最悪な別れ方をした女の子の記憶をなくしてやり直してみることにした

七春

第1話 奇跡の巫女

 俺の住む小さな田舎町にはある噂があった。

 どうやら、この町には奇跡を起こせる巫女がいるらしい。だけど、彼女の名前はおろかどこの神社の巫女なのかさえ、誰も知らないという。いわゆる都市伝説と呼ばれるようなものだった。

 しかし、その巫女に救われたと話す人は実際にいるのだという話だ。彼ら曰く、巫女はとても優しい心の持ち主で、困っている人がいればどこからともなく現れ、現実的には考えられないような奇跡を起こして助けてくれるとのこと。

 初めは俺もそんな奇妙なオカルトめいたものは信じちゃいなかった。人生で辛い目に遭いすぎた誰かが、自分を救ってくれる存在を求めて作り出した妄想が、何かの偶然で噂として広がっていったものなのではないかくらいにしか思っていなかった。

 ――しかし、結論から言ってしまえば、奇跡の巫女は実在した。七月の澄みきった青空の日、俺は彼女と出会った。そしてそれが、何も無い日々を過ごしていた俺に一筋の光をもたらしてくれることを、この時の俺は知る由もなかった。


         *


 ――七月中旬。学生のほとんどが夏休みを待ち侘びている時期。そんなことを考えているような青春を謳歌する連中と無縁の俺は、たった一人で寂しく休日を過ごしていた。

 運動部の奴は部活、進学を真面目に考えている奴は勉強、暇な奴は仲の良い友達とどこかへ遊びに行き、趣味とかやりたいことが明確にある奴はそれにひたすら熱中する。おおかた、高校生の休日過ごし方というのはこのようなものなのではないか。

 しかし、俺の場合は違う。

 せっかくの日曜日の午前中だというのに、俺はフラフラと外を散歩していた。何かこれと言って目的があるとか気分転換をするためとか、そういう訳じゃない。ただ単にすることもないから、あてもなく町中を彷徨っているだけなのだ。

 ……今の俺には、これぐらいしか気を紛らわす方法がないからな。

 

 その日はあまりにも暑い日だったので、ひたすらに喉が乾いて仕方がなかった。

 近くに自販機があったので何か冷たいものでも買うことにした。

 財布の中身を眺めると、高校生からすれば大金と呼べるくらいの額が入っている。欲しいもの、趣味、やりたいことが特にないので、ここ最近は懐が寂しくて困るということは全くなかった。

 俺はその中から百三十円を取り出して自販機に入れ、冷たい缶のコカ・コーラのボタンを押した。直後、ゴトンッと音を立てて、赤い色をした缶が落ちてきた。

 俺は自販機からその缶を取り出す。飲む前に肌でも冷たさを堪能したかったので、両手で包むように握りしめたり額に当ててみたりした。

 気が済んだところでステイオンタブ(ほとんどの人がプルタブという名前だと思っているが実際はこっちが正しい)を開け、中身を一息に飲んだ。清涼飲料水のすっきりとした爽やかな味わいが、暑さにうなされていた身体を突き抜けた。


         *


 それから俺はコーラをちびちびと飲みながら歩き続け、町外れの方にある河川敷へ辿り着いていた。そこはかなりの広さがあり、大きめのコートとサッカーゴールが設置してある。加えてサッカーをしている小学校高学年と思わしき男女の混ざっている子供達の姿も見えた。

 俺は河川敷へ降りるための石段の上の方に腰かけ、少年少女たちがサッカーを蹴りながら楽しんでいる光景を眺めることにした。

 側から見たら、遊んでいる小学生たちを一人でぼんやりと見つめている男子高校生なんてかなりの不審者でしかないだろう。

 しばらく観戦し続けていると、男子の一人が相手のゴールにシュートを決めていた。

 その子はあまりスポーツが得意そうには見えなかったが、勢いに身を任せて運良く点が取れたという感じだった。その後の周りの反応を見るに、どうやらみんなから気に入られているのだろう。

 俺はその様子から、少し昔のことを思い返した。




 小学校の頃は楽しかった、なんて言う大人は割と多いんじゃないかと思う。現在高校生ではあるが、俺もそう思っている人間の一人だ。なぜかと言われれば、男女関係なく誰とでも仲良くなれる雰囲気がよかった、そう答えるのが最も的を得ているのではないだろうか。少なくとも俺の場合は。

 別に自慢をしたいわけではないが、こう見えても小学校のときは俺は今よりまともな人間だったと思う。何をもってまともとするかは置いておいてな。それでも、今よりかは明るい性格をしているやつだった気はする。友達だって、現在よりはるかにいた。もちろん、男子だけでなく女子もな。

 

 ああそうそう、とくに小学校高学年の頃は本当に楽しかったな。丁度目の前でサッカーをしている子供たちと同じぐらいの時さ。

 あの頃はクラスの友達と、目の前で遊ぶ子供たちのように、毎日サッカーをして遊んだものだ。他にも、誰かの家に集まってゲームをしたり、どこかで祭りがあればみんなでそれを楽しんだり、雪が降れば帰るのも忘れて雪合戦をしたりなど、本当に色々なことをして遊んだ。

 そう言えば、今になって気付いたのだが……。

 シュートを決めていた男子。まさに彼が当時の俺とそっくりなんだよ。突然昔を思い返したのも、おそらくその子から親近感に似たものを感じたからかもしれない。あの頃が恋しいものだ、まったく……。


 しばらく彼らの試合を見続けていたが、やがてだんだんと虚しい気持ちになってきた。高二にもなって、無邪気に遊ぶ小学生を見ながら過去に思いを馳せるなんて……。

 こんなにも生産性のない行為をしている自分に途轍もなく嫌気が差した。

 さっさとこんな場所からは離れよう、そう思った。

 俺は自分の抱えているネガティブな感情を振り払うように、近くの草むらにコカ・コーラの空き缶をぶん投げた。

 疑いようのない不法投棄をした後、逃げるように早歩きでその場を去った。


         *


 俺はどこへ向かうかなどは何も考えず、とにかく歩き続けた。どこかへ行きたい訳ではない。ただただ、ここに居たくなかっただけだ。言葉では言い表せないような、精神的に迫ってくる何かから逃げたかった。

 

 

 長い間歩き続け、気持ちも多少は落ち着いた頃――いつの間にやら、俺は今までに来たことのない鮮やかな紅葉もみじの林の中にいた。

 上を見上げて、俺は不可解に思った。

 だってこれは、季節的に考えれば明らかにおかしかった。なぜなら今は七月中旬。まだ青葉が生い茂り、木々に止まるセミの五月蠅うるささに悩まされる季節。

 夏の真っ最中と言って間違いない。

 そんな時期に、はずがないのだ。

 しかし、そんな非現実的な場面を目の当たりにしながらも、俺はどこか冷静――より正しく言うとするならば、意外なほどに澄んだ気分をしていた。

 確かにその光景は奇妙ではあったものの、同時に神秘的で美しくもあって、俺は心を奪われそうになりながら呆然と立ち尽くしていた。

 やがて……。




「あなたに奇跡がありますように――」




 背後からの声が、静寂を打ち破った。

 そこで俺は、都市伝説と言われた奇跡の巫女と出会うことになる。


 



 

 

 



 

 

 

 


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