ローグリスペクトなローグライク
雨の日の午後だった。
白髪ボブカットの少女が大座敷の座卓に肘をついて、目を閉じていた。
「クローディア?」
帯戸は開けっぱなしになっていた。廊下を通りかかった金髪長身の少女——宵星アカリが呼びかけると、クローディアと呼ばれた白髪の少女は目を開く。そして、宝石のように赤い瞳でアカリを見た。
「どうしたの、そんなにぼうっとして」
「いえ、暇だったので雨の音でも聞いてようかと……」
「あなた、意外と風流な趣味もってるのね」
「……ネットで、俳句のコンテストの募集を見かけまして」
「?」
「雨の音で一句詠んだらお金持ちになれるかなあ……とか考えてました」
「一気に俗になったわね。私の感心を返して」
はあ、とアカリはため息をつく。
「だいたい、あなたお金には困ってないでしょ。毎月のお小遣いは十分わたしてるはずだけど?」
すると、クローディアは俯いて、静かに言った。
「……貯金なら、全部消えました」
「はい?」
「3連単、当たらなくて……私の予想が当たれば今までの分込みで5倍にして返せる予定だったんですが……」
「……………………」
アカリがクローディアと暮らすようになって、数年。彼女も最近はようやく素の自分を見せてくれるようになったと、アカリは内心で安堵していた。
まさか競馬で全財産をスるとは思ってもみなかった。それも養ってもらっている身で。ある意味すごいと感心すらしてしまう。
「……ええと、それでそんなふうに、黄昏れてたってわけ?」
「なのでお仕事募集中です。最終学歴小卒の私にできることなんて、なにもないと思いますけどね……」
ふふ、とクローディアは暗い笑みを浮かべる。
「…………」
クローディアをアカリのもとで養うことになった経緯は少し複雑だ。血縁もなければ、アカリ自身とは大した因縁もない。ある意味では、いまは亡き父に押し付けられたとも言える。
とはいえ、アカリとしてはきっちりとクローディアの面倒を見ようという意志はあった。
彼女と一緒に過ごすうちに、そのくらいの愛着は湧いていた。
「——よし。それじゃあゲームのテストプレイをお願いしようかしら」
だから、アカリはクローディアに仕事を与えることにした。
自身の恥ずかしい黒歴史を晒しても構わない、という覚悟で。
◇◇◇
座卓の上には、一台のノートPCが置かれている。クローディアは座布団の上に正座しながら、アカリの声に耳を傾けた。
「これから遊んでもらうのは、私が昔、作ったゲーム。作った当時はインディースの販路があまり整備されてなかったから、自分ひとりで遊ぶものとしてお蔵入りにしてたんだけどね。……最近はほら、売りようが色々とあるし、お小遣い稼ぎでもしようかと思ってたところだったの」
「……はあ。それで、どんなゲームなんです?」
「正統派なローグライクよ」
わざわざ正統派、と言ったのが少し気になったが、クローディアは深く突っ込まなかった。
「ええと、操作はこのキーボードで?」
「ええ。操作説明はそこのReadmeに書いてあるから、適宜参照してね」
「……ゲーム中に説明はないんですか?」
「正統派だから」
さっそく嫌な予感がしたが、気にしないことにする。
exeファイルをダブルクリックして、ゲームを起動する。
フリーゲームで良く見る感じのタイトル画面が表れた。
「……ツ○ール製なんですね」
『ゲームを始める』の項目を選択して開始する。
まず最初に出てきたのは、「あなたの名前を教えてください」というダイアログ。なるほど、古典的なRPGといった雰囲気だ。
クローディアは自分の名を入力する。
すると、何の説明もなく洞窟の中のマップに画面が遷移する。不親切なつくりだな、と声には出さずに思う。
真ん中あたりにいる赤髪のキャラクター、これがプレイヤーキャラクターだろう。クローディアはキーボードの「→」キーを押してみる。
「…………?」
反応しない。
「↓」も「↑」も「←」も押してみる。
反応しない。
「アカリさん、このゲームバグってますよ」
「いいえ。それが仕様よ」
アカリは堂々と言った。
「ちゃんとReadmeファイルを見てちょうだい」
言われるがままにReadme.txtを開き、確認する。
——そこには、
【移動】
左……h
下……j
上……k
右……l
との記載があった。
「…………???」
わからない。クローディアにはわからなかった。なぜこんなにも複雑怪奇なキーマップが割り当てられているのか。
いや、hjklがキーボード上で一直線に並んでいることを踏まえれば、h、lがそれぞれ左移動と右移動を担うのはわからないでもないかもしれない。歩み寄りは、できる。
だが、方向キーでの移動を封印した意味は少しも理解できない。
「ローグライクの大元のゲーム——ローグがね、そういうキーマップなの」
アカリが言った。
「だからってそのまま踏襲しなくても良くないですか……!?」
「本当にね。いまになって思うと、どうして私はこんな無駄なこだわりを……って思ってしまうわ」
クローディアは、いま自分がプレイしているゲームが、アカリの若気の至りの結晶であることを察した。
このゲームを、一通りプレイするのか……。
クローディアは暗澹たる気持ちになったが、アカリも善意でこの「仕事」を与えてくれたのだ。投げ出すわけにはいかない。
それから、クローディアは踏襲しなくて良いポイントまで「ローグ」を真似たアカリの自作ローグライクをクリアするまでプレイした。
とはいえ、製作者に本家ローグを徹底的に模倣しようとする意志がみなぎっていたからだろうか、操作性以外の面では、想像よりも悪いものではなかった。
数日後、ようやくゲームクリアを達成したクローディアはアカリに感想を報告した。
「……最初はどうなることかと思いましたが……悪くなかったです。もうちょっと遊びやすくしてくれれば普通にお金とれると思います……あと、導入をもうちょっとわかりやすくしてくれれば……」
「それは良かったわ。じゃあはい、報酬」
クローディアはアカリから封筒を受け取る。中身は一万円札だった。
「……あれ、これだけですか? いや、不満とかじゃないんですけど、時給換算すればこのくらいな気がしますし……」
ただ、クローディアとしては毎月のお小遣いと同額程度はくれるものだと思っていた。その予想が裏切られて、思わず言葉が口に出てしまった。
アカリは笑みを浮かべ、
「あのゲーム、諸々あなたにあげる。自分のものとして売っていいわよ」
「……はい?」
「好きに改良して好きに売ってちょうだい。そうすれば、あなたも『お金をもらってばっかりじゃ悪いから倍にして返そう』なんて頭の悪いこと、考えなくて済むようになるでしょ?」
「………………そう、かもです、ね」
その後、クローディアは自力で色々勉強してゲームを完成させて、インターネットで販売した。
その頃にはアカリが作った「正統派ローグライクゲーム」の面影は、ほとんど残っていなかった。
ちなみにゲームの売上は結局、競馬でスった金額の半分にも届かなかった。
(了)
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