社会人科目くらいオール5でクリアしてやる

ちびまるフォイ

誰からも求められない非社会的人間

「えーー。社会人知識が義務教育となりました。

 それにより、我が唱和しょうわ中学校でも

 これからは"社会人"という科目が新設されます」


「先生。科目:社会人って具体的になにをやるんですか」


「社会人になってから気づく、知るマナーを先に学びます。

 社会人になってからのギャップを減らすためにです」


「なんか余裕そうだな」


既存の科目はすべて最高評価を獲得し、

モンドセレクションまで受賞している。


いまさら社会人とかいう科目が増えたところで問題ない。


そして社会人の授業が始まった。


「では社会人1ページ。

 では山田さん、そこを読んでください。

 みなさんも声をあわせて復唱しましょう」


「はい。"社会人は仕事開始1時間前に出社して、床を掃除する!"」


「「 床を掃除する!! 」」


「いやなんで!?」


思わずツッコんでしまったのは成績優秀ゆえの瞬発力か。


「どうしたんですか。なにか問題でも?」


「えっと……先生質問です。

 なんで社会人になると急に掃除が強要されるんですか」


「そういうものだからです」


「そうい……。え? 理由はないんですか?」


「あなたはなぜお腹が減るのか考えたことあるのですか?

 なぜ好きなものが好きだと思うかを考えるのですか?」


「……せ、生理現象とは別の話では?」


「同じです。ある種会社という名の生き物に

 寄生しているといっても過言ではないのです。

 会社の望むことを叶えるのが社会人の常識です」


「……」


「進めていいですね?」

「はい……」


納得はできなかったが言いくるめるほどの語彙力もない。

先生はまた次のページを読んでは復唱した。



「飲み会は基本的に強制参加」


「「 飲み会は基本的に強制参加!! 」」



「休日でも会社からの連絡には絶対返信!」


「「 休日でも会社からの連絡には絶対返信!! 」」



「困ったらとりあえず会議する!」


「「 困ったらとりあえず会議する!! 」」



「なんだこのルール!!」


途中から社会人教科書の偉人シャーチクの落書きに熱中して時間を潰した。

そんなことやっているから当然この科目だけ成績は著しく低かった。


後日、職員室に呼び出されることとなる。


「なんで呼び出されたか、わかってるな?」


「バレたんですね。2年前学校の裏山に埋めたエッチな本が」


「ちがいます。お前の成績です」


「どれも良いでしょう?」

「社会人の科目を除いてな」


「……」


「なにか申し開きは?」


「先生、このさいハッキリいいますけど

 あんな謎ルールを学ぶことになんの意味があるんですか?

 仮に守ったとして、生産性はあがるんですか?」


「はあ……。お前はまだ学生で社会をわかっていない。

 いいか、社会というのはチームワークなんだ。

 それを円滑に動かすためには必要なんだよ」


「そうでしょうか」


「自分と合う人、合わない人もいる。それも選べない。

 だから社会ルールを守らせて仲良くならないまでも

 仕事に支障のでない距離感を作るスキルが必要なんです」


「なんだよそれ!」


「社会のルールに順応できるというのも才能。能力です。

 君も真面目に社会人を学んで、会社に属せる人間になりましょう」


「ふざけんな。そんな納得できないものにしたがって

 俺の個性はどうなるんだ。俺の才能はどうなるんだ!」


「社会という枠組みにおさまったうえで頭角をあらわす。

 それが本物の才能というものですよ」


「社会人スキルがなくっても成功はできる!

 それを俺が証明してやる!!」


「ちょっと! どこへいくんですか!」


「こんな科目、勉強してたまるか!!」


教科書を燃やし、ノートを捨ててやった。

なにが社会人だ。周りに従うことしかできないロボット育成科目じゃないか。


必修科目である「社会人」を完全にボイコットした結果、

進級もできなくなりひいては学校にもいられなくなった。


「ふん。ハナからこっちの道を選ぶべきだったんだ」


それからは自分の自主性を前に出し、

音楽に手を出したり、創作活動をはじめたり、演劇をやったり。


一部では一定の評価こそあったが、けしてメジャーデビューには至らなかった。


その理由はいつもオファーを受けたときの面談でしる。


「え……。君、必修科目『社会人』を受けてないの?」


「それがなにか?」


「うーーん……。いや、君の才能は認めるけど……。

 社会人力が低い人にはオファーできないかな」


「なんでですか!」


「社会人力が低いとコントロールしづらいんですよ。

 報連相ほうれんそうもしないし、締切も無視しやすい。

 それはうちとして非常にリスクあるんです」


「そんな大御所みたいなことしませんよ。あくまで傾向の話でしょう?」


「でも危ない橋は渡りたくないんです」


こうして断られ続けるテンプレができあがってしまった。

その悪評はどんどん広まり、いつしか面談すらこなくなった。


社会人力が低い人間はチームプレイができない。

その評価をくだされてしまえば、社会性の現代社会では生きていけないのだ。


国からの最低支給されているお金でくいつなぎ、

毎日ひもじい思いをしながら生きながらえる限界生活。


いまになって思うのはかつて中学生のイキり散らかした自分だった。



「ああ……なんで社会人を学ばなかったんだろう……」



自分は特別であると信じたかった。

自分は他の人とは違うと思っていた。


だから社会人という科目を勉強しなくても

この先自分の才能ひとつでやっていけると思っていた。


もしあのとき、ちゃんと社会人を学んでいれば……。


今はもっと普通の生活が送れていたのかもしれない。


「今からまにあうかな……社会人を勉強しなおそう……」


そう思った矢先だった。

家のドアが勢いよく叩かれる。


「ここにいるのはわかってる! ドアを開けろ!!」


「ひいい!?」


ドアを開けるよりも、ドアをぶち破られるのが早かった。

借金取りではない。カッチリとした軍服を着ている。


「〇〇だな?」


「え、ええ……なんですか?」


「ニュース見てないのか?」


「テレビなんて高級なものありません……」


「今、我が国は非常に困難な戦争を行っている。

 それこそ猫の手もかりたいほどだ」


「戦争!?」


「貴様は軍に入り訓練を行う。

 立派な軍人になったら、竹槍で戦車をやっつける仕事をする」


「死んじゃうじゃないですか!」


「国を守るためだ。

 国から金をもらい命をつないでいる身なんだ。

 その恩返しができていいじゃないか」


「イヤですよ! なんで死ななきゃいけないんですか!」


「お前の命の使い道なんかそれくらいしかないんだよ!」


「いやだーー! 戦争なんていやだーー!

 今の生活も嫌だけど、死ぬよりはまだいいーー!」


「ええい! わがままいうな!

 国家反逆罪として強引に連行することもできるんだぞ!」


軍人が軍刀をかまえたときだった。

後ろにひかえていた側近があわてて耳打ちする。


「ぐ、軍曹! こいつ……アレです!」


「なんだ?」


「こいつの学歴みてください」


「むう……これは……」


軍曹の顔がくもった。


「な、なんですか? 俺を強引に軍へ連れて行くんですよね……?」


経歴を認識した軍曹は真っ向から否定した。




「軍のような高い社会性が求められる場所に、

 社会人を学んでいないお前のような人間を入れてたまるか!!」

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