クリムゾン・フラグメンツ:エクストラ~日常エピソード中心の短編集~

砂塔ろうか

昼食には牛乳寒天を

 お弁当を持って部室に行くと先客がいた。

 栗色の三つ編みが風で穏かに揺れる。丸い眼鏡に学校指定ではないセーラーブレザーを着用した私の幼馴染、月代つきしろチヨだ。


 チヨは椅子に座って、タッパーに入った白いゼリーをもそもそと食べていた。私に気付くとチヨは片手を上げる。


「やほ、シズクちゃん◇」


 私は片手を上げて応じて、彼女の真正面に座る。


「今日は早いね。私、授業終わってからすぐこっち来たのに」


「3組は4時限目、自習だったんだよね。だから、さっさと教室抜け出してこっちに来てたってわけ◇」


「ふうん。……じゃあ、お昼ももう食べちゃったんだ」


 少し残念だ。

 今日はお弁当を持ってきていたから、チヨとお弁当の具を交換しようと思っていたのに。


 私はお弁当箱の包みをといて、ハンカチを広げる。魔法瓶の蓋を開けると、スパイシーなカレーの香りが広がる。初めて使うルーだったけれど選んで正解だったようだ。奮発して良かった。


「シズクちゃん、私が牛乳寒天を食べてるからって、デザートを食べてると思ったらそれは大間違いだよ……♧」


「……? どういう意味?」


 チヨはタッパーに半分ほど残ったゼリー……もとい牛乳寒天を指差す。


 まさか。そんな馬鹿な。


 チヨは私の予感を肯定するように微笑んだ。


「————


「なっ————!?」


 魔法瓶の蓋をテーブルの上に落としてしまった。


「だ、ダイエット中……ってこと!?」


「そういうこと♡」


「……私、どっか別のところでお昼食べた方が良かったり…………?」


「いいよ別に」


 チヨはまた、もそもそと牛乳寒天を食べ始める。あんまりおいしそうには見えない。


「……手伝おうか?」


「自分で作ったものは自分で処理しないとだから……♧」


 タッパーにれている時点でそんな気はしていたが、やっぱり自作だったのか。


 それにしても、ちょっとこのままカレーを食べるのはなんだか友達として、幼馴染として気まずい。かといってカレーのお裾分けをしてもチヨを困らせるだけだろうし……。


 チヨは妙に意志が硬い。私がカレーをあげると言っても断るだろう。

 よそでカレーを食べるというのもナシだ。さっきマジのトーンで「いいよ別に」と言われてしまったし。チヨはマジになると普段ついている語尾の調子が抜け落ちる。


「……………………」


 牛乳パックにストローを挿して、一気に飲み切る。


 魔法瓶の蓋を締めて、部室にただよう香ばしいカレーのかおりの流出を一旦止める。


「なんで蓋したの?」


 チヨが睨んだ。


「これから食べるんだよね? なら食べたら良いじゃん。私はまったく気にしないから」


 マジのトーンだ。


 ……この幼馴染は、本当にこういうところが面倒くさい。幼馴染があんまりおいしくなさそうな牛乳寒天を食ってる真正面で食べろというのか。


 奮発して通販で買った高級カレーを……!


 お弁当箱の中に入ってるタンドリーチキンとサフランライスと一緒に……!


 私は魔法瓶の蓋を開ける。お弁当箱を開ける。タンドリーチキンとサフランライスの香りも広がる。


 チヨは表情を硬ばらせた。


「……一緒に、食べる?」


「いらない」


 チヨの意志は鋼だった。


 ——こうなったらもう、元を断つしかない。


 チヨに、意地を張って牛乳寒天を食べる必要がないと説得するしか……!


 まずはダイエットの必要がないと伝えてみる。


「チヨはスタイル良いんだし、ちょっとくらい体重が増えてもそれは胸が大きくなっただけだと思うけれど……」


「シズクちゃん的には、そっちのが嬉しいって言いたいの?」


「そうそう!」


「私、シズクちゃんにいやらしい目で見られるために成長してるわけじゃないんだけど」


 正論だった。


 ダイエット不要論作戦、失敗。


 第二の策に移る。


「……実は私も、最近太り気味な気がしてて」


「シズクちゃんは太らない体質だって前自分で言ってたでしょ」


「いや、そう思ってたんだけどお腹の肉が最近……」


「そう言うならつまんで確認させてくれる?」


「………………ごめんなさい。嘘です。前とまったく変わらない全身フラットスタイルです」


「だよね◇」


 第二の策——「私もダイエットしようと思ってたの」作戦、失敗。


 ちなみに第三の策——「牛乳寒天って思ったよりカロリー高いよね」作戦は実行する前に頓挫している。だってスマホでどう頑張って調べてもカレーよりカロリーが高いなんて話は出て来ないから。


 手詰まりだ——。


 どうしようもない、と思ったその時だった。


 部室の扉が開かれる。


 見れば、金髪長身のブレザー姿の女子生徒がそこに居た。宵星よいぼしアカリ、彼女もまたこの部の一員で、私の友人だ。


「あら、二人とも今日は早いのね」


 アカリは購買で何か買ってきたらしい。手にビニール袋をさげていた。


「シズクはカレーで……におい、部室に付かないわよね?」


「窓は最初から空いてたから……多分、大丈夫」


 アカリは部室のベランダ側に目をやって頷いた。


「チヨは……なにそれ?」


「牛乳寒天♡ 私の手作りなの◇」


「声のトーンと表情が一致してないのだけど……。そもそも、量が多すぎるんじゃないの?」


「えっ」


 アカリはチヨのタッパーを指差して言った。


「そのタッパーいっぱいになるくらい作ったんでしょう? なら4人分はあるんじゃないかしら」


「…………………………」


 タッパーの中は、三分の二ほどが空になっていた。つまりチヨは一人で2人分以上、食べたということになる。


「食物繊維って食べすぎると逆にお腹を壊すから、気をつけなさいよね」


 言って、アカリはチヨの隣に座った。


「残り片付けるの、手伝いましょうか?」


「…………ええと、」


 チヨは少しの逡巡のあと、言った。


「それじゃあ、お願いしよう、かな……? シズクちゃんも、食べる?」


「う、うん……」


 こうして、チヨの鋼に思われた意志はあっさりと折れた。


 ちなみにチヨお手製の牛乳寒天は、砂糖を少なめにしていたらしく、全然甘くなかった。



(了)

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