ORDER
スルメイカ
第1話「一つの理性」
—————モノレールの車内で揺られて20分。
「それでは、第10回国際連邦保安委員会刑事局アジア支局入庁式を始めます」
全員が一斉に椅子から立ち上がり、前方へ敬礼した。その次に入庁者代表の
「…法を順守し、自らの良心のみに従い、公平中立に秩序維持の職務の遂行に当たることを誓います」
彼の声は講堂内によく通った。この声には、どこか気持ちが落ち着く効果がある。その後15分ほど式が続き、正午に差し掛かってようやく解放された。未だにこの国には権威主義的な部分が残っている。
午後からは配属先への顔合わせがある。部署は刑事局第一課第三係。確か鷹島は刑事局第二課だったはずだ。あそこは公安事案を取り扱う。対してこちらは広域・重要犯罪を取り扱う。「昔からなりたかった刑事になれる」と浮足立つ自分を抑えるのに必死だった。
昼食を取り、配属先の部署へ歩みを進める。ここに来て急に緊張してきた。途中でトイレに寄り、気持ちを落ち着かせる。何も心配することはない。ただ顔合わせして、相手の出方を伺えばいい。
そう言い聞かせて、再び配属先へ歩き始める。第三係の文字が見えてきた。いよいよだ。扉を開けて、背筋を伸ばす。
「本日より配属となりました。津上諒太です。お世話になります」
天井を見ながら前日考えてきた台詞を吐き出す。ゆっくりと視線を下すと、部屋の中には人影が見受けられない。集合時間を勘違いしていたのか。事前に配布された紙を取り出そうとしていると、肩を軽く叩かれた。
「遅れてごめんね。ちょっと外までお昼ご飯を食べてたんだ」
後ろを見やると、女性が一人立っていた。ワイシャツにはきちんとアイロンが掛けられていたが、襟元の染みによって相殺されていた。
「私が推察するに、ここから徒歩5分のラーメン屋ですか」
「え!なんで分かったの…」
「襟元の染みですよ」
そう言いながら襟元を指で指し示す。顔に焦りの色が浮かぶ。
「今日替え持って来てないのに…。また売店で買わないと」
その言動から察するに、同じような事態に陥るのは初めてではないようだ。「これが自分が夢見た刑事か」と落胆しながら、前日考えた台詞を再度唱える。
「私は
そう言いながら部屋に入っていく。それを追うように自分も入った。木本は一つのデスクに手を置き、顔をこちらに向ける。
「これが今日から貴方が使うデスク。自由に使ってもらってもいいけど、整理整頓しないと係長に怒られるから」
「整理整頓は社会人の基本だ。出来ない方がおかしい」
声のする方向へ顔を向けると、入り口に一人の男性が立っていた。
「君が新人の津上か。私は統括捜査官の
「統括捜査官は官名で、役職名は係長。直属の上司だから怒らせないようにね」
「聞こえているぞ、主任捜査官。新人にあることないこと吹き込むのはやめろ。私は基本的に叱責したりしない。何かしでかさなければな」
そんな話をしていると、突如けたたましい音が流れる。
「至急至急。信州県軽井沢で二係がマーク中の容疑者が逃走。二係は
「すぐに出動しよう。彼に装備を渡せ。私はV-1の準備をする」
「分かりました。ほら、早く付いてきて」
そう言って木本は部屋を飛び出していった。津上も続いて廊下に飛び出る。津上は緊張感と高揚感が混合した不思議な感覚を覚えた。
装備を身に着けてから
20分程で軽井沢に着いた。21世紀には避暑地として金持ちが挙って別荘を持っていたらしいが、今では温暖化によって見る影もない。
「ドローンがあのビルに入っていった容疑者を確認したようだ。これからあそこに突入する」
そう言って
「研修所で学んだから知っているだろうが、無茶なマネはするな。鑑識、追跡、逮捕はあの機械がやる。お前はそれを見守っておけばいい」
津上は静かに頷く。今は23世紀。昔の刑事の様に「ホシは自分の足で捕まえる」などというのは、映画の中だけだということは理解していたつもりだった。
3人はビルの中に入っていった。とても古く、築50年は優に過ぎているだろう。照明もほぼ全てが壊れており、暗視グラスが無ければ一寸先も見えない。
アーボットはある部屋に入っていった。その部屋だけは小綺麗にされており、人が住んでいたことが見受けられる。
「奴はここに住んでいたんだろう。この部屋だけ食べ物の容器が落ちている」
「何だか急いで出て行った感じがしますね」
そんな話をしていると、後ろから走り去る気配がした。部屋を飛び出る。姿はよく見えなかったが、ここには自分たちと容疑者しかいないはずだ。走って追いかけようとする。その時、城内に大声で静止された。
「津上!追跡するな!それはアーボットの仕事だ」
そう言ってAR時計を操作するが、アーボットは言うことを聞かない様子だった。
「くそっ!また誤作動か」
津上はいても経ってもいられず、走って追いかけ始める。城内たちの声が聞こえた気がするが、今ここで逃がす訳にはいかない。階段を駆け上がり、屋上へ出る。そこには1人の男が地上を見下ろしていた。
「そこから飛び降りたら死ぬぞ」
こちらの声に気づいた男は、驚いた様子で顔を向けてきた。
「大人しく地面に伏せるんだ」
そう言いながら、腰のベルトから
その時、後ろから木本が走って近づいてきた。隣に並び、同じくマイクロ波ガンを構える。
「無茶をするなと言われたでしょ!」
ものすごい剣幕で凄まれ、言葉が出てこない。
「何をごちゃごちゃ言っているんだ!さっさと失せやがれ!」
「刑事局です。大人しく投降しなさい」
「俺は投降なんてしない!いいからさっさと失せろ!」
そんなやり取りをしていると、突然プロペラの音が聞こえてきた。男の後ろに小さい影が見える。男も気配に気が付いたのか、後ろを向く。そこにはドローンが飛んでいた。勢いをつけて男の顔面にぶつかる。男はふらふらしながら後方に転倒した。津上たちはすかさず男にマイクロ波ガンを撃ちながら拘束した。
AR時計から着信音が鳴る。その電話は城内からだった。
「このバカ!無茶なマネはするなと言っただろ!」
時計から怒声が響く。津上は平謝りしながら頭を下げる。
そのとき、男が突然泡を吹きながら苦しみ出した。白目を剥きながら激しく痙攣する。男はあっという間に動かなくなった。男の手元を見ると、高価そうな時計をしている。腕時計を外すと、手首側に針が突き出ているのが見えた。恐らく捕まったときのために仕込まれていたものだろう。時計には「M・L」と言う文字が彫られていた。
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