テンセイシャの舞台裏 ─幽霊令嬢と死霊使い─

葉月猫斗

プロローグ

「凄い……ここがルカヤ魔法学校……」


 アマーリエは立派な校舎を見上げながら新生活への緊張と興奮で肩が強張りそうな、それでいてフワフワとした現実感の無いような心地を覚えた。

 この学校の制服に身を包み、既に寮で一夜を明かしてこれから三年間ここで過ごすのは純然たる事実なのに、まだ都合の良い夢を見ているような気分だった。

 

 アマーリエはしがない男爵家の令嬢である。家の人間は一応貴族のはしくれとして魔法が扱えるとはいえ、平均的な能力しか有していなかった。しかし二年前に突如として状況が変わり、長女のアマーリエが卓越した魔法の才能を開花させたのである。


 これには両親も驚き、そして大いに喜んだ。家族一丸となって頑張ってお金を集め、魔法学校の中でも最高峰の王都に建つ国立ルカヤ魔法学校への入学を後押ししてくれたのだ。あまり経済的に余裕は無いのにも関わらずだ。

 この学校で猛勉強して良い成績で卒業すれば高給取りへの道が開ける。そうしたら両親にも楽をさせてあげられるし、領地に沢山貢献できる。もしかしたら兄にも自分の子にも良い縁談が舞い込むかもしれない。


 魔法の才能を開花させたことで当主への道を歩むことになったアマーリエの一番の目標はそれであった。領地経営とかまだまだ勉強する部分はあるけれど、まずは良い就職先を掴む為に一にも二にも勉強である。

 あとは友達を作って時々は街へ遊びに出かけるのも密かな楽しみだ。田舎暮らしだった彼女にとって町は魅力的な刺激で溢れている。

 ぼうっと立っている所為で生徒の一人が通りすがりに少し迷惑そうな顔をしているのが視界の端に見えた。いつまでもここに居る訳にもいかないと校舎に向けて歩き出そうとしたが。


「えっ?」


 しかし、何かが身体からすり抜けた感覚がして足を止めた。今のは何だ?何か大事なものが抜けたような気が……。

 何が起こったのか分からず振り返ると、なぜか背後に自分が呆然とした様子で立っていた。


(どうして!?何で私が二人!?)


 慌てたアマーリエは後ろで突っ立っている自分の腕に触れようとした。だがすり抜けて転びかける。

 訳も分からず混乱した頭でいると、視界に入った自分の手が薄っすらと透けているのが見えた。ギョッとしてマジマジと観察するとやはり透けている。手や腕の向こう側の景色が見えてしまうのだ。まるで幽霊のように。


 突然の出来事にいよいよパニックになりかけると自分の身体が勝手に喋り出した。


「うそ!?これって■■■■の世界じゃない!?」


 言葉の一部がノイズのようで上手く聞きとれなかった。しかも「異世界転生ってやつ?ヤバー!」だの「しかもヒロインじゃん!増々ヤバいんだけどぉ!」と訳の分からないことを喋り続けている。その所為で周囲の人が不審人物とばかりにこちらを見ているのにもう一人の自分は全く気付いていない。


「え?てことは逆ハーエンドになったらイケメンに囲まれる生活送れんじゃね?最高じゃん!」

<ねぇ!少し口を閉じて!もうそれ以上喋らないで!>


 まるで自分の身体を別の何者かが操っているような状況にたまらずアマーリエは叫ぶ。だがもう一人の自分は意にも介していない。


<誰か!誰か助けて!>


 今度は周囲の人間に助けを求める。必死で叫んだり生徒達の前に出てみたり何とか自分の存在に気付いてもらおうとしたが、しかし誰一人として彼女に気付く者は居なかった。

 本当の自分の声は全く聞こえていないし姿も見えない。死んだ覚えはないのにまるで自分が幽霊になったようで、凍えるような恐怖を覚える。


(いやっ!死にたくない……!)


 意気揚々と校舎に入って行く自分を追いかけながらアマーリエは叫び続ける。このまま自分が死ぬのも、自分じゃない誰かが自分の身体を乗っ取るのも耐えられない。

 誰でも良いから、一人だけでも良いから気付いてほしい。自分の声を聞いてほしい。このまま誰にも知られずに自分が消えていくのは嫌だ。あの訳の分からないことを言う異様な自分が自分として居続けるのは嫌だ。何よりまだ生きたい。


 生への渇望と死への恐怖で、彼女はなりふり構わず自分はここに居るのだと訴え続けた。それは偶然か必然か、運良くその声を聞き届けた者が居た。


「おやぁ……?」


 誰にも聞こえない大きさで呟いた彼女は、一見はごく普通の生徒であった。艶やかな赤毛を両サイドで高く三つ編みに結い上げている可愛らしい雰囲気の少女である。しかし彼女は何も無い箇所を見て明らかに楽し気な顔をしていた。まるで面白いものを見つけたとでも言うかのように。


「ミカは私の代わりにちょっと授業に出てて。マイは誘導お願いね」


 彼女は隣の何もない空間に話しかけると足元に光の輪を出現させてその場から消えた。

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