性とポイントが変換されています。
    この交換は、特定の人を強く惹きつけるようです。

    例として。
    カクヨムトップページの新着おすすめレビューのコーナーを眺めると特定の人が繰り返し、または連続してレビューを書いているのがわかると思います。

    なぜそういう行動をとるのか?
    不思議であり興味深く思っていました。

    私自身は単純に、その日読んだ中で楽しませてもらった作品にレビューをつけています
    時空震さんと交流させてて頂く切っ掛けもそうでした。

    自分ではない視点からのコメントは、色々考えることもでき楽しいものです。

    システムがどうであれ結局は、それを使う人間次第ということです(※なんか、図らずもSF小説にありそうな言葉となりました)

    本作が時空震さんにとって何かを考える契機となっていたのなら、それが一番嬉しいです。

    重ねて、この度はコメントありがとうございました。

  • 「レビューを書くことです!」
    同感です。
    自分は最近ぜんぜん投稿していないのに、なぜかフォローしてくださるかたがいて「どうやって見つけたんだろう?」とふしぎでしたが、あれは自分が書いたレビューを読まれたのだと最近気づきました。
    実は自分はレビューの読者は「作者ただ一人」と考えていたので、この事実は新鮮でかつ意外でした。
    でもよく考えたら自分も木山さんのレビューを作品として読み、フォローの参考にしているのでそんなに意外なことでもないですね。
    今日も木山さんのレビューを参考に小田島さんの『狂気の男』をフォローして読みました。
    木山さんにはまだまだ及びませんが、自分も心してレビューを書こうと思います。

    作者からの返信


    コメントいつもありがとうございます。
    コメントを読むと自分のぼんやりした日々にやるべき目当てがつく思いがします。


    さて本作。
    ほんとうにコメントやレビューには感謝しかないのでお礼をしたいのに、その返信欄がないのが不思議だった為に本作を書いたのです。

    それはそうと。
    読書の際に私のレビューを参考にしていただけたと聞きまして、本当に書いて良かったと喜びました。
    本来のレビューの役目を果たしたということですね。嬉しい限りです。

    重ねてこの度は、コメントありがとうございました。

  •  おお、木山さん、今回の説話はいろいろと得るところがありました。ありがとうございました。天国と地獄のお箸の話は、なかなか考えさせられました。

     わたくし自身は、ランキングと全然関係ないところに自分(の精神を)を置いているので、よい作品にはホイホイお星さまつけますし、レビュコメも時々書きます。その代わり親しい作家さんでも、❤もつけずにひっそりと退出することも多いです。だって❤つけると足跡が付くでしょ? 

     が、こないだまでのカクコンの狂騒を見るにつけ、プラットフォームが用意されると、人間、それに乗っかって踊らされてしまうのだなあ、ということも強く感じていました。レビュコメが嵐のように送られてきて、「そんなに読めねーよー」って思いました。

     競争とか、勝利とか、征服とか、人間の根源に潜む本能的なものなのでしょう。

     面白かったので、お星さまパラパラしておきますね。
     レビュコメはもう少し話数が進んでから。

     それじゃまた。



    作者からの返信


    コメント、ありがとうございます。

    私の最近(カクヨムコン応募、選考中)のカクヨムは、地獄のカクヨムになりかかっていたかと思ってます。

    〝地獄へ道は善意で舗装されている〟

    等といいます。
    コメントやレビューをいただき際に反射的にレビューをつけること。
    これが自分としては良いことだと今も思います。これは変わりないのです。
    でも逆から見た場合。

    〝評価しなければ、こちらかも評価しない〟

    そんな状況になっている、ともいえます。

    意図しようとしまいと結局は、☆や♡を引き換えにしていることになる。
    これはどうなのか?

    そうならないためにフォロー外の書き手の方の作品も読み、評価もします。
    だけど、それはまた言い訳、場当たり的な対応な気もしています。

    これは自分が書き手であり読み手であるから起きる当然の結果です。
    そのスタンスで活動するか限りは、抱えて活動する問題な気もします。

    重ねて今回はコメントありがとうございました。


  • 編集済

    喬鳥さん、どうも。

    『カクヨムで一定時間に連続して大量の☆を与える行為はアカウントの削除の対象になるそうです。』

    「この宇宙店主、コチラの荒技を現場にて一度、遭遇した経験が御座います。❤️の連射に次ぐ連射。其処からの『☆☆☆』。チト宇宙店主も猛連射を続ける地球人読者の方が気になり、ソチラに参ったところ、矢張り地球人作家でも在りました。無視をして居りましたら、次の地球日にはレヴュー無しの『☆☆☆』が消えて居りました。」

    この宇宙店主はドンと来いデスが、地球人作家によっては落ち込む方も居るでしょうね。
    イケナイ癖デス。

    「余談デスが、コノ宇宙店主、行き過ぎた読書感想文が角川書店の怒りに触れて、存在を抹殺された事がアリマス。気が付いたら『宇宙書店』が消されてました。」

    では。


    宇宙店主

    作者からの返信


    コメントありがとうございます。
    最近、レビューを多くいただいて嬉しくも恐縮しております。
    宇宙からの通信、忝ないです。

    しかし宇宙書店さんのラジカルな作品群へ、いきなり☆や♡を付ける方の勇気はスゴイです。
    明らかにただ者ではないのに。
    おそらくレビュー数の多い人とだけ確認し機械的に評価ボタンを押下したのでしょう。
    覚悟が足りないのです。

    なんでもいわゆる〝星爆〟からの星の消失は、運営からの指示という話もあります。
    〝何日までに☆を200個消すか、そこに文章でレビューコメントを追加で書かないとアカウント消すよ?〟
    と言われた方がいます。

    宇宙人と違い人間は愚かで欲深であります故、こんなものです。

    重ねて、この度は諸々とありがとうございました。

    追伸: 余談が強すぎます。


  • 切ない話ですね。
    少し木山様の趣旨からずれるのかも知れませんが、以前勤めていた会社で出世争いのアピール合戦に明け暮れる人たちを見て、ウンザリして辞めたのを思い出しました。
    私はマイペースで行きたいと思います。

    作者からの返信


    いつもコメント、ありがとうございます。

    最近。カクヨムコンの応募、読者選考期間中は私自身ある意味〝地獄のカクヨム〟にいたように思います。
    反射的に評価してくれた方に♡と☆とコメントレビューをつける作業を毎日に繰り返していました。

    これは結局のところ〝評価してくれた人にだけ評価する〟我欲の顕れでは?
    と思うと気恥ずかしくもありました。

    いっそカクヨム運営が書き手に対しての閲覧数や☆数、フォロー数などの評価状況の数量開示をやめてランク表示とピックアップだけにしてもらえたらと思いました。
    レビュー数も持ち数が週に三つずつとか。

    考えても仕方ないことは、やはり考えるだけ無駄です。
    そのシステムのなかでやれる範囲の前向きな行動をとるだけのことだと思うのです。
    この場にいつまでいるかもわからない訳なので。

    さて。
    職場で評価を気にする人いますね。
    前の配属場所でいました。
    そういう人は結局、他者を貶します。上役以外は潜在的な敵なので。
    優勝劣敗思想しかないので話は通じないし。
    隠れて法令違反はするし、で困った記憶があります。

    これも、自分のコントロールできない事象なので考えないですが。
    六散人さんがそんな環境から脱されて良かったと思うばかりです。

    重ねてこの度は、コメントありがとうございました。

    編集済
  • 第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    PDCAサイクル!
    そんな言葉が飛び交う職場でずっと働いていますので、物語を読むことは、私にとっては現実逃避です。
    逃避した先に現実は求めていませんので、創作論は多分読まないです。
    ビジネス書と同じで、実践できませんので。
    書く方は、これはもう自己満足です。
    自分の書いたものを時間を使って読んでくれる方がいて、評価していただいたら、嬉しい。
    また書こう。という自己満足サイクルの中でやっています。
    余り内容と関わりないコメントですみません。

    作者からの返信

    いつもコメント、ありがとうございます。
    まさか、六散人さんがこんな思いつきのエッセイを読まれるとは。
    油断しておりました。
    まったく汗顔の至りとはこのことです。

    気を取り直して。

    いま私は仕事で毎年なんらかの資格を取り続けさせられる環境でして。
    常に自己研鑽を求められたりして〝これは人生にとって何の意味が?〟考えてしまうことも多く。
    そんな折にカクヨムで、向上やら自己実現などの文言を見て、反射的に〝?〟を思いついた次第です。
    (本篇の繰り返しですが)もちろん、そうありたい人が精進されるのは、その人にとって間違いなく正しいと言う前提ですけれど。

    しかし。意外だったのは、六散人さんならこの手の対外的評価を上げるなどの雑事は片手間に処理なさって、その上で制作に向かわれるのかと勝手に思い込んでおりました。

    むしろ、不必要だと弁別されていたとは。

    私も、評価の向上は興味はないのですが。
    実は意味もなく創作論を読む方なのです。
    他人様の考えを知りたいものでして。
    だけど、実践はしない。

    思い返すと、この矛盾を誤魔化すための言い訳に、当エッセイを書いた。
    そんな部分があったのかもしれません。

    重ねて。この度は為になるコメントをありがとうございました。

  • 「物語はいつか陳腐になる」というテーマに惹かれ、作品をフォローしました。
    まるで時間を超えて心に刻まれる物語の不思議さを旅するような感覚です。作品に宿る受け手の愛着についての考察が、私の中で大切な物語の記憶をそっと撫でるようで、感慨深く感じました。

    作者からの返信

    あああ。
    いつもコメントありがとうございます。
    以前頂いたレビューのお礼にまだ伺ってない忘恩な私へ、さらにコメントを下さるとは!

    なんて良い人なのでしょうか。
    恐縮すぎて、いたたまれませんが、自業自得なので、それはそれとして返信いたします。

    当話のエッセイは、〝時間が経過するとメディアに記録した情報の価値は減少する〟というよくある普通の話を題材として書いたものです。

    より質の高い情報は〝マクルーハン理論〟関連の書籍などから得られるのではないかと思います。

    エッセイの要旨としては〝不朽の名作なんて書けないけど、誰かが憶えていてくれるような物語を書けたら上出来〟な感じです。

    私が子供の頃に好きで読んでいたのに、大人になって調べてみると日本では全然売れてなかった作品だったと知り〝面白いのに売れてないなんて……〟と驚いた憶えがあります。

    ちなみに〝5次元世界の冒険〟という本でした。
    その子供時代の記憶から書いたエッセイなのです。

    そして、そんなエッセイに悠鬼さんのつけてくださったコメントが、端正な文章で凄いです。
    本篇より為になります。

    常々思うのですが、悠鬼さんのコメントやレビューの文章は整っていて要旨が明確。
    一個の作品みたいな印象があります。
    確りした人格がうかがえます。 
    自分のコメントを顧みると慄くばかりです。

    重ねて、この度もまた素晴らしいコメントありがとうございました。

  • 面白いですね。
    言の葉という単語が真っ先の思い浮かびました。
    言霊とは逆な感じがしますが、曖昧な会話にはどんな言霊が生まれるのか、気になるところです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    空っぽの会話。
    さて、何が生まれるんでしょうか。私もわかりません。
    〝誤解〟などは生まれそうですが、互いに分かってないなら何が誤解かも分からないでしょうね。

    ちなみに〝挨拶〟も空の言葉ですね。

    「おはようございます」
    ※早いから何だと言うのか?

    「こんにちは」
    ※今日はの後の文は何だ?

    「さようなら」
    ※左様なら、の後の文は?

    等々、疑問に思います。


    ちなみに〝非文〟ではないのに意味を持たない文についてはノーム・チョムスキーが〝ナンセンス〟という名称と定義して述べています。

    重ねて、この度はコメントをいただきありがとうございました。


  • 編集済

    第二話  引かれ者の小唄への応援コメント

    「文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ」

    太宰治が志賀直哉に向けて書いた言葉ですね。
    二人の作風、性格の違い、その後の人生を考えると一層興味深い言葉です。

    まあ、小説を書く目的は人それぞれなので、「書籍化が目標」でも「★を多く貰いたい」でも、それはそれで結構だと思います。
    でもねえ、最近のカクヨムの創作論の氾濫はどうなんでしょう。
    「このジャンルで、こういう題材で、こんな要素を散りばめて書け」なんていう上から目線の押し付けがましい論調ばかり。
    中には創作論を読んだ読者が自分の作品に流れてくることを期待してる、なんてことを公言する方もおられたりして。
    ところが御自分の作品はおしなべて評価が低かったり…… (笑)

    何かを「書く」っていうことは、他者に「伝える」って行為ですよね。
    で、ビジネス文書とかはさておき、物語を書くっていうことは、自分の中に「伝えたいもの、表現したいもの」が溢れてるっていうことですよね。
    上記の作家お二人にも、内容は全く違えどもそれがあった。
    でも凡百のWEB小説にはそれがない。
    それではいくら読者に媚びる技術を身につけて★を集めても、書籍化を達成しても空しいだけじゃないかと、私なんかは思います。

    長文失礼しました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    私などコメントが日々の楽しみなので、自分の悪口以外ならば、長文コメントも日々を生きるための豊富な滋養となります。

    大変ありがたいです。


    そして、内容が完璧。
    完璧に私のエッセイを書いた動機を余さず読み取られていました。

    むしろEvelynさんの方が詳しい。

    そうなんですか。
    〝自分が☆を集めるために☆の集め方を教える人〟もいるんですね。
    まるで
    〝お金持ちになれる本を売ってお金を稼ぐ〟みたいな方法論です。
    なんだか感心しました。

    そして。
    内面から起きる何かがなければ、何を達成しても意味がない。
    空しいのでは。
    というお考えは、しみじみ感じ入りました。
    そのコメントで、もう話は完了ですね。


    では蛇足でも。
    このエッセイのタイトルの
    〝引かれもの小唄〟
    太宰治は割と使用している言い回しのようです。

    〝もの思う葦〟〝新釈諸国噺〟などに散見されます。
    とかく悪口と泣き言ばかり言う文豪ですが、それが面白く思えるのだから始末が悪いのです。

    当エッセイもそれに擬え、当節の世間様の流行り。
    それだけではやりきれない私の胸中。
    そのふたつを認めたものでした。

    なにやら物語でございますとか、
    考察でございますと語るばかりでは釣りあいが取れないと思い。
    泣き言のひとつも書いたものでした。

    しかし今日読み返すと────思ったよりも、泣き言でした。

    陰にこもっているヤバい人という印象でした。怖いですね、

    しかし、書いた動機を完璧に汲み取る方が出たのなら、書いて良かったかと思うばかりです。

    重ねて、コメントありがとうございました。
    お手隙な際にまた何かしらの物語を読みに寄ってもらえたら幸いです。


  • 編集済

    昔々、確か昭和の終わり頃に石ノ森章太郎さんの原作で、実写テレビドラマ化もされた「変身忍者嵐」っていう漫画があったような。
    なにしろ幼い頃の記憶なので不確かなんですが、そのキャッチコピーが「吹けよ風、呼べよ嵐!」だったと思います。
    なんだか懐かしくなっちゃいました。
    でも御作はエッセイで、忍法は出てこないんですね (^^;)

    追記)いえいえ、懸念なんてしておりません。
    ただ、思い出して懐かしい気持ちになっただけです。
    ああ、ピンク・フロイドにそういう曲がありましたね。
    確かアルバムタイトルが "Meddle"「おせっかい」で、その4曲目だったかな。
    爆発的に売れた "The Dark Side of the Moon" の前作で、比較的地味だけど名作ですよね。
    そういえばあの曲は受験生時代に勉強のBGMとしてよく聞いておりました。
    ズンズンとしたリズムが迫力があって、どんどんスピーディーに盛り上がって、勉強が進むんです。
    でも、受験勉強のBGMにプログレを聴くなんて、ひょっとして私だけかな?

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    こんな雑言を読ませて恐縮です。

    さて。
    「変身忍者嵐」存じております。
    キャラクターソフビを幼少のころ持っていた様な気がします。

    Evelynさんの懸念されていた
    文言は、調べたところ、おそらく同番組のオープニング曲「嵐よ叫べ」の一節

    〝吹けよ嵐、呼べよ嵐、嵐よ叫べ〟

    の部分の歌詞をキャッチコピーとして転用したか。
    もしくは雑誌等が掲載時にレイアウトした図版があったものかと推察します。

    で。私のエッセイの惹句は

    ピンクフロイドの楽曲
    〝One Of These Days〟の邦題なのです。

    これは往年のプロレスラー、アブドーラ・ブッチャーやタイガージェット・シンの入場曲として使われたり、同名の歴史小説、最近だと捩ったポケモンのタイトル、漫画の題名、等々の数多のエンターテイメントに擦られまくっている元ネタです。

    なにぶん古いネタなので、大元まではあまり知られないかもです。

    で。そうなんです。
    「木山忍法帖」に忍者の話はないのです。

    忍者の話は「忍者が好きである」というエッセイに入っている(※続編制作中)という
    なんともおかしな制作状況になっておりまして、ややこしいですね。恐縮です。

    ともあれ、
    重ねてコメント、ありがとうございました。
    また何かの折に、拙作を読んでもらえたら幸いです。



  • 自主企画、ご参加頂きましてありがとうございます!(´・∞・` )

    すっかり企画の海に沈んだ中から見つけて頂いちゃって(´ー∞ー`*)


    冒頭から読んでで、『科〇研の女』の「マリ〇死す!」とか、『相〇』の「特〇係、最後の事件」の「まぁた、それ言っとる(´・∞・` )」を思い出してましたw

    なんとなく観ちゃうんですよね(´・∞・` )あれ
    海外のクライムサスペンスドラマのほうが好きなんですけど(´・∞・` )つい


    改めまして、ありがとうございました!(´・∞・` )

    作者からの返信

    拙作を読んでもらったうえにコメントまでいただき、ありがとうございました。

    自分が自主企画を起ち上げた時には、これほど丁寧な対応をしないため、恐縮しきりです。

    話題に出ていた、テレビ朝日系列のドラマは両方ともよく観ています。

    ミステリーと、アクション、恋愛を主題にする作品は惹句なりキャッチコピーが似たものになりがちですよね。

    〝問題や障害を解決する〟という物語の方向性が決まっているので、番宣として多数に勧めたり煽る言葉も似たものになりがちなのかもしれません。

    何にせよ。娯楽作の場合は、セリフや行動を観たいと思わせるキャラクターを登場させてしまえば、後のアレコレは余事なのかもしれませんね。

    重ねて今回は、ありがとうございました。
    また何かの折には拙作を眺めに寄ってもらえたら幸いです。